コラム  
「安全保障の意識の欠如」
 
『神奈川新聞』「辛口時評」04年3月8日掲載    


 今年に入って、日本国内でも鳥インフルエンザの発生は3箇所に及んだ。しかも第3の京都府丹波町の養鶏場の例は、まさに「人間の命よりも利潤を優先する」という企業の悪のモラルの典型であった。

 この悪徳業者は、神奈川県内の加工業者にも卵を売りつけていたことが発覚した。ここでは茹で卵に加工して、13県のコンビニ業者に弁当のおかずとして売ってしまったという。ウイルスは75度以上の熱で加工すると死滅するから安全だとして、コンビニ弁当は回収しない、と報じられた。

 信じてよいのだろうか?素人の考えでは、卵には鶏の糞が付着するもので、最もウイルスが付きやすいはずだ。では、茹でる前の卵と茹でた後の卵が置かれた場所はどうか?茹でる前の卵を扱った人の健康状態はどうなのだろうか?神奈川県の加工業者のことだけを考えただけでも、とめどもない疑問が浮かぶ。

 SARSにしろ、鳥インフルエンザにしろ、猛毒のウイルスが人類を襲撃している。これらのウイルスは、古くから、中国南部と東南アジアにかけて、ある限られた地域に存在していたものであろう。それが究極の開発とグローバリゼーションによって、世界的な脅威となったのであろう。

 といって、運命論者になる必要はない。ウイルスの蔓延は防げる。鳥インフルエンザについては、とにもかくにも、ウイルスを封じ込めることである。最近、ベトナムや中国での大量発生のニュースがないのは、徹底的な封じ込め策が効をそうしているに違いない。

 日本では、中央政府と地方自治体の対策の遅れは、目を覆うばかりである。「グローバルな悪性流行ウイルス」対策には、海外の情報を仕入れる外務省、畜産業を管轄する農水省、保健を担当する厚生省、自治体との連絡をとる自治省などが、一体となってあたらねばならない。小泉首相は、有事法制の制定については躍起となったが、今回の鳥インフルエンザ騒ぎについては、ほとんど発言もなく、他人事のような態度をとっている。これは解せない。これこそ、日本の安全保障の危機ではないか。すでに1ヶ月も前に、首相自ら陣頭指揮して、関連省庁を統合した対策本部を設けるべきであった。少なくとも、抗ウイルスのワクチンを鶏に投与すべきか否か、などといった初歩的な対応策について合意を取り付けるべきであった。

 また地方自治体の対策も遅れている。権限が首長に集中しているというメリットがあるにもかかわらず、3月1日の段階で、県内の全養鶏場の立ち入り検査を行ったのは茨城県だけであった。県だけに任せるのでなくて、すべての自治体が一斉検査を行うべきである。

 鳥インフルエンザが、渡り鳥によって伝染するとはいえ、日本の入管での検疫のルーズさにはあきれる。まず、成田での検疫は、「○○地域からの旅行者は、用紙に記入してください」というだけの申告制度をとっている。少なくとも、日本は、私がマルタ島を訪れたときのように、入国者全員に消毒薬を浸したマットの上を歩かせる位のことを試みるべきである。これは、効果があるかどうかの問題ではない。日本がいかに真剣に鳥インフルエンザ対策にとりくんでいるかを、内外に示すためである。