長崎県における教科書採択についての緊急声明

                             2001年7日16日  

 県教育委員会への質問・要請書に対して、6月22日に回答書が出されました。その回答について、「納得」いかない部分も多かったことから、提出した3団体で7月16日に態度表明ということで声明を出すこととしました。当初県教育委員会へ手交することを要望したのですが、受け取れないという対応だったため、記者会見のみを行いました。その際に記者の方々へ配布したコメントを末尾に掲載しています。
 なお、この声明は、「県教育委員会への質問および要請書」・県教育委員会からの回答および声明ともに 7月17日に県教育委員会と全市町村教育委員会へ送付しています。

   「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を、
             子どもたちに手渡すことはできない

 私たちは多くの個人・団体の賛同とともに、6月12日付で今年度の「教科書採択に関する質問ならびに要請書」を長崎県教育委員会に提出し、教科書採択制度の変更についての質問を行った。その主な意図は、昨年長崎県議会において採択された「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」とする)の「絞り込み」「学校票方式」の廃止を求める請願が、どう具体的な制度として運用されることになったのか、事実を確認するとともに情報公開を求めることであった。
 長崎県教育委員会の回答は、学校教育課長によって6月22日付文書でなされたが、私たちの期待した内容であるとはいえなかった。当日、学校教育課長との会見の機会に、再質問もあり得ることを告げると、これ以上は回答できないとの対応であった。よって私たちは「教科書採択に関する質問ならびに要請書」の主旨に添って、特に納得のいかない内容を公表したい。また、現在、各市町村教育委員会や採択地区協議会において、採択のための調査検討が進められ、採択審議会も開催されようとしている。採択される教科書が決定されつつある、この時点において、再度私たちの意見・要望を声明として訴えたい。

1.「教科書採択に関する質問ならびに要請書」に対する県教育委員会回答の姿勢について

 県教委の回答は、特定の教科書についてはコメントできないとし、扶桑社の教科書や「つくる会」については一切の言及を避けた。しかし、私たちが問題にしている請願が「つくる会」長崎県支部によって提出され、県教委もその請願を理由のひとつとして教科書採択のあり方を変更したと文教委員会で説明している以上、ノーコメントの姿勢には納得できない。
 「つくる会」が国政レベルで政治的な力を用いて教育に介入し、たとえばKSD疑惑の小山被告に「つくる会」に有利な答弁を引き出させたことは明らかであり、「つくる会」の教科書を多く採択させようとする動きがある。 また、これまで「慰安婦」問題をはじめとして「事実」を記述する方向に進んでいた歴史教科書の記述を強引に変更させようとした動きもあるからこそ、私たちも今年度の教科書の内容および採択を問題とせざるを得ない。採択のあり方が変更された結果、学校はどうなるのか。県教委は、私たちのそうした疑問に答えていない。
 また、私たちの質問3「『現場の教師には教科書を選ぶ権限がない』と断定している『新しい歴史教科書をつくる会』の主張についての長崎県教育委員会の見解と根拠を示してください」について、県教委は「公立学校で使用される教科書の採択の権限は『地方教育行政の組織及び運営に関する法律』第23条第6号の規程により、所管の教育委員会に属することが、行政実例として示されている」と回答したのみである。「行政実例」の内容には言及されなかったし、根拠として示された法律は、「つくる会」が根拠としている法律でもあり、県教委としては「つくる会」の主張に賛同し疑問を持とうともしていないという印象すらある。「つくる会」の主張は、教科書採択の公正確保の名目で教科書採択から現場教員をはずし、彼らの教科書が多く採択されることをめざしたものである。そのために、わざわざ教員による「絞り込み」等を排除する請願を出しているのである。そのことについての、県教委の教育行政担当者としての良識ある見解と教育条理に基づいた判断を期待したが、そうした回答は全くなされなかった。
  一方で、県教委は、今回の指導は国の平成2年の通知に従って行われたものであるといい、「公正確保」を強調している。県教委が4月27日付で各市町村教育委員会教育長宛に出した通知は、「適正かつ公正な採択の確保」として「(1)各教育委員会は、教職員の意見を参考とすることは大切であるが、教職員の投票によって採択教科書が決定されることのないよう、採択権者としての権限と責任において、採択手続きの適正化を図ること」としている。県教委が根拠としている平成2年3月20日付各都道府県教育委員会教育長宛の文部省初等中等教育局長による通知の関連部分には「教職員の投票によって採択教科書が決定される等採択権者の責任が不明確になることのないよう、採択手続きの適正化を図ることも重要である」と書かれている。教職員の投票によって採択教科書が決定されないようにすべき理由について、国の通知では「採択権者の責任が不明確になることのないよう」としているのに対して、県教委通知では「教職員の意見を参考とすることは大切であるが」と教職員が決定に深く関与することを否定し、教職員の意見はあくまで「参考」であるという意図が強く出ている。県教委の説明では、長崎県でこれまで教職員の投票による教科書の決定が行われたことはなかったというが、それならば、なぜことさらに教職員が決定に深く関与することを否定するとしか読めない通知を出したのか。その意味を、保護者・教員はじめ市民に説明すべきであろう。
  また、質問6「『新しい歴史教科書をつくる会』は、関係者が執筆した『国民の歴史』『国民の油断』などの書籍を、各地の教育委員や学校・教師などに大量に無料送付しています。教科書採択の公正確保に関する重大な問題だと思われますが、長崎県においても、そのようなことがあったのでしょうか。その実態を調査して公表してください」について、県教委は、「『国民の油断』については、県教育長の自宅あてに送付されたのは確認できた」と答え、教育委員長・教育委員そのほかについては、プライバシーの問題があるので調査しない」と口頭で説明した。『新しい歴史教科書』のパイロット版と位置づけられた『国民の歴史』や「つくる会」の主張が展開された書籍が、支持を広げる目的で無料送付されたのは疑いなく、これらの書籍を見本本展示以前に教育委員など採択関係者が読み、その主張を知ることは、常識的に考えた範囲においても公正が確保された採択とはいえないのではないか。県教委が今年度の教科書採択に関して公正確保をめざしているのならば、上記の問題について実態を把握し、さらに事後にも図書の送付による教科書採択への影響がなかったのか、採択が公正に行われたかどうかを検証すべきである。

 
 2.教科書採択の手続きの変更(いわゆる「絞り込み」の廃止)について

 
今年度の教科書採択の手続きについて、県教委回答においては「教科書採択事務について制度上の変更はない」としている。しかし、佐世保市教委は教科書採択方法の変更について、昨年度まで教科書採択についての「内部規約的なものはつくったが、文書としては残していない」とし、今年度からは県教委通知に従って採択審議委員会設置要綱を制定したとしている。また、長崎市においては、長崎市教科書採択審議委員会規則が4月もしくは5月時点で改正されているはずである。新規の選定委員会の設置や保護者の代表、学識経験者などの審議委員への参加は規則の改定ぬきに行われるものではないし、県教育委員会の4月27日付通知においても、「採択に関する規約等を改めて点検し、改善の趣旨にそぐわない恐れのある場合は、速やかに改正するなど,採択手続きの適正化を図ること」と述べている。「手続き」の変更や新規の選定委員会の設置などは「制度上の変更」ということが常識的解釈ではないだろうか。その意味では、「変更」は事実としてあったのではないか。
 また、たとえ国と県との関係で法的なレベルでの事務手続きの変更はなくとも、従来行っていたような現場教員の声を反映した「絞り込み」の廃止は、大きな変更であり、それを各市町村教育委員会に指導したのは県教委である。しかも「変更」に当たって、教職員の意見をもとにした「絞り込み」が行われていたこれまでの教科書採択のどういう点が問題であったのかが、全く明示されていない。
  県教委は口頭で、「絞り込み」は「教育委員会レベルまで一切しない」と明言したが、そうした場合、極端に言えば審議の過程でどんな意見があろうと教育委員会の意向で教科書を決定できるということになりはしないか。要するに、採択の決定の主体が不明確になることが危惧される。教科書の採択の過程で、「採択権者」が教育委員会であることを強調し、教員の意見による「絞り込み」なども全く行わないとすれば、事実上現場教員の教科書採択への関与を排除したことになろう。
  質問書で述べた私たちの主張を繰り返そう。行政解釈によれば教科書の採択権は、「地方教育行政の組織および運営に関する法律」第23条6号および「教科書の発行に関する臨時措置法」第7条第1項を理由に、教育委員会にあるとされている。しかし、「地教行法」の当該規定には教科書の取り扱いに関する教育委員会の「事務」が定められ、また「臨時措置法」には教科書需要数の報告義務が定められているのみであり、これらを根拠に「教育委員会の教科書採択権」を主張することには、明確な法的根拠はないというのが、教育法学における通説である。教科書の選定は、各学校の教育課程編成および教師の授業内容編成に深く関わる事柄であり、教育条理から考えて、教材である教科書の選定権は、教育の内的事項として現場の教職員の意見がとりいれられるべきであり、教師の教育権に属すると解するのが妥当である。
  また、「絞り込み」をしない教科書採択が実務的に可能であろうか。審査の対象となる教科書は、小学校17社157点、中学校19社105点で、かなりの数に上る。すべての教科書に教育委員あるいは教科書採択審議委員が目を通して審査することができるのか。また、保護者の代表も審議委員に参加しているが、検討のためのすべての見本本を渡し、検討するための時間を保障することがなされているのであろうか。たとえば2000年度より教科書採択制度を変更した東京都大田区では、調査委員会と選定委員会を経た教育委員会5人の審議において、会議の冒頭に教科書を配布し教科書を読む時間をもうけている。教育委員が事前に教科書を十分読んでから審議に入ったのでないことは明らかである。県内の市町村(採択地区)教育委員会では、6月28日付長崎新聞で報道されたように、現実に実務的な困難をきたしているとの声もある。いたずらに「採択権」の所在が教育委員会にあると主張することで、責任をもった採択実務の推進ということをかえって困難にしているのではないだろうか。県教委が、教科書採択の公正確保をし、および子どものために最もよい教科書を選ぶと主張しても、何ら私たちの疑問を解決する回答にはなっていない。
 
  

 3.扶桑社=「つくる会」の歴史教科書・公民教科書は子どもたちに渡せない

 私たちは「教科書採択に関する質問ならびに要請書」において、「扶桑社の中学校歴史教科書・公民教科書が採択されないようにしてほしい」と要請したが、今、さらにその思いを強くしている。6月27日付時事通信社の報道によれば、崔相龍駐日韓国大使が小泉首相に対して教科書修正要求を行った際に、小泉首相は「真摯に受け止めており、文部科学省で専門家による精査が行われている」と述べたとされている。教科書採択の時期に及んで、検定を通過した教科書について「精査」が行われねばならないということ自体、異例の問題が残されていることを示唆している。さらに政府は、歴史教科書に対する韓国・中国からの修正要求に対して、朝鮮古代史についての2カ所のみ(扶桑社1カ所、大阪書籍1カ所)の修正を認める結論を出したが、すでに韓国・中国からは反発が強まり、韓国政府は再修正要求の決議を行い、また各地で民間レベルでの学校交流などを中止する動きが出ている。7月11日付長崎新聞によれば、長崎県にも韓国慶尚南道知事から「歴史教科書の記述をめぐる不信と葛藤が、両国民が積み上げてきた相互信頼を損なわないか懸念している」との書簡が送られている。
 さらに特に問題の多い「つくる会」の教科書が採択されるという事態が生じれば、これまで県・民間で積み上げてきた交流の努力が水泡に帰すことが懸念される。文部科学省の見解によれば、訂正した2点以外は現在の検定制度では検定済み教科書について訂正を求めることのできない内容であるとしている。よって、歴史教科書の記述については、政府はこれ以上の責任はとらないということでもある。つまり、どの教科書を選ぶかという点において、公立中学校については「採択権者」であるとされる教育委員会にその責任が、これまでの採択とは違った形でかかってくることになるであろう。教育委員会は、「つくる会」の教科書が採択された場合には、他社の教科書が採択された場合以上に、子どもたち・保護者・教員への説明責任が生じることを銘記していただきたい。
 また、「つくる会」の教科書は、教科書・教材としての質が低いものであることも、付記しておきたい。歴史教科書については、歴史学関係の学会などで扶桑社の教科書の初歩的誤り・ずさんな記述などについての、検証・批判が行われている。歴史教科書についてはかなり詳細な検討が加えられているので、添付資料をご参照いただきたい。また、私たちは扶桑社の公民教科書の内容について、県内の大学教員に学問的見地からの分析をお願いした。その結果も添付資料とした。諸見解(添付資料参照)にみられるように、扶桑社の歴史教科書・公民教科書は、学問の成果を無視した一面的な主張のため、随所に矛盾が露呈している。結論としては、事実を子どもたちに伝えるべき教科書としては相当に質の低いものであり、教材に値しない。また、明らかにわが国の学校教育の基本に据えられるべき、日本国憲法・教育基本法の精神を否定しているものである。さらに、子どもの権利条約・世界人権宣言などの基本的人権の尊重、国際的な協調・共生の潮流に反するものである。
 こうした教科書で学ぶことによって、子どもたちが人類史的価値や国際性を身につけることはできないであろう。「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を学校教育の場に持ち込み、子どもたちの手に渡すことはできない。




   
2001年7月16日

        ながさき・子どもと教科書ネット21(代表)
        長崎県歴史教育者協議会(会長)
        日本科学者会議長崎支部(代表幹事)



 
 報道各位

 本日は、参院選の取材などでお忙しいところ、お時間をとっていただきありがとうございます。
 私どもが、6月12日付で提出した県教委宛「質問および要請書」について、先日県教委より回答をいただきました。しかし、声明本文にも記述していますように、私たちの疑問に正面から回答をいただくことはできませんでした。そこで、今回このような声明を作成し、県教委に質疑応答なしでかまわないので直接手渡ししたいということを申し出ました。しかし、まことに残念ですが事実上受け取り拒否ということになりました。私どもは、県教委はじめ県内のすべての教育委員会にこの声明を郵送いたします。
 私どもが訴えたいことは、ただ単に自分たちと見解や歴史観が相違する教科書を採択してほしくないということではありません。
 声明の主旨は、第1に、新しい歴史教科書をつくる会=扶桑社の教科書が、教育に対して政治的な力をもって介入しようとしてきたこと。それに対して、地方教育行政は何の批判も対策もしていないこと。
 第2に、第1の点と関わって、従来の教科書採択のあり方のどこが問題であったかを明示しないままに、「つくる会」の請願を受けて「絞り込み」の廃止を行い、事実上教員の意志が反映されにくくなり、かえって責任の所在が曖昧になっていること。たとえば、栃木で扶桑社の教科書が採択されようとしていることも報道されました。栃木市の場合、私たちが危惧したように教育長の強い意見が背景にあったようです。
 第3に、歴史教科書の記述は、見解や歴史観の相違ではなく、明らかな歴史的事実の歪曲であり、実際に外交・国際問題に発展しているほどの問題性をはらんでいること。とくに長崎で扶桑社の教科書が採択されれば、民間の努力によって行われてきた中国や韓国などとの交流に影響が及ぶことが危惧されること。また、扶桑社の教科書が、子どもたちに真実を伝えるべき教材としての教科書の役割を果たし得ないと判断される質の低い本であること。細かい点については、ぜひ添付資料をご覧いただきたいのですが、特にこれまで学問的な批判がほとんどなされていなかった公民教科書について、県内の専門家のコメントをつけました。
 政府の対応をめぐって、中国・韓国からの抗議は激しくなるばかりです。教科書採択も大詰めとなりましたが、教科書採択のあり方の問題性と共に、「つくる会」=扶桑社の教科書の問題を多くの人に知っていただきたくための努力を最後まで続けたいと思っています。「つくる会」=扶桑社の教科書を子どもたちの手に決して渡すことはできません。


            2001年7月16日
                  ながさき・子どもと教科書ネット21
                  長崎県歴史教育者協議会
                  日本科学者会議長崎支部





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