政治学研究者から:
1.全体的に、「個人」ないしは「私」よりも「国家」ないしは「公」を重んじる姿勢に貫かれている。人権保障について言及はしているものの、それが「公の利益」あるいは「国益」としての「公共の福祉」によって容易に制限されうる点を強調。結果として、「基本的人権」を不当に過小評価してしまっている。ちなみに、「公共の福祉」は現在、他者の人権尊重をこそ意味するとされ、安易に「公益」や「国益」という意味に捉えてはならないというのが学説上の通説。また、個々の人権を具体的に取り上げながらも、その意義を矮小化する傾向がみられるとともに、それぞれの権利よりも義務の履行の重要性を強調する姿勢が目立つ。とりわけ選挙権については、これを人権と捉えず義務と捉え、選挙権を棄権する行為を公然と非難するなど、国民主権原理に直結する重要な人権である参政権における国民の自由を否定している点は、非常に問題と思われる。
2.愛国心の強調。たとえば105頁の国旗・国歌の項目で,国旗・国歌の尊重こそが他国の理解を促すという記述は国内の国旗国歌を巡る議論を無視するものであり、偏った価値の押し付けといってよい。
3.現在の日本の状況が先人・先輩の努力の賜物だとする日本の過去に対する礼讃。翻って、日本の負の部分には少しも触れていない。
4.国際社会における日本の経済的貢献を称えるとともに、日本の憲法政治を巡る最大の問題である自衛隊とその軍事的役割について、一応、自衛隊合憲論と違憲論の両論がある点に言及しつつも、あきらかに合憲論を正しいものとして、それに則った形でこれからの日本の国際貢献について語っている。
5.コラムで扱っている話題の選択それ自体が、公民教科書の真のねらい――強くすばらしい国である日本という認識の醸成とそうした国家に奉仕すべき国民の育成――を如実にあらわすものとなっている。その意味では、この教科書はかつての教育勅語の焼き直しといってもあながち間違いではないと思われる。なかでも、「死刑廃止問題」「少年法改正問題」「憲法論議と第9条」「北朝鮮による日本人拉致問題」などは、安易に価値判断をすべき事柄ではなく、実際にも議論が分かれている事柄であって、これらの取り上げ方やその語り口に見過ごすことにできない問題があると思われる。さらに「北朝鮮拉致問題」についていえば、これは不当に外国からの脅威をあおるものであり、生徒に対して今後の日本の防衛政略を正当化するという思考を誘導するものとなると考えられる。
6.その他、一方的な価値、とりわけ時代錯誤的な価値の押し付けが目立つ。男女の役割分担論の肯定や家族愛の強調。福祉政策における老人の自助努力の必要性の強調など。
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