コラム  
「農業問題めぐる対立」
 
『神奈川新聞』「辛口時評」03年9月1日掲載

                
 9月10日から6日間、ジュネーブに本部を置く世界貿易機関(WTO)は、メキシコのリゾート地カンクンで、第5回閣僚会議を開く。さる8月24日、カンクンで採択される閣僚宣言の最終草案がカスティヨ一般理事会議長によって発表された。

 一口に言って、WTOは、貿易の自由化を推進する多国間交渉の場である。貿易の自由化によって、経済成長を実現しようとするものである。しかし、WTO加盟国147カ国は、それぞれ経済の発展段階や競争力が大きく異なっており、その大多数は途上国である。途上国には、貿易の自由化は、一概に経済成長をもたらさないばかりか、打撃となる場合ある。1995年WTOが創設されて以来、この貿易の自由化をめぐって南北が激しく対立してきたのである。
 カンクンでの最大の対立は、「農業」問題である。

 これまで途上国側は、米国やEUの農産物に対する補助金、あるいは生産者に対する政府融資などの“保護“政策の廃止を要求してきた。一方、先進国は途上国に対して農産物市場の開放を要求したきた。途上国はこれに対して「食糧の安全保障」と「農村開発」を理由に、市場開放に拒否してきた。

 8月13日、米国とEUが農業問題について、共同草案を提出した。これはほとんど、そのまま閣僚宣言最終草案に取り入れられた。したがって、途上国は、一致して最終草案に反対している。

 その結果、日本は、農業問題ではWTO内で全く孤立してしまった。日本は、農産物の最大の輸入国だが、コメだけは例外として、500%を超える高い関税を課して、海外からの輸入を阻止してきた。カンクン草案では、この高関税率に上限をかける、あるいは、他の高関税品目の輸入を増やすことによって代替するという逃げ道も残されている。この上限をかけることは日本にとっては打撃である。また、日本には200%を超える高関税率の重要品目が200以上もあり、どれを犠牲にするか、国内調整は容易ではない。

 私は、日本は途上国と組んで、「食糧安保」と「農業開発」を武器にして、コメのみならず、基礎的な農産物について、十分な自給率を確保するべきだと思っている。「地産、地消」の原則である。しかし、WTOでは、日本は一貫して先進国に組みして、途上国と対立してきた。例えば、途上国が最も嫌っている「投資」問題の最大の推進者となっている。

 農業問題に限らず、WTOでの日本の交渉はあまりにも近視眼的で、自己中心的である。目先の小さな国益にばかり気を取られ、WTO交渉をどのように進めるかという大局的な見方がない。これは、米国やEUのように専門の通商代表制を敷かずに、外務省、農水省、産業経済省という寄り集まり所帯で交渉に臨んでいることの弊害である知れない。