週刊鉄亀(仮題、テスト版、6月5日号)
Date: Mon, 5 Jun 2000 04:42:04 +1000
 
 

粥川準二@ライターです。

このメールは私の友人・知人で、このようなくだらないものを送りつけても、笑って読んでくれそうな優しい人たちに送っています。実は、この夏にホームページ開設を考えてお り、日誌形式の週刊コラムを掲載しようかと思っています。原則として、毎週月曜日発行 。そのテスト版をお送りします。『週刊鉄亀』は仮題(石井政之氏の『週刊石猿』 http: //www.people.or.jp/~maria/ishii.htm のパクリ)で、タイトルはまだ未定(募集中!) です。ご感想などあればぜひ。 では。
 
 

5月某日(月)  
 昼ごろ、日比谷図書館に行き資料収集。主に『化学工業日報』という専門紙のバイオ関係記事を集めた。  
 夕方、鶯谷に移動し、リストラ経験者たちによって経営されている居酒屋「リストラン 」で、「民衆のメディア連絡会」やJCA-NETの仲間数人といっしょに、韓国の「レイバー・ メディア・プロジェクト」の金明準(キム・ミョンジュン)氏と会食。金氏は、韓国の労 働運動におけるメディア活動のリーダー的存在。今回は、アメリカで行なわれた会議に参 加し、その帰りだという。自分が発行しているメールマガジンの取材ということで、民衆 のメディア連絡会や「VIDEO ACT!」について詳しく尋ねられた。民衆のメディア連絡会と VIDEO ACT! は、別組織でありながら、参加者は共通していること、意思決定の方法がフレ キシブルなことなど、説明に苦労する。

5月某日(火)  
 午前中、某科学技術情報誌の取材のアポ取り一件。  
 午後から、参議院会館で、消費者団体の人たちにくっついて、遺伝子組み換え食品につ いて農水、厚生両省の担当者たちと会談。某国会議員の紹介。消費者グループの人が「未承認の遺伝子組み換え作物が日本に入ってきてもすぐにわかるように、水際でチェックし ていないのですか?」と聞くと、彼らは「いま、どのようにチェックするか方法を研究しています」と答える。「ではチェックしていないのですね」、「研究としてやっています 。本格実施は来年4月からです」、「ではいまは何もやっていないのですね」、「……研究の一環として……」。両省とも、素直に「やっていません」と言えない人たちである。  
 また、農水省の技官の1人は「個人的なことですが……」と言って、自分が糖尿病でず っとインスリン治療を受けており、動物からとったものに比べて、ヒトの遺伝子を組み換 んだ大腸菌でつくったインスリンがいかに優れているかをとうとうと話し始めたのだが、 時間の無駄と判断した天笠啓祐氏が途中でさえぎるという場面もあった。実は、僕も彼に 抗議したかった。薬品と食品とでは、安全性の考え方がまったく異なるはずだ。薬品は、 身体に何か異常が起こったとき、それを治療する、あるいは症状を抑えるために服用する 。ほとんどは短期間であり、副作用というリスクは、健康の回復というベネフィットと比 べることができる。それに対して食品は、まったく通常の状態のとき、しかも長期間に渡 って摂取するものである。同じように考えることはできないはずだ。なのにインスリンの 例を出して、遺伝子組み換え製品の優位性を強調することは、論理性に欠けた行為であり 、欺瞞である。  
 なお蛇足だが、イギリスで、遺伝子組み換えでつくったインスリン(イーライ・リリー 社製)を服用している大勢の人たちに、突然昏睡に陥るなどの副作用が多発している。日本のマスコミでまったく報道されていない。たぶん、この農水省技官も知らないだろう。

5月某日(水)  
 午前中、原稿。  昼ごろ外出。書店で『SPA!』最新号を立ち読みする。「ニュースな女たち」で、知 人である土屋豊氏が監督したドキュメンタリー映画『新しい神様』の主人公・雨宮さんが 紹介されている。土屋氏も写っていた。もちろん撮影は篠山紀信、文章は中森明夫である 。中森が土屋氏の容貌を「エルビス・コステロのような……」と表現していたのが面白か った。僕はテイ・トウワに似ていると思う。CD屋で初めてテイ・トウワのCDジャケッ トを見たとき、「わーっ、土屋さん、CDも出してんだ。多才な人だなー」と素朴に驚い てしまった。『新しい神様』は今年夏、渋谷のユーロスペースで公開予定。  
 午後、通産省別館にある科技庁会議室で、科学技術会議生命倫理委員会ヒトゲノム研究 小委員会第5回を傍聴。同委員会は、国内で行なわれるゲノム解析研究すべてを規制(? )する「基本原則」の策定をしており、今回は前回に引き続き、同委員会がつくった「案 」へのパブリックコメント(一般から集められた意見)に、どう対応するかを議論。しかし、ほとんどは字句修正のレベルで、根本的な議論はなかった。  
 少し面白かったのが、研究に対する審査の方法。「案」では研究機関内の倫理委員会で の審査だけでOKとの内容であったが、パブリックコメントでは多くの批判があった。事務局(科技庁)は「二重審査が必要かどうかというのが議論の分かれ目」と言う。高久文 麿委員長は「遺伝子治療の場合はたいへん。学会でやるぐらいなら理解できるが……」と あいかわらずのナアナア路線。中村祐輔委員(東大医科学研究所。日本におけるヒトゲノ ム解析のリーダー的存在)は、「どういう研究をしているのかは公表できる。何か問題が あれば、ここにおられるマスコミの方が叩けばいい。二重の検査に医学的な意味で何か意 味があるかは疑問」と“研究する側の論理”をわかりやすく展開してくれる。マスコミが 叩けるかどうかは疑問だが、それはともかく、基本原則の文案づくりを担当しているらし い位田隆一委員は「中村委員の言うことはわかりますが、パブリックコメントではそうい う意見が多くありまして……」といたって弱気。委員長の高久は「倫理委員会の半分以上 は外部の人で構成される。それでも信用できないと言われると……」と言いながら苦笑す る。事務局が中村に、いまの時点で個々人の遺伝子とライフスタイルなどとの関係を調べ る疫学研究は行なわれているのですか、と確認すると、中村は「がんの研究では10年以上 も前からコホート研究をやってきた。ライフスタイルに関する情報はいままでも必要だっ た」と言う。事務局は「いえ、ゲノム(とライフスタイルとの関係)の研究は?」と再確 認すると、中村は「ゲノムはこれからです」と答える。もちろん実際には行なわれており 、建前だろうが……。高久は「ゲノムだけ特別視するのは……」と言い、現状維持の姿勢 を隠さない。「これから行なわれるコホート研究のほとんど100パーセントはゲノムと関連 してくる。それを二重審査する必要はあるか? 九州大でやっている高血圧との関連の研 究なんて、一人一人調べないとできないし」。  
 高久と中村がめざす論理を“既成事実化”という。それに対抗する勢力がこの委員会に は存在しないことが悲劇である。あともう一回の会合で決定してしまうらしい。
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 ここまで書いて思ったのだが、この週刊コラムは僕の「忘備録」を兼ねているようだ。 印象が強いうちになんらかの文章を書き残しておくことには大きな意味がありそうである 。読者はそれにムリヤリつきあわされているようだ(笑)。          *          *          *  
 ところで最近ずっと、この週刊コラムの正式なタイトルを考えている。『週刊鉄亀』は あくまでも仮題だ。ヒトゲノム研究小委員会をいっしょに傍聴していた石井政之氏に相談 すると、「『週刊芋粥』はどう? 芥川龍之介にちなんで」と言う。うーん、イモねえ… …。ほかに、シンプルに『週刊粥川』、『週刊KAYUKAWA』、『Weekly Rice River』、『Weekly RR』など。辞書で調べてみると、「粥」は英語で rice gruel というらしい。ちょっと響 きが悪い。  
 僕が考えたのは、好きな曲やアルバム名からとったもの。
・『週刊こわれもの』(イエスのアルバム名)……こわれそうでいやだな。
・『スキャッター・ブレイン』(ジェフ・ベックの曲名)……「落ち着きのない者」とい う意味で、気に入っているが、読者からは意味不明だろう。
・『エレファント・トーク』(キングクリムゾンの曲名)……ますます意味不明。  
 もうちょっとオーソドックスな路線だと……。
・『週刊K's VIEW』、『週刊J's EYE』……ちょっと芸がないな。
・『欠真間便り』、『かけまま通信』……地名なんだけど、響きがイマイチ。
・『生命・環境・社会』……何カッコつけてんだよ、と言いたくなるな。
・『週刊JK』、『週刊KJ』……イニシャルだけど、なんかカードを並べて情報整理し そうだな。  うーん、悩みはつきない。良いアイデアがあったら、ご連絡を。

6月某日(木)  
 原稿。  
 先週号で書いたeグループから返事。投稿は可能になっているはずとのことなので、試してみるとやはり不可能。すぐさまeグループに再質問のメール。  
 国会図書館で資料あさり。翌日取材する造血幹細胞の研究について、数本の論文を入手 。  
 某科学情報誌より、原稿依頼。  
 翌日の取材の準備。  
 
6月某日(金)  
 某科学技術情報誌の仕事で、神奈川県の某医大で造血幹細胞の研究をしている研究者を 取材。さい帯(へその緒)血中にある造血幹細胞を増殖させることに成功したという。さ い帯血からとれる造血管細胞は数が少なく、白血病患者などに移植する場合、大人には難 しいことが問題だったのだが、増殖させることに成功したことで、臨床試験を計画中だと いう。  それよりも面白かったのは、取材後の雑談。今後彼らは、ES細胞ならぬ「AS(Adult Stem)細胞」、つまり大人の身体から取れる幹細胞のなかで多能性を持つものを見つけだ し、移植に使うことを研究していく予定という。彼の言葉を借りれば「倫理問題をすり抜 ける」のだそうだ。なるほど確かに、体外受精で余った卵を壊すことでしか得られないE S細胞を移植に使うことには、抵抗を感じる人が多いだろう。しかし最近、骨髄中の間葉 系幹細胞のなかにもES細胞と同じくすべての、もしくは、さまざまな組織に分化する能 力を持つ細胞が見つかっているという。つまり、たとえば心疾患の患者に、ES細胞から ではなく、患者自身の骨髄中の間葉系幹細胞を取り出し、それを心筋に分化させ、患者の心臓に移植するということも可能になる。言い換えれば、「他家移植」ではなく「自家移植」である。彼によれば、骨髄だけでなく、おそらく神経や筋肉にもそうした幹細胞があるだろうということ。ほとんど何でもできてしまいそうなのがコワイ……。  
 取材自体は1時間半程度のものだったが、神奈川との往復だけで疲れ切ってしまう。体 力の衰えを感じる。確実に運動不足。

6月某日(土)  
 昼ごろ家を出て、高田馬場の中古CD屋でリッキー・リー・ジョーンズ『パイレーツ』を 買う。  
 早稲田まで歩き、新宿区立障害者福祉センターにて、「バイオ時代の安全性・環境研究 センター(バイオ安全研)」の1周年記念講演会に参加。まず、バイオ安全研の幹事で国 立感染症研究所名誉所員の本庄重男氏が壇に立ち、立花隆の最近の言動について批判した 。その次に僕が「遺伝子組み換え食品の安全性をめぐって」というタイトルで講演。主に 、遺伝子組み換えジャガイモをネズミに食べさせたところ、内臓などに異常が見られたと いう実験について、その背景と意味について話す。『週刊金曜日』2000年4月7日号で、 僕がインタビューしたアーパッド・プシュタイ博士が行なった実験のことだ。石井政之氏 が聞きに来てくれたのだが、会場に知り合いがいると、かえって結構緊張するものである 。  
 集会の後、石井氏とケンタッキーでお茶。  
 夜、東中野に移動し、バイオ安全研のメンバーでもある映画監督・本田孝義氏の『科学者として』の公開記念飲み会(?)に参加する。僕が座った席のまわりには、ドキュメン タリー映画の関係者が多かったのだが、喫煙者が何人かいて、ちょっときつかった。『科学者として』の主人公・新井秀雄氏だけでなく、土屋豊監督『新しい神様』の主人公・雨宮さんも来ていたのだが、この2人が同席している光景はちょっと奇異(^^;)。しかし、 あえて2人の共通点を見つけるとすれば、「神様」だろうか? ぜひ、本田孝義監督『科学者として』と土屋豊監督『新しい神様』を観比べてほしい。

6月某日(日)  
 連れ合いといっしょにDIYショップに行き、よしずと読書灯を買う。古本屋で文庫本 3冊を買う。  帰宅して、先日買った『パイレーツ』を聴きながら、翌日の取材の準備。(つづく)