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細川氏(全国連絡会事務局員)の『世界』投稿文
2003.1 資料
学長意見広告に対する事務局見解
2002.7.6 資料
声明文
2002.6.22 資料

 

大学は今  一つの焦点としての研究者の人権問題 

大学は今 一つの焦点としての研究者の人権問題 

細川孝氏(全国連絡会事務局員・龍谷大学

『世界』2003年1月号17頁(読者談話室)に掲載

 12月号の特集「大学−『改革』という名の崩壊」を興味深く読んだ。大学をめぐる今日的な状況に対し、どう考えていくべきかの基本的視点が示されていたように感じる。
 印象的だったのは、座談会において、討論者の一人が指摘していた、「大学人の自立性のなさと堕落」である。この点は、国立大学協会が圧力に屈する形で、2004年度からの独立法人化受け入れを決定したことをめぐっての指摘である。また、この討論者は、国立大学法人化に向けて、大学人が振り回されている状況を、大学人たちの「小役人根性」としてとらえている。
 今回の特集はとりわけ国立大学に問題の焦点が合わされているが、私立大学においても「改革」の名のもとに、大学人たちは競争(狂騒)状況に投げ込まれている。このような中で、新たな問題として浮かび上がってきているのが、研究者の人権問題である。この問題は、国立大学の独立法人化によって否応なく問われるようになるだろう。同時に、注目しなけばならないのは、この問題はすでに私立大学においては顕在化しているということである(これまで権利問題がなかったというわけではない)。
 今年3月南九州の私立大学で、三人の教授が懲戒解雇されるという事件が起こった。すでに9月30日、地裁によって三教授の地位保全等の仮処分申請が完全に認められているが、法人・大学側は処分を撤回しないままでいる。この解雇事件の異常さは、法人側が、教授会がすすめた教員採用人事に不正があったと決め付け、この人事に関わった教授と当時の学部長を、教授会の審議も経ず就業規則上の手続も踏まず、一方的に解雇したという点である。
 現在の日本社会では、リストラの名のもとに、労働者の人権侵害が横行している。この南九州の私立大学の例は、本来理性の府であるべき大学においても、人権侵害が広がってきていることを示している(「処分」の理由は異なるが、他にもいくつかの大学の例を聞いている)。このような事態がすすんでいる背景には、やはり今日の大学「改革」(市民の要求にもとづいたものではなく、政府・財界のもとめる「改革」)があると言わざるを得ないだろう。そして、そのような「改革」路線に対し、大学人が「自律的」に関わっていないということである。
 21世紀の社会を展望したときに、大学が果たすべき役割には広くて深いものがある。大学人は主体的に改革をすすめ、社会に対する責任を果たしていかなければならない。このようなメッセージが今回の特集には込められていたように感じる。私自身の自戒も込めての感想である。
 付記:南九州の大学を解雇された三教授は11月19日、本訴を行なった。

 

学長意見広告に対する事務局見解

菱山泉学長「事実を歪曲した『三教授を支援する全国連絡会』の意見に断固反論する」(南日本新聞6月26日掲載意見広告)に対する事務局見解


2002年7月6日  
鹿児島国際大学三教授を支援する全国連絡会事務局


 第一、学問の自由の担い手は、教育・研究に直接責任を負っている教授会組織がその重要な位置をしめるのは当然である。この教授会での議論を経ることなく、身分上の処分権限をもつ学長、理事長が、一方的に処分をおこなったことは、大学内部から学問の自治、大学の自治を堀り崩す行為である。理事会は大学内部の組織だから、外部の国家権力および特定の政治勢力の介入ではないとし、そこでの決定は大学の自治の行使とするのは、根本的に誤っている。今回の処分は、大学の内部権力および特定の政治的立場から、気にくわない者、反論する者を排除した恣意的・政治的処分であり、学問の自由および大学の自治とは無縁であるばかりか、それらを内部から掘り崩す行為である。
 第二、学校教育法第59条第1項の教授会での重要事項の審議は、当然、人事、懲戒処分の案件にも及ぶ。今回の処分は、任免権者は理事長であるからとして、教授会で決定した採用内定者を、すぐさま教授会の了解もなしに一方的に内定者本人へ不採用通知を送ったのは、あきらかに学校教育法違反である。学長は、任免権は理事会にあるから教授会に人事の案件を諮る必要がないと強弁しているが、教育・研究について直接的な責任を負っているは明らかに教授会である。学校教育法は教授会に重要事項の審議権を与えており、従って学長、理事長による採用内定者への不採用通知は越権行為である。もしこの行為が認められるならば、学長、理事長の専断的支配と言わざるをえない。
 第三、学園就業規則は理事長、学長と言えども守らなければならない。自らが超法規的・一方的に大学構成員を処分できるものではない。法(就業規則)の下の平等である。上記の二でみられるように、理事長、学長の行為は、明らかに「職務上の権限をこえ、又は権利を濫用して専断的な行為をすることを禁止している」就業規則違反である。この場合、誰が理事長、学長を裁くのか、それは理事会である。理事会は、就業規則違反として、理事長、学長を処分しなければならない。しかし、現在、理事会にはその力はない。だとするならば、大学構成員が学校教育法違反、就業規則違反で学長、理事長に退陣を求める行動をとる必要がある。もし、大学自治としてそれが出来ないのなら、菱山学長が意見広告で述べた今回の処分は国家権力の介入ではないとした、その国家権力の一部である裁判所の介入で決定してもらう以外にない。理性の府たる大学としては実に情けない話ではあるが。
 第四、学長は、「業績評価の妥当性に関する厳正な調査」としているが、自ら指名した外部評価委員とは、かつて菱山学長が経済学部長を勤めた京都大学の同僚・知り合いの研究者である。第三者評価といった装いをとっているが、こうした同僚・知り合いの外部評価委員を指名した学長の不見識が問われなければならない。第三者評価が基本である以上、自らの出身大学のしかも同僚・知り合い研究者を外部評価委員としたことは不正人事に該当する。これでは評価が正当になされることはありえず、評価の結論は最初から決まったようなものである。こうした姿勢そのものが専断的支配の内実であり社会常識を大きく逸脱している。

 

 

声明文
声 明 文


2002年6月22日
鹿児島国際大学三教授を支援する全国連絡会事務局

 5月22日、鹿児島国際大学学長・菱山泉および代理人弁護士・金井塚修の両名による「申入書」なるものが、鹿児島国際大学三教授を支援する全国連絡会(以下、全国連絡会)の呼びかけ人および代表宛に送付されてきた。この「申入書」は非礼極まりない文書である。全国連絡会・事務局は、このような文書を当会の呼びかけ人に送付したことに対して抗議し声明文を発表する。
(声明文)
 この「申入書」送付物は、菱山泉氏の私的な書面であるのか大学の正式機関としての公的な書面なのか、あるいはそれ以外の性格をもった書面であるのか不明確である。この送付物が私的なものであれば呼びかけ人は受け取る理由はなく、また鹿児島国際大学の機関を通した公的書面であれば「申入書」の内容は現在鹿児島地裁で当事者間での係争中の事案であり、その一方が公的機関(特に学生・保護者の授業料で成り立っており、かつ公益法人という性格をもった社会的機関)を通して書面を送ることは誤っており、呼びかけ人は当然にその書面を受け取ることは出来ない。また、公的書面である場合、この「申入書」の送付は、津曲学園および鹿児島国際大学のいかなる機関で決定の上、発送がなされたものであるのか。また、この「申入書」なるものの作成および発送費用は、当該機関のいかなる費目で支出されたものであるのか明らかにされる必要があろう。
 この「申入書」の内容は、学長および理事長を含む理事会から処分を受けた先生方の名前を特定した一方的なものである。さらに、この「申入書」の内容は、7名の経済学部教授会メンバーによる「上申書」の内容を公開している。そこには、「民主主義の名を借りた暴挙である」、「大声でどなり」、「恫喝した」、「恫喝ないし脅迫」など、処分を受けた先生方を誹謗中傷する文面がそのまま引用されている。これは明らかに名誉毀損に当たるものである。
 さらに、この「申入書」は呼びかけ人に対し極めて失礼な内容となっている。つまり、「事実につき十分な事実御確認をして頂いたのでしょうか」といった内容である。また、到着2週間以内と期限を定め「申入書」に対する返信を求めているにも関わらず返信用封筒を入れていないことなど極めて礼を失した送付物である。
 事態は、このことにとどまらず、呼びかけ人が一方的な送付物の受け取り拒否として着払いにて学長への返信を行った呼びかけ人に対し、菱山学長は再度、着払いで再送付を行った。受取人が拒否した送付物を再度送り付け、しかも着払いにするというのは極めて常軌を逸したものである。学長は発送者としての責任をどのように考えているのか問わざるをえない。
 以上、菱山学長のよる「申入書」送付は、三教授への「懲戒退職」処分の不当性に連動する学長の特異性を露呈したものと言わざるをえない。こうした学長によって経営される鹿児島国際大学の未来に我々は大きな危惧の念をもっている。1932年鹿児島高商以来の長い歴史と伝統を誇る鹿児島国際大学が三教授の復帰とともに正常化されることを心より願うものである。