DebtNet通信 (vol.1 #34)  
エイズと債務について
2001年7月22日


英国Jubilee2000の加盟団体の1つであったWorld Development Movement(WDM)は、国連エイズ特別総会に向けて、「AIDSと債務についての報告書」を発表した。これは、その抄訳である。
全文はホームページwww.wdm.org.uk“ The vicious circle: AIDS and third world debt”にある。

悪循環:AIDSと第三世界の債務
国連HIV/AIDS特別総会に向けた世界開発運動(WDM)報告書2001年6月25日

はじめに

“HIV/AIDSは、アフリカの開発に対する、最大で、最も深刻な挑戦である。この疫病は、経済成長を阻害し、社会・経済発展を根本的に脅かしている。”
―2001年5月25日 Clare Short 英国国際開発大臣の発言―

アフリカのHIV/AIDS危機は、ようやく国際的関心を集めた。しかし、AIDSと途上国の債務危機との致命的な関係は、見過ごされている。

AIDSは債務状況を悪化させ、また、債務はAIDSを激増させる。サハラ以南のアフリカほど、それが顕著なところはない。この報告書は、新しく設けられる「グローバル・エイズ信託基金」を考察し、エイズと債務との関連を明らかにし、国際社会に勧告するものである。
 
1)「グローバル・エイズ信託基金」とは何か

2001年4月、ナイジェリアのアブジャで、アナン国連事務総長は、エイズ対策のために年間70−100億ドルの基金の樹立を呼びかけた。世界の首脳がこれを支持し、そして、途上国のHIV/AIDS対策のための資金問題が浮上し始めた。

しかし、先進国政府は、大きな拠出金を公約しようとしなかった。米国は2億ドルを約束した。英国は7,500万ポンド(約1億ドル)を公約した。これでは、アナンの100億ドルは、単なる願望でしかない。

国連開発計画(UNDP)のMark Malloch Brown所長は、「米国の2億ドルというのは、米国以外の国が6億ドル、民間企業が2億ドル出して、今年の資金が10億ドルだということを意味している」と語った。

世銀の計算では、アフリカのエイズ対策だけで32−45億ドル必要である。しかし、現在のところ3億5,000万ドルにとどまっている。

グローバル・エイズ同盟(GAA)は、サハラ以南のアフリカでは、HIV/AIDSと闘うためには、年間150億ドル必要だといっている。

また、新しいグローバル信託基金がどのように使われ、誰が運営するかについては、決まっていない。世銀、国連機関、または専門家とドナーの新しいパネルなどというオプションがある。

基金を受ける国、国の数、また使途などについての合意ができていない。またそれを決めるのは誰かという問題も合意していない。

2015年の国際開発目標を達成するという観点では、新しいグローバル・エイズ信託基金は脚光を浴びたようだ。しかし、WDMは、世界の首脳が“債務疲れ”を起こしているのではないかと恐れる。

1999年のケルン・サミットにおいては、G7首脳は、1,000億ドルの債務帳消しを約束した。しかし、実施されたのは120億ドルにとどまっている。WDMは、債務危機を終わらせるためにキャンペーンを続ける。また世界の首脳が新しいグローバル・エイズ基金に熱心になると、債務帳消しの必要性が薄れるのではないかと、心配している。

これまで、HIPCsイニシアティブの下で実施された債務救済は、それなりに成果を見せてきた。たとえば、ウガンダの債務返済は、年間1億5,000万ドルであったものが、8,800万ドルに減った。そして、浮いた資金はウガンダの「貧困行動基金」を通じて、保健と教育費の廻されている。債務救済以後、ウガンダのプライマリー保健ケア費は270%増加した。

ウガンダなどの国ぐにでは、市民社会が、債務救済から生まれた使途をモニターする役割を果たしている。債務救済を受けたすべての国で、市民社会が貧困削減の使途について優先順位を決めるという役割を演じている。 

WDMは、より多く、かつより早い債務救済と帳消しこそが、HIV/AIDSと闘っている国を支援するには決定的であり、効果的であると主張する。

2)HIV/AIDSが最も猛威を振るっている地域

アナン国連事務総長は、「この疫病が最も広く、最も早く広がっているのは貧しい国、とりわけアフリカである。現在、開発にとって最も恐るべき挑戦となっている」と言っている。

HIV/AIDSは世界的な問題である。しかしそれが最もひどいのはサハラ以南のアフリカである。

サハラ以南アフリカ
HIV/AIDS感染者数    :2,530万人 (世界:3,610万人)
15−49歳の成人の感染率:8.8%
年間AIDS死亡者数    :240万人
年間HIV感染者数     :380万人
サハラ以南のアフリカの国別感染率
中央アフリカ :13.84%
マラウイ   :15.96%
モザンビーク :13.22%
タンザニア  : 8.09%
ザンビア   :19.95%

上記のように、感染率が危険なまでに至っているとき、AIDSとの闘いは、最も緊急課題である。

3)エイズ危機がもっとも大きい国

 サハラ以南のアフリカでは債務危機が最も大きい。
 IMF・世銀のHIPCsイニシアティブ対象国41カ国中、サハラ以南のアフリカは34カ国に上る。
 サハラ以南のアフリカの債務総額は、1,700億ドルである。 
 サハラ以南のアフリカは1週間毎に、4,000万ドルを債務返済に充てている。
 以下の表は、削減後も債務返済額が医療費や教育費よりも多いことを示している。

         単位:百万ドル
国名 1999年の債務返済額 2001年の債務返済額 初等教育費 医療費
マラウイ 102 59 82 51
モザンビーク 214 48 119 73
ルワンダ 49 16 6 8
タンザニア 144 142 229 88
ウガンダ 179 51 37 16
ザンビア 331 158 33 24

Peter Piot UNAIDS所長は、「構造調整によって政府に特別な問題を抱えることになった。なぜなら、AIDSの蔓延をもたらした要因の多くは、構造調整プログラムによって引き起こされたものであるからだ」と述べている。

1999年9月、WDMとMedActの共同報告書「死にいたる条件」のなかで、「どうしても必要な債務救済に付随する条件こそが、HIV/AIDS禍を培養している」と警告した。

債務がAIDsを、2つの方法で悪化させている。
(1) 年間の債務返済
毎年、サハラ以南のアフリカの債務国政府は、国家予算のかなりの額を債務返済に充て
ている。何年もの間、債務返済のために国家の資金を振り向けてきたことは、人材育成やインフラ投資といった医療と教育のための資金を枯渇させることになった。その結果、サハラ以南のアフリカの医療・教育サービスを非常に悪化させた。

政策 改革 結果 HIV/AIDSへの影響
  医療サービスの受益者負担 保健サービスへのアクセスの喪失 HIV/AIDSに対する理解の低下
健康状態の悪化
AIDS患者の治療の低下
  教育サービスの受益者負担 子ども、特に女子の就学率低下 子どもの保健教育喪失
非識字者のエイズ認識低下
女性の地位の低下は貧困と感染を増大させる
政府の支出削減   収入を増やすため母親と女子が売春 HIV感染率を高める
  医療と教育費の削減 施設の質と量を低下
スタッフの削減
HIV感染率を高める
  公共部門の削減と賃金凍結 人員不足が教育と医療サービスの低下 HIV感染者の増加
    失業 失業者の感染率の増加
  食糧・燃料など補助金の撤廃 貧困の増加
栄養の低下
貧困者は感染率と死亡率が高い
    保健所に通えない 保健サービスの喪失
  政府の対策費
欠乏
行政能力の低下 政府のエイズ対策が低下
    失業 失業者のHIV感染率が高まる
輸出の増大 輸出志向型大
プロジェクトの推進
移住労働者の増大 HIV感染率の増加
移住労働者がHIVを蔓延

(2) 債務救済の条件

これまで15年間、IMF・世銀は、融資の際に条件を付けてきたし、最近では、債務救済の際にも付けている。

過去において、これらの条件は、構造調整プログラムと呼ばれる改革パッケージから成っていた。これは、融資を受ける国は、政府の支出を削減し、輸出を増大させるという2つを実施しなければならない。
上記の表で明らかなようにこれらの政策は、HIVの蔓延をもたらしている。

1999年12月以来、構造調整プログラム(SAP)は、「貧困削減戦略ペーパー(PRSP)」の条件に代わった。HIPCsイニシアティブの下で、債務国政府は、貧困削減戦略ペーパーを策定しなければならず、さらにIMF・世銀の承認を得なければならない。

WDMの分析によると、貧困削減戦略ペーパーは、より多くの資金が医療と教育に廻されているとはいえ、かっての構造調整プログラムに非常に似ている。

貧困削減戦略ペーパーが推進する経済成長のモデルは、輸出志向型の工業化である。したがって、大量の人びとが仕事を求めて、農村から都市部、輸出加工区、その他の商業センターに移住する。この移住はHIV/AIDSの蔓延を助長する。

4)エイズは債務を増大させる

最も感染率の高い南部アフリカの国ぐにでは、HIV/AIDSの結果、今後10年間で、GDPが15−20%減少するとう証拠が挙がっている。

以下の表は、HIV/AIDSが重要な部門で経済を弱めていくことを示している。

エイズの影響 経済への影響
自身が感染、親戚の看病、葬式に出 労働生産性の低下
会社の医療費負担増 利潤率の低下
労働者、教師、保健担当者、公務員の死 サービスの質・量の低下
新規のスタッフを雇用と研修の必要 効率と生産性の低下が利潤率の低下に
労働者数の減少と貯蓄率の減少 国家の貯蓄減少が、投資資金の減少と成長率の低下
労働者が病気と死亡 納税者の減少が、社会サービスへの資金の減少
政府のエイズ対策資金の増大 生産的経済への投資資金の減少が成長率を低下
HIV/AIDS対策が、通常の医療と教育
サービスの資金の枯渇
保健ケアの質・量の低下と教育の質・量の低下が経済成長の低下


ILOによれば、AIDSに最も影響される産業は、運輸、鉱山業、漁業、農業、建設、観光でであろうと予測している。これらは、すべて輸出産業である。サハラ以南のアフリカでは、2020年には、経済成長が25%減となるだろう。GDPは、2010年には、AIDSによって17%減少する。ボツワナいおいては、最貧困層の1人当たりの年収が、今後10年間で、13%減少する。

民間部門がその多くのコストを負担することになる。タンザニアでは、6社を調査した結果、従業員に対する年平均医療費は、1993−97年に比べて、AIDSのせいで、3倍も増加した。また会社の葬式代は5倍も増えた。

公共部門も費用が増えている。スワジーランドでは、1997年のレベルを維持するためには、今後17年間、2倍の教員の養成をしなければならない。そのために余分に支払う雇用と研修の費用は、2016年には、2億3,300万ドルであり、1998−99年のすべてのモノとサービスに充てた政府の予算よりも多くなるだろう。

民間、政府部門ともにAIDSによる支出増は、将来の経済成長や、債務返済に暗い影を落としている。

HIPCs債務救済後でさえ、多くの国が債務返済にその予算のかなりの部分を割いており、成長率の低下をもたらしている。
 
4)悪循環を断ち切る:結論と勧告

結論

債務とエイズは、原因と結果の悪循環でもって、密接に関連している。債務危機とエイズ危機に見舞われた国にとっては、この2つに同時に取り組むことが解決である。それには、かなりの新しい資金と新しい思考が必要である。

WDMは債務救済と帳消しこそが、途上国がHIV/AIDSと闘う資金を提供するのに、最重要であり、最も効果的だと信じている。

勧告

以下の勧告には、すべての面で「女性の役割」を考慮に入れるべきである。
(1) 債務帳消し

毎年の債務返済は小さく、かつ弱い経済から多額の資金を奪っている。その結果、政府は、医療と教育サービスに使う資金を大量に減らしている。低所得国の毎年の債務返済を止めさせるためには、このような支払い不可能な債務は帳消しにすべきである。

IMF・世銀は、どの国の債務を救済する、あるいはいくら救済するかといったやり方を変えるべきである。債務の返済は、貧困削減プログラムに使用された残りの資金から支払われるべきである。

世銀は、債務救済の額を、経済成長率について楽観的な計算にもとづいて、決めている。
この計算は、HIV/AIDSによる成長率の低下を予測して、再検討されるべきである。その結果、より多くの債務救済を受けることになるだろう。

(2) 債務に付随した条件の見なおし
IMF・世銀は、直ちに、債務救済に付随した条件の影響を検討すべきである。政府の支出の削減といった政策改革がHIV/AIDS危機を悪化させているという証拠があれば、その政策は直ちに見直されるべきである。

(3) HIV/AIDSの基金は、開発の包括的なアプローチの一部であるべき
コミュニティによる開発に対する長期援助、すべての人びとの基礎的保健、教育へのアクセスの保証などが、重要である。エイズ治療薬は重要だが、予防に力点を置くことが決定的である。重い債務を抱え、HIV/AIDSと闘っている国が、保健問題と取り組むためには、より一層の債務を生み出すローンでなく、無償の援助が必要である。

サハラ以南のアフリカでは、エイズは債務危機と密接に関連している。債務とエイズという悪循環を断ち切るためには、この2つの危機と同時に取り組むという国際的な公約がなされなければならない。WDMは、より多くの、より早い債務救済と帳消しこそがHIV/AIDSと闘う途上国を支援するためには、最も決定的、かつ効果的である、と信じている。