コラム  
「世界を震撼させた米国サブプライムローン」
 
『社会民主』07年11月号掲載


 今年7月半ば、米国で低所得者向けに貸し付けていた住宅ローン、通称サブプライムローンの返済不履行問題が発覚した。
 このサブプライムローンは米国の住宅ローン全体の15%を占め、残高は1兆5,000億ドルに上る。貸付期間は30年と長期ものである。この中で焦げ付いた分はせいぜい500億〜1,000億ドルと見られる。この程度の焦げ付き額では、その影響は米国内に留まっていたはずだった。

グローバル化したサブプライムローン危機

 しかし、米国のサブプライム危機が突然ヨーロッパに飛び火をした。8月9日、フランスの大手BNPパリバ銀行が、その傘下にあった3つのファンドの解約を凍結する措置をとった。これはファンドの取り付け騒ぎが起こったことへの対抗措置であった。
 騒ぎはフランスの大手銀行にとどまらなかった。13日、カナダの投資会社コベントリーが、期日を迎えた資産担保コマーシャルペーパー(ABCP)の借り換え発行ができなくなった。買う人がいなかったためである。
 最も打撃を受けたのは日本であった。8月10日、株価が一斉に下がりはじめた。それにつれて為替レートが円高に転じた。以来、株安、円高はとどまるところを知らない。
 世界の金融界にとって、これは大きな衝撃であった。なぜ米国の住宅ローンの不良債権問題が世界中に飛び火をしたのか。なぜグローバルな問題になったのか。

サブプライムローンの悪質な手口

 まず、サブプライムローンとは何か。
 それは2004年ごろから始まった。当時米国では住宅価格は上昇しており、同時に金利が安かった。そこでローンで家を購入していた人は、より利子が安いローンに借り替えた。そこで毎月返済する金利が安くなり、そこから浮いた資金で消費財を購入した。その結果、米国では消費が伸び、好景気が続いたのであった。これは、ITバブル崩壊以後、米国経済を支えてきた住宅バブルであった。住宅価格が右肩上がりに上がることが前提の話だった。
 一般の消費財と違い、住宅はある一定のカネのある階層にしか売れない。しかしこれを、クレジットローンの返済が滞っている人、所得が少ない人などにまで売ろうとしたのが、サブプライムローンであった。商慣例としては貸してはいけない人たちに貸した。
 当然、悪質な騙しの手口を使った。借り手の年収を2倍に書き換える。2年間は利子がタダ、あるいは1.75%と極端に安い利子を設定し、以後は7%と高くなる、と説明した。しかし実際には、小さい字で1ヵ月間と書いてあるのだが、人はほとんど読まない。このようなローン業者の手口は日本でもよくあることだが。

ローンの証券化とファンドによるグローバル化の手口

 もっと悪辣なのは、ローン業者は、このローンを自分で持っていないで、すぐに証券化してファンドに売り飛ばす。これは住宅ローン担保証券(RMBS)と呼ばれ、米国の全住宅ローン総額10兆ドルのうち約6兆ドルにのぼる。RMBSの中の3兆ドル相当がファンドによって債務担保証券(CDO)に加工される。さらに、CDOは資産担保コマーシャルペーパー(ABCP)に加工され、約1.6兆ドルのABCPがファンドによって世界中に投資物件として売られた。このようにファンドの手の間を売り買いされる期間は、1〜3ヵ月と非常に短期である。
 この中に、1.5兆ドルのサブプライムローンも入っている。これが住宅バブルの崩壊とともに、不良債権化したのであった。しかし、どこに、誰が最終的にこのババを持っているかはわからない。言い換えれば、サブプライムローンというリスクを無限に分割して、世界中にばら撒いた。最初に貸したローン業者の責任は問われないのだ。
 このようにサブプライムローン危機は、実態の損失とははるかにかけ離れた信用不安を世界中に巻き起こした。ヘッジファンドをはじめ投機資金が不安定化し、その親会社、あるいは融資元の銀行が信用不安に陥った。
 これはたちまち株式にも影響を与え、ウォール街をはじめとして世界中の株価が下落し続けた。これを1929年の大恐慌の再来にしないようにと、米連邦準備理事会(FBR)を先頭に、ヨーロッパ中央銀行(ECB)、日本銀行などが大量の資金を放出した。なかでもECBは日本円で35兆円という日本の年間財政支出額に近い額の資金を金融市場に注入した。好調なヨーロッパ経済を支えるための大胆な措置であった。日銀の放出額は1兆円であった。

日本の株安と円高のからくり

 米国発の危機がたちまちグローバル化したのは、投機資金であるファンドがからんでいるからだ。フランスのBNPパリバ銀行の傘下のファンドなどあらゆるファンドが疑われている。その中には、日本の野村證券の名もでている。
 しかし、今回日本は株価の下落や円高など、世界中で最も大きく打撃を受けた。その理由は以下のような理由による。
 2005年以来、実は日本の超低金利政策が世界中のヘッジファンドなどの投資家の餌食になっていた。彼らは、ドルを為替市場で円に代えるというのではなく、日本国内で直接円を銀行から借り、これを為替市場でドルに代える。そしてこのドルを超利回りの良いインド、ブラジル、ロシアなど新興国の株式などを買う。これは「円キャリー取引」と呼ばれ、莫大な儲けになった。日本政府は、規制、あるいは対抗措置をとることなく、手を拱いていた。
 やがてサブプライム危機が始まり、世界中の株価が値下がりすると、ファンドは大損をした。円キャリー取引を店じまいすることになった。今度は借りていた円を返済するために円を買い戻し始めた。そのために円高に転じた。円高は輸出産業を直撃する。日本経済は極度に輸出に依存しているからだ。日本の株式市場は敏感に反応し、株安となった。
 今回のサブプライムローン危機は、第1に、実体経済の50倍の規模といわれる投機資金(ヘッジファンドなど)の実態を世界中の人びとに明らかにした。第2に、金融のグローバリゼーションの実情を世界中の人びとに明らかにした。
 米国型の市場原理主義が世界経済を脆弱なものにし、米国の低所得者のプライムローンの不良債権化という小さな事件が世界を揺るがす大危機に発展させた。
 ここに新自由主義の終焉をはっきり見ることが出来る。まず手始めに、ヘッジファンドを規制しなければならない。これを来年夏の洞爺湖サミットの議長国として、日本はイニシアティブを発揮すべきである。