吉本敬子さん(2002年4月18日)
国際化と鹿児島国際大学の3教授懲戒解雇事件
私は留学生活を含めて30年間、海外技術協力の仕事に携わってきました。今回、鹿児島国際大学の3教授懲戒解雇という新聞記事を読んで、私の経験から一言・・・と思い、ペンを取らせていただきました。
今、盛んに国際化、国際的に通用する人材、政治、経済、・・・・・と叫ばれていますが、国際人とは外国語が話せるとか、技術が優秀であるという問題以前に、まず、国や宗教が違えば考えも違うこと、従って人間それぞれの考え方に違いがあるということを認められるかどうか、つまり他人を尊重できるかどうかということがその基本だと思います。
この姿勢なくしてはいくら語学ができようと、どんなに頭が良かろうと、人々とコミュニケーションも取れないし、協力関係も成立しないし、技術協力も成功しません。これは言うが安し、行うのはとても難しいことですが、それを抜きにしては国際的に通用する人間というのはありえないことだと思います。 またこれは外国との関係だけでなく、どんな組織においても同じことだと思います。
今回の鹿児島国際大学の紛争も原因はここにあるのではないでしょうか。鹿児島経済大学から国際大学に名前を変えられたのはどういう意図があったのでしょうか? 国際人の育成に力を注ごうとされたからではないでしょうか。そうであるなら、国際的に通用する人材の育成を掲げる大学で、今回のような理由と方法での解雇というのは、名前にふさわしくない行為で、なぜそのような趣旨や時代と逆行する行動をとられたのか理解できません。
理事会の意に添わない教授たちを追い出し、同じ考えの者ばかりで、学校を運営しようとしているように私には見えますが、 本当に未来の子供達のこと、そして教育機関としての責任を考えているならば、「同質になったときから廃頽が起こる」と昔から言われている言葉を思い起こして欲しいものです。松下幸之助氏は、会議で自分が提案したことに全員が賛成したことはやらなかった、と言われています。全員が同じ考えをもつことを一番恐れていると言っておられたと聞いています。そのようなことはありえないことだし、もしもそうなった時は、それは権威に服従しているか、社員が考えなくなった時で、その時はもはや会社の進歩、繁栄は望めないからだ、と言っておられたと聞いています。
組織が生き生きとするのはいろいろ違う考えの人たちがいて、各人がその個性(我ではなく能力)を最大限に発揮して、共生しているときです。「同質にしようとする人たちは、目先の快適さを求め、本当は人間や組織を進歩、繁栄とは反対の方向におし戻す働きをしているのだ」ということを、知識人ならば、そして国際化に役立つ人材を育成しようとするならば、理解すべきだと思います。
人間は常に正しい選択を取れるということはないでしょう。しかし学園関係者が根本的に間違っていることを正しい方向に修正しようとしないで、そのまま放置すると、未来から見ると大学のとても大きな汚点となって残っているだろう、と思います。 国際大学という学校の名前にふさわしく、学園関係者がまず生徒達に先駆けて国際人にふさわしい態度で処理にあたられ、これ以上名誉を失わないためにも、早急に処分を撤回し、話し合い、和解に入られますように願っております。そして、人間性豊な未来人類の育成のためにみんなが協力され、新時代の模範となられますように・・・・・・・・
これは国際社会で働いてきた私の願いであり、私への戒めでもあります。30年間も外国と関わりをもち、述べ10数年も外国生活をしている私にとっても、異なる考えを認めるということはとても難しいことです。私には古い世代の日本人の考え方が残っているので、多民族の間で生活する時は、権力で上から出るか、まかれて下からでてしまうのではないかと、自分をいつも意識して、新しい未来人間で処しているかどうかを見つめながら、生活しています。
時代は非常な速度で変化しています。新時代にふさわしい人間、国際大学であられますように。そして私たちも共にそうありたいものです。
大阪市豊中市新千里東町2-7 C3-301
|
|
3教授不当解雇に寄せて
今回3教授解雇の報に接して、呆然としています。先日の、小谷敏氏および吉本恵子氏による意見交流の正当な意見にそれほど付け加えることもないのですが、事件の重大性を痛感し、いたたまれずに筆を執りました。
3教授の解雇不当性に絞ります。
ポイントは、4月24日の鹿児島国際大学教職員組合執行委員会の声明「事実経過と解雇の不当性」にあるとおり、「3.教授会の多数決をくつがえす」から「4.不明瞭な業績再審査に基づく懲戒処分」への質的飛躍にあります。私もこの点で、「経営労務レベルの懲戒解雇という手段がとられ」たことが最大の問題だと思います。その上で、第一に「虚偽記載」ではありませんが、100歩譲って、「科目適合性を判断する研究能力不足」だとしても、解雇処分はできません。もしできるとしたら、現在の大学には、残念ながらかなりの数の「研究能力不足者」がいます。
ところで、私は10数年前に内臓の手術をして、自分を甘やかしているかもしれませんが、教育するので精一杯です。この2,3年は、交通事故というアクシデントも加わって、3回入院しました。そして、10年間研究論文を書いていません。こんな私も真っ先に解雇されることになるのでしょう。しかし、言い訳をするわけではありませんが、私は最高の教育をしているとは言えないまでも、十人並に教育をしている自負はあります。それは研究に裏づけられたものと確信しています。研究論文という形では公表できていず、その能力の不足と時間不足を常々残念に思っていますが、まだ研究能力がなくなったとは思っていません。来年は、国内留学が認められて、教育から形式的には一時解放されて、研究論文をぜひ執筆したいと思っています。
もしここで、私が解雇されたらどうしたらよいのでしょうか?ある意味では、3教授より弱い立場ですし、異議を唱えることができず、泣き寝入りをしなければならないでしょう。もちろん、今の大学にはまだ教授会自治がありますから今すぐそこまでいかないとは思いますが、全国の大学の状況を耳にしていると不安になります。鹿児島国際大学はその尖兵でしょう。大学は、弱肉強食の資本制企業より弱肉強食であってはならないと思います。そこまで「規制緩和」をして「改革」したら企業社会に完全に従属して存在意義を失ってしまいます。
第二に、1000歩譲って「虚偽記載」としても、解雇はありえないのです。人間を、反対意見を抹殺をしてはいけないのです。それでは民主主義の終わりです。
私自身のことにひきつけ過ぎたと思いますが、この点だけでも3教授解雇の不当性は明らかであると思います。以上、私の恥をさらけ出して、3教授解雇の不当性について書いてみました。本論から外れていると思いますが、他人事とは思えず、ペンを執ったしだいです。
青水 司
|
足立辰雄さん(2002年5月11日)
理事会のモラルハザードを糺す
鹿児島に隣接する宮崎県のある私立大学の事例を紹介しよう。この大学は法学部、経営学部、経済学部からなり、今から14年程前に設立された。規定にもとづいて一度だけ正規の学長選挙が行われた。予想通り教員推薦第一位の支持を得た著名な法学研究者は、品性、見識、実績において学長に相応しい人物であった。しかし、理事会側は教員の多数の意志を反映した選挙結果を敢えて無視し次点となった不適格な教員を学長に任命した。この瞬間からこの大学の
設立のために赴任してきた心ある若手教員は大学の将来を悲観し潮が引くように転出へのアプローチを始めたそうである。
この私立大学の教員人事がいかに理事会の私物化によるものか白日に晒される出来事があった。この大学の助教授が国立大学へ教授として採用され転出したのである。本来、この大学の教員審査基準が国立大学の審査基準よりも高いことはありえない。実際、研究歴も教育歴も知らされていない者が正規の資格審査基準もなしに突然教授として採用されるという事態が日常化していたからである。因に、教授として採用され転出したこの助教授は初代組合委員長であった。何をか況んや。
今回の鹿児島国際大学の解雇事件と上述の宮崎の大学には共通性を感じる。それは、理事会が研究と教育の現場に精通している教員や事業責任を負っている学生を軽視しまたは蔑視しているという点にある。
このホームページでも紹介されているように、解雇された当事者の一人である馬頭教授は、今回の解雇でこれまでゼミ活動の一環として続けてきた「鹿児島観光のための車椅子用マップづくり」とその出版事業を突然中断させられたうえに、学生の就職活動や学園との信頼関係を損ねたことに対する遺憾の意を表明されている。本来、このような見識ある態度は経営責任をもつ理事会側にこそ求められるべきであるが、これまでのところ、被害を被った学生への配慮や必要な事前事後措置などはなされていないということである。
一般の営利企業とは違い大学経営においては教育事業を推進する立場からの社会的責任はきわめて大きい。その自覚があるのなら学生にもたらされる被害を少なくするための教育的措置がもっと払われて然るべきである。逆説的になるが、今回の学生に対する傲慢な態度と教員に対する理不尽かつ粗暴な態度は津曲学園という法人の同根から生じたものではないか。
上記のような経営者の倫理観の喪失を経営学の世界ではモラルハザードと呼んでいる。理事会は、今一度、学園創設時の教育理念とその原点に立ち返って、今回の措置が教職員、学生の連帯感を強め学園の社会的評価(信用)を高めることになるのかどうか冷静に自問されることを希望する。
|
菱山学長の暴走を危ぶむ一教員の声
本年3月29日付の文書によって津曲学園理事会から懲戒解雇処分の通知を受けた鹿児島国際大学の3人の教員は、4月4日に鹿児島地方裁判所に地位保全の仮処分を申請して、解雇の不当性を訴えています。
仮処分の申請から1か月あまり経過した今月11日、菱山学長は、保護者懇談会に出席した多数の父母に対して『今回の懲戒処分の真相について』と題する文書を配布しました。文書の内容は、現在係争中の裁判事件に関して、理事会が裁判所に提出した「答弁書」をなぞりながら懲戒理由の説明を行うとともに、3人の教員を激しい言葉で非難攻撃するものです。たとえば、「委員会は合理的根拠を欠く完全に不当な審査をしており、その不見識は厳しく指弾されなければならない」(教授会提案は)「許すべからざる無責任の所業である」「(かつて学部長を重任した)委員長の、公募人事にともなう社会的公平性の意識を全く欠いたおそるべき不見識」など臆断としかいいようのない言葉が書き連ねられています。
学長は、3人の教員を支援する教職員組合の発行文書や全国連絡会の意見広告に対抗するとの名目で、文書の配布を行いました。この文書は、今後さらに、教職員、学生、父母に対して配布されることになっています。
学長が行った文書の配布は、以下の理由できわめて不見識であると考えます。
第1に、現在行われている裁判では、当事者双方が自らの主張を文書で述べあい、問題点を明確にし、真実を究明しようとしています。双方とも主張が全面的に認められるとは限りませんし、主張されている事実の存在が否定されることもありえます。裁判とはそのような過程をへて判決や決定にいたるものです。その裁判が行われている最中に、現段階では未確定な事実にもとづいて、一方の当事者が他方の当事者を一方的に非難攻撃することは不見識の誹りを免れません。3人の教員にも言いたいことは山ほどあるはずです。しかし、彼らは、裁判が始まった以上、主張すべきは裁判の場で主張することにしているようです。公の場での発言を控えていることがわかります。
3人の教員は、泥仕合にだけはならないようにしようと精一杯の自制をしているのに違いありません。そこへ、菱山学長は、まさに“場外乱闘”を仕掛けてきたのです。
第2に、学長は、大学の名誉を守るために事件の真相を公表するのだと言っています。
しかし、大学の名誉が傷つかずにすむのは、人事をめぐる不正行為などはなかったことが裁判によって明らかになることです。3人の教員は、理事会が懲戒の理由としてあげている事実を全面的に否定し、大学の名誉を傷つけるような不正行為は一切していないと言っているのですから。
学長が本心から大学の名誉を守りたいのであれば、たとえ自分の判断が間違っていたことになろうとも、虚心坦懐に3人の言い分に耳を傾け、裁判の場で真実の究明に協力すべきです。3人の主張を頭ごなしに否定し、口をきわめて非難すべきではありません。
裁判は現在、当事者双方の主張の対立点が明らかにされつつある段階であり、事実はまだ確定していません。それにもかかわらず、学長は大学で不祥事があったと決めつけ、父母をはじめとする大勢の人たちに、そのことを喧伝しようとしています。大学の社会的評価を落としかねない事柄をこのように軽率にあつかっていいものでしょうか。学長は、自分の立場の正当化に汲々としていて、冷静な判断力を失っています。
第3に、学長は今回の文書のなかで、採用人事をめぐって不正行為が行われたと決めつけたうえで、これまでに行われた公募人事のすべてに疑いの目を向け、徹底的に調査すると言っています。論理の余りの飛躍にただ唖然とするばかりです。経済学部では、組織ぐるみの不正行為が横行していたとでも学長は言いたいのでしょうか。何の根拠も示さずに、きわめて無責任な発言がなされていると言わざるをえません。
学長は大学の知性を代表する者です。私は、今回のような危機的状況のもとでこそ、学内外に高い見識を示す責任が学長にはあると思います。係争中の裁判のゆくえを見守る余裕をなくし、自己の立場を擁護するために“場外乱闘”を繰り広げるようでは、学長失格と言われてもしかたがないのではないでしょうか。
委員長の不見識をうんぬんするまえに、そのような認識はいつでも覆されうるのだという科学者としての心構えを今一度思い出していただきたいと思います。
また、あまりにも感情的にすぎる「文書配布」は即刻中止すべきだと考えます。
(2002年5月20日)
|
|
鹿国大一教員(2002年6月1日)
鹿児島国際大学に《自由と自治》の復権を
大学における教育と研究は、私たち教職員と学生が一致協力して推進していくものだと考えています。そのために私たち大学人が共有しなければならない価値は《自由と自治》、これにつきるのではないでしょうか。
これまで、私たちの大学では、教員、職員、学生、それに加えて理事会、この四者が一定の緊張関係のなかで、しかしほとんどの場合、互いに協力して、学園の発展、自由で民主的な校風の醸成に努めてきました。自由闊達に意見を述べあい、全員参加型の民主主義を実現しようとしてきたと思っています。
ところが、本来なら教授会とともに学問の自由、大学の自治を守るべき立場の学長が、法人の理事会に働きかけて大学の自治を根底から否定しようとしている、そのような憂うべき事態がいま進行しています。そのことに強い憤りを感じます。
1987年に創立50周年を記念して『鹿児島経済大学五十年史』が刊行されました。この本のなかには、大学運営の近代化・民主化に関する記述が、いかにも誇らしげに書かれています。いわく、大学運営機構および方法の改善、教授会の定例化、学科会議・各種委員会の設置、教員選考規程の改正による完全公募制、役職者公選制の導入、等々。この大学の近代化の歴史に、民主化の大きな潮流があったことに気づかされました。
しかし、菱山学長は、これらの開かれた制度や民主的な慣行、教授会自治の諸制度に対して否定的な見解を表明しました。
私がこの大学に赴任したのは、「“牧歌的”を英語でなんというか知ってるかね」と若手教員に親しく話しかけ、事務局にもその飄々とした姿をよく見せていた土谷久雄学長の時代です。土谷学長は、大正リベラリストと呼ばれるのにふさわしい英文学者でした。
社会学部の創設者で、“地域に開かれた大学”づくりに力を尽くした野久尾徳美学長は、「新しい学部をつくるときに、強引ではないかとの批判を受けたため、その後は何をするにも両学部教授会の同意が得られるよう努力してきた」との勇退の弁を残しました。
平田清明学長は、最良の意味でのトップダウン方式をめざし、道半ばで倒れはしましたが、全教職員を前に大学改革の構想を説いた「教学改革大綱」が鮮烈な印象を残しました。平田学長は、ときおりキャンパス内を散策し学生に語りかけていました。
菱山学長は、すべてを昔に逆戻りさせようとしているかのようです。しかも、その「逆コース」の方法は意表をつくものです。学長は、激しい抵抗が予想される教授会と評議会を無力化することから始めました。しかし、歴代の学長のもとで《自由な気風》と《民主的な自治の制度》が築かれていたこの大学で、そんなもくろみがうまくいくとはとうてい思えません。少なくとも正攻法では。
菱山学長は、大学の自治にとって最も警戒すべき相手と手を組んだのです。
学長と理事会は、学長の意向に添った学則改正を、教授会および評議会では一度も審議しないまま(学則に定められた改正手続きを経ずに)、理事会決定によって強行しました。
全学的意思決定は、学長を議長とする評議会(単科大学では教授会)においてなされねばならない、という学長の強い思い込みからすべては始まりました。学長は、2学部体制になっても教授会が全学事項を決議するのは越権行為であり、それを許している学則条項は間違っている、と決めつけました。私はこの決めつけは学長の独断であり、正しくないと考えています。これは、大学全体の合意形成の仕方の問題です。全学的な意思統一が必要な事項についても各学部教授会で審議し、全学委員会および大学評議会の調整機能のもとに大学としての総意をつくっていく、この従来のやり方こそ大学の自治だと考えます。そこには《自由と自治》の理想を共有する大学人の良識への信頼があったと思うのです。
学則改正と同様、教授会および評議会では一度も審議を行わずに、理事会決定によって各種の諮問委員会とりわけ学長直轄の人事委員会が新設され、権力集中的な大学運営体制が作られました。教授会でも、評議会でも抵抗はむなしいものでした。これからは人事に関する議題は教授資格者だけで審議することになります。第二教授会の復活です。役職者の公選制は廃止され、事実上の学長任命制に戻されました。大学評議会は教授会代表枠が縮小され、学部の意思が反映されにくくなりました。
このように学長が理事会の手を借りて行ったことは、学問の自由を保障するために学校教育法によって認められた「教授会による自治」の権利を奪うものでした。教授会は大学における「重要な事項を審議するため」の法定の必置機関です(学校教育法59条)。また、学則によって評議会にも重要事項の審議権が与えられています。これらの権利が奪われてしまったのです。大学における重要な事項は、理事会が決定する!
ところで、国立大学の学長が、設置者=文部科学大臣(文科省)とタッグを組んだらどうなるでしょう。確実に戦前の状態へと逆戻りすることでしょう。
戦前、京都大学や東京大学で、文部省や軍部、右翼による「学問の自由」の弾圧事件が起きました。その1つが「京大事件(滝川事件)」として知られています。文部省が京都帝国大学法学部滝川幸辰教授の自由主義的な学問傾向を非難攻撃し、著書の発禁処分と教授の休職処分を行ったため、それに抗議して京大法学部の全教官が辞表を提出した事件です。
全国の大学、学生、世論が文部省を批判しましたが、弾圧をはね返すことはできませんでした。しかし、ほとんどの教官が大学に復帰するなかで、幾人かの教授たちは最後まで辞表を撤回せずに、京都大学を去ることになりました。戦後、立命館大学の総長をながくつとめ、「平和と民主主義」の理想をかかげて自由で民主的な学園づくりを行った末川博を思わずにはいられません。京都大学と立命館大学、何か因縁めいたものを感じます。
大学の自治を侵害する者が、学外の政治勢力に限らないことは多くの係争事件からあきらかです。文部科学省と直接交渉ができる立場にあり、学園の財布をにぎっている理事会=経営陣こそ、ときには、大学の自治(学問の自由)にとって最も手ごわい相手になりうる。その行きつく先が、学長の強引な改革路線に反対する者の排除にまでおよんだ今回の事件だったのです。
菱山学長が専断的に行った改革は、内容・方法ともに適切さを欠いています。そして今、この大学では、心ある教員は無言の圧力のもとに沈黙を強いられているのです。
|
|
|