イラク自衛隊派兵違憲訴訟  
『第5回意見陳述書』
 
平成16年(ワ)第6919号
原告 北沢洋子
被告 国
意見陳述書

2006年2月20日
東京地方裁判所 民事第18部合議2係 御中

原告 北沢洋子
原告訴訟代理人
                             弁護士 内田雅敏ほか

 私は、この度、日本政府がイラク戦争に自衛隊を派兵したことを憲法違反であるので、その差し止めを要請する裁判を起こしました。
 民主主義国家であれば、憲法裁判所があります。そして2005年10月24日の準備書面(7)の補足に述べたように、政府が憲法に違反した行為を行った場合、市民がそこに訴えることが出来ます。
 しかし、日本にはまだそのような民主主義制度が確立していないため、やむを得ず東京地方裁判所の民事部に、政府の不法行為によって私自身が個人的に蒙った損害の賠償を求めるという、まことに姑息な手段をとらざるを得ませんでした。
 政府が、憲法や、自身が立案した「イラク特措法」にも違反したということは、個人がある人に詐欺の被害を受けたなどという個人対個人の金銭的な損害というレベルの問題ではありません。これは市民が政府の政策に異議申し立てをする権利を行使しているのであって、市民対国家の政治レベルの問題です。
 私は非常に残念に思います。しかし現実には、私にはこのような手段しかありません。
したがって、裁判長にお願いしたいのは、政府が自衛隊をイラク戦争に派兵したことが憲法違反であるかどうかを審議していただきたいということです。
 とくに、私は国際問題評論家という職業ですから、たとえ「人道・復興支援」という名目にせよ、自衛隊が派兵された米英連合軍のイラク戦争そのものが国際法に違反しているということを強く主張いたします。違法な戦争に軍隊を送ることは犯罪です。この点について、十分にご審議をお願いいたします。

1.なぜ米国のイラク攻撃が国際法に違反しているのでしょうか?

 米国のブッシュ大統領は、イラクを軍事攻撃するに当たって、先のアフガニスタン戦争の時のような米議会の圧倒的多数の支持を得ることが出来ませんでした。それは、ブッシュ大統領のイラク攻撃の口実が、(1)フセイン大統領が大量核兵器を保有している、(2)フセインはアルカイダを支持している、(3)したがって、テロリストに大量破壊兵器が渡り、米国民が危険に晒されるので、先制攻撃をする、というものでした。
 米議会の議員の多くは、フセイン政権が9.11のテロ事件に関係しているとは思っていませんでした。ブッシュ大統領のイラク攻撃は、パパ・ブッシュが湾岸戦争の時にやれなかったフセイン打倒とイラクの石油を我がものにするという野心が見え隠れしていると感じました。これはヨーロッパの多くの首脳たちの理解と共通するものでした。
しかし、戦争に反対する議員たちも、当然のことながらフセインが大量破壊兵器を持っていない、アルカイダを支援していない、と断言できるだけの証拠を持っていませんでした。「ない」ということの証拠をあげることは当事者のフセインでさえできません。
 ですから、議員たちは、大量破壊兵器の有無については、国連による査察を続行すべきだ、と主張することと、イラク攻撃については、国連安保理の決議が必要であると主張したのでした。
 私も同様の経験をいたしました。当時私は日本平和学会の会長でした。日本平和学会は、イラク戦争に反対する決議を行い、2003年5月14日午前11時、逢沢外務副大臣に面会して、学会の決議文を提出いたしました。この時、副大臣はブッシュ大統領と同じ口実を述べて、米国のイラク戦争を正当化しました。私は、「持っていないという証拠を出すことは不可能である。したがって、国連による査察を続行すべきである。またテロを軍事的に封じ込めることはできない」と反論いたしました。
 本来ならば、唯一の超大国として、米国は、その先制攻撃戦略に沿って一方的にイラク攻撃を行うことも出来た筈なのに、ブッシュ大統領が国連安保理にイラク攻撃を提訴したのには、以上のような米議会でのやり取りがあったからでした。
 安保理では、米国を支持したのは、常任理事国では英国だけ、非常任理事国ではブルガリアとスペインの2カ国でした。米国は安保理の決議採決に必要な9カ国の賛成が得られませんでした。このようなことは安保理始まって以来のことでした。(2004年3月29日、原告の訴状35ページ参照)
 そこで、米国は安保理提訴を引っ込め、3月20日、米英連合軍による一方的なイラク軍事攻撃を開始したのでした。
 したがってイラク戦争は明らかに国際法違反です。
 日本政府は、国連安保理が11月8日の1441号決議でもってイラク攻撃を承認した、と言っております。しかしこれは、2004年11月29日の準備書面(3)33〜36ページで述べたように、イラクに査察の続行を要求したもので、即時の武力行使を認めたものではありません。

2.イラク戦争の大義はない

 ブッシュ大統領の戦争の大義であった大量破壊兵器の保有、アルカイダ支援についても、すでに準備書面(3)36〜7ページで述べた通り、すべてCIAの報告が誤りであったことを、米英政府が認めています。
 ブッシュ大統領は、仕方がないので、「イラクの民主化」のための戦争であった、と述べています。

3.イラクの民主化とは

 米軍がバグダッドに進軍し、フセインの像を引きずり倒した段階では、イラク人は米英軍を「解放軍」として、歓迎しました。(実は、この像はフセインではなく、イラクの将軍の像だったし、倒したのは米海兵隊であり、取り囲んでいたのはカネで雇われた人びとであったのですが)
 イラク情勢が一変したのは、私が2004年6月14日の法廷で述べたように、2004年3月2日、米海兵隊がスンニー派の拠点であった30万人のファルージャ市を包囲し、無差別攻撃したときでした。その結果、住民側に600人の死者と2,00人以上の負傷者が出ました。これは「ファルージャの悲劇」として、イラク国内ばかりでなく、アラブ、全世界に大きな衝撃を与えました。スンニーと対立していたシーア派の反乱を誘発し、若者が続々と義勇兵として米軍との戦闘に参加しました。
 そして、イラク人の目には、米軍は「占領軍」となったのでした。占領軍に対する抵抗闘争は全土化しました。これは「有志連合」に参加した米英以外の外国軍も、同じ「占領軍」になったのです。イラクの人道・復興を支援している自衛隊も、同じく「占領軍」になったのです。非武装の日本人がイラクで人質になったり、惨殺されたりする事件が起こりました。日本はイラク人の敵になったのです。
 日本のマスメディアは、これ以後も依然として、イラク人の抵抗闘争を、自爆テロ事件と報道しています。しかし、ファルージャ以後外国のマスメディアは、「武装抵抗運動」、あるいは「反乱派」と呼んでいます。現在、反乱派による武装闘争は1日平均70件に上っていますが、その中で、自爆テロは数件に過ぎません。この部分だけが、大きく報道されています。しかし大部分は、待ち伏せ攻撃、迫撃砲による攻撃といったゲリラ戦です。
 米国にとっては、「民主化」とは、選挙を行うことです。たしかに、これまでイラクでは、武装抵抗闘争が続く中で、すでに2回にわたって選挙が実施されました。しかし、皮肉なことに、自由な選挙で実施すれば、イラクの人口動態を反映して、議会ではシーア派が多数を占めることになりました。
 イラクのシーア派は、もはや、米国を「解放者」とは見ていません。シーア派が政権をとれば、第2のイランが出現することになります。米国にとっては、何のためのイラク戦争であったのでしょうか?
 
4.米国はイランに対する攻撃を準備している?

 現在、欧米のマスメディアは、毎日のように、ブッシュ大統領がイラン戦争を準備していると報じています。
 これは、米国が、イスラエルと共同して、ミニ核兵器を使って、イランの核施設を攻撃するという作戦です。予想される国際世論の非難をかわすために、短期間で終わらせることになっております。安保理にイランの核開発問題を付託するというIAEAの報告書が出る今年3月頃が、米国。イスラエルのイラン攻撃の時期ではないかと、マスメディアは予測しております。
 これは、広島・長崎以来、はじめて核兵器が、戦争に使用されることになります。
 イラクに自衛隊を派兵するような姿勢の日本政府が、再び、米国・イスラエルのイラン核攻撃を支持することになりかねません。そうならないために、是非、この法廷で、イラクの自衛隊派兵を憲法違反とする判決を出していただきたいと、切にアピールいたします。
 米国のイラン核攻撃の危機については、私がホームページに載せました記事を添付いたします。