コラム  
「地方分権は改革の鍵」 
 
『神奈川新聞』「辛口時評」03年12月1日掲載

                
 総選挙が終わった。
 この選挙で争点にならなかったいくつかの重要な政治課題があった。その1つに地方分権問題があった。自民、民主両党ともに、うかつなことを言って、票を減らしてはいけないと、全く触れなかった。

 しかし、地方分権は、日本改革の鍵である。小泉改革では、公共事業費を減らしはしたが、それに代わる新しい地域の産業起こしについては白紙である。民主党の「官から民へ」のスローガンも同じである。

 選挙戦の最中、私は福井県の鯖江市を訪れた。鯖江は日本1の眼鏡のフレームの産地である。これが100円ショップの出現で、どのような影響を受けているのか、を調査するためであった。100円の中国製のサングラスと老眼鏡は、100円ショップの目玉商品である。

 結論から言うと、ほとんど影響を受けていなかった。不況で生産は5年前に比べると30%落ちてはいるが、鯖江は、100円の安物眼鏡の相手ではなかった。驚いたことに、プラダ、グッチ、ベルサーチといったイタリアのブランドものの眼鏡のフレームはすべて鯖江で生産されていた。鯖江は、世界のブランド眼鏡の産地であった。

鯖江市は、市長以下職員が一体となって地場産業の振興に力を入れている。人口6万人の鯖江市は、イタリアのミラノに駐在所を設け、職員1人派遣している。これは政令都市を除くと全国では例がない。そして、あらゆる眼鏡の見本市に鯖江製品を売り込んでいる。

市役所には地場産業振興課がある。ここでは、課長も職員も平等で、予算も事業も担当者に100%の権限が与えられている。職員もまた、行政でございますといって、官の権威を振り回すことをしない。眼鏡フレームは250の部品で組み立てられ、精密工業である。そして、これを作っているのは、熟練した職人である。市の職員はこの職人と同じ目線で考え、行動している。

今、鯖江市が取り組んでいるのは、1万2000円で工場から出荷される製品が、いくつかの問屋を通して、小売り段階では6万円になるという日本独特の流通制度の問題である。それには、市と業界が一体となって、鯖江ブランドを立ち上げ、産直体制を樹立することにある。

このほか鯖江市が取り組んでいるのは、越前漆塗り、刃物など伝統産業の復活である。それも福井出身の工業デザイナーと組んで、新しい製品と新しい市場を開拓している。なんとその製品を直販しているのは、神奈川の生活クラブ生協である。

鯖江の例は、これからの地方自治体の新しいあり方を示している。日本の地方には、大きな潜在力が存在する。これを衰退させたのは、ゼネコンと、それと組んだ地方自治体である。神奈川は、鯖江のような地方都市とは異なって、むしろ中央政治に近いが、それでも、地域の潜在力はある。何よりも活発な市民のイニシアティブが存在する。これを生かすのは、地方自治体である。