イラク自衛隊派兵違憲訴訟  
『判決』
 
判決 平成18年(2006)5月15日
 

東京地方裁判所民事第18部

裁判長 原 敏雄
裁判官 飯田恭示
裁判官 中西 永

平成16年(ワ)第6664号違憲行為差止等請求事件(甲事件)
平成16年(ワ)第6919号違憲行為差止等請求事件(乙事件)
平成16年(ワ)第8007号違憲行為差止等請求事件(丙事件)

口頭弁論最終日 平成18年2月20日

甲事件原告 平山 基生
乙事件原告 北沢 洋子
丙事件原告 安川寿之輔

上記原告ら訴訟代理人弁護士 内田 雅敏
  内藤  隆
  中島 通子
  一瀬敬一郎
  佐和 洋亮
  佃  克彦
  福山 洋子
  大山 勇一

甲・乙・丙各事件被告 

上記代表者法務大臣 杉浦 正健  
上記指定代理人    
七種義幸   小原 達    長 好行
中村久仁子  
岩脇 誠   川口智昭
上中 孝文   岡島千恵   今井悠次郎
吉弘幸雄   伊藤慎吾   玉越崇志 
伊藤 渉    小杉祐一   名倉一成
乙部竜夫  
大木美結己  井草真言 
阿部正興   中野憲幸  

主文

1. 原告平山のイラクへの自衛隊派遣差止請求に係る訴えを却下する。
2. 原告北沢のイラクへの自衛隊派遣差止請求、イラクへの自衛隊派遣の違憲確認及び不法行為確認の各請求並びにイラクへの自衛隊派遣費用の国庫に対する返済請求に係る各訴えをいずれも却下する。
3. 原告安川のイラクへの自衛隊派遣差止請求及びイラクへの自衛隊派遣の違憲確認請求に係る各訴えをいずれも却下する。
4. 原告平山、原告北沢及び原告安川のその余の請求いずれも却下する。
5. 訴訟費用は、甲事件、乙事件及び丙事件を通じ、原告平山、原告北沢及び原告安川の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

(原告平山)
1.被告国は、「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特
別措置法」(以下「イラク特措法」という。)により自衛隊をイラク及びその周辺地域ならびに周辺海域に派遣してはならない。
2. 被告国は、原告平山に対し、金1万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成1
6年4月3日)から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(原告北沢)
1. 原告平山の請求1と同一であるのでこれを引用する。
2. 被告国がイラク特措法により自衛隊をイラク及びその周辺地域に派遣したことは違憲
であること及び国際法に違反する不法行為であることをそれぞれ確認する。
3. 被告国は、自衛隊をイラク及びその周辺地域に派遣したことを決定し、さらにこれを実施した日本国小泉首相以下の閣僚が本件派遣に費やした費用のすべてを不法行為の賠償として国庫に返済せよ。
4. 被告国は、原告北沢に対し、金1万円及びこれに対する訴状送達の翌日(平成16年4月3日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(原告安川)
1. 原告平山の請求1と同一であるのでこれを引用する。
2. 被告国がイラク特措法により自衛隊をイラク及びその周辺地域に派遣したことは違憲であることを確認する。
3. 被告国は、原告安川に対し、金1万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成16年4月22日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

1 
本件は、原告平山、原告北沢及び原告安川(以下「原告ら」という。)が、被告国に対
し、「平成15年7月26日、第156回国会においてイラク特措法が成立し、同年8月1日に公布、施行された。被告国は、イラク特措法に基づいて、「イラク特措法に基づく対応措置に関する基本計画」を閣議決定し、航空自衛隊、陸上自衛隊及び海上自衛隊に準備命令を発し、航空自衛隊先遣隊をクウェート及びカタールに、陸上自衛隊の本隊をイラク南部サマワにそれぞれ派遣した。

しかし、自衛隊をイラク及びその周辺地域ならびに周辺海域に派遣すること(以下「本件派遣」という。)は、日本国憲法の前文(以下「憲法前文」という。)、9条及び13条に違反する上、自衛隊法3条1項及びイラク特措法にも違反している。原告らは、「本件派遣により憲法前文の平和的生存権並びに憲法9条及び同法13条等に基づく人格権を侵害されたため、著しい精神的苦痛を蒙った。」などとして、本件派遣の差止並びに上記精神的苦痛に対する慰謝料として各1万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めるとともに、原告北沢において、本件派遣が違憲であること及び国際法に違反する不法行為であることの確認並びに本件派遣を決定し、実施した日本国小泉首相以下の閣僚が本件派遣に費やした費用のすべてを不法行為の賠償として国庫に返済することを求め、原告安川において、本件派遣が違憲であることの確認を求めた事案である。

2 争点

(1)原告らの被侵害利益の存否

(原告らの主張)

ア 平和的生存権の侵害

 憲法前文には裁判規範性が肯認されるべきである。憲法前文2項に示されている「平和的生存権」は、憲法前文と9条によって裁判規範性をもつと考えられるが、仮に平和的生存権が憲法前文と9条のみでは具体的権利として認められないとしても、幸福追求の権利を保護した憲法13条によって具体的権利として保護されているというべきであり、さらに憲法3章の諸権利条項によって総合的に保護された権利としてとらえることができる。

 憲法前文は平和の概念を明確にしており、憲法9条1項は一義的な規定になっている。すなわち、憲法は、「武力によらない平和」を原理としており、これは抽象的でも不明確でもなく、平和を実現する手段、方法も一義的であって、諸国民と信頼関係を築き、外交努力を通じ平和を保持しようとするものである。この前文が憲法9条と結合し、さらに憲法13条によって平和的生存権が具体的な人権として保障されたのである。それは、単純化していえば、「武力によって殺されたり、殺したりしない権利及びその恐怖から免れ平和のうちに人権を享受する権利」ということができる。
 被告国が自衛隊をイラク及びその周辺地域並びに周辺海域に派兵したことによって、原告らの平和的生存権が侵害され、原告らは社会通念上受忍すべき限度を超えた精神的苦痛を蒙った。具体的には、第1に、原告らがテロによる生命の危険にさらされていること、第2に、原告らがイラク人の殺害に加担する苦痛があること(本件派遣を黙認し、放置することは、イラク国民に対する侵略戦争と武力占領支配に加担することになり、否応なく「加害者としての立場」に立つことを強いられる。)、第3に、日本が憲法を踏みつけ、再び戦争をする国になろうとしていることに、原告らは耐え難い苦痛を感じていること、第4に、準戦時体制を支えるために、あらゆる人権が制限、抑圧されていること、第5に、恐怖を感ずることは、戦争体験がなく、歴史から学ぼうとしない政治家たちによってこの体制が作られ、同じく戦争体験がなく、歴史から学ぼうとしない裁判官たちによってこの体制が追認されつつあることである。

イ 人格権の侵害

 原告らは、自衛隊にイラク派兵により、生命、身体の自由を脅かされている。すでにアルカイダ系の武装グループは日本をテロの標的とするとの声明を挙げており、イラクやその周辺国だけでなく、その他の海外で活動し生活する日本人が、自衛隊派兵国の一員だということでテロの標的にされる可能性がでてきている。

 また、非武装、戦争放棄の平和憲法の精神が原告らの人格の核心をなしてきたのであるが、自衛隊が戦後初めて戦地に派兵されてしまったことで、原告らは自己の人格を否定されたという精神的な衝撃を蒙っている。平和憲法を語る教師、人を殺してはならないと説く宗教者は、本件派遣をめぐる現実との落差に耐え難い苦痛を感じている。これらの苦痛は社会通念上甘受すべき程度をはるかに超えている。

 イラクの情勢は悪化しており、特にファルージャ市に対する米軍の総攻撃が開始さえて以来、多くの子ども、女性、老人たちが米軍の攻撃の犠牲になってきた。このような事態は、日本の自衛隊がイラクに派兵されている以上、傍観していられるものではない。原告北沢は、ファルージャで殺されていった人びと、家や生きるすべてを失った人びとの苦しみ、悲しみを思うと、いてもたってもいられず、夜も眠れない日々が続き、日中もしばしば歩行困難、時には呼吸困難に陥った。また、原告北沢は評論家としてこれまで常に現場主義をとり、社会的に弱い立場にある人びとの立場に立って取材をしてきたが、イラク戦争については取材に行くことができず、現場主義を貫くことができない。さらに、日本政府が自衛隊をイラクに派兵しているがために、イラク人にとって原告北沢は敵対的な存在となってしまい、取材態度を貫くことができなくなった。

(被告国の主張)
ア 平和的生存権の具体的権利性について、最高裁判所平成元年6月20日第三小法廷(民集43巻6号385頁)は、平和的生存権を何らかの憲法上の人格権としてとらえようとする見解に消極的評価を下したものと評価されており、同様の判断は多数の裁判例によって明確にされている。

 実質的に見ても、権利のうち裁判上の救済が得られるのは具体的、個別的な権利に限られるところ、平和的生存権は、その概念そのものが抽象的でかつ不明確であるばかりでなく、具体的な権利内容、根拠規定、主体、成立要件、法律効果等のいずれも一義性に欠け、その外延を画することさえできない極めてあいまいなものであって、これに具体的権利性を認めることさえできないというべきである。

 原告らは、平和的生存権を根拠として、自衛隊をイラク及びその周辺地域並びに周辺海域に派遣してはならない旨の差止請求(以下「本件差止請求」という。)に係る訴え(以下「本件差止の訴え」という。)に及んでいる。しかし、本件差止めの訴えは原告ら個人の権利ないし法律上の利益に直接の影響を及ぼすことを根拠とするものではないから、不適法である。

イ 憲法13条については、憲法に列挙されていない抽象的な利益が一定の段階に達したときに、それを憲法上保護される法的権利と見なす根拠となる規範であり、同条後段にいう幸福追求権は個別的基本権を包括する基本権であって、個人の人格生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体であるとする見解も有力ではある。しかし、上記見解においても、その中身を構成する権利や自由として具体的にどのようなものが想定されているのかが必ずしも明確でなく、その具体的権利性を安易に認めるといわゆる「人権のインフレ化」を招いたり、裁判官の主観的な価値判断によって権利が創設されるおそれがあるから、幸福追求権の内容として認められるために必要な要件を厳格にしぼることが求められている。

原告らは、本件派遣は幸福追求権を侵害する旨主張するが、幸福追求権の内実をなす具体的な権利として何を想定するのか何ら主張しておらず、被告国のいかなる行為によって、どのように原告らに保障された具体的な権利等の侵害が生じるのかは判然としない。

そもそも、人格権は各人の人格に本質的な生命、身体、健康のほかに、名誉、氏名、肖像、プライバシー、自由及び生活等に関する諸利益の総称にすぎず、個別的、具体的権利として人格権という権利が存在するわけでないから、人格権に基づく請求をする場合には、その具体的内容を特定して主張しなければならない。したがって、単に人格権に基づく請求というのみで、人格権の具体的内容の特定のない請求は、法的根拠を欠くことになるから、それ自体失当というべきである。

また、仮に人格権の具体的内容を観念するとしても、原告らの主張する人格権の具体的内容は、結局、原告らが主張する平和的生存権又は幸福追求権にほかならず、このような平和的生存権及び幸福追求権が具体的権利として国民各自に保障されたものでないことは、上記のとおりである。

(2)本件差止めの訴えの適法性

(原告らの主張)

 「法律上の争訟」は憲法上の要件ではなく裁判所法という下位法で定められたものであり、憲法が付随的違憲審査制を採用しているという立場に立っても、米国では個々の権利救済という直接の効果を超えて違憲状態におかれている不特定多数の国民の権利回復及び憲法そのものの意味を争うものとして裁判所の違憲審査権が機能することが多くなっているのであるから、憲法に「事件及び争訟」という規定がない日本では争訟性の要件を広く解釈すべきである。

 原告らの本件における各訴えは、原告らの権利又は法律によって保護される利益が侵害されたとして救済を求めているものであり、法令の適用により解決できるものであるから、争訟性がなく不適法であるなどということはできない。

(被告国の主張)

 原告らは、本件差止めの訴えにおいて、本件派遣が原告らの平和的生存権及び幸福追求権を侵害することを前提としているが、本件派遣は原告らに向けられたものではないし、そもそも原告らの具体的な権利義務ないし法律関係に対し、何らの影響を及ぼすものではない。

 本件差止めの訴えについては、原告らがその根拠とする平和的生存権及び幸福追求権は国民各自に保障された具体的な権利ということはできないから、原告らの具体的な権利義務ないし法律関係に直接関わらないものであり、国民(主権者)としての一般的な資格、地位に基づいて、日本国政府に政策の転換を迫ることを求める民衆訴訟としての実質を有するものであって、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当らず、いずれも不適法というほかない。

(3)本件差止めの必要性

(原告らの主張)

ア 自衛隊の違憲性

 自衛隊発足当時、鳩山内閣は、「自衛力」という概念を用いて、これが憲法9条2項の禁じる戦力に当らないとし、自衛隊を正当化した。このような解釈は憲法9条の条文に明確に反するうえ、憲法制定議会における論議、政府答弁を否定するものであって、違憲である。
 我が国が憲法上保持しうる自衛力は自衛のための必要最小限度のものでなければならない。現在の自衛隊の防衛力の状況は別表(略)のとおりであるが、このような自衛隊の現有勢力は自衛のための必要最小限度の軍事力をはるかに超えているのである。
 
 平成16年12月10日、閣議で決定された「新防衛大綱」は、米軍と一体となって「脅威の防止」を口実に自衛隊の海外派兵を本来の任務とするという特徴をもっており、到底必要最小限度ということはできない。

イ イラク特措法の違憲性

 イラク特措法は、与党の強行採決により成立した。多数の国民や野党の反対を押して法案成立を強行したことは、国民主権主義や立憲主義に違反する。
 
 イラク特措法は、その派遣理由に国連決議1483を挙げているが、同決議は軍事的貢献に直結した決議ではない。本件派遣については国連機関からもイラク側からも要請がなく、同意も取り付けられていない。上記国連決議は名目的に掲げられているだけであって、手続きに違法がある。

 自衛隊法88条は、自衛隊は防衛出動命令を受けた際には国会の承認が必要であるとしているが、イラク特措法は、基本的に閣議の決定で対応できることになっており、国会の承認を要するという自衛隊法に違反している。

 イラク即粗放の内容についても、上記のとおり、合法的な派遣理由がないということは結局米軍占領地域への共同出兵又は占領行政への参加に類するものとなるため、憲法9条2項の「交戦権の否認」に違反する疑いが濃厚である。

 また、昭和29年6月2日の参議院本会議の「自衛隊の海外出動をなさざることに関する決議」にも違反し、同35年3月11日の衆議院安保特別委員会における岸総理大臣の「日本の自衛隊が日本の領域外に出て行動することは、これは一切許せない。」との答弁にも違反している。

 イラク特措法による派遣は、「外国の領域」と明示され、国会答弁でもイラク領土での地上任務が前提とされているため、戦地で陸上自衛隊が活動する最初の機会になる。それは実質的な戦時任務付与を意味し、自衛隊の海外派兵への道を作ることになる。

 そして、同法は武器の使用の項を設け(17条)、交戦規則(ROE)である戦闘管理マニュアルを与えられて任務に就くことを定めているが、このような交戦規則を必要とするような任務は、憲法9条で否定されている交戦権にあたる。

 以上のとおりであって、イラク特措法は、その成立手続おいてもないようにおいても、憲法9条に違反するものである。

ウ 本件派遣の違法性

 イラク特措法2条は、「現に戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行なわれる人を殺傷し、又は物を破壊する行為をいう)が、行なわれておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行なわれることがないと認められる外国の領域等で実施する 」と定めているが、自衛隊の駐留するサマワが非戦闘地域だというのは虚構であって、イラクはその全土が戦闘地域となっているのである。

 また、クウェートに拠点を置く航空自衛隊も、その大半は陸上自衛隊員を輸送し、その他は米軍などの多国籍軍兵士を輸送しているのであるから、軍事支援を行なっているのにほかならず、米軍の侵略行為に加担しているといわざるを得ない。
 
 したがって、イラク特措法自体が憲法違反であることに加え、今回の自衛隊イラク派兵やその駐留の継続はイラク特措法の規定をも逸脱した違法なものである。結局、本件派遣は二重の違法状態であり、憲法9条に違反するというべきである。

エ 本件派遣の国際法違反

 本件派遣は、米国がイラクに対してした先制攻撃に起因するものであるが、国連憲章は武力行使を原則として禁止しており、例外的に武力行使が認められるのは、安保理決議に基づく強制措置の場合(同憲章42条)及び自衛権行使の場合(同憲章51条)に限られるところ、安保理決議1441、同決議678及び同決議687をイラク攻撃の根拠とすることはできない。

 また、先制的自衛権は認められないところ、イラクは未だ米国を攻撃していないのであるから、米軍によるイラク攻撃は自衛権行使とは認められない。

 されに米英軍がイラク全土を制圧したことにより、イラク全土につき米英軍の占領が開始され、ジュネーブ第4条約及び同第1追加議定書などが適用されることとなったが、米英軍は同条約等に基づく占領国の義務を果たしていない。

 米英のイラク攻撃及び占領行為は、いずれも国際法上の侵略の罪に当るところ、安保理決議1483は占領自体を適法としたものではない。

 我が国の自衛隊は、上記の違法な戦争、占領に加担しているのである。

オ 差止めの必要性

 自衛隊がイラク及びその周辺地域に派兵されているため、日本国民全体がテロの標的にされており、平和的生存権、人格権、生存権が侵され続けている。すでに、日本人青年香田証生は、イラクの武装勢力に殺害されており、自衛隊派兵を原因として日本国民の生命が奪われている。このような現状からすると、もはや原告らが被っている精神的苦痛を救済する方法としては、金銭賠償を認めるだけでは償いきれない状態に達しており、本件差止めを認める切迫性、緊急性が極めて高い。

(被告国の主張)

 仮に、本件差止めの訴えの適法性の問題を置くとしても、本件差止請求が成り立ち得るためには、原告らが当該行為を差止め得る私法上の権利(差止請求権)を有していることが不可欠である。

 ところが、上記のとおり、原告らが本件差止請求の法的根拠として主張する平和的生存権及び幸福追求権は、いずれも国民各自に保証された具体的な権利ということができないから、本件差止請求は失当である。

(4)原告らの損害

(原告らの主張)

 本件派遣は憲法前文、9条及び13条に違反するものであり、これにより原告らは多大の精神的苦痛を被っているところ、これを金銭に換算すれば1万円を下ることはない。

(被告国の主張)

 原告らが被侵害利益として主張する平和的生存権及び幸福追求権は、いずれも国民各自に保証された具体的な法的権利と認めることはできず、国家賠償法上保護された権利とも認められない。

 また、本件派遣それ自体は原告らに向けられたものではなく、原告らの法的利益を侵害するということはおよそあり得ない。

 さらに、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求においては、原告らの国家賠償法上保護された利益が現実に侵害されたことが必要であり、侵害の危険性が発生しただけでは足りないところ、原告らは、現実に侵害が発生したことについては何ら主張するところがない。したがって、原告らの各損害賠償請求は失当である。

(5)本件不法行為確認の訴え及び本件違憲確認の訴えについて

(原告らの主張)
 国民は、憲法12条、98条1項及び99条に基づいて、憲法違反の公権力の行使を無効とし、裁判官等に憲法を尊重し擁護する義務の遵守を求める具体的な権利、義務を有する。この権利は違憲確認を求めることによって全うされる。

 付随的違憲審査制を理由に国民各自の権利侵害が必要とされるとしても、上記の通り、原告北沢および原告安川には、平和的生存権並びに憲法9条及び13条等に基づく人格権の侵害がある。そして、上記の通り、本件派遣は憲法9条に違反するから、原告北沢及び原告安川は、本件派遣が憲法9条に違反することの確認を求める(以下「本件違憲確認請求」という。)。

 そして、上記のとおり、本件派遣は国際法にも違反するから、原告北沢は、本件派遣が国際法に違反する不法行為であることの各民をもとめる(以下「本件不法行為確認請求」という。)。

(被告国の主張)

 原告らは、人格権としての平和的生存権及び幸福追求権が侵害されることを根拠として本件違憲確認請求及び本件不法行為確認請求に及んでいるもののようであるが、上記各請求に係る訴え(以下「本件違憲等確認の訴え」という。)については、上記のとおり、平和的生存権及び幸福追求権は国民各自に保障された具体的な権利とはいえないから、原告北沢及び原告安川の具体的な権利義務ないし法律関係に直接関わらないものであって、国民としての一般的な資格、地位に基づいて日本国政府に政策の転換を迫る「民衆訴訟」の実質を有する。

 したがって、本件違憲等確認の訴えは裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に当らず、不適法である。

 そもそも、確認の訴えは、原告の有する法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告国に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許されるのであり、何ら法律効果を伴わない単なる事実行為については、その法的効果を確認する法律上の利益はない。ところが、上記の平和的生存権及び幸福追求権は、原告北沢及び原告安川の法律的地位を基礎づけるものではないから、本件派遣は、原告北沢及び原告安川の有する法律的地位に何らの影響を及ぼすものではなく、何らの法律効果も伴わない単なる事実行為である。

 また、本件派遣により原告北沢及び原告安川において何らかの具体的な権利侵害を被ったというのであれば、原告北沢及び原告安川はそれを理由として損害賠償請求を求めれば足りる。現に、本件において、原告北沢及び原告安川は、本件派遣が憲法等に違反するとして、国家賠償をも求めているから、損害賠償請求とは別個に本件派遣の違憲等確認判決を求める権利などない。
 
 したがって、本件違憲等確認の訴えは、確認の利益を欠き不適法である。

(6)本件国庫に対する返済の訴えについて

(原告北沢の主張)

 本件派遣は、原告北沢の有する憲法前文に基づく平和的生存権、憲法9条、13条等に基づく人格権に対する侵害に当るから、原告北沢は、本件派遣を決定し、実施した日本国小泉首相以下の閣僚が本件派遣に費やした費用のすべてを不法行為の賠償として国庫に返済することを求める(以下「本件国庫に対する返済の請求」といい、同請求に係る訴えを「本件国庫に対する返済の訴え」という。)。

(被告国の主張)

 原告北沢がその根拠とする平和的生存権及び幸福追求権は、上記のとおり、国民各自に保証された具体的な権利とはいえないし、本件国庫に対する返済の訴えについては、そもそも原告北沢個人にではなく、国庫に損害が生じたとしてその賠償を求めるものであるから、原告北沢の具体的な権利義務ないし法律関係に直接関わらないものであることが明らかである。そうすると、本件国庫に対する返済の訴えは国民としての一般的な資格、地位に基づいて、日本国政府に政策の転換を迫る民衆訴訟の実質を有するものというべきである。

 したがって、本件国庫に対する返済の訴えも、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に当らず、不適法というほかない。

第3 争点に対する判断

1 原告らの被侵害利益の存否について

 原告らは、憲法前文、9条及び13条等に基づき、平和的生存権及び人格権が侵害されたとして本件各請求に及んでいる。
 
 なるほど、憲法前文2段は、9条に具体化された戦争及び戦力の放棄という恒久平和への希求を、「平和を愛する諸国民の公正と信義」に信頼して、我が国の安全と生存を保持しようと決意したと宣言し、「全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と謳って、平和主義を基本原理として掲げ、また、これを基本的人権の尊重の前提となるものと位置付けている。

 しかしながら、平和的生存権は、その内容及び性質等が多義的で、不明確さを免れず、憲法上、「平和のうちに生存する権利」(平和的生存権)の具体的な内容を一義的に確定することは困難というほかないから、憲法前文、9条及び13条ならびに憲法第3章が」定める諸権利を根拠として、国民各自に対して平和的生存権という具体的権利ないし法的保護に値する利益を保障しているものと解することはできない。

 原告らは、非武装、戦争放棄の平和憲法の精神が原告らの人格の核心をなしているところ、本件派遣により、自らの人格を否定されたという精神的衝撃を被るとともに、日本人がテロの標的にされる可能性が増大した結果、生命、身体の自由を日日脅かされるようになった旨主張する。しかし、本件派遣によって日本人に対する無差別テロの具体的危険性がどれほど高まったかはともかく、これによって原告らの法的権利ないし法的保護に値する利益が侵害されたということはできない。

 また、原告らは、本件派遣により精神的苦痛を被った旨主張する。しかし、それは、自己の信条や信念、政治的意見又は憲法解釈と異なる国家の措置、施策にたいする不快感、義憤をいうにすぎず、原告らと政治的意見等を同じくする国民一般に共通するものということができるのであって、それがいかに深刻なものであったとしても、これをもって法的に保護されるべき権利ないし利益が侵害されたなどということはできない。

 なお、原告北沢は、本件派遣により、ファルージャで殺害された人びとの苦痛等を想起してストレスを受け、体調を崩すという損害及び評論家としてイラクにおいて謝罪することができなくなったという損害を受けた旨主張する。しかし、上記のストレスによる損害に関する主張も、結局は事故の信条や信念、政治的意見又は憲法解釈と異なる国家の措置、施策に対する不快感又は嫌悪感をいうにすぎず、上記のとおり、これをもって法的に保護されるべき権利ないし利益が侵害されたということはできないし、また、イラクの治安の悪化により海外の一国ないし地域において取材活動等の職業遂行をすることができなくなったとしても、それは原告北沢のみに課される不利益ではないし、そもそも上記の制約は主としてイラクにおける治安の悪化に起因するものであるから、本件派遣に起因するもとということはできない。

 したがって、原告北沢の上記主張も失当である。

 上記のとおりであって、原告らの主張に係る平和的生存権及び人格権等は、憲法上保障された具体的権利ないし利益ということはできない。

2 本件差止請求について

原告らは、本件差止請求は民事上の請求である旨主張するが、上記のとおり、原告らの主張する平和的生存権及び人格権等は具体的な権利ないし法的利益として保障されているとは認められない。そうすると、原告らの上記請求は原告らの固有の法律上の利益に基づいて提起されたものではなく、実質的には、国民の地位に基いて本件派遣の差止めを求めるものというべきである(原告安川は、本件訴状において、「私たちは、平和的生存権の主体としての主権者=日本国民の崇高な権利と義務の名において、自衛隊のイラク派兵の違憲確認と差止め請求を提訴するのである。」としている。)。

 したがって、原告らの上記請求は、国の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上に利益にかかわらない資格で提起するものに当り、行政事件訴訟法上の「民衆訴訟」(同法5条)に街頭するというべきであるから、民事訴訟としては不適法である。

そして、民衆訴訟は、法律に定める場合において、法律に定めるものに限り、提起することができるところ(同法42条)、本件差止めの訴えに類する訴訟については、現行法上これを是認する規定はないから、行政訴訟としても不適法である。

 原告らの本件差止めの訴えは不適法である。

3 本件損害賠償請求について

 原告らは、本件派遣によって、平和的生存権及び人格権を侵害され、精神的苦痛を被った旨主張するが、上記のとおり、原告らの主張に係る平和的生存権及び人格権等は、憲法上保障された具体的権利ないし利益ということはできない。

 したがって、原告らが自らの精神的苦痛の対する損害賠償を求めている以上、同請求をもって民衆訴訟に該当し不適法とまではいえないものの、平和的生存権及び人格権に対する侵害を理由とする損害賠償請求は理由がない。

4 本件違憲等確認の訴えについて

 原告北沢及び原告安川は、平和的生存権及び憲法9条及び13条に基づく人格権の侵害があるとして、本件派遣が憲法9条に違反することの確認を求め、また原告北沢においては、本件派遣が国際法に違反するとして、本件派遣が国際法に違反する不法行為にあたることの確認をも求めている。

 しかし、上記のとおり、原告北沢及び原告安川が主張する平和的生存権及び人格権等は憲法上保障された具体的権利ないし利益ということはできず、また、本件派遣により原告北沢の固有の法的利益が侵害されたものでもない。

 そうすると、本件違憲等確認請求も、原告北沢および原告安川の固有の法律上の利益に基づいて提起されたものではなく、行政事件訴訟法上の「民衆訴訟」(同法5条)に該当するから、民事訴訟としては不適格であり、また、現行法上、上記訴えに類する訴訟を是認する規定もないから、行政訴訟としても不適法である。

5 本件国庫に対する返済の訴えについて

 原告北沢は、本件派遣が原告北沢の平和的生存権及び人格権等に対する侵害にあたるとして、本件派遣を決定し、さらにそれを実施した日本国小泉首相以下の閣僚が本件派遣に費やした費用のすべてを不法行為の賠償として国庫に返済することを求めている。

 しかし、既に再々述べたとおり、原告北沢の主張する平和的生存権及び人格権等は憲法上保障された具体的権利ないし利益とはいえないから、原告北沢の本件国庫に対する返済請求も、原告北沢の固有の法律上の利益に基づいてされているものではなく、国民の一般的な地位に基づくものというほかないのであって、行政事件訴訟法上の「民衆訴訟」(同法5条)に該当し、裁判所法3条1項の「法律上の争訟」に当らないから、民事訴訟としては不適法であり、また、これに類する訴訟を是認する規定もないから、行政訴訟としても不適法である。

6 結論

 よって、原告らの本件差止請求、原告北沢および原告安川の本件違憲確認請求並びに原告北沢の本件不法行為確認請求および本件国庫に対する返済の請求係る各訴えはいずれも不適法であるから、これを却下し、本件損害賠償請求については理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。