DebtNet通信(vol.2 #19)  
「モントレイ会議の報告」
 

「モンテレイ合意」とは何か

―国連開発資金会議の報告               北沢洋子(国際問題評論家)

 国連は、2002年3月18〜22日、メキシコ北部の工業都市モンテレイで、185カ国が参加して、開発資金会議を開催し、「モンテレイ合意」と題する決議を採択した。
 会議の最終日には、ブッシュ米大統領をはじめ51人の国家首脳が出席したので、モンテレイ・サミットと呼ばれた。だが、英、独、尹、日などG7の首脳たちが欠席し、また、アジアの多くの国が閣僚レベルの参加にとどまったため、サミットと呼ぶにはほど遠い。ただメキシコで開かれたこともあって、ほとんどのラテンアメリカの首脳が参加し、また、「貧困削減のための資金」がテーマであったので、アフリカの大統領が多数出席したのが特徴的であった。。

1.国連が開発金融会議を開催する理由

 冷戦後の1990年代、国連は、子ども、環境、人権、人口、社会開発、女性、人間居住などグローバルな課題についてサミット級の会議を開催した。ここでは、国家首脳が参加し、2000年までに達成すべき「行動計画」を採択した。途上国の貧困の根絶、とくに子どもや女性の人権の尊重、地球環境の回復などがメーン・テーマであった。国連は、国家の安全保障より人間の安全保障を優先し、経済開発よりも社会開発を重視する、さまざまな行動計画を採択した。
 しかし、これらの決議は、ほとんど実施されなかった。それだけではない。とくにこれらグローバルな課題をめぐる途上国の状況ははるかに悪くなっている。その理由は、「資金がない」ことに尽きる。これら「行動計画」の実施には、巨額の資金が必要である。先進国は、「新しい資金」の支出を拒んできただけでなく、従来のODAを減額したのであった。
 2000年、国連はミレニアム・サミットを開催し、2015年までに15億人にのぼる貧困層を半減するという「ミレニアム・グローバル目標」を採択した。モンテレイの開発金融会議は、この「資金問題」の解決をめざしたものであった。そのため、国連単独ではなく、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、世界貿易機構(WTO)との共催の形をとり、さらに政府、ビジネス、市民社会の代表による円卓会議を開いた。これは国連の新しい試みであった。

2.「モンテレイ合意」の中身

 「モンテレイ合意」は、先進国の主張がほとんど取り入れられたものになった。

1) 南北問題
 途上国は、「行動計画の実施を可能にする国際的な環境の整備」として、「先進国が“新しい資金”の供与を公約すべきである」と主張した。
 一方先進国は、「諸行動計画が実施されなかったのは、途上国のガバナンスがないためである」、したがって「腐敗追放、財政均衡、税制度、経済改革、資本市場整備などが先決」だと主張した。最終的には、ほとんど先進国の意見が取り入れられた。

2)「新しい資金」をめぐって
 「新しい資金」問題については、債務帳消し、ODAの0.7%、為替取引税(CTT)という3項目に絞られた。しかし、これらは、「...と呼びかける」など、拘束力のない表現に留まった。

(1) 債務帳消し
 先進国は、重債務貧困国に限定したIMF、世銀のこれまでの債務削減方式に固執し、むしろ、債務国が債務管理能力の向上をはかるべきだと主張した。しかし、南北間での激論の末、途上国側が要求した、債務削減の枠組みに「ミレニアム開発目標」を取り入れることに合意をみた。必然的に、より多くの債務削減が必要になる。
(2) ODA
 アナン事務総長は、エイズ根絶、貧困根絶のプログラムを遂行するには、今日のODAを倍増する必要があると訴えた。実際、「ミレニアム開発目標」を達成するためには、GNPの0.7%以上にODAを増やさなければならない。
この「0.7%」問題は、すでに1972年のUNCTAD IIIで承認されている。しかし、
現在、北から南に供与されているODAのGNP比は、平均して0.3%を下回っている。米国にいたっては0.1%である。0.7%を達成しているのは、北欧諸国など5カ国にすぎない。「モンテレイ合意」では、達成していない先進国に「明確な努力をするよう励ます」だけに留まっている。NGOが要求したような、達成の期限を付けた決議文ではない。
(3)「為替取引税(CTT)」
 2001年1月の開発資金会議の準備会議に提出された「国連事務総長報告書」には、2000年6月、ジュネーブの国連社会サミットでのCTTに関する決議が引用されている。決議文は、「新たな、かつ革新的な資金源についての提案の有利性、不利性についての活発な分析をすること」と記載されたが、最後の全体会議で、CTT推進派のカナダとタイが、「新たな、かつ革新的な資金源」とは「CTT」を指すというスピーチを行い、このスピーチは決議文の付属文書になった。このくだりが事務総長報告書に精しく記載された。
 「モンテレイ合意」でも、「CTT」の文字は消えているが、「可能性のある革新的な資金源についての事務総長の報告書において要請された分析の結果を、適切な場で、研究することに同意する」という幾重かの間接的な表現に終わっている。これでは、CTTはいつのことになるやら全く見当もつかない。

3.CTTと地球公共財

 ヨーロッパ連合(EU)は、一方的にCTT導入に動いている。すでに、フランス議会がCTT導入を決議し、ドイツ経済協力省は、モンテレイ・サミットに向けて「CTT導入は可能」という報告書を発表した。さらに、フランスとスエーデンがイニシアティブを取っているのだが、EUは、教育、医療保健、とくにエイズ対策などを「地球公共財」と規定し、そのために、大量の資金を北から南に供与すべきだと主張した。
 このCTTと地球公共財という2つの問題は、8月のヨハネスブルグの国連持続可能な開発サミット(WSSD)に向けて、EU・途上国連合と米国の対立点になって行くだろう。その時、これまでのように、日本は米国に追従してはならない。

4.「コンセンサス」は「ナンセンス」

 モンテレイ・サミットは、米国がその開催にすら反対していたために、開催すること自体が目的化してしまい、その中身は、これまでの国連諸決議の追認に終わってしまった。したがって、モンテレイ・サミット開催の目的であった「新しい、追加の資金の調達」については、何ら進展がなかった。NGOは「モンテレイ・サミットは失敗」と分析した。
 モンテレイ・サミットのテーマは、低開発国(LDCs)の貧困問題であった。LDCsにとっては、政府開発援助(ODA)が唯一の開発資金である。したがって、ODAの増額が約束されねばならない。しかし、ODAは先細りである。ではどうするか。
 そこで、米国をはじめとして、IMF、世銀、WTOなどは、直接投資と貿易という民間資金の動員を提案した。しかし、民間企業の活動は、貧困根絶のためではなく、利潤追求を目的にしている。そこで、多国籍企業が対象にするのは、新興市場国である。新興市場国にとって、先進国からの対外投資、貿易拡大をはかるためには、汚職追放、民主主義の確立、経済の自由化といった「環境整備」をしなければならない。モンテレイ・サミットでは、アジア、ラテンアメリカなど新興市場国の代表は、いかにこれらの条件整備を行っているかの説明に終始した。
 一方、低開発国側も一枚岩ではない。国連によって、LDCsと規定された国は49カ国である。またサハラ以南のアフリカは、債務危機とエイズの危険に晒されている。またカリブ海や南太平洋の島嶼国グループも、地球温暖化によって、国の存立さえ脅かされている。「モンテレイ合意」では触れられなかったが、紛争以後の国の復興問題もある。抱えている問題が多様であることもあって、LDCsが団結して、発言するという場面が見られなかった。

5.ブッシュとEUによるビューティ・コンテスト

 アナン事務総長は、モンテレイ・サミットに先だって、「ミレニアム・ゴールを達成するためには、ODAを倍増するよう」訴えた。
 これを受けて、バルセロナで開かれたEUサミットでは、「ODAを年間70億ドルづつ増やし、2006年までに計200億ドル増額する。その結果、現在のEU平均GNP比0.37%を0.39%に引き上げる」ことを決議した。EU加盟国の中では、すでにスエーデン、デンマーク、オランダ3国が0.7%を上回っている。さらにバルセロナでは、ポルトガルとアイルランドがODAを0.7%にすることを公約した。 
 続いて、ブッシュ米大統領は、モンテレイ・サミットの1週間前に、「新しい開発の契約」を発表した。これは、2005年から3年間、ODAを50億ドル増やすというものである。しかし、これには、@「グッド・ガバナンス」、つまり、腐敗をなくし、人権を守り、法の秩序を確立する、A「保健と教育に投資する」、B「企業を起こす健全な経済政策」、つまり恒久的な成長と繁栄に向けた市場開放、持続可能な財政などを行うとしている。米国のNGOは、これは、議会での承認がなければ、絵に描いたモチだという。 

6.見えない日本

 ブッシュ大統領とEUのビューティ・コンテストが繰り広げられる中で、最も悲惨だったのは、ODAを10%減らした日本であった。まず、サミット会議では、川口外務大臣も参加しなかったため、日本政府代表のスピーチは、最終日の夜、ガラガラの会場で行われた。その内容も、人作りや南南協力という空虚なもので、EUの地球公共財論などにとても対抗できるものではなかった。沖縄サミットにおいて、日本はエイズ対策として、30億ドルの資金援助を公約したが、まさにエイズ問題が焦点となった時、日本はだんまりを決めた。日本は長引く経済不況と巨額の財政赤字を抱えているが、それでも世界第2の経済大国である。日本がはたすべき国際的役割を忘れてはならない。