DebtNet通信(vol.2 #20)  
「WTOドーハ閣僚会議で決まったこと」
 

はじめに

WTO(世界貿易機構)は、11月9日から6日間、カタールのドーハで第4回閣僚会議を開いた。2年毎に開かれる閣僚会議は、全加盟国の貿易・経済相が出席する最高の意思決定機関である。そして、あまり知られていないことだが、ここで採択される宣言や協定は、加盟国の政府だけでなく、企業、地方自治体に対しても拘束力をもっている。違反した時は、パネルと呼ばれる仲裁機関によって、罰則を受ける。
 WTOは貿易の自由化を推進する国際機関であり、ジュネーブに本部が置かれている。貿易に関する多くの議題について理事会、委員会が設けられており、それらを統括するのが、国連の総会に相当する一般理事会である。
 しかし、ニューヨークの国連総会のように、全加盟国政府がジュネーブに代表を派遣しているわけではない。142カ国(ドーハ以前)の加盟国の中で、代表を派遣することが出来ない貧しい国が29カ国にのぼっている。また、多数の人員を常駐させることが出来ない国は、同時に開かれる複数の会議をカバーできない。ところが、WTOには議論に参加していないものは、賛成と見なすという不文律がある。したがって、貧しい国の意見は恒常的に反映されない。また、WTOでは、投票でなく、コンセンサス(合意)主義をとっている。一見、民主的のようだが、実際には、事務局長が20−25カ国の非公式会議を開き、そこですべてが決められる。EU、日本、米国は常連で、その他がどのような資格で召集されるのかは不明である。加盟国全員が参加する理事会、委員会は、飾り物にすぎない。これは、「グリーン・ルーム」方式と呼ばれ、WTOの非民主性の象徴として、シアトル以前から非難されてきた。この問題はドーハでも解決されなかった。
  ドーハでは、 以下の6つの審議部会が設けられた。これらの議長は、

TRIPs協定:メキシコ
実施:スイス
農業:シンガポール
環境:カナダ
シンガポール項目:チリ
反ダンピング:南アフリカ

であったが、これを任命したプロセスは不透明であり、「グリーン・ルーム」に代わる「グリーン・マン」と言われた。

1.ドーハにいたる道


 2年前、シアトルで開かれた第3回閣僚会議が、7万人の抗議デモと、途上国の抵抗によって、「新ラウンド(多角間貿易交渉)」を開始することができず、流会した。
 WTOの多数派を占めるアフリカとLDCs(低開発国)グループは、WTO設立の法的根拠であるウルグアイ・ラウンド協定の改正を要求していた。その典型的な例はTRIPs(貿易と知的所有権)協定、GATS(貿易とサービスの協定)、最恵国待遇などであった。また、途上国は、先進国の農業補助金の撤廃、繊維製品の市場開放などの「実施」を要求してきた。これに対して、EU、日本、米国などの先進国側は、新たに投資、競争、政府調達の透明性、労働や環境基準など新しい議題について「新ラウンド」の開始を提案していた。つまり、途上国はウルグアイ・ラウンド協定の「実施」問題を、先進国は「新ラウンド」をそれぞれ要求するという、南北間の対立がシアトルの失敗の原因であった。
 WTOは、反対派が入国できない湾岸の首長国カタールを開催地に選んだ。しかし、9月11日事件が起こり、にわかに米国、英国、イスラエルなどの代表団の治安問題がクローズアップするという皮肉な事態になった。そこで、米国は「テロに屈しないためにドーハを開催する」、そして「貿易自由化のために、新ラウンドを開始すべき」だというロジックでもって、途上国政府を脅迫した。しかしドーハ直前になっても、南北対立は解消しなかった。

2.ドーハで何が決まったのか

 ドーハ閣僚会議は、途上国の抵抗によって、まる1日延長した。ここでは、閣僚宣言、TRIPs宣言、実施決議の3文書が採択された。EUのラミイ貿易代表は、これを「ドーハ開発アジェンダ」と呼んだが、決して途上国の開発を推進するものではない。
 途上国側は、農業補助金の段階的撤廃、繊維製品の市場開放、エイズについてTRIPs協定の例外措置などについて、EU、米国などから譲歩を得た。11月14日付けのロイター電は、先進国の市場開放によって、途上国には年間約700億ドルの収入増が見込まれる、と報じた。一方、先進国側は、交渉開始は2年後という条件付きだが、ともかく「新ラウンド」を宣言に入れることに成功した。
 ドーハにおいて、閣僚宣言草案の実質的な審議をした「グリーンルーム」のメンバー国は、EU(15カ国)、米国、日本、カナダ、オーストラリア、スイスなどの先進国と、ブラジル、メキシコ、チリ、インド、パキスタン、マレーシア、カタール、シンガポール、香港、グアテマラ、ニカラグア、南アフリカ、エジプト、タンザニア、ザンビア、ケニア、ボツワナなどの途上国の23カ国地域であった。

(1)南北問題の解決
 閣僚宣言の全文において、グローバル経済における貧しいLDCsの構造的な困難を認め、WTOがその解決に取り組むことを公約した。これは前進であった。
 一方、ドーハに向けて途上国が強く要求していた「2015年ミレニアムj開発目標(貧困を半分に減らす)は、宣言に盛り込まれなかった。これは、先進国クラブのOECDで提案され、国連、世銀などでもすでに採択されている。貿易自由化は開発目標を達成するための手段である筈なのだが、WTOにおいては、自由化自体が目的になっている。これは、間違いである。

(2) 「実施」諸問題
 LDCsは世界人口では10%だが、世界貿易では0.4%を占めるにすぎないにもかかわらず、先進国は、多くの公約の「実施」をサボタージュしてきた。
 すでにシアトル以前に、途上国は102項目にのぼる「実施」問題を要求していた。これには、先進国が約束していながら、「実施」していない問題と、途上国の能力不足、あるいは開発を妨げるために「実施」できない問題がある。途上国側は、これらウルグアイ・ラウンド協定の「実施」が与える開発への否定的な影響を調査、評価し、協定の見直しを要求してきた。その多くは、ドーハでは解決されず、ジュネーブにおいて、途上国が要求した「実施」項目を検討して、2002年7月までに報告書を作成し、2003年3月までに「実施」方法を策定することになった。これは実質的には緊急に解決すべき「実施」問題の先延ばしであった。
a 繊維と繊維製品協定
 「実施」の中で、ドーハで解決された数少ない項目であった。ウルグアイ・ラウンド協定では、2005年までに、先進国は数量制限を撤廃することになっていた。しかし、先進国はその「実施」を出来る限りサボタージュしてきた。ドーハでは、最大の繊維輸出国インドと輸入国の米国が激しく対立した。米国は、繊維の市場開放には、議会の承認が必要であって、それはとうてい望めないと主張した。EUでは、国内に繊維産業を抱えるポルトガル、スペイン、イタリアが抵抗した。彼らと、投資問題を持ちこもうとするEU内の工業先進国とこの問題では、利害が対立した。
b サービス協定
 ドーハでは比較的対立点がなかった項目であった。しかし、途上国は、すでに貿易とサービス(GATS)協定に盛られている「サービス部門の自由化の影響についての評価」が、宣言に盛り込まれなかったことに不満を持っている。ウルグアイ・ラウンド協定のGATS協定第19条にもとづいて、すでに2000年1月に交渉が開始されているとして、途上国は2002年6月30日までに自由化するサービス部門を特定し、2005年1月までに自由化交渉を終えるこおになっている。この場合、公約した部分については、変更はゆるされない。このようなタイトなスケジュールで途上国がGATS協定の交渉をすることは不可能である。
c 工業製品に対する関税
 途上国が輸出する工業製品に対する先進国の関税と、途上国が産業保護のために先進国からの工業製品に対する高い関税という2つの問題がある。途上国側は、累進課税や関税外障壁などの削減をかち取ったと喜んでいるが、実は、先進国側が、「高い関税」という文言を挿入したのであった。言うまでもなく、途上国側の関税を指している。さらに、途上国の工業製品に対する関税問題の交渉は、アフリカ7カ国が共同提案した「そのインパクトについての完全な検証が完了した後」という文言は、宣言に採り入れられなかった。
d 農業協定
 これについては、第1に、農産物を工業製品と同様に扱う、つまり農産物の完全自由化を要求するCairns(農産物輸出国グループ)とEU、日本、韓国などとの対立、第2にEUと米国が多額の農業補助金を出して安い農産物を途上国にダンピングしているという、2つの対立がある。ハービンソン一般理事会議長がドーハに出した草案は、比較的バランスのとれてはいたが、「トランプの家」のように脆い文書といわれた。この草案に満足の意を表明したのは、米国だけだった。多分農業の項を起草したのは米国だったのではないかと言われた。
 Cairnsには、米国やカナダ、オーストラリアなど先進国だけでなく、アルゼンチン、ブラジルなどの穀物輸出国、をはじめタイやフィリピンなどの途上国も加わっている。単純な南北対立の構図ではない。
 草案に猛然と反対したのは、EU、とくにフランスとアイルランドであった。草案の「輸出補助金の段階的な削減は、究極的には撤廃につながる」として、草案から削除を求めた。しかし、EUは、1日延長したドーハ会議の最後の瞬間に妥協した。
 ドーハ閣僚宣言では、すべての輸出補助金を段階的に削減する、さらにすべての国内支援を削減することを決議した。これはEUが補助金を全廃することにはならないが、今後圧力が強まることになる。また、すべての国内支援の削減とは、米国の輸出信用や食糧援助などを指すものであって、今後途上国市場でのダンピングが抑制されるだろう。
 しかし、EU,日本、韓国などの小農民にとっては、痛みを伴う譲歩となった。日本がこだわった農業協定第20条の「非貿易的関心事項に配慮する」という文言が残った。
 一方、途上国は、ドーハに向かって、WTOの農業協定に「開発ボックス」を挿入することを要求してきた。これは、途上国の食糧安保と農村開発という開発目標を盛り込むものである。しかし、これは、合意を得られなかった。代わりに、途上国に対する「特恵待遇」はWTO交渉の不可分の要素であることが盛り込まれた。これは、ウルグアイ・ラウンド協定が、特恵待遇を「例外」措置にしていたことに比べて、大きな前進であった。
 農業協定において、「非貿易事項」と呼ばれる項目がある。ここにEUは、動物愛護団体の意を受けて、「動物の愛護」という文言を盛り込んだ。EUの畜産業が動物愛護の面では最も進んでいると自負している。当然生産コストも高いわけで、このEUの水準に世界の畜産業を持って行くことをめざしたものである。ドーハに参加した英国の動物愛護団体RSPCAは「WTOの決議は動物の愛護ばかりでなく、農民や消費者も安全で健康な食品が生産されることを保証する」と語った。

(3) TRIPs(貿易と知的所有権)協定

 これには、生物を特許権の対象にすることに反対して、TRIPs協定から外すという途上国の要求と、最近アフリカのエイズ対策をめぐって明らかになった製薬会社の特許権という、2つの問題がある。ドーハでは、閣僚宣言の第17、18、19項の他に、TRIPs協定宣言という独立の草案が出された。
 第1の、生物をTRIPs協定から除外する、アジェンダ21の「生物多様性条約」や「生物安全議定書」との整合性を確立する、さらに「生物盗賊(多国籍企業が伝統的なコミュニティの知識に特許権をかける)」を阻止するなどといった途上国の要求がは盛り込まれなかった。
 一方では、TRIPs協定とエイズなど公共の健康との関係については、「加盟国が公共の健康を護るための政策を講ずることを阻むものではないし、また阻んではならない」という文言が採択された。しかし、議論の過程を詳細に見ると、草案には、「Shall Not Prevent」であったのが、製薬会社の利益を代表する米国やスイスなどによって「Should Not」に代えられた。これでは、法廷で争う場合、法的な強制力がない。また、ドーハのTRIPs宣言は政治的な宣言であって、法的拘束力を持つものではないとい見解もある。 

(4) シンガポール項目

 EU、日本など先進国は、1996年、シンガポールで開催された第1回閣僚会議に、「投資、競争、政府調達、貿易簡素化」といった新しい4つの議題について多角間貿易交渉(新ラウンド)を開始することを提案した。これは「シンガポール項目」と呼ばれ、途上国から、ウルグアイ・ラウンド協定の改正、貿易自由化が開発に及ぼす影響についての評価や先進国の公約の実施などを棚上げして、「新ラウンド」でより一層の貿易自由化をごり押ししようとするものだと、強い反発が起こり、シンガポールでは拒否された。
 その後、先進国が、OECD内で秘密裏に審議していた「多国間投資協定(MAI)」草案が、市民社会の強い反対によって廃案になると、MAI草案を「ミレニアム・ラウンド」と名を変えて、WTOに持ち込もうとした。しかし、シアトルでは、この問題をめぐって南北が対立し、閣僚会議そのものが決裂した。7万人のデモもまた、反「ミレニアム・ラウンド」で結集したのであった。
 ドーハ閣僚会議においても、「新ラウンド」は、南北対立の最大の争点であった。新ラウンドに最も熱心であったのは、EUであり、それに日本、米国が同盟した。EUは投資と競争問題に力を入れ、米国は、政府調達の透明性や貿易の簡素化に力点を置き、さらに貿易と環境、労働など新しい項目を加えることを主張していた。
 ドーハに出されたハービンソン議長草案には、「2003年11月の第5回閣僚会議をもって新ラウンドを開始する」となっていた。すでにシンガポール以来、途上国は新ラウンドに反対してきた。ドーハに向けても反対した。にもかかわらず、ハービンソン議長草案にこの問題が盛り込まれた。一般理事会は90カ国の反対意見を無視した議長草案を閣僚会議に提出したのは、WTOのルール違反である。
 WTO加盟国の3分の2を占める途上国は「新ラウンド」の文言を宣言に入れることに反対した。だが、ドーハ直前に、タイとフィリピンがEU市場へのツナ缶の輸出規制の緩和と引き換えに、新ラウンドに賛成したという情報もあった。一方、新ラウンドに強く反対したのは、パキスタンとマレーシアであったが、ドーハの最終日に猛然と反対したのはインドであった。そして、インドを先頭とする途上国12カ国の連合戦線は、第5回閣僚会議までに、新ラウンドの開始は、「明白な(Explicit)合意に達した場合」という前提条件を挿入した。つまり、2年間の「研究期間」というモラトリアムを獲得したのであった。
 シンガポール項目の作業部会の議長であったカタールのユーセフ・カマル蔵相は、最後の全体会議において、閣僚宣言のシンガポール項目に関する第20、23、26、27条について、「交渉を開始する前に明白な合意が必要であると理解する」という特別声明を行った。これは、インドなどの不安を解消することを狙ったものだが、法的な根拠とならないという解釈がある。また、WTOにおける「合意」が如何にいんちきなものであるか、これまですでに明らかである。いずれにせよ、ドーハで「新ラウンド」を閣僚宣言に盛り込んだことは、EUなど先進国側の勝利であった。EUは「新ラウンド」を「開発ラウンド」と改名したが、内容は変わらない。  

(5) その他の問題

a ダンピング問題
 米国は、反ダンピングを武器にして、日本、韓国、ブラジルやインドなど新興市場国にの工業製品の輸出品に対して、最も頻繁に貿易制裁を課してきた。これは、貿易自由化を推進するWTOのルールに最も違反している。ドーハに臨んで、ゼーリック米国通商代表は「新ラウンド」について議会から一括委任状(Fast Track)を得るために、反ダンピングの制裁措置について一歩も譲歩できないというジレンマを抱えていた。そのため、あらゆる手段を通じて、草案の文言を弱めようとはかった。しかし、最後には、米国は、WTOの反ダンピングと補助金協定に基づいて、「規律を明確化し、改善する目的で交渉する」という文言を受け入れた。しかし、採択された宣言がどのような意味を持うものであるかを知るには、今後の動向に待たねばならない。

b 貿易と環境
 EU、とくフランスは、環境問題を強引に草案に盛り込もうとした。これに対して、途上国側は、これが「エコ保護主義」につながるとして強く反対した。しかし、EUは巧みに、WTOのルールと京都議定書などアジェンダ21の高く間環境諸協定(MEAs)との関係を貿易交渉の議題の中に盛り込んだ。また、WTOの環境委員会とMEAsの事務局との定期的な情報交換、WTOをMEAsにオブザーバー資格を与えることなどを盛り込んだ。MEAsの非協定国(例えば、京都議定書から脱退した米国など)がWTOの交渉においては、MEAsに縛られないと書かれている。グリーンピースなどは、これがMEAsそのものを骨抜きにする危険性があると警告している。
 もう一つの争点であった、EUの「エコ・ラベル」については、同じくエコ保護主義と疑いを持つ途上国とCairnsグループが連合して、ジュネーブの「貿易と環境委員会」に差し戻した。

c 貿易と労働
 米国は、労働基準問題をWTOに持ちこむことを主張した。これを、先進国の労組などが支持した。しかし、途上国、とくにインドが、労働基準の問題はILOで議論すべきであって、WTOでは、先進国の保護貿易主義の武器として使われると反対し、結果として、単に1996年の第1回閣僚会議宣言を再確認したことにとどまった。しかし、先進国によって、草案にあった「ILOは、この問題について実質的な対話を行う適切なフォーラムである」という文言が削除された。これは、WTOもまた、実質的な対話のフォーラムになり得ると解釈される。

d EU−APCコトノー協定の除外
 EUは旧植民地のアフリカ・カリブ海諸国(APC、78カ国、うちWTOに加盟しているのは56ヶ国)との間に手厚い保護貿易協定を結んでいる。協定が締結されたアフリカの地名をとって、コトノー協定と呼ばれる。 
 これはWTOの多角間貿易協定の原則に抵触する。たとえば、EUはAPCから数量割り当て制度にもとづいてバナナを輸入しているが、これは、APC以外のバナナ輸出国のエクアドルにとっては障害になった。昨年、米国がEUをWTO協定違反であるとして、スコットランド製手編みのセーターの輸入に、報復として高い関税をかけたという事件が起こった。
 ラテン・アメリカのエクアドル、コスタリカ、ホンデュラス、パナマなどのバナナ輸出国やツナ缶輸出国のタイ、フィリピンなどの反対があったが、EU・APC連合の努力で、WTO協定から、コトノー協定は2年間、除外措置(Waivers)を獲得した。コトノー協定そのものは、2006年まで有効である。

3.ドーハは南北痛み分け

 以上、ドーハの文書を検討して明らかなことは、南北ともに痛み分けになっている。
 先進国側は、来年5月に大統領選を控えているフランスが閣僚中最も力のある農業相を送り込み、農業補助金の撤廃に反対した。また米国は、反ダンピング問題で通商法を死守しようとした。フランスも米国も、全先進国のバックアップが得られず、孤立し、最後に譲歩を迫られた。一方、途上国側は、あらゆる議題について、先進国勢に対して、団結と攻勢を強めたことは、注目に値する。とくにアフリカとLDCsの働きは目覚しいものがあった。 
 南北いずれが勝利したのか明白になるのは、ジュネーブでの今後2年間の交渉にかかっている。しかし、これまでの例では、力のある途上国が、農業など自分に関心のある交渉にのみ勢力を注ぎ、WTOの全体像や貧しい途上国の課題を見過ごしてきた。途上国は、協定を批准した後、その意味するところが判り、後悔するという、ウルグアイ・ラウンドで犯し誤りを繰り返す危険が大きい。

4.ドーハ会議と市民社会

 WTOには600のNGOが登録している。この中で、純粋にNGOとよべるのは200団体で、残りは、多国籍企業のロビイ組織である。
 ドーハには、WTOに登録されたNGOしかビザが出なかった。そのため、シアトルのように街中で抗議デモをすることが出来なかった。またNGO側も9月11日事件以来、戦闘的な行動をすることを自制するきらいがあった。
 ドーハにはホテルの収容人数が非常に限られていた。しかし、600人が参加すると言われた米国政府代表団のように議員のほとんどが治安を理由にキャンセルし、60人に激減した。そこで急遽、米国NGOに予約した部屋を埋めるように要請するというような事件もあった。
 閣僚会議に参加したNGOは、約100団体、200人内外であったが、Public Citizenのロリ・ワラチ、農業と貿易政策研究所(IATP)のマーク・リチー、第三世界ネットワーク(TWN)のマーチン・コー、地球の友インターナショナル、グリーンピースのレミ・パルメンティエール、国境なき医師団のダニエル・バーマン、ヘルス・ギャップ連合のエーシア・ラッセル、OXFAMインターナショナルのマイケル・ベイリー、Focus On Global Southのウオーデン・ベロ、国際自由労連(ICFTU)など、南北の一騎当千の活動家や理論家であった。NGOはロビイ活動において優れているだけでなく、会議の進行状況や内幕についての情報能力はマスメディアをはるかに凌ぎ、貧しい国の代表たちにとっても貴重な援軍であった。
 フランスの農民でマクドナルド店を襲撃したことで知られるジョゼ・ボベを先頭に、遺伝子組換え農産物に反対する2〜30人のNGOの活動家は、会議場に対してデモを行い、入り口で米国が派遣した海兵隊ともみ合いになった。しかし、カタール警察が仲裁に入り、無事入り口を突破した。
 一方、閣僚会議の初日に当たる11月9日金曜日、世界の主要な都市で、WTO反対のデモが行われた。インドのニューデリーでは、70万人がデモをした。

5.今後のジュネーブの課題

(1) 9項目の多角間貿易交渉

 ドーハ以後、ジュネーブにおいて、途上国は常時並行して開かれる、非常に複雑な交渉に臨まねばならない。これには、十分な情報と努力を必要とする。
 ドーハ以後、2005年までの交渉分野は、
@実施
A農業
Bサービス
C工業製品の関税
DTRIPs
E反ダンピング
F地域貿易協定とWTOの関係
G紛争処理
H貿易と環境、である。これは、Gの紛争処理の見直し交渉を除いたすべての交渉は、一括審議事項(A Single Undertaking)扱いになり、2005年1月までに交渉を完了しなければならない。完了後、新しい1つの「貿易交渉委員会」に集約されて、1つの議題として取り扱われる。ここでは、全加盟国が署名し、批准した時に、協定として発効する。
 また、ドーハ以後、2003年の第5回閣僚会議までの期間に、
貿易と投資に関する作業部会
貿易と競争に関する作業部会
政府調達の透明性についての作業部会
貿易簡素化にういての理事会
電子取引きの作業プログラム
小規模経済についての一般理事会
貿易と債務、金融についての作業部会(新規)
貿易と技術移転についての作業部会(新規)
貿易と開発委員会(特恵待遇についての見直し)

(2) 第5回閣僚会議の課題
 ドーハでは、すべてが今後2年間のジュネーブ本部での審議に先送りされた。
 ドーハ後、11月19日、ジュネーブにおいて、マイク・モア事務局長は、第5回閣僚会議で予想される困難について、記者会見で以下のように語った。
@ シンガポール項目についての交渉を始めるべきか否かの決定、A 貧困国がその交
渉に参加するのに十分な能力向上と技術移転がはかられたかという2つの問題が横たわっている。
 ドーハでは、インドはカタールの議長声明を引き出し、「交渉を開始するか否かを決める方策についての決定であった」と解釈している。一方新ラウンドに最も熱心なEUは「第5回では、交渉の方法諭を決めるべきで、ドーハでは交渉そもものは決定された」と理解している。
 ドーハの閣僚宣言では、貧困国の能力向上と技術移転の必要性が強調された。しかし、現実には、年間8,080万ドルの予算しか計上されていない。モア事務局長は、いくらかの予算増加と事務局の再編が必要だと語ったが、1ドル当たりを1.20ドルに増やすだけである。このような姑息な手段では、先進国と貧困国の格差は埋まらない。