三教授からのメッセージ


 

馬頭忠治教授からのレポート 2007.3.30
三教授から新年(2007年)のご挨拶 2007.1.1
声明 −高裁判決を受けて− 2006.10.27
三教授から新年(2006年)のご挨拶 2006.1.1
声明 −地裁判決を受けて− 2005.8.30
判決のまえに 「判決を前にして」 八尾信光教授
2005.7.15
判決のまえに 「腹ふくるゝわざ」  田尻 利教授
2005.7.15
判決のまえに 「最近の心境」 馬頭忠治教授 2005.7.15
判決のまえに 「津曲学園懲戒解雇事件について 三人を代表して」 馬頭忠治教授
2005.7.14
三教授から新年(2005年)のご挨拶 2005.1.1
三教授からのメッセージ 証人尋問を終えて 2004.11.16
三教授からのメッセージ 現状報告 2004.8.1
「全国連絡会による三教授への生活支援」に対する三教授からのお礼状 2004.4.15
鹿国大報道訴訟(名誉毀損・損害賠償)裁判での全面勝訴 (八尾先生からのお礼状)  2004.1.19
三教授から新年のご挨拶 2004.1.1
長くて短い1年でした 2003.4.10
わたくしたちを支援して下さっている全国のみなさまへ 2003.1.1
仮処分決定をうけた三教授のメッセージ 2002.10.10
経済理論学会の皆様へ(八尾教授) 2002.4.21
最近の心境(馬頭教授) 2002.4.20
経済理論学会の皆様へ(八尾教授) 2002.4.18
全国連絡会の皆さんへ(三教授) 2002.4.6
全国連絡会の皆さんへ(三教授) 2002.4.5

 

馬頭忠治教授からのレポート

私の雑感

皆さまへ

前略、失礼いたします。
このたび、大学評価学会『アカデミック・ハラスメントと大学評価−より開かれた大学をめざして−』が上梓されました。そのなかで、私 、馬頭は「アカデミック・モビングと大学運営」を分担執筆しました。ご高覧いただけましたら幸甚です。

また、早晩、2002年に起きた津曲学園理事会による三教授懲戒解雇事件についての最高裁の判断が示されることになりますが、この事件に係って、問われるべきは、大学の社会的責任と人権問題だと私は考えております。これがうやむやにされるようだと、大学は、社会からの信頼を失うことは必至で、また、高等教育機関としての体面は当然、保てず、経営と保身だけを考える単なるサービス産業でしかないとの社会的なそしり(謗り)は免れ得なくなります。こうした、この事件で本当に問われるべき問題とは何かについて、以下、この場をお借りして指摘していきたく存じます。

この本に紹介がありますように、大学においてさえ、人権侵害が頻出しております。そのため、今日、アカデミック・ハラスメントが大学評価とならんで大きな問題になっています。私も、こうした問題をこの懲戒解雇事件を手がかりに考察しました。この本の終章として所収されています。

私たちが大学運営において、最も遵守されるべき法は、学校教育法第59条です。そこでは、「大学においては、重要な審議をするために教授会を置かねばならない」と定めています。言うまでもなく、この大学自治は、憲法のいう学問の自由を組織的に表現したもので、戦後一貫して、大学は、この大学自治を尊重し研究と教育を発展させてきました。さらには、ユネスコ(国際連合教育文化機関)も、1997年の「高等教育教職員の地位に関する勧告」において、「自治とは、学問の自由が機関という形態をとったものであり、高等教育の教職員と教育機関に委ねられた機能を適切に遂行することを保障するための必須う条件である」としております。こうしたため、誰もが、よもや、大学において、懲戒解雇や人権侵害など起こるはずがなく、起きたとしてもそれは偶発的であり、かつ自治によって"浄化"されるものと考えるのが当たり前でした。ところが、どうも、そうでなくなったようです。

ハラスメントは陰に陽に行なわれ、昨今の大学では、学生や大学院生に対するキャンパル・ハラスメントの相談窓口が設けられるようになっています。さらに、もっと深刻なことは、経営の論理が優先して、大学自治が有名無実化され、ついには有名な学者などが加害者となって教員に対するアカデミック・ハラスメントを引き起こし、人権侵害さえまかり通るようになったことです。法の支配もグローバル・スタンダードも通用しないという異常なことが惹起しているのです。鹿児島国際大学の懲戒解雇事件は、この象徴的で"先進的"な出来事だったのです。だからこそ、全国の大学人ばかりか、多くの市民が驚愕し、不安にもなったのでした。私としても、この事件を語ることは、同じ大学人として辛いし、恥ずかしくもがありますが、やはり、6年にもわたる裁判生活のなかで、どんなこと起こったのか、また、何故、引き起こされたのかなどについて語り、これからの大学の在り方について皆さまと共に考えていくことの方が、より大切なのではないかと思うようになりました。執筆の意図はそうしたものです。

また、次のようなことも、是非とも指摘しておきたいです。長くはなりますが、これも決して無視できない問題です。
懲戒解雇は、大学教員の選考に不正があったなどとの口実をつくって強行されましたが、この教員選考というのは、専門科目を担当する教員の公募から、その応募者の研究業績の評価、講義担当能力などの判断は、およそ大学教員にしかできない仕事です。だからこそ、教授会はその専門委員を選び、それ以外にも客観的な評価ができる委員を選出して、その委員会で合議し、票決した上で、一名を選出します。そして、その上で、教授会はその適否を審議し候補者を決定します。今回もこの手続きを踏み、教授会は、これを議論し投票して教授会としての意思を形成しました。2000年の春のことでした。ところが、これは余りにも異例なことであったのですが、この教授会の審議と決定を不服とした7名(6名と1名)の教員が学長に直接、「上申書」なるものを差し出したのでした。さらに、学長(故菱山前学長)はこれを即刻、受け取り、再審議なり調査を教授会に要請するのでもなく、また大学評議会で検討することもなく、教授会推薦の教授を不採用としました。さらに、菱山前学長は、それに留めず、こともあろうか、理事会の下に調査委員会(信じられないことにこの委員にオブザーバーであるとのことでしたが、「上申書」を出した内の一人、Ho教授が任命されていました)を設けて、独自に処理し、ついに2002年春に私を含め三教授を懲戒解雇したのでした。恐ろしいとしか言いようがありません。
ともあれ、懲戒解雇事件は、はじめに結論ありきの強引なやり方でした。しかも、それは、7名の教員が教授会の自治をあからさまに無視したことから始まり、かつその暴走にブレーキをかけられなかった事件でした。これは、普通では、起こりえない事件です。徹底して、"広く会議を興し万機公論に決すべし"というのが民主主義の基本です。最高裁の判断が示され、地裁、高裁の判決が確定すれば、ただちに、H経済学部教授を含め、この7名の責任は当然、問われてくるものと思います(これとは別に、このH教授については、研究業績につき、大学教員としての資質に欠く問題あることを、資料を添えて裁判所に提出しました)。教授会自治は最大限、尊重されなければならず、それを犯してまで、すなわち、相当の覚悟の上で、学長に直訴したのでしょうから、きっとその責任を自らきっぱりと果されるものと期待してやみません。しかも、その内のKi教授など何名かは、ホームページ(「坂の上通信」)まで作って不正があったなどと広く喧伝しました。教授会を死に追いやったも当然です。また、3名(Ho, Ha, Ki教授)は、裁判でも、当局側の証言者になりました。

さらに、この学校教育法第59条に係わって、もう一点、問題にしなければならないことがあります。これまでも、本学にあっては、大学の学長は、学園理事長の推薦によってきましたが、これは合法的な方法ではないということです。そのため、組合は、長年来、学長の公選制を要求してきました。判例においても、「理事会が学長を選任するについては、まずその候補者が学長たる適格を有するかどうか等について、教授らがもって構成する教授会に充分審議させ、その自主的な判断の結果をできるだけ尊重すべきものであって、右のような教授会の審議を経ずしてなされた理事会の学長選任の決議は、右学校教育法の法条に反するものであり、‥無効である」(京都地裁決昭和四八・九・二一判タ三〇一一二三)となっているのです。

確かに、菱山前学長が赴任するまでは、経営を預かる理事会と教務を預かる教授会は、ある意味、"棲み分け"があって自治は守られていたため、学長公選がそれほどに差し迫った課題にはなりませんでした。ところが、菱山前学長は、意識的に理事会のもとに委員会を置くなどして、結果、経営(理事会)と教学(教授会)のバランスは著しく欠くようになり、ついに、今回の事件のように、理事会が教員選考の業績評価にまで口を出すようになったのでした。したがって、こうした形で急変すれば、当然、学長公選制の問題は焦眉の的になってきます。しかも、伊東光晴京都大学名誉教授(2001年津曲学園理事に就任、東京中野区在住)の推奨があって、菱山泉氏は1996年に学長に就任されたと聞きます。平田清明学長の時も同じように伊東光晴氏の推薦によったようです。もちろん、一切、教授会にはかることなく、です。こうしたやり方は、異常です。理事会は、その責任において学長の公選制を実施すべきであって、学外の有名な学者の推薦だけによるべきではなかったし、もはや理事となった伊東氏も、この第59条とその判例を遵守すべきことはいうまでもありません。このことは是非とも指摘しておきたい点です。

こうしたことからも、この懲戒解雇事件は、学校教育法などを遵守できなかったというコンプライアンスに欠く態度と密接に関連していることは明白です。さらに、理事会ばかりか、7名の「上申書」を提出した教員らも、私立学校の公共性について、充分に理解していたとは到底思えません。むしろ、理事会の判断によって何でもできるとはきちがえていたとも思われます。すなわち、余りに私立学校(法)あるいは学校法人とは何かを知らな過ぎるという問題があります。あえて、それを無視したかも知れませんが…。

私立学校法は、その第1条において、「‥私立学校の特性にかんがみ、その自主性を重んじ、公共性を高めることによって、私立学校の健全な発達を図ることを目的とする」と定めています。私立大学はいえ、自主性ばかりか、その公共性によって健全な発達を図らねばならず、それは、学校法人という名に相応しい高等教育に携わる公の機関であることを一時も忘れてはならないということです。
すなわち、私立大学は、この私立学校法の定めに従い、寄付行為にその目的と明記し、所轄庁(文科省)の認可によって設立されるものです。創設者の財産は出捐(しゅつえん)され、学校の基本財産となります。私立大学が閉鎖されることになった場合が最も分かりやすいのですが、その残余財産は、設立者に返還されることはなく、「学校法人その他教育の事業を行う者のうちから選定」(同法、第30条)され、再び出捐されます。

このように、私立大学は、学校法人という人格を持つ、社会的な公的な機関であり、したがって、その財も、学校法人が保有する公的財であり、学校の創設者や理事によって私物化されてはいけないものなのです。先の59条の重みを知るべきです。したがって、また、今回の懲戒解雇事件に係わって、弁護士費用など、一体、どれだけかかったのか、それは、公的な財政を乱費したことにならないのかどうか、もちろん、いくら経費として支出したのかなど、自らの責任において、公開してその判断の適否を明らかにしなければならならないはずです。場合によっては、理事たちはその経費を私弁しなければなりません。ともあれ、公的な機関にあって秘匿、私物化は許されないはずです。

さらに、大学は、社会的な機関としての信用を回復しなければならないことは言うまでもありません。そのためには、理事会が、大学という高等教育の場で、何故、こうした常軌を逸して、懲戒解雇件権を発動してしまったのか、また、直ちに自らの間違いを謙虚に認めることさえできないで、かつ、新事実も出さずに同じ裁判用資料を使い続け、6年もの間、いたずらに私を含め三教授に不名誉を与え続け、辛苦の生活を強い、不当な懲戒解雇ばかりか人権侵害という罪を犯すことになってしまったのか、そうしたことを自ら調査し、その防止策も含めて、積極的に社会に公表し、信頼を取り戻すべきだと考えます。もちろん、人権を尊重する立場から、被害者である私たちに対して、誠意ある謝罪をいの一番にすべきことです。

ところが、現在のところ、鹿児島国際大学は、こうした人権問題など大学を根幹からゆるがす問題をまったく無視して、さらには、この事件そのものにさえ触れないようにしています。日本高等教育評価機構より、大学機関認定評価を得たなどと広報誌などにおいて喧伝しておりますが、もとより、この大学評価において、懲戒解雇事件はその評価の対象にしていません。このような姿勢でいいのでしょうか。疑問です。地域に開かれた大学をつくり21世紀の社会を担う高等教育機関としての社会的責任を果していこうとする者の姿勢とは、到底思えません。判決が確定した暁には、積極的にされるかも知れませんが…。

かつて、福沢諭吉は、「平民の根性は依然とし旧の平民に異ならず、…実に無気無力の鉄面皮と言うべし」(『学問のすゝめ』)として、平民が卑屈不信の気風のままであれば、自らは孤立し、政府は逆に虚勢を張って、このままでは専制政治を招き一国の独立はおぼつかないと危惧して、この『学問のすゝめ』を著しました。改めてこうした書を紐解き、教えを請わないといけないほどに、現代社会も、さらには大学さえ病み、孤立と虚勢が蔓延してどうしようもなくなっていると言えば、それは言いすぎでしょうか。さらに、一言。「民主主義的じゃない社会は平和でないということは当たり前。だって、自分の意見をちゃんと言えないってことは、圧力があるってことでしょ?それは人権侵害でもあるじゃない」とは、中米コスタリカの小学生の言葉です(『平和をつくる教育−「軍隊をすてた国」コスタリカの子どもたち―』岩波ブックレット)。この言葉にあるように、権力が民主主義と法を蔑ろにするところに、また、権力を監視し統制できないところには、民主主義はありえません。以上のようなことを痛感しております。

何か、ご意見などございましたら、是非とも、忌憚ないところをお聞かせいただきたく存じます。

2007年10月10日
                馬頭忠治(ばとうただはる)
                 鹿児島国際大学 経済学部教授
〒891-0191 鹿児島市下福元町5860-1
電  話 099-261-3211(大学)
                             099-261-0670(研究室)
Eメール bato518@r2.dion.ne.jp

 

年頭のご挨拶(2007年)

半年で終わった裁判です

田尻 利 

 控訴審判決によって、学園側の不当な主張はさらにきびしく指弾されました。にもかかわらず、学園側は最高裁に上告いたしました。
 この事件はそれほどに時間を費やさねばならない、複雑で深刻なものではありません。学園側は厖大な証拠資料を提出しました。しかし、裁判所が判断の根拠としたのは、科目適格性をめぐっての5先生の「意見書」5通をのぞけば、5回を数える理事会調査委員会の「議事概要」、主査およびK委員の「委員会経過報告」2通ぐらいでしょう。「意見書」の3通は第一審に当方が提出しましたが、これをのぞけば重要な証拠のすべてが最初の地位確認の仮処分裁判のさい、理事会から出されています。要するに、この裁判において、事実の究明に必要な証拠はほとんどが地位確認仮処分裁判で提出されており、したがって6ケ月で決着のついた裁判なのです。空費された時間と費用、無念の思いを禁じえません。
これまでの長期にわたるご支援にあらためて感謝いたします。あとしばらく、と確言できる段階にまいりました。よろしくお願い申しあげます。

 

ご縁に感謝して

馬頭 忠治 

 インキュベーターという言葉が流行ったことがあった。それは、社会には、それにふさわしい孵化器があって、人は育ち、イノベーションが可能になるというコンテクストで使われた。私も、裁判生活、5年目を迎えて、いま、はっきりと、皆さまの縁が織り成してできたインキュベーターに育てられてきたと実感する。とりわけ、2006年10月27日、福岡高裁宮崎支部による完全勝訴の判決言渡があってからは、とくにそうで、身心が開放される思いさえする。
 裁判生活が始まった頃は、当然のこと、研究できる情況ではなかった。生活不安ばかりが募り、精神的にも、社会とは、半透明なベールで遮られて、距離ができ、そればかりか、そのベールの向うから、いつも見られているような感じがして、辛かった。もちろん、もっともらしく作文された学園側の準備書面への反論や、自らの陳述書の作成など、組合や同僚の力を借りながらの事実確認さえ、結構、手間がかかり、また不慣れもあって、忙しかった。
 さらに、組合、守る会、全国連などに支えられて、地位保全等仮処分の裁判で勝訴でき(2002年9月30日)、徐々に生活も見通せるようになった。そんな折、恩師、篠原三郎先生の慫慂があり、また、同じ研究会のメンバーや先輩の助けがあって、『脱マネジメント論−市民事業と公共性の発見−』(晃洋書房、2004年)を上梓することになった。これは、私にとって、何よりの励みとなった。しかも、この出版にあたっては、実行委員会が組織され、実に多くの人の賛同とサポートを戴いた。改めて、この場をお借りして、感謝申し上げたい。
 お陰さまで、その後も、4本の論文を執筆できた。すなわち、@「株式会社と市民−法人論試論−」(中村共一編著『市民にとっての管理論』八千代出版、2005年)、A「組織と開かれた社会関係−協同論試論−」(社会経営学研究会編『関係性と経営−経営概念の拡張と豊富化−』晃洋書房、2005年)、B「近代と株式会社とソーシャル・チェンジ」(社会文化学会『社会文化研究』第9号、2006年)、C「アカデミック・モビングと大学自治−民主主義の私物化との闘い−」(大学評価学会編『アカデミック・ハラスメントの現在』2007年、予定)がそれである。
 さらに、学会報告をし、司会も務めた。比較経営学会、第30回全国大会(龍谷大学2005年5月)では、非営利・協同組織研究の現状と課題の分科会で、「市民事業の可能性」を報告し、さらに同31回(中京大学2006年5月)では、オルガナイザーとなって「NPOとソーシャル・チェンジ」を議論し、同32回(明治大学2007年5月)では、「NPOとソーシャル・キャピタル」を組織し、コメンテイタ−となる。社会文化学会では、自由論題の司会(「大学の人権侵害と市民的公共性」盛岡大学2005年11月、「市民事業における公共性と社会文化」立命館大学2006年12月)を務めた。大学評価学会では、分科会で「私立大学評価の市民基準」を報告した(桃山学院2006年3月)。さらには、日本経営学会の時に開催される東西研究会でも、この懲戒解雇事件について報告した(九州大学2005年9月)。この事件については、九州私大教連の秋季フォーラムでも報告した(北九州2006年12月)。社会経営学研究会では、「組織と開かれた関係」(龍谷大学2005年8月)と「市民社会と経営学」(龍谷大学2006年8月)を報告した。また、本務校では、講義担当から外されたままであったが、他大学(龍谷大学)で夏の集中講義(「経営特講:市民事業論の可能性」、2004年〜2006年)を担当させていただいた。学生とのディスカッションは、新鮮で、とても楽しかった。
 さらに紹介しておきたいことがある。それは、以前、地域通貨の取組みを一緒にしていた鹿児島の友人が、ホームレスを支える会を組織し、活動するようになり、現在、こうした人びとに連帯保証人提供を行うNPO法人の設立準備に忙しくしているが、私も、こうした運動に参加するようになったことである。理論的にも、社会的排除やアマルティア・センの言うケイパビリティ・アプローチに興味を抱くようになった。それは、懲戒解雇されたことで、その必要性を肌身に感じるからでもある。
 どれもこれも、いろいろな人びとの縁が私を包んでインキュベーターとなり、それに育てられたことによるものだと感謝するばかりである。やっと卵から雛に孵ったところだが、これまでじっと温かく見守っていただき、また、助けていただいた。一言、お礼を申し上げたい。事件はまだ、終わってはいない。これからも宜しくお願いいたします。


学における自由と民主主義を守ろう

八尾 信光 

 2002年3月末の懲戒解雇処分をめぐって昨年10月の本訴控訴審判決までに幾つもの裁判(大小合わせると10件の裁判)がありましたが、その中で地裁と高裁は、「原告らには懲戒事由に該当する事実は認められないから」解雇は無効である旨の判断を繰り返して示しました。
 懲戒処分する理由がないという判断なので、裁判所は処分手続きについての検討を省略していますが、本件処分には手続き面でも次のような問題があります。

@ 当時の学長(現理事長)が、教員選考委員会からの事情聴取もせずに、その審査と結論を非難し委員会と教授会の決定を覆した上で、関係者の責任追及を開始したこと。
A 大学教員を懲戒処分するための調査委員会を、大学内にではなく学園経営者の下に設け、自らその委員長に就いたこと。
B そのような形で調査委員会を設けることについて教授会や大学評議会の承認を受けなかったこと。
C 調査委員会の結論は処分対象者からの事情聴取をする前に決まっており、事情聴取の結果は委員長作成の報告書に反映されていないこと(裁判所に提出された委員会資料を見ても、事情聴取後にそれに関する審議がなされたという記録はありません)。
D 私に対する懲戒理由としては大学の将来計画をめぐる言動が多く挙げられていますが、懲戒理由書を示す以前には、それらについての調査や事情聴取を全く行わなかったこと(したがって懲戒理由書には事実に反する点が数多く含まれています)。
E 懲戒処分案は当時の学長によって学園理事会に提案され決定されましたが、処分案について大学評議会での事前審議が全くなされなかったこと。などです。
 
  将来計画をめぐる学部長の言動が気に入らないとか、学部での教員選考の結果が気に入らないからといって大学教員が処分されるというのでは、民主主義も学問の自由もありません。しかも教員選考委員会の審査結果については、当該分野の代表的な研究者たちが裁判所に提出した「意見書」でその妥当性と正当性を幾重にも証言しているのです。
 大学教員が大学内での調査や審議も経ずに、その言論や見解を理由に大学経営者によって懲戒処分されることになれば、大学における学問の自由は失われます。大学は自由と民主主義の砦でなければならないはずです。この意味でも本件処分は必ず撤回されなければなりません。
 学園当局は地裁・高裁の判決を不服として最高裁に上告しました。組合などが求めていた話し合いによる解決を拒否して裁判による決着を求め、自ら最高裁の最終判定を要求したのですから、学園当局はその最終判定を全面的に受け入れる責任があります。
 解雇撤回と原職復帰、名誉回復の実現を目指してがんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします。新しい年、みなさまのご多幸をお祈り申し上げます。

2007年正月 

2006年10月27日

声   明

田尻 利・馬頭忠治・八尾信光

 今日の勝訴判決を学内外の多くの支援者とともに喜びたいと思います。
 懲戒解雇の汚名を着せられた者にとって、この4年7ヶ月の歳月がどれほど辛く厳しいものであったかは容易にご想像いただけるでしょう。
 裁判所は、仮処分決定から今回の本訴控訴審判決にいたる幾つもの裁判を通して、わたくしたちに「懲戒事由に該当する事実は認められない」という判断を繰り返して示しました。わたくしたちに対する懲戒解雇はまったく不当な処分であったのです。
 これらの判決を踏まえてわたくしたちは学園理事会に次のことを求めます。

1.ただちに解雇を撤回して、わたくしたちを原職に復帰させること
2.誠意ある謝罪をして、わたくしたちの名誉を回復すること

 地裁判決を真摯に受け止め「ただちに三教授を原職に復帰させる」ように求めた理事長宛の要望書には、鹿児島国際大学教員の過半数を大きく越える数の先生方が署名をされました。卒業生からも学長と同窓会長宛の嘆願書が提出されています。理事会は、こうした学内外の願いや世論に耳を傾け、これまでの司法の判断に従うべきです。この解雇事件に関係し協力した人々は、それぞれの責任を考えるべきでしょう。

 

年頭のご挨拶(2006年)

近況−カイコ期におけるカイコの研究

田尻 利

わたくしは中国清代の蚕糸業について文章を書いたことがあります。「鹿児島国際大学教職員の身分を守る会」第2回総会において,解雇期間に執筆した論文を書物にする,題名は『カイコ期におけるカイコの研究』と申しました。このとき念頭にあったのはカイコでなく,タバコです。
2002年10月から研究室の利用が認められ,以来,既発表の2篇を増補訂正し,あらたに6篇を書きました。これに既発表3本を加えて,ようやく書物にすることが可能になりました。題は『清代たばこ史の研究』。明清のたばこ禁止令についての2篇をのぞいて,中心は書誌学的なたばこ文献研究であり著者研究です。マイナーなたばこの歴史,しかも文献中心のきわめて特異なテーマですが,96年から1年間の中国留学の成果になります。いま印刷中であり,ようやく初校ゲラが出た段階です。
ところが,先日,某社の事典に執筆した項目に「養蚕」があります。まさにカイコです。「守る会」での発言はシャレでなくなりました。じつは,日本経済史専攻のK氏との共同研究「戦前期わが国における中国蚕糸業の調査・研究」がなお完成していません。複写を入手できない文献が若干残り,文献目録の作成作業を中断していました。いまとなれば,さらなる文献蒐集は断念して,懸案を実現しなければなりません。今後はこの仕事がメインになります。したがって,わたくしのカイコ期における研究はカイコで終ることになりそうです。


全国連絡会のみなさまへ

八尾 信光

 長期にわたる御支援に心から御礼を申し上げます。お蔭さまで元気に過ごしております。
8月の本訴判決までの約3年半に6つの裁判がありました。被告の学園当局側が厖大な書面を提出して一方的な主張を繰り返し、裁判の引き延ばしを続けましたので、そうしたことへの対応に追われてきましたが、学会等には以前と同様つとめて参加するようにし、最近は2、3の論文執筆にも取り組んでおります。
 学会関係の多くの先生方から当局側はなぜ判決を受け入れないのかと尋ねられますが、 それについては、現理事長(前学長)の御意思なのでしょうとしか申し上げられません。
(法人登記簿によれば、津曲貞春前理事長は平成15年9月30日付で理事を「辞任」し、他の8名の理事も平成17年4月1日付で「代表権喪失」と登記されています。)
 解雇事件の全容や裁判上の論点について色々ご説明したいこともありますが、そうしたことを述べれば争いが複雑化し解決が難しくなるようですので、控えざるを得ません。
 学園当局はすでに6回敗訴しており、本訴判決も原告側の請求を内容的には全て認めた原告側完全勝訴の判決であったのですから、それを厳粛に受け止めてもらいたいと思っております。
 今後とも御支援をどうぞよろしくお願い申し上げます。    

2005年12月21日

そして、高裁

馬頭忠治

 高裁まで来ました。津曲学園は、地裁判決をあざ笑うかのように、一人当たり、一千六百万円の担保金を積んで、決定された私達への給与支払の執行を停止させた。さらには研究室以外に立ち入るなとの「再警告」を出して、解雇をちらつかせ、組合との団交も拒否しつづけている。そして、控訴です
 学園は、自らの敗訴を認め、猛省し責任を自覚するということは一切ありません。弁護士も新たに一名加えた。関西からの三名とは、かなりの出費となりますが、一体、だれがそれを負担するのでしょうか。もはや、理事らで自弁すべきです。ところで、私学共済は、判決を受け、私たちを組合員に戻しました。私は、組合員証を手にしたとき、一歩、近づいたとの実感があり、正直、嬉しかったです。
 菱山泉理事長、伊東光晴理事は、皆さんも知る高名な学者です。高等裁判所という場で、その名のある理事たちは、事実なく懲戒解雇して人の人生を奪おうと、これまで以上にやっきです。その一方、「大学人としてもっとも恥ずべき行為である」などと私たちを非難して、ひたすら自らを正当化するばかり。吃驚、仰天です。学問とは、妄想を語ることなのか。また、研究と人格の涵養とは無関係なのかと思ってしまう。ともあれ、アカデミズムを貶めているのは、どちらなのか、もはや明白となってきている。
 私の元ゼミ生たちは、たまりかねて学長・同窓会会長に嘆願書を、この11月に出したという。それは、この事件で傷ついたのが彼ら彼女らであり、また、卒業生としての誇りを取り戻したい一心からです。46名の願いは届くのでしょうか。  

ついに、高裁

馬頭忠治

 不当解雇されて、4年目を迎えようとしている。仮処分も含めてことごとく勝訴したが、この長きにわたる裁判生活は、もっと早く終息できたはずで、その意味で、裁判の引き延ばしは人権侵害ではないのかと強く思うようになった。津曲学園は、鹿児島地裁の判決(8月30日)に受け入れることなく、9月5日に控訴した。そして、判決すらあざ笑うかのように、一人当たり一千六百万円の担保金をつんで給与支払を拒否するなどして、私たちを苦境に陥れ、高裁の場へと引きずり込んだ。12月16日、第一回口頭弁論となった。
 以下、地裁判決から、福岡高裁宮崎支部での口頭弁論までのあれこれを紹介しておきたい。

(1)地裁判決の後、「控訴するな」がテーマであった。全国連絡会も、守る会も、要請文やハガキで、その旨を当局に訴えた。そして、判決後の運動は、裁判から組合へと移った。9月17日の守る会総会でも、祝勝会でも、さらには18日の全国連絡会の総会でも、確認された運動方針であった。国際大学の組合は三教授を原職に復帰させる署名運動に取り組んだ。そして、団交によって自主的な解決を模索しようとしたが、学園当局は、これを拒否したままである。また、学長などは組合の署名活動に介入して阻止しようとすらした。
(2)相手は強かであった。何と、控訴したばかりか、地裁判決である賃金支払を拒否した。地裁に、担保金、1人当り1,600万円を積んで、強制執行の停止を申請したのだ。そのため、私たちは、三度目の仮処分を余儀なくさせられた。まさかのあこぎな申請に唖然とした。
私たちは、10月7日に仮処分の申請をし、11月9日に第一回の審尋が電話会議という形式であったが行なわれた。若干のやり取りの後、高裁の尽力により、11月29日、双方は「協定書」を交わした。判決まで給与を支払い、賞与は、要望が取り入れられ、全額ではないが一人に出ることになった。
(3)さらに、菱山理事長名と瀬地山学長名で、「再警告」なるものが配達証明で三人に送付されてきた。11月13日のことであった。研究室以外に立ち入るなと、解雇をちらつかせての警告である。地裁は、「雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認」したが、これを曲解して、この警告である。これは研究活動の妨害以外の何者でもない。図書館利用を阻止するのは、基本的人権である知る自由を奪うものであり、ユネスコの公共図書館利用宣言や日本図書館協会の「‥自由に関する宣言」、IFLAの宣言にも反する蛮行である。
(4)10月28日、控訴人となった学園は、控訴理由書を提出した。私たちの代理人の増田弁護士は、これに対する答弁書を作成し、高裁に12月5日に提出した。「本件に関する原判断は、いずれの争点についてもきわめて適切である」との簡潔なものであった。ところが、控訴人は、1、2あわせて127枚の準備書面と3点の陳述書を含む200枚近い証書を提出してきた。しかも、これまでの主張の繰り返しである。
(5)12月16日、控訴審第1回口頭弁論が福岡高裁宮崎支部で行なわれた。15分ほどで終わり、2月6日までに双方の書面を提出し、次回、2月24日と決定した。高裁には、控訴人を除いて、13名の支援者が集まり、裁判官も興味深げであった。また、宮崎大学からも応援に駆けつけてもらった。最後となったが、日本私大教連が、第18回定期大会で、早期解決を求める決議をしたことと、私学共済も、地裁判決を受けて、私たちを組合員に戻したことを紹介しておきたい。

 

2005年8月30日

声 明

田尻利・馬頭忠治・八尾信光

 本日、鹿児島地方裁判所は、津曲学園理事会のわたくしたちに対する懲戒解雇処分の無効を宣言いたしました。

 2002年3月末に解雇されて以来、3年5ケ月が過ぎました。この間、本件に関連して4件の裁判の結論がすでに出ています。裁判所、,いずれの裁判においても、わたくしたちの主張を認め、学園側の主張をととごとく斥けました。ところが、学園理事会はこれらを謙虚に受けいれることなく、本訴において、,いたずらに時間を空費させ、裁判を延ばしてまいりました。懲戒対象者とい汚名を被ったわたくしたち、とりわけ家族は、これまで屈辱と辛酸の毎日を余儀なくされているのです。

本日の判決は、これまでの裁判の総決算であり、仮処分決定とはその重みにおいて、同列でないこというまでもありません。津曲学園は、いまや社会から、公教育に関わる学校法人としてのありかた自体が問われているのです。学園理事会が,この判決を厳粛に受けとめて、今度こそただちに解雇処分を撤:回し、原職への完全復帰を認めること、,わたくしたちは強く求めます。

 最後に、わたくしたちを支援し、激励してくださった学内外の皆様に対し、衷心から感謝の意を表するとともに、ひきつづき原職復帰までご支援いただくようお願い申しあげます。

以上

 

「判決を前にして」

八尾信光

(全国のみなさまへ) 
長期にわたるご支援に心よりお礼を申し上げます。
想像もしなかった解雇処分から3年4ヶ月、その理由とされた教授会審議から5年5カ月が過ぎました。その時間の重みだけを考えても、なんという残酷な仕打ちであろうかと思わざるを得ません。

おかげさまで、この3年間に決着した5つの裁判では全面的に勝訴することができました。なかでも、仮処分決定に対する学園当局の異議申立裁判において、「学問的立場の違いを理由に懲戒処分」すべきではない旨を説示した上、「債権者らには懲戒事由に該当する事実は認められない」から「解雇は…無効である」、大学教員が「大学の将来の方向性について意見を述べることは当然に認められるところであって、懲戒事由を構成するものではない」という判断が裁判所によって示されたことの意義は非常に大きいと考えております。
大学へは毎日「出勤」しておりますが、教職員の方々はみな丁寧にあいさつをし、声をかけてくださいます。

教職員組合をはじめ、九州私大教連、県の「守る会」、それに結集する諸団体や研究者・市民の方々も献身的な支援を展開してくださっています。

口頭弁論の経過から見ても本訴判決での全面勝訴は間違いないでしょう。
解雇撤回と名誉回復、原職への復帰が1日も早く実現するように、今後ともどうぞよろしくご支援くださいますようにお願い申し上げます。

2005年7月15日 

「腹ふくるゝわざ」

 田尻 利

na中国で文化大革命が終わったとき,ある中国人が,「−−千dもの紙を浪費し た」と文革派を批難しました。文革派が情報を独占し多量の出版物を氾濫させたことへの批判です。刊行物を,部数でなく重量で記すところに作者の強烈な皮肉が表わされて,文革期の報道・刊行物における空疎で虚偽に満ちあふれた内容が,的確に示されていました。
 今回の裁判において,学園側は枚挙に遑がないまでの準備書面とともに,まさに−−`にもおよぶ厖大な証拠資料を提出しています。本訴に入ってから,わたくしは400字で200枚ほどの長い「陳述書」を提出しました。馬頭さんは,教授会に推薦した候補者の論文を評価することが必要になったため,全体としてはわたくしより長大な「陳述書」になっています。なにしろ,大学内部の採用人事をめぐる問題であるため,規定と慣行の説明が必要であるし,論文の内容をめぐっては専門的判断・見解の陳述を避けることができません。若干の証拠資料も出しました。とはいえ,わたくしたち3人の「陳述書」に証拠資料をあわせても,その量はとうてい学園側の資料に比するべくもありません。しかし,文書・資料の物量が主張の正当性を証明できないことは,文革の例を省りみるまでもありません。学園側の「準備書面」,「陳述書」や資料の量がいかに厖大であるにせよ,菱山泉前学長・理事長の主張する「情実」人事など証明できるはずがありません。理由は簡単です。その事実がないのですから。
 証拠調べでは,同僚が学園側の証人として出廷しました。証言や他の場において,ある同僚はわたくしたちばかりか国際大学経済学部教授会までも誹謗・中傷しています。これまで裁判に集中してきたため,かれらへの反論はすべて保留しています。むかし習った『徒然草』の,「おぼしき事言はぬは腹ふくるゝわざなれば」を思いだします。いつか,どこかで反論しなければ,悔いを千載に残します。とはいえ,8月30日の判決まであと1ケ月半,いまは静かに判決を待つばかりです。 
                

  2005.7.15.

最近の心境

馬頭忠治

 以前にも、この同じテーマで書いたことがある。そこでは、この懲戒解雇が、明瞭さに欠き、実に恣意的でいいかげんなものであることを指摘するとともに、理事会という経営体が、勝手に教育に関わる教員としての言動や作成した文書を問題にして懲戒処分するなどというのは、大学の自治を蔑ろにし、学問の自由を脅かすもので、それは大学づくりに携わってきた全国の大学人(学生、教職員)に対する挑戦でもあると書いた。
この事件があって、何が変わったのか。菱山泉学長は、学園理事長になった。大学の仕組みも随分と変わった。まず、教員人事は、教授会から学長のもとにおかれた。そのためか随分と見知らぬ教員が増えた。特別任用、再雇用もあったが、「報告」で済まされているという。また、教授会も教授だけが出席する教授教授会がつくられ、全教員が出席する教授会は、多くが審議するのではなく報告となったという。副学長というポストも新設され、2名とも理事長が指名したらしい。役職選挙も変わった。
 私は、こうした改革のためのスケープゴートかと、ふと、思うことがある。それにしても、懲戒解雇とは卑劣である。私のこれまでの一切の努力を否定し、名誉と生活を奪い、将来に亙って長く癒しがたい苦痛を強いたのである。今でも深い傷となっている。
 「虚偽記載」という言葉で罵られたのは、2001年の弁明聴聞のときであった。それまで、一切、指摘されることはなく、また「懲戒理由書」にも記載なかったものだ。ところが、弁明をひと通り終えた後、突如、伊東光晴理事は、「公文書偽造」「虚偽記載」、さらには「重罪」とか「刑法上の問題」などとまくし立てた。高名な伊東光晴氏を、その席ではじめて拝顔したが、これらの言葉を耳にして、暫し茫然となった。その後のこの理事の説明も意味不明で理解できるものではなかった。わたしは、このことを陳述書に詳論した。いまは、地裁判決において、伊東光晴理事が言った「虚偽記載」が虚構であると判断されるものと確信している。そうした事実がないからである。

2005年7月15日

津曲学園懲戒解雇事件について

三人を代表して:馬頭忠治  

はじめに
だれもが震撼した事件だった。それは、教員採用(2000年度)にあたり、菱山泉元鹿児島国際大学学長(現津曲学園理事長)は、教授会が採択した採用候補者に一方的に不採用の通知を出し、強引に決着を図ったからであり、さらには、津曲学園理事会は、この件に関し、情実人事、虚偽記載などの不正があったとして、懲戒解雇という学者生命を奪う非情な処分を科し、一気に終息させようとしたからである。

教員選考に当たった委員のうち、委員長(田尻)と副査(馬頭)を懲戒解雇に、他の一般委員2名を減給処分に付し、そして、候補者を1名に絞るまで委員会に参加していた1名の委員と主査には処分は一切ないというものだった。さらに、この時、教授会の議長であった学部長(八尾)に対しても、「教授会審議を誤った結論に導いた」とし、また大学経営への介入行動もあったなど別の理由を挙げ、懲戒解雇とした。しかしながら、一体、不正となるどんな事実があったというのか。事実がなければ、それは冤罪となる。思い違いであったでは済まされない。結審を終えた今、この「懲戒解雇」とは何であったのか、考えたい。

1.突然の懲戒解雇
2002年3月末、私たち3人に、「処分通知書」が突然、配達証明で送られてきた。そこには「懲戒退職」に処し、「今後許可なくして大学構内・津曲学園施設内に立ち入ることを禁止する」とあった。同時に、全教職員に対しても「告知」文書が送付されていた。この「告知」には、3教授に構内など立ち入りを禁止してあるので、「教職員各位におかれましても、その点充分に承知のうえ、各自適切に対応されるよう申し添えします」と記されてあった。理事会は、私たちを犯罪者のごとく扱い、放逐して、教職員や学生との接触すら断とうとしたのであった。何故、こんなことまでされるのか、その執拗なまでのやり口に屈辱を覚え、悪意さえ感じた。

しかも、すでに学生は受講登録を済ませ、開講を待つばかりであった。4年のゼミ生はこれまでの調査を踏まえ卒論にまとめていく手はずであった。この突然の処分は、学生のことをまったく無視した無責任極まりないもので、この意味からも到底、冷静な処分だとは思えなかった。
さらに、この「懲戒解雇」は、教授会や大学評議会が審議した上でのことではない。理事会が一方的に下したものであった。しかも、委員会運営や学問的評価に関して、である。また、私たちは、何ら指弾されるようなやましいことがないからこそ理事会の事情聴取に快諾し、聴かれたことに率直に事実をもって説明してきた。したがって、この処分は余りに唐突で信じられるものではなった。

2.裁判の経過
私たちにできることは、司法の場で、事実を明らかにしていくことだけであった。2002年4月5日、地位保全の仮処分を鹿児島地裁に申請した。裁判は、長引いた。2002年9月30日にやっと解雇は無効との地裁の決定が出て、仮処分が認められた。ところが、この決定の後、理事会は10月25日づけで「予備的解雇」を通告してきた。これは、懲戒解雇が無効であっても普通解雇するというもので、地裁の決定を尊重するどころか、何がなんでも解雇するというものだった。

私たちは、11月19日、やむを得ず「解雇無効、地位確認」を求めて、本訴に入った。これに対し、理事会は、まず12月25日に、仮処分決定に対する異議申し立て裁判を起こした。さらに、驚くことに、八尾が投稿した新聞記事に「鹿児島国際大学教授」という肩書きを使用したことを捉え、それが名誉毀損にあたるとし、損害賠償の裁判を起こした(2003年の4月)。やがて1年が経過し、私たちは、2003年10月に、新たな仮処分を地裁に申請せざるを得なくなった。その後、理事会は、2004年3月に先の異議申し立てが却下されると今度は高裁に保全抗告した(後、自ら取り下げた)。そして、2度目の賃金の仮処分が決定し、解雇は無効との判断が再び出た。それは2004年の8月のことであった。このとき、理事会はすぐさま賃金支払いに応ぜず、私たちは、差し押さえの申請を裁判所に提出せざるを得なかった。そして、解雇されてから3年が過ぎた2005年の5月17日に、やっと結審し、判決言い渡しが8月30日と決まった。長かった。

3.問われていること、問いたいこと
見ての通り、懲戒解雇に当たる事実がないとの地裁の判断が示されても、理事会は、懲戒処分を撤回するどころではなかった。裁判の長期化は、決して大学の利益になることはないし、大阪・京都から出張してくる2名の弁護士費用も相当なものになろう。それとも、学生の納付金や私学助成金を使って裁判を続けるだけの何か確かな別の理由でもあるというのか。ともあれ、裁判所の決定に誠実に応えるのが最低限の務めであるはずである。しかし、大学のホームページですら、この決定を紹介しコメントすることもなく、いわば無視して不正との主張を掲げるだけであった。これでは、理事らは大学を私物化していると非難されてもいたしかたないであろう。

ところで、理事会が提出した裁判資料から実に驚くべき多くの事実が白日のもとになった。なかでも、にわかには信じられなかったが、主査だけが他の委員と全く異なることを理事らに証言していたのである。もちろん、委員会では意見の違いや議論はあったが、主査も含めて委員の全員一致でこの候補者に面接することを決め、さらに面接後の票決により教授会に推薦することになったことは、覆しようのない事実である。ところが、主査は、はじめからこの候補者は公募した2科目とも科目不適格であり反対していたとか、さらに、委員らは、共謀し、主査のこの主張を無視したとか、また副査との交代を迫るなど委員会運営が異常であったなどととんでもないことを事ありげに語っていたのである。もちろん、それが事実無根であるということでは、主査以外の委員は皆、同じくしており、そのように理事会の調査委員会でも明言している。

何のことはない。理事会は、この主査のみの言質によって懲戒処分していたのである。そんなことがあっていいのかと愕然とするばかりであった。また、主査は、処分決定の直前に「釈明書」なるものすら理事らに提出し、こともあろうに私が研究者としての能力に欠くなどと個人攻撃までやってのけていたのである。その上、そんなことすら平気できる主査に、菱山元学長は賛辞を惜しまず「余人をもって代えがたい」とわざわざ理事会の調査委員会で高く持ち上げるばかりである。その発言録を見てわが目を疑った。

こうした事実があって、本訴は、主査の言辞を質すことが焦点となった。彼の本人尋問では、彼の信じがたい研究業績のつくり方を示し資質を問い、証言能力を問題にした。そして、最終準備書面では、この主査の次のような言説、すなわち、他の委員に悟られないように「きちっと証拠固めをするのが先だ」と思ったとか、さらに「得策でない」、「証拠固め」、「敵対的な行動」(乙27・大学問題調査委員会議事録19頁)等という不穏当で不適切な発言を取り上げ、選考委員会とは主査にとって一体、何だったのだろうかと、根底からの疑問を投げかけるにいたったのである。
その他、主査とその他6名の「上申書」に何が記載されているのか、また、理事会の調査委員会の外部委員で、菱山元学長や伊東光晴理事と同僚で親密な関係にある元京都大学教授が専門家であるとしてどんな発言をしていたのかなど、是非、紹介し訴えたいことがあるが、別の機会に譲りたい。ともあれ、問われていることは、この教員の選考委員会の運営に関し、そこに懲戒解雇に相当する不正となる事実があったかどうかであり、そのことを立証する責任が、懲戒解雇した津曲学園理事会にあるということである。どう見ても、そんな不正な事実など無く、さきに見たように、主査らが、放言しているだけのことである。私たちも、主査がどうして選考委員会での票決から突然、豹変し、「経営学のなかの労使関係論」などと新たに言い始めたのか、さらに「上申書」や「釈明書」まで出すにいたったのか、その本当の理由を知りたいと思っている。ともあれ、いまは、裁判所の判決を待ちたい。                           

2005年7月14日


 

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

 わたくしたちに対する温かい御支援に厚く御礼を申し上げます。
 お蔭さまで昨秋までに解雇問題をめぐる五つの裁判が決着し、すべてにおいて好結果を得ることができました。学園当局による仮処分決定への異議申立裁判でも、「債権者らには懲戒事由に該当する事実は認められない」から「解雇は…無効である」との判断が示され、全面勝訴しております。
 本訴はなお続きますが、わたくしたちは元気にがんばっております。
 今後ともどうぞよろしくご指導ご支援下さいますようにお願い致します。
 みなさまのご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

  2005年 元旦

         鹿児島国際大学教授 田尻 利
               鹿児島国際大学教授 八尾 信光
           鹿児島国際大学教授 馬頭 忠治


三教授からのメッセージ 証人尋問を終えて

 みなさまへ

御支援に心から感謝しております。
11月16日の第12回口頭弁論をもって被告・原告双方への尋問がすべて終わり、証拠調べ(証拠書類の確認や双方への尋問など)が無事終了いたしました。
ただし、今後の裁判日程に関する打ち合わせの中で、被告側弁護士が「予備的解雇」(裁判所が「懲戒解雇は無効」と判断しても通常解雇するという通告)について追加準備書面を提出したいと主張しましたので、その締切りが12月20日、それに対する反論の締切りが1月25日、それらに関する口頭弁論が2月1日ということになり、それらも踏まえた裁判所の争点整理案についての口頭弁論が3月1日に行われることになりました。したがって、その後に原告側・被告側の双方が最終準備書面を提出して結審を迎え、それらを踏まえて判決が下される見通しです。
裁判はなおしばらく続きますが、これまでの証拠調べでわたくしたち三名に懲戒処分に該当する事実はないことが一層明白になりました。不当な解雇は絶対に許されません。わたくしたちは完全勝訴と原職復帰を目指してこれからもがんばります。
今後ともあたたかい御支援をどうぞよろしくお願い申し上げます。 

   11月17日    田尻 利・八尾信光 ・馬頭忠治

* * * * * * * * * * * * * * * * *

 昨日は傍聴有難うございました。やっと証拠調べのための本人尋問を終えるところまでこぎつけました。多くの人びと、諸団体から、心温まる支援、エールをいただくことで長期にわたる裁判生活を耐え、ここまで来られたと家族ともども、喜んでおります。お礼の言葉もありません。
 通常解雇と本件の最終弁論、結審、判決という手続きは残っており、来年、6月ごろまでかかるのではないかと予想し、覚悟はしておりますが、名誉回復と復帰を勝ち取るまで頑張ります。この裁判が、大学教職員にも、また、地域の人びとにとっても意味のあるものにできたらと改めて決意するしだいです。今後とも、指導や叱正を含め、ご支援いただきたく存じます。
 お礼まで申し上げます。

         2004年11月17日 馬頭。

みなさまへ
御支援・御心配ありがとうございます。
30分の約束であった馬頭さんへの反対尋問(続き)が1時間以上に引き延ばされ、どうなることかと思っておりましたが、昨日の口頭弁論で、小生への尋問も無事終了いたしました。
ただし、今後の裁判日程に関する打ち合わせの中で、被告側弁護士が「予備的解雇」(裁判所が「懲戒解雇は無効」と判断しても通常解雇するという通告)について追加準備書面を提出したいと主張しましたので、その締切りが12月20日、それに対する反論の締切りが1月25日、それらに関する口頭弁論が2月1日ということになり、それらも踏まえた裁判所の争点整理案についての口頭弁論が3月1日に行われるということになりました。
したがって、原告・被告の最終準備書面作成と提出はそれ以降、結審は4月・判決は6月ぐらいになるのかも知れません。
このような不当解雇は絶対に許されてはなりませんし、裁判でも3人への処分理由がないことは明白になったと思いますので、完全勝訴と原職復帰を目指してこれからもがんばります。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

   八尾信光


三教授からのメッセージ 現状報告

 裁判の最大の山場は菱山泉理事長の証人尋問でしょう。懲戒解雇という過酷な処分を学長・理事として強行したのが菱山氏でした。これまでの仮処分決定および異議申立却下決定において、裁判所は明確に解雇事由のないことを認め、解雇無効という判断を示しました。菱山氏が懲戒解雇を強行したからには、証人として確固とした証拠を提出しなければなりません。ところが、菱山氏は、裁判官から情実人事の根拠はと聞かれて「特段に」ないと言わざるをえませんでした。情実によって仲間を採用するために、選考委員会は無理をし、馬頭副査は業績評価書において虚偽記載をしたのだ、という主張でした。解雇事由がまったくの言いがかりにすぎないことがいっそう明らかになりました。
 仮処分決定のあと、研究室に日参しています。授業をもたせてもらえないのですが、せめて研究だけでも続けないと学生に申し訳が立ちません。大学に復帰できると、すぐに経済学部論集に投稿できるように論文の作成に励んでいます。授業準備、授業に会議などからすべて解放されているため、史料を解釈し検討する時間だけはじゅうぶんにあります。この機会を利用して、時間がなければ書けない類いの文章を書くべく努カしています。
 いましばらくです。いっそうのご支援をお願い申しあげます。

田尻利

全国連絡会のみなさまへ
 鹿児島国際大学で解雇処分が行なわれてから2年4ヶ月が過ぎました。
 ご支援くださっているみなさまに改めて深くお礼を申し上げます。
 おかげさまで裁判の方は、これまでに判断が示された三つの裁判で全て勝訴するなど明るい展望が示されつつあります。このような争いの継続は大学と学園自体の評判を傷つけ、損失をもたらしているのですから、一刻も早く解雇の撤回と原職復帰を認める決断をしてもらいたいものだと思っております。
 裁判所がこの「解雇は無効である」との判断を繰り返し示しているにもかかわらず、学園当局は、厖大な資金と労カを投入して裁判を続けていますので、それへの対応に追われていますが、元気に過ごしております。
大学へは毎日「出勤」し、たくさんの教職員とあいさつをします。裁判での勝訴が続いていますので、事務職員の方々のあいさつや対応の仕方も以前より丁寧になっているような気がします。組合員はもちろん組合員ではない先生方も声をかけ励ましてくださいます。
 裁判でよい判決を得ることは、今後の大学と学問のあり方を方向付ける上でも重要な意味を持つと考えております。
 本訴での全面勝訴を目指してがんばりますので、変らぬご支援をどうぞよろしくお願い申し上げます。

2004年7月21日 八尾信光

 みなさんへ
 おかげさまで、理不尽な解雇であることが誰の眼にも明らかになってきました。これもみなさんの理解とねばり強い支援の賜物だと、深く感謝せずにはおれません。
 大学は、いまや解雇とは無縁の世界ではなくなり、研究者の生活不安ばかりか、学問の後退を引き起こさないかと心配されます。また、世間でも不当な解雇に泣き寝入りすることなく、一人でも入れる組合・ユニオンで頑張る人が増えていると闘きます。広く連帯しながら、この裁判に勝利することの意味を自覚するしだいです。
 この事件で強調されるべきことは、解雇にあたって、学問や研究が利用されたということです。名のある国立大学の経営学者は、元同僚先輩に乞われてか、突然、地方の私立大学にやって来て、20年、30年と積み上げてきた足跡すら聞きこともなく、貴校の公募科目の「人事管理論および労使関係論」は、労務管理論のそれであると考えるのが学会の常識であると一刀両断に強弁し、それを門外漢の理事長や学長に進言し、この公募科目の侯補者は経営学でなければ科目不適当であり、教員選考委員会のように社会政策論からアプローチする研究者を推薦したのは不正であるという論理をつくり上げたのです。
 この進言があって解雇が強行されたのです。この労使関係論という学問は労務管理論の一部をなすものであるとの進言は本訴の裁判資料として提出されました。本人の自覚のほどは分かりかねますが、こうした進言などの行為は、明らかに学問を蹂躙し、死滅させるものでしかありません。学問の理解としても間違っています。したがって、単に個人による傲慢な放言で済まされません。これをなおざりにすることは、彼が所属する大学ばかりか、学問にとっても不名誉なことです。研究者としての責任は重いはずです。今後、関連学会などで公論に付し、問うていくべき問題だと考えております。問題はこれにとどまりませんが、今後とも、よろしくご支援くださいますようお願い申し上げます。

2004年7月21日 馬頭忠治


全国の支援者の皆様へ

 日頃の御支援に心から厚く御礼を申し上げます。
 またこの度は、生活支援のカンパをお贈りいただきありがとうございます。
 お蔭さまで解雇事件をめぐる裁判では、一昨年9月末の仮処分決定、学園側による名誉毀損訴訟への今年1月の判決、3月末に示された仮処分への学園側異議申立の却下というように、3つの裁判で全面勝訴することができました。
 3月末に示された仮処分異議申立に対する「決定」文書で、裁判所は詳しい検討に基づいて、三名には「懲戒事由に該当する事実は認められない」と明言しています。
 学園当局は、これら3つの裁判結果を厳粛に受け止め、早々に解雇処分を撤回すべきでしょう。
 解雇無効・地位確認等請求裁判(本訴)は、5月17日の前学長(現理事長)への本人尋問等これから山場を迎えますが、以上の裁判結果からすれば、その展望は明るいと考えております。
 なお、昨年10月以降の賃金仮払い継続を求めている仮処分裁判についても5月17日に最終「審尋」が行われ、それを踏まえた「決定」が下される見通しです。
 原告団は本訴での完全勝訴に向かって元気にがんばりますので、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

2004年4月15日   
鹿児島国際大学 田尻 利 八尾信光 馬頭忠治
  

津曲学園による名誉毀損訴訟で全面勝訴 2004.1.19

みなさまへ 

 学年末ご多忙のことと存じます。
 南日本新聞社と小生に対し津曲学園名で昨年4月に起こされた名誉毀損訴訟についての判決が去る14日下され、学園側の主張と請求が全面的に棄却されました。
 学園側の請求の主旨は、南日本新聞が一昨年9月末の仮処分決定を「復職の仮処分決定」と報じたのは誤報であり、また地域再生に関する八尾の論稿を「鹿児島国際大学経済学部教授」という肩書きで掲載したのは肩書き詐称であるから、それらによる名誉毀損に対して計550万円の損害賠償をし、謝罪広告を出せ、というものでした。
 判決で、特に次のことが認められたことの意義は大きいと思われます。
 1.「懲戒解雇を無効とし,被告八尾ほか2名が原告との間の雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めるという〔仮処分決定の〕主文を…一般読者向けに分かりやすく説明するとすれば,仮の処分として「復職」が命じられたということになる」。
 2.「本件仮処分決定により原告との雇用契約上の権利を有する地位にあることを定められた被告八尾が,無効とされた懲戒解雇前の経済学部教授…という地位役職を,事実上,肩書として用いることを違法とする理由はない。」
 その他、同紙に掲載された記事や論稿に原告の名誉を毀損した部分はない。
 3.「よって,原告の本件請求はいずれも理由がない。」

 当方の主張が全面的に認められましたので、今後の裁判や学内外の世論形成には有利に作用するでしょう。
ただし、仮処分関係の二つの裁判や本訴の方は長引かされています。
 菱山氏が徹底的な引き延ばし戦術を取っていること、裁判所の都合(昨春裁判官が1人交代、夏に裁判所移転、先週池谷裁判長が都合により勇退、3月までは裁判所長が代行、春にもう1人の裁判官も交代)、弁護士さんの超多忙などによるものです。
 一審判決までに更に1年以上かかりそうですが、がんばるつもりです。
 お忙しいことと存じますが、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

    1月19日  鹿児島国際大  八尾信光

付記 1月27日の晩に、津曲学園の代理人金井塚康弘弁護士から南日本新聞社社長と小生宛の内容証明郵便が配達され、1月14日の判決は承服し難い内容だが、「控訴しないことに致しました」という連絡がありました。これによって、この名誉毀損裁判での全面勝訴が確定したことになります。
こうしたことを機に、大学・学園当局の姿勢がより理性的なものとなり、解雇処分そのものの撤回にまで進んでほしいものだと期待しております。

(1月28日)

謹んで新年のご挨拶を申し上げます

昨年も、わたくしたちに対する不当解雇事件について種々のあたたかい
御支援をいただきましたことに厚く御礼を申し上げます。

10月からは菱山前学長が学園理事長に転ずるなど大学・学園の人事に
変化がございましたが、学園側は一昨年の仮処分決定に異議を申立てたり、
南日本新聞社を名誉毀損で訴えるなど強硬な姿勢を取り続けております。
本訴で勝利し、解雇撤回を実現するまで厳しい闘いが続きそうですが、
今後ともどうぞよろしくご指導ご支援下さいますようにお願い致します。

みなさまのご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

二〇〇四年 元旦

         鹿児島国際大学教授 田尻 利
               鹿児島国際大学教授 八尾 信光
           鹿児島国際大学教授 馬頭 忠治

                長くて短い1年でした

2003年4月10日


                         田尻 利・八尾信光・馬頭忠治

 懲戒解雇通知がとつぜん郵送されてきたのが昨年の3月30日でした。1年あまりがすぎました。厳しい状況のなかで,わたくしたちがめげることなく裁判闘争に全力を投じることができたのは,なによりもみなさまのあたたかいご支援あったからです。あつく御礼申しあげます。
 鹿児島地裁は昨年9月の仮処分決定において,わたくしたちには「懲戒解雇事由に該当する事実は認められないから,……本件懲戒解雇は無効である」と判定いたしました。ところが,大学・学園は反省するどころか,いっそう居丈高に姿勢を硬化させ,わたくしたちに研究室以外の大学施設への立入りを禁じたり,10月には新たに普通解雇を通告してまいりました。他方で,この件に関して教職員組合が申入れていた団体交渉にも応じようといたしませんでした。
 事態の改善・進展を期待することが不可能であることが明白になったため,11月19日,わたくしたちはやむなく解雇無効と地位確認を求める訴状を提出して本訴に入りました。本訴の口頭弁論は1月に始まり,さる4月7日には第3回がおこなわれました。しかし,当局側はいまだに「準備書面」を完結させることなく,未提出部分の提出を5月15日まで延ばしました。仮処分裁判の経緯からすれば1ケ月以内にできるはずの書面提出を6ケ月にも引き延ばしているのです。「準備書面」が提出されないため,わたくしたちも当局側の主張に反論ができないでいます。裁判の長期化はわたくしたちにはかり知れない苦痛を与えるだけでなく,大学・学園も多大の損失を蒙らねばなりません。
 大学当局は,この1年間,教職員に送付した告知書,大学広報,意見広告やHPなどの手段を用いて処分を正当化するための一方的な宣伝をくり返してきました。昨年11月からは,一部教員がHPや勤務校の教職員に対する文書配布をはじめ,特に衣川恵氏は雑誌に投稿したりして,事実を歪めた悪宣伝を重ねています。それらは,わたくしたちと大学の名誉を著しく傷つけるものであり,わたくしたちも反論の必要を痛感してはいます。一部教員が学内情報を公開して大学当局を弁護することは許されていますが,わたくしたちが反論を公表すれば,このこと自体が処分理由とされることは,昨年10月の新たな処分通知書から容易に推察されるところです。しかし反論を控えるのは,公開論争が泥仕合の観を呈し,大学・学園のイメージに厳しい打撃を与えることをなによりも慮るためであります。裁判において,可能なかぎり事実を述べることによって,当局側の不当で作為的な主張を完膚なきまでに論破することをわたくしたちの方針としています。
 鹿児島国際大学教職員組合は,当局の団交拒否について,鹿児島地方労働委員会に団交斡旋を申請していましたが,2月6日,斡旋がおこなわれ,委員長は「これを機会に、今後は正常な労使関係を築くよう、労使双方努力していってほしい。この点については、地労委も重大な関心をもって見守る」と述べました。大学・学園当局は,裁判所の仮処分決定と地労委斡旋の主旨を尊重して,わたくしたちに対する不当な懲戒解雇処分を一日も早く撤回し,わたくしたちの地位と名誉を回復すべきであります。
 解雇撤回と原職復帰を実現するには,なお多くの困難と障害を乗りこえてゆかねばなりません。みなさまのさらに大なるご支援をよろしくお願い申しあげます。     

      わたくしたちを支援して下さっている全国のみなさまへ

  2003年1月1日 


                         田尻 利 八尾信光 馬頭忠治

 明けましておめでとうございます。
 昨年は、鹿児島国際大学を不当に解雇された私たちに対して、物心両面からあたたかい御支援をお寄せ下さいましたことに心より御礼を申し上げます。
 おかげさまで裁判所は、私たちに懲戒解雇すべき事実はないから「本件懲戒解雇は無効である」との判断を示し、私たちの地位保全を命令しました。これによって懲戒解雇者の汚名を晴らすことが出来ましたことを心から喜んでおります。
 その後、私たちは毎日大学へ行き研究室を使って仕事をしています。大学では同僚教員の皆さんはもちろん事務職員の皆さんも挨拶をし、励まして下さいます。
 けれども当局側は、研究室以外の学内施設への立ち入りを禁ずる学長名の通達を出したり、教員に配布すべき文書を一切配布しないなどの差別扱いを続けています。また図書の借り出しやコピー機など研究教育機器の使用を認めないといった嫌がらせをしています。そればかりか、10月25日には、京都の弁護士を通じて、裁判所が懲戒解雇処分を認めなくても解雇するという趣旨の「処分通知書」を送り付けてきました。裁判所の判断と決定を踏まえ、大学の教職員組合が再三申し入れた団体交渉にも応じようとしませんでした。
 やむをえず私たちは、地位の確認を求める訴状を裁判所に提出して、本訴に入りました。
 また、教職員組合も団体交渉の斡旋を地方労働委員会に申請して受理されました。1月20日には第1回の口頭弁論が行われ、他方2月6日には地労委による団体交渉の斡旋が行なわれます。
 争いの長期化は、私たちと家族に耐えがたい苦痛を与えるだけでなく、大学と学園にも計り知れない損失をもたらします。学生や卒業生にとって大きな不幸であり、迷惑であることは言うまでもありません。私たちは当局側が一刻も早くこの処分を取り消し、全面的な職場復帰を認めるよう願っております。
 昨年春以来のみなさまの御支援は私たちの大きな支えでした。多くの方々の御支援と暖かい励ましに改めて厚く御礼を申し上げます。
 どんな職場であれ、懲戒権の濫用は絶対に許されるものではありません。まして、大学教員がその学問的判断や意見を理由に解雇されるようなことを容認すれば、学問の自由は根底から失われてしまいます。それは、私立大学のみならず、独立行政法人化が進められつつある国公立大学の将来にも関わる問題です。
 今後もさらに多くの方々がこの問題に関心を向け、御支援の輪を広げて下さいますようにお願い申し上げます。

呼びかけ人、賛同者、募金協力者、支援者のみなさまへ 

 2002年10月10日 

田尻 利  八尾 信光  馬頭 忠治 

 残酷な懲戒解雇処分が行なわれてから半年が過ぎました。
 この間に皆さま方からお寄せいただいた真心こもった御支援に心から感謝し御礼を申し上げます。皆さまの御支援が私達を支えてくれました。
 お蔭様で、地位保全などに関する仮処分については、全面的な勝訴となりました。裁判所は、双方の主張と証拠資料を詳しく検討した上で、私達三名のいずれについても「懲戒解雇事由に該当する事実は認められないから、…、本件懲戒解雇は無効である」と判定しました。明快な判断です。
 私達は、3月末に突然失職させられただけでなく、懲戒解雇者の汚名を着せられて、それぞれに辛く苦しい日々を強いられてきました。大学広報や意見広告などによる一方的な非難や中傷にも耐えてきました。
 しかし裁判所は、相手側のそうした主張をことごとく退けて、私達の申し立てを全面的に認めてくれました。
 ところが大学側は、なおも「本訴で争う」とし、研究室以外の「学内施設への立ち入りを禁ずる」という学長名の「通達」を出したりしています。裁判所の決定を軽んじ、大学の評判を失墜させるような対応と言わざるをえません。
 私達は、これ以上泥沼の争いを続けて、大学の名誉と利益を損なうようなことはやめてほしいと願っています。そのためには、皆さまのお力で、一刻も早く解雇を撤回させ、職場への全面復帰を実現する必要があります。
 この不当な解雇を容認するか否かは、国公私立を問わず、今後の大学のあり方を方向付ける上でも、大きな意味を持ちます。
 解雇撤回に向けて、皆さまのさらに大きな御支援をお願い申し上げます。

経済理論学会の皆さまへ

2002年4月21日

                                                            八尾 信光

 鹿児島国際大学三教授懲戒解雇事件で4月30日に審査尋問が行われます。
4月27日の意見広告掲載に向けて、お一人でも多くの方のご協力をお願いします。


 すでに御承知の方も多いかと存じますが、鹿児島国際大学では3月末に小生を含む三名の経済学部教授に対する懲戒解雇処分が行われました。教員が委員会や教授会などで示した判断や意見等を主な理由に、最も苛酷な懲戒処分を課したものです。(すでに4月13日と18日のメールなどで概要をお伝えしました)。 しかも当局側は、私たちが学則・規程・就業規則の何に違反したのかを示していません。 教員処分の前提であるべき教授会での審議もされませんでした。 このように乱暴な処分が許されるなら、学問の自由とそれを支える教員身分の保障および教授会の自治は根底から破壊されることになります。 処分は全く不当ですから、地位保全の仮処分を裁判所に申請し、4月30日に第1回目の審査尋問が行われます。 他方この事件については、4月7日に京大会館で「鹿児島国際大学三教授を支援する全国連絡会」が発足し、さしあたり当地で最も広く読まれている南日本新聞の27日付に意見広告を掲載することを目標に、呼びかけ人への御参加をお願いしております。 色々な事情で、経済理論学会の皆さまへの要請が遅くなってしまいましたが、お一人でも多くの方がこれに御協力くださいますようにお願いを申し上げます。 経済学史学会をはじめとする他の学会、研究会の方々にもよろしくお伝えいただければ幸いです。本来ならば、お一人お一人にお手紙やお電話で御説明し、お願い申し上げるべきところ、課題山積で時間が取れないため、メールでお願いさせていただく失礼をお許しください。なお、事件の詳細とその背景、懲戒理由とそれへの反論などについては、述べたいことが数多くございますが、それを詳述すれば、裁判と職場復帰の障害になると言われておりますので、多くを語り得ないことを御賢察ください。(全国連絡会のホームページと、そのリンク先では関連情報が公開されております)。 同連絡会では、4月27日の南日本新聞に5段抜きの意見広告を掲載する予定です。ご協力いただけますならば、24日までに事務局に御一報くださいますようにお願いを申し上げます。そのさい「呼びかけ人代表」に加わっていただける先生は、その旨お伝え頂ければ幸いです。

最近の心境

2002年4月20日

 馬頭忠治 

 事件が発生して、20日ほど経ちました。“こんなことがあっていいのか、許されるのか”と義憤が強まるばかりです。おそらく、今回の「懲戒退職処分」は、日本の大学史に残る事件であると思われます。しかも、それは教育を支える自由な研究や大学の自治をまっこうから否定する平成事件として記録されるでしょう。
 今回の津曲学園理事会の「懲戒退職処分」は、その手続きの点でも、根拠の確かさの点でも、厳格な事由に欠く恣意的なものでしかありません。だれが見ても「明りょうさを欠く懲戒処分」です。しかも、「不正」、「虚偽記載」だとして、人の名誉さえ著しく傷つけるものです。
 これまで、私たち3人は、きちんと事情を説明していけば、真実は学長をはじめ理事会に理解いただけると信じてきました。だからこそ、事情聴取に丁寧に誠実にお答えしてきました。しかしながら、こんな懲戒という結論がでたことにびっくりしております。
 改めて、こんな許されるはずもないことが何故、起きたのか、考えざるをえません。それは、大学と理事会は、排除の論理にとりつかれているほど、体質が閉鎖的になったためだとしか考えられません。「分かり合えないことを分かり合う」ということこそが市民社会のルールですが、今回の大学当局の対応は、その基本的な市民ルールさえ見失ったようにしか思えません。
 しかし、早晩、そうした排除の論理で物事を処理していくことのおかしさが強く指弾されていくものと信じます。多くの大学人による批判とどまることのない市民の疑問を受けて、当局は己の姿に目覚めることを期待しております。
 それにしても、経営責任を果たす理事会が、教学に責任を持てるはずがないことは分かりきっていたはずです。さらに、研究業績の評価内容にまで理事会が踏み込み、それを懲戒根拠にしたことは、前代未聞のことで、大学自治の歴史とその精神を汚すものだと言われてもしかたないでしょう。こんな大学史上、汚点となるようなことまでして、当局は何がしたかったのでしょうか。知りたいところです。
 また、言うまでもないことですが、「懲戒退職処分」は、教員とその家族の死命を制する過酷な懲戒解雇です。私のどこに、20年近く勤めてきたこれまでの努力を否定し、名誉と生活基盤を奪い去り、将来にわたって長く癒しがたい苦痛をあびせられる非があったというのでしょうか。高2と中2を抱えてのこれからの生活が不安です。むごい仕打ちとしか言いようがありません。
 こんな基本的な市民の感覚のない非人道的で超法規的な処分がまかり通るようでは、21世紀のための大学づくりは、到底できません。また、この処分にあたっては、学生に対する教育上の配慮が理事会に微塵もなかったことは明白です。この理事会の軽挙さは、もっと取り上げられてしかるべきです。私たちが1日も早く教育の場にもどり、学生の指導にあたっていくことが、教学上の混乱を収拾するために必要なことだと考えます。
 どう見ても、今回の「懲戒退職処分」は、全国連絡会が指摘するように、鹿児島国際大学の関係者ばかりではなく、新たな大学づくりに日夜努力している全国の大学および教職員、学生にたいする挑戦でもあります。
 どうしても勝たなければならない。それが最近の私の心境です。
 さらに、このHPの「支援の声」に寄せられたご意見にお答えしておきたいと思います。
 「生徒と先生との信頼関係に学園側の配慮が全くかけているという事だと思いました。ゼミの生徒はどうなるんでしょう?」という「支援の声」の指摘は、ある意味でこの解雇
事件の本質をつくものです。もっと取り上げられ、議論してほしい点です。
 もともと、学長を含め、理事会に教学に対する責任などもてるはずがありません。しかし、理事会は土足で教学に踏み込んだ結果がこの教育の場の混乱です。
 教学の現場でどんなことがおこってしまうのか、そんな基本的なことを考えないで、教員を簡単に解雇するその姿勢に、唖然とされた方も多いでしょう。残念ですが、それが理事会と学長の姿勢です。
 私もゼミが継続できなくて、とても心苦しいです。ゼミ生になんとお詫びしていいのか、申し訳ない気持ちで一杯です。
 せっかく、1年間かけて、「鹿児島観光のための車椅子マップ」づくりの準備をし、後はそれを冊子にし、出版までこぎつけようとしていたところなのに、誠に残念です。それに4年生は就職です。履歴書のゼミ欄(3年次)には、馬頭ゼミを書かざるをえないでしょう。それは、決してプラスになることはないでしょう。学生を被害者にしてしまうことになって、いたたまれません。多くのゼミ生は各界で活躍していますが、そうした卒業生にも肩身の狭い思いをさせていることを思えば、心底、辛いです。
 理事会、学長による処分は、あまりにも大学で学ぶ学生や卒業生のことをなおざりにした処分で、その責任はすべて大学にあるはずです。学長はじめ大学当局に強い憤りを覚えます。
 「国際大学にお子さんを通わせていらっしゃる方と話しました。非常に憤りを感じてらっしゃるようです」という声は、もっともです。私も早く職場にもどって、被害者となった学生のために全力を尽くしたくおもっています。
 メイルをくださった人への返事として。
2002年4月21日  三教授の一人、馬頭

経済理論学会の皆さまへ

2002年4月18日

八尾信光 

鹿児島国際大学三教授懲戒解雇事件について
―4月30日に審査尋問が行われます―


4月13日付のメールでお伝えしましたように、鹿児島国際大学では小生を含む経済学部の三教授に対して懲戒解雇処分が強行されました。三名は学部長、学科長、評議員などを歴任して大学のために力を尽くしてきた者たちです。
懲戒の理由は、各教授が委員会や教授会などで示した判断や意見が学長や理事長の立場から見て不当であったからというものです。教員選考委員会の専門委員として採用候補者が適任であるとの業績評価報告書を書いた委員については、その学問的判断に対して根拠も示さずに「虚偽記載」であるとの決め付けをしています。これは当該委員と採用候補者に対する著しい名誉毀損です。2年前に学長が採用を拒否した採用候補者は厖大な業績を有する立派な学者でした。
私たちは法令はもちろん学則や規程に反するようなことは何ひとつしておりません。学長が理事長と連名で公表した「告知」書にも、私たちに送付した「処分通知書」にも就業規則の何に違反したのかさえ示されていません。処分は全く不当ですから4月4日に地位保全の仮処分を裁判所に申請し、30日に1回目の審査尋問が行われます。
勤務校では数年前から学則無視の専横極まる大学運営が進められてきました。私たちも大学院や新学部を創ること自体には反対していませんでした。けれども改組再編や新増設に当たって教授会や評議会の議を経なければならないのは当然で、それは学則にも規定されていたことです。ところが学長は、そうしたことについて教授会の意見を聴かなかったばかりか、評議会での審議さえしませんでした。
大学の機構・組織・制度に関する事項は評議会の協議事項でしたが、何の協議もなしに新しい制度が創られ役職者の発令が行われました。特に問題なのは、昨年中に強行された学則・諸規程の改廃が、学則に反して教授会および評議会での協議を経ずに行われたことです。すべては報告事項で済まされました。
学則及び諸規程検討委員会は理事長・学長・事務局長を中心に編成され、具体案を策定するための小委員会の座長には何と事務局長が選ばれました。学則の第1条からは憲法・教育基本法の理念が削除され、建学の精神が強調されるようになりました。80年前に明治憲法・教育勅語・皇国史観の基づいて書かれた学園建学趣旨の精神です。
館長・所長・部長などの役職者の選任は公選制から事実上の学長指名制に変えられました。各役職について各部門から推薦された合計9名の候補者の中から学長が1名を指名するというものです。全教員の1割の支持さえない人でも学長が指名すれば役職者となります。各種の委員会は館長・所長・部長などの単なる諮問委員会に格下げされました。
 大学評議会は、大部分が学長や理事長が指名した人々によって構成されるようになりました。教員人事とくに採用人事については、学長を中心とする人事委員会に権限が集中されるようになりました。教授会における助教授以下の権利を制限しようとする動きも強まっています。大学はものも言えない重苦しい雰囲気に支配されるようになりました。
6年前までは、自由闊達な議論ができ、和気藹々とした雰囲気のなかで楽しく研究・教育に勤しむことができた大学が、今ではファシズムの支配下に置かれた大学のようになっています。こんなことが許されるならば、大学は理性の府ではなくなり、学問の自由もそれを保障する教授会の自治も根底から破壊されてしまいます。わたくしが最も残念におもうことは、私が心から尊敬し信頼してきた大先生がこのように乱暴な改組再編と処分の決定に深く関与してこられたということです。
私たちに対する懲戒解雇処分は、決して私たちだけの問題ではなく、日本の大学と学問の将来に極めて深刻な影響を持つ大事件です。皆様方の力強い御支援を改めてお願い申し上げます。
なお、この事件については「鹿児島国際大学三教授を支援する全国連絡会」が結成され、多数の研究者が呼びかけ人として活動を始めて下さっています。近く新聞に意見広告を掲載することになっておりますので、一人でも多くの方がこれに協力して下さいますようにお願いします。御協力いただける方は遅くとも23日か24日までに事務局にご連絡下さい。会のホームページには、関連情報と支援の方法が示されておりますので、どうぞご覧下さいますようにお願い申し上げます。
鹿児島国際大学三教授を支援する全国連絡会の皆さんへ

2002年4月6日 
田尻利、八尾信光、馬頭忠治

  この度の津曲学園による不当解雇は、教育権、大学の自治を侵害する重大な事件です。
 
大学教員として、学内の規程に基づき、また、学問的に判断した教員採用に関わる委員会での言動あるいは委員が作成した文書(業務評価報告書)が処分の対象となり、懲戒解雇にされたのです。学問の府においてあってはならない蛮行としか言いようがありません。
 こんな仕打ちを受けるいわれは全くありません。何故なら、教員選考委員会でも、教授会でも、反対意見はありましたが、十分すぎるほど議論をしましたし、また、委員会、教授会で承認された案件だったからです。
 そうした民主主義的な手続きを取った教授会の決定に対して、それを不服とする一部の教員は教授会を退席し、「上申書」(非公開)を菱山泉学長に提出するという実力行使に出ました。さらに学長は、委員会の委員長や学部長から何ら意見を聴取することなく、一方的に理事会のもとに調査のための委員会を設置し、外部審査を取り入れ、弁明聴聞の機会をもつなど、一応の形式をとり、あたかも公正な判断をしたかのようにした上で、懲戒処分を行ってきました。しかも、教員選考委員会で可を投じた4名全員に対してです。その内、委員長と副査の2名には懲戒退職、一般委員には減給、残る一般委員は審議中にし、さらに、それを審議した教授会の議長であった学部長まで懲戒解雇するというものでした。全くの恐怖政治としか言いようのない津曲学園理事会および菱山泉学長の独裁的体質こそが糾弾されるべきです。
 20年、あるいは30年を越えて勤めてきた者を懲戒解雇しておいて、「就業規則に抵触するということではない」(『南日本新聞』2002年4月2日夕刊、記者会見での理事発言)と平気で言い切る理事会の感覚は異常です。「就業規則に抵触することのない」懲戒解雇の理由がそもそも他にあるとは思えませんが、理事会が言うには、教員選考委員会の意思に従って副査が書き、教授会に提出した「業績評価報告書」に「虚偽記載」があったこととそれに協力したことが懲戒解雇理由だそうです。
 さらに、理事会が言っている「虚偽記載」の内容とは、「労使関係論」という科目に不適格な者を適格者だと判断したことのようですが、私たちが委員会として教授会に推薦した採用候補者は、社会政策や労働問題という分野などで長く研鑚を積んでこられ、多数の研究業績をお持ちの現職の国立大学教授でした。
 どう考えても、虚偽だとそしりを受けるものはないのです。にもかかわらず、私たちは個人の名誉を傷つけられ、研究者生命を奪われました。さらに家族にまで苦痛を与え汚名を浴びせられたのです。絶対に許せるものではありません。
 私たちは4月4日に地位保全の仮処分を鹿児島地方裁判所に申請しました。これから本当の闘いが始まります。どうか皆さんのご理解とご支援をよろしくお願い申し上げます。



      鹿児島国際大学三教授を支援する全国連絡会のみなさんへ


2002年4月5日

               田尻利 馬頭忠治 八尾信光 
                                                                    
 この度の不当解雇は、教育権、大学自治を侵害する重大な事件であり、私達ばかりか学生の教育を受ける権利を侵害する蛮行である。
 教授会および教員選考委員会が承認した案件を、学長は、関係者から事情聴取することもなく、7名による「上申書」(非公開)なるものだけを根拠に拒否し、採用候補者に不採用の通知を出した。さらには通知した後になってそれを正当化するための「大学問題調査委員会」をつくって、その結果に基づいているという一応の形式を取って関係者を懲戒処分(解雇3名、減給1名)するという、まったく民主的手続きを踏まえない菱山泉学長と理事会の独裁的体質を糾弾していきたいと思っています。
 教員選考委員会の採用決定(賛成4,反対1)にそった業績評価報告書を「虚偽記載」であるとか、委員会、教授会の運営の仕方が「不正」であるとそしり、就業規則にさえ基づかず懲戒処分にするという感覚そのものが異常である。「就業規則には抵触するということではない」(『南日本新聞』2002年4月2日夕刊、記者会見での理事発言)と自認しながら、20年あるいは30年近く勤めたものに、懲戒解雇を課し、一方的に構内立ち入りを禁止し、退職金すら支払わないという仕打ちは、言語道断である。家族を抱えるものを一挙に生活苦においやり、子ども達に動揺と不安を強いる不条理は許し難い。
 さらに、理事会が私達の懲戒処分とその理由について、いち早く記者会見をし広く世間に流布したこと、また、何らの根拠もなく「虚偽記載」ということで個人の名誉を著しく傷つけたことは許せない。加えて、こうした異常な事態を新年度直前に引き起こし、さらに動揺する学生にも保護者にもきちんとした説明すらしない学長の責任のなさも追求していきたい。
 私達は地位保全の仮処分を4月4日に申請し、さらに名誉毀損の刑事告訴の準備を進めています。ここに全国のみなさんのご支援をお願い申し上げます。