書評  
  「世界の半分が飢えるのはなぜ?−ジグレール教授がわが子に語る飢餓の真実」
「私たちの生活と世界をつなぐ−飢えと戦争の真実」 
  ジャン・ジグレール著 たかおまゆみ訳 /勝俣誠監訳
  【評者】北沢洋子:『本の花束』掲載04年1月12日
 
これは非常に良い本である。私が、この本の帯に推薦の言葉を書いたとき、「日本の中高校生に是非読んでもらいたい」と書いたが、本当は、すべての日本人、そしてあなたに読んでもらいたい。
最近、新聞やテレビでは、暗い、いまわしいニュースばかり続く。国際面では、9.11事件以後、アフガニスタン戦争、イラク戦争と続き、北朝鮮の核武装、そして拉致事件などがつねに報じられている。国内では、有事法制、自衛隊のイラク派兵など、戦争放棄をした日本が急ピッチに戦争の道を走り始めた。そして私たちの医療負担、介護負担は重くなる一方である。若い人たちの年金はどうなるのか。これまで、ヨーロッパにはほど遠いが、ともかく日本でもある程度の社会保障制度があった。それが最近では、がらがらと崩れはじめた。一方では、新たに私たちの生活を脅かすさまざまな不安材料が新しく生まれている。昨年の冬はSARSに脅かされたが、今年は、鳥インフルエンザがアジア各国で猛威を振るいはじめた。HIV/エイズ感染者が急速に若者の間で増えている。さらに私たちの日常の食べものでは、輸入野菜の残留農薬、BSE、そして鶏。豆腐や納豆といった日本人の食べものでも、遺伝子組み換えの輸入大豆が入っていないかを確かめなければならない。これは、私たち日本人がいかに輸入品に依存してきたか、そしていかにグローバル化が進んでいるかを実感させる。そして社会面では、毎日のように殺人事件のニュースが続く。親が子どもを虐待して死亡させた記事がある一方で、子どもが野宿者をなぶり殺しにする。いったいどうなっているのだろうか?
21世紀は、前世紀と違って、戦争のない、そして地球上のすべての人が人間らしく生きられる世紀になるはずだった。しかし、その逆を行っているのではないか。この世紀を生きる子どもたちはどうなるのだろうか。 
その答えは、ジャン・ジグレール教授の本のなかにある、と私は言いたい。世界はとてつもなくグローバル化し、そして前記のような日本で起こっていることは、世界で起こっていることの反映であり、縮図だからである。
島国ということもあって、日本人は世界のことを考えなくても生活できる。そして、地球上で起こっていることを知るのは難しい。世界人口の4分の3を占める途上国の人びとはどのような生活をしているのか。また、どのような苦しみを受けているのか。それは、私たちとどうかかわりあっているのか。そのような問いに答えてくれるのが、この本である。
 『世界の半分が飢えるのはなぜ?』は、ジグレール教授がわが子に語る、という形式で書かれているので、とても読みやすい。教授の息子のカリムが父親に質問をしているのだが、彼はとても頭の良い子で、しかも、日本と違ってヨーロッパ人は途上国のニュースに接することが多いので、日本の子どもたちよりも進んだ難しい質問をしている。また、アフリカの小さな国の名が次々と出てくるので、読むのに苦労するかも知れない。その場合は、巻頭にこの本に出てくる国ぐにを記した見開きの世界地図が載っていうので、その都度参照すると便利だ。
第1の質問は、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの国々の「飢え」の問題である。カリムは「たくさんの子どもたちがおなかをすかせて死んでいる」のに、「ぼくたちの国ではおなかいっぱい食べて」いる。「捨てる食べものがあるなら、飢えている子どもたちを助けられるんじゃないか」という問いを発している。これにたいして、ジグレール教授はアフリカのソマリアを例にとって、飢えが地方の武装したボスたちの間の内戦によるものであることを説明する。だが彼はソマリアの「飢えとは何か」といった退屈な説明からはじめるのではなく、ソマリアの飢えが世界の8億2,800万人の飢えの一部であること、そして、飢えは南の国ばかりではなく、ヨーロッパにも存在することを教えている。
内戦や旱魃といった原因から引き起こされる飢えのほかに、長い間、続けて起こっている飢え、つまり「構造的飢え」の説明へと進めている。このところは、実に自然で、読む人がとまどったり、読むのをあきらめたりすることがないように気を配っている。そして、ごく自然に、貧しい国の子どもたちの主食であるとうもろこしが、豊かな国では牛に食べさせていることや、世界の穀物の取引は、数社の巨大な企業によって牛耳られていることを解説している。しばしば飢えは支配の道具として利用されている。今日の途上国の飢えは、長い間ヨーロッパが植民地として支配し、略奪をくりかえしてきたつけである。
最後にジグレール教授は、彼自身が大統領の政策顧問として協力したことのあるアフリカのブルキナファッソの例を挙げている。ここではトーマス・サンカラという若い軍人が大統領となって、徹底的な改革を行った。中央政府の腐敗をなくすために、国を30の地域に分け、それぞれの地域では住民が地域にそった自治を行った。同時に国内がばらばらにならないように、鉄道を引くという国家的な大工事を人びとの自発的な労働でやり遂げた。サンカラ大統領の改革は成功し、人びとは飢えからのがれることができるようになった。ブルキナファッソの成功が隣の国々に影響を及ぼしはじめた途端、サンカラ大統領は暗殺されてしまった。ジグレール教授は、人びとが力をあわせれば、飢えからのがれることが出来るという確信を持っている。
最後に著者のジグレール教授について解説しておこう。彼は社会学者で、スイスのジュネーブ大学の教授である。そして勇気のある行動的な学者である。ナチス・ドイツがユダヤ人から奪った資産をスイスの銀行に預けてあることを調査して、『驚くべきスイス銀行』(邦訳)という本を30年前に書いた。当時、スイスでは、国内の銀行や企業を調査し、それを発表することは法律で禁じられており、これに違反すれば10年の刑が科せられた。ジグレール教授の本は、スイスでは発禁になり、フランスで出版された。その後、彼は若い人たちと共同して、スイスが世界中の独裁者の汚い金を預かったり、大企業の違法な経済活動の隠れ蓑になったりしていることを告発した。これは『ベルン宣言』と呼ばれる。のち、この宣言に賛同する人びとによって同名の組織ができ、今日、スイスで最も活発な市民組織になっている。ジグレール教授は、この団体の精神的指導者である。教授は、スイス連邦議会の議員や、国連人権委員会の「食糧にたいする権利」特別報告者をつとめた。ジグレール教授は、世界で最も尊敬されている知識人の1人である。