イラク自衛隊派兵違憲訴訟  
 
 
平成16年(ワ)第6919号違憲行為差止等請求事件
原  告  北沢洋子
被  告  国

 


準 備 書 面(7)補足
ドイツ連邦行政裁判所の「イラク戦争は国際法違反」の判決について

原告 北沢洋子

  今年9月はじめ、ドイツの憲法裁判所にあたる連邦行政裁判所は、「米国とその同盟国によるイラク攻撃は侵略戦争であり、国際法に違反している」という判決を下しました。さらに、同裁判所は、「ドイツ連邦政府は、公式にはイラク戦争に反対しているが、一方では、法的な根拠もなくイラク侵略に協力している」と判決文の中で述べました。
この判決はすでに3ヵ月前に書かれたのでしたが、文書として公表されたのは、9月に入ってのことでした。判決文は130ページに及びました。
  この法廷は、1人のドイツ軍将校の反軍の訴えから始まりました。彼は、48歳で、軍のコンピューターのプログラム開発に携わっていたのですが、イラク戦争が始まると、違法な戦争に加担することになるとして、上官の命令に従うことを拒否しました。最初、彼は従軍牧師と軍医に面会を求め、イラク戦争が国際法に違反していることを訴えました。しかし、軍医は彼を軍の精神科医の元に送りました。しかし、精神科医は何の病名も見出すことができませんでした。これはまさにフランツ・カフカの小説の世界であり、スターリン時代のソ連の反政府分子に対する扱いを思い起こさせるものでした。
次に、彼の上官は、彼を軍の法律顧問の下に送りました。その法律顧問は「このケースは不名誉除隊か、または降格になる」と脅しました。しかし彼が法律顧問に戦争の違法性を訴え続けたので、この法律顧問は彼のケースを国防省の判断に任せることにしました。
  国防省は文書でもって、「ドイツ政府はイラク戦争に反対したが、ドイツがNATOの一員である以上、また国連安保理決議1441号に基づき、米国と英国に対して、ドイツの空域とドイツ領土内にある米軍基地の使用を認めざるを得ない」と答えました。しかし、同時に国防省は、この安保理決議1441号は、イラクに対して「大量破壊兵器を廃棄したことを証明しなければ重大な結果をもたらす」と警告したものであって、この「重大な結果」の意味は、イラクに対して軍事力を行使するには、「もう1つの安保理決議を必要とする」というのが、同省の解釈であると、述べています。
  この将校はこの国防省の解釈を認めず、命令に従うことを拒否し続けたので、彼は少佐の位から大尉に降格された上、軍は彼を軍規律に対する不服従の罪で起訴しました。
  裁判は長く続き、ついに、ドイツ連邦行政裁判所が、軍と政府の主張を退け、却下の判決を下しました。
  第2次大戦後、ドイツ軍の再武装に対するヨーロッパの世論が厳しかったことと、さらに、1950年代のドイツ軍には旧ナチ党員が多くいたことから、ドイツ軍にはさまざまな民主的な縛りがかけられました。その中には、人間の尊厳、ドイツ憲法や国際法などに違反するときは軍の命令に従わない権利が軍人に与えられています。
  ドイツ連邦行政裁判所はしばしばこのようなケースについて、明確な判決を下すのを避けてきました。しかし、今回のケースはイラク戦争の国際法上の違反性とドイツ政府のイラク戦争への協力という重大な問題であったため、避けて通ることが出来ませんでした。
  連邦行政裁判所の判決文の中には、「国連憲章第2条第4項により、他国に対する重大な脅威、並びに軍事力の行使は侵略行為である」とし、これに対する例外は、「国連安保理の決議と自衛のため」の2つであるが、イラク戦争はこのいずれにも該当しない、述べました。
  しかも、判決文には、1990年、米国自身が提案した筈の安保理決議678号はイラクのクエートからの撤退を要求したもので、1991年の決議687号も撤退が完了したことを認めただけのもであった、と述べました。さらに687決議には、イラクが毒ガス、生物兵器を使用した場合、「重大な結果をもたらす」とし、さらに国際テロリズムからもイラクが明確な距離をおくことを要求した、と述べています。そして、イラクはこの決議を受け入れたと、判決文には書いてありました。
  また判決文は1991年の安保理決議707号には、湾岸戦争ではイラクとの休戦が破られたとも、破棄されたとも書かれていない、とありました。それ以降のいかなる国連決議にもイラクに対する軍事作戦を容認するものはない、とも書かれています。
次に米国と英国のイラク戦争の正当化に使われている2002年11月8日の安保理決議1441号についてですが、判決文には、これは国連兵器査察官ハンズ・ブリックスとモハメッド・エルバラダイ両名に対して、イラクが協力しない場合、国連に報告するように求めたものであり、それを受けて国連がどのような措置をとるかについては、この決議には書かれていない、間違いなくこれは安保理で議論される筈であった、と述べています。
  決議第1441号については、国連憲章に沿って、一切の軍事行為を容認するものではなかった、そして、この決議の中で言われている「重大な結果」とは一般的な警告であると解釈されるべきだ、と判決文は書いています。一方、判決文には、米国と英国がこの決議をどのように解釈するかについては関知するものでない、と述べています。
判決文でとくに注目すべきなのは、判決文の中で、しばしば「ドイツのイラク戦争への協力は国際法違反である」と述べて点にあります。
  さらに重大な点は、ドイツ連邦議会の特別委員会が、2003年1月2日に発表した報告書に、「国連決議はイラクに対する軍事攻撃を合法化するものではない」とある点で、これをドイツ連邦政府の閣僚、とくにシュレーダー前首相が読んでいなかった筈はないし、さらに米国と英国が国連安保理に送った書簡には、あえて米英両国がイラクに対して自衛権を行使しなければならない理由がどこにも書かれていない、と判決文は述べております。
  とくに判決文は、詳しくドイツの基地提供行為について言及しています。「不法な軍事行動に対する協力は、戦闘行為に参加することだけにとどまらない、それは他の手段も協力と見なされる。攻撃に対する支持行為も、国際法上では攻撃と見なされる。これは不法な戦争の準備行為を禁じているドイツ憲法第26条に違反する、とあります。
判決文には、ドイツが尊重しなければならない国際法として、1974年12月14日の国連総会決議3314号、国連国際法委員会の諸決議、1907年ハーグ条約以来の国際諸条約を挙げています。
  最後にドイツがその領土を軍隊や軍事物資の移動に使用を許している点について、ハーグ条約には空陸海のすべての領土を侵略の軍隊の移動に使用させることを禁じており、さらにこれはドイツ憲法第25条に違反している、と述べています。
ドイツ政府がNATOの一員としての義務をあげていることに対して、NATO条約には、加盟国の侵略行為に協力することを強制していないこと、さらに国際法に違反した加盟国を援助することを強制していない、と述べています。またNATO条約は国連憲章の枠の中にあります。 
  さらに判決文は、NATOの加盟国が支援できるのは、NATO加盟国の領土内の武力紛争の時に限定されると規定しております。しかも1949年に米国の要請で追加された条項には、NATO協定の義務は加盟国の憲法に違反する場合は当てはまらないことになっている、とも述べています。ドイツ政府はドイツ憲法第20条第3項により政治的な理由で戦争を支援する権利はない、と判決文は述べています。
  さまざまな理由で、ドイツと日本のおかれている状況は似通っています。ドイツ連邦行政裁判所が、このほど下した判決文を長々と引用いたしましたが、日本においても明確な憲法判断、国際法の規定を盛り込んだ判決が下されることを願うものです。