書評  
  「NGO、常在戦場」
  大西健丞著
  【評者】北沢洋子:『インビテーション』掲載
 
私が著者に始めて会ったのは、00年11月、東京で開かれたシンポジウムの席上であった。それは財団とNGOが加盟しているCIVICUSという国際組織の代表団の訪日を機に、トヨタ財団が主催した「日本の市民社会につて」のシンポジウムであった。その司会を務めていた私は、パネリストの最後に、1人の若者が当時設立間もないジャパン・プラットフォームについて、NGOが、政府、財界を巻き込んで、いかに迅速に途上国の紛争や災害の緊急支援に取り組んでいるかを熱っぽく語ったのを昨日のことのように覚えている。
それがこの本の著者で当時30歳を過ぎたばかりの大西健丞氏であった。彼は、ジャパン・プラットフォームは日本では始めての試みであり、しかも欧米のように緊急援助に限定して早々と撤退するのではなく、現地にとどまって持続可能な開発を含めた長期の開発援助を続けていくのだ、宣言した。大変な意気込みであった。
思えば彼は、当時ジャパン・プラットフォームを立ち上げたばかりで、ようやく活動が軌道に乗ったところだった。さらに、彼が最初に立ち上げた国際支援NGOピース・ウインズ・ジャパン(PWJ)も、イラク北部のクルドから、ユーゴのコソボ、東チモールなどの紛争地域ですでに緊急支援の実績を挙げつつあった。ジャパン・プラットフォームは緊急援助を主体とするNGOの連合体ではあったが、その中でも、若い大西健丞氏が率いるPWJの実力は郡を抜いていた。それは、命を危険に晒しながら、実践の中で自身の危機管理のノウハウを学んでいるものの強みである。同時に対象国、国連、欧米のNGOなどにもつ彼の人脈に負うところが大きい。
この本は、イギリス留学中の大西氏が登山家として始めてクルド山岳地帯を訪れたときからはじまる。やがて、94年、著者があえて「クルディスタン(クルド人の国)」と呼ぶイラク北部に日本のあるNGOのスタッフとして人道支援のために赴任した。そこで彼は調査能力、資金、人材、経験ともに豊富な欧米の巨大NGOに圧倒された。この時味わったくやしさがバネをなって、ついに96年、彼を含めた3人で緊急NGOであるPWJを立ち上げた。コソボで大量の難民が発生したとき、彼は緊急支援のNGOをとりまとめ、外務省、経団連を説き伏せて、ジャパン・プラットフォームを設立したいきさつが詳しく書かれている。さらに、02年、アフガニスタンの戦後の復興について東京で国際会議が開かれた際、当時外務省を仕切っていた国会議員鈴木宗男との対決などスリルに富んだエピソードも面白い。
イラク戦争への自衛隊の派遣については知っているが、ジャパン・プラットフォームのような民間の国際緊急援助団体の活動を知らない人がいると思う。私は、なるべく多くの人がこの本を読んで、今の日本に彼のような行動力、統率力、戦略能力に優れた若者がいることを知って欲しい。さらにこの本は、テレビではうかがい知れない世界の主な被災地の状況が生々しく描かれている。その中で、常に犠牲となっている人びとの悲惨さに心を痛め、かつその根源を問いつづける1人の若者の現代冒険物語である。