著書の紹介  
プロローグ 新しい社会運動の登場
 
 

1.「反グローバリズム」の大きなデモ

 1999年11月30日、アメリカのシアトルで開かれたWTO第3回閣僚会議以来、北米やヨーロッパで「反グローバリズム」という妖怪が暴れまわっている。それは、サミット級の国際会議が開かれる都市で、必ずといっていいほど起こる激しい抗議デモのことである。
 この妖怪は、かっての共産主義のような特定の政治イデオロギーではない。また、左翼政党が組織したものでもないし、カリスマ的な指導者もいない。皮肉なことに、インターネットというグローバリゼーションの武器をフルに活用し、数万人単位の抗議デモを組織する。
 このデモは、次の3つを標的にしている。第一に、WTO、IMF、世界銀行など、グローバリセーションを推進している国際機関、第二に、これら国際機関を支配しているG7各国首脳たち、第三に、グローバリゼーションの真の受益者である多国籍企業だ。
 こうした新しい社会運動のさきがけとなったのは、98年に始まった、貧しい国の債務帳消しを要求する「ジュビリー2000」の国際キャンペーンである。その戦略は、G7サミットに向けて国際的に大量の署名を集め、あわせて大人数のデモによって帳消しを迫るというものである。これは非常に有効で、たとえば99年6月のケルン・サミットでは、会場を35,000人が「人間の鎖」で囲み、首脳たちから700億ドルという巨額の帳消しの公約をもぎ取った。
 この戦略が、シアトルのWTO閣僚会議で新ラウンドに反対する7万人のデモに受け継がれていく。ただし、ジュビリーがあくまでG7と「交渉しようとする」、言い換えれば交渉相手としてG7サミットの存在を認めているのに対して、シアトルのデモは、WTOの閣僚会議を「開かせない」、つまりWTOそのものに反対という点が、根本的に異なっている。

 シアトルのデモはどのように組織されたのだろうか。

 99年5月、市民活動家ラルフ・ネーダーを代表としる消費者団体パブリック・シチズンが、インターネット上で、「WTOの新ラウンドに反対し、シアトルに結集しよう」と呼びかけた。これに対して、わずか3カ月間に、65カ国、600の団体とネットワークが賛同した。
 ついで、直接行動ネットワーク(DAN)が、WTO閣僚会議を「開かせない」ために、同じくインターネットを通じて、直接行動を呼びかけた。この直接行動によって、閣僚会議の開会式は半日遅れ、これが引き金となって、ついにWTO閣僚会議は流産したのである。
 このシアトルの勝利以降、インターネットをフルに活用して、数万人、ときには数十万人規模のデモを組織するという反グローバリゼーション派の戦略が確立した。従来のNGOや、そのネットワークは、環境・人権・債務といった個別課題に限定して活動してきた。しかしシアトル以降は、ネオリベラルな市場経済によるグローバリゼーション、人間より企業の利潤を優先させる市場経済への抗議デモに収斂していく。
 この反グローバリゼーションのデモは、参加者の構成、デモの目的、手段など実に多様である。たとえば、シアトルでは、米国最大の労組AFL‐CIO、農業団体、環境NGO、消費者団体、女性団体、途上国との連帯運動グループ、さらには途上国のNGOや農民運動などが、それぞれ異なった要求を掲げて、ダウンタウンで祭りのようなデモを繰り広げた。その一方で、DANのメンバーは、早朝会議場前でピケを張って、政府代表の入場を阻止。夕刻には、アナーキストたちが、「グローバリゼーションの象徴である」としてマクドナルドやスターバックス店を襲撃した。
 このようなデモの呼びかけは、「コンバージェンス(Convergence、収斂)」と呼ばれる組織によって行われる。これは参加団体による実行委員会をつくるといったフォーマルな組織ではない。「多国籍企業の利益のみを優先する市場経済によるグローバリゼーションに反対すること」に合意する団体、グループ、コミュニティ、個人の緩やかな連絡会議である。したがって、代表者も規約もない。