1998年4月21日、米海軍横須賀基地の退職者20名が、在職中のアスベスト粉じん曝露が原因で発症したじん肺や肺ガンによる休業や死亡などの損害について、労災の上積み補償を請求しました。
きっかけとなったのは、1997年7月に実施された「じん肺・石綿被害ホットライン」で、基地を退職した労災被災者の遺族からの上積み補償をめぐる相談でした。
この時すでに、横須賀では住友重機械を相手としたじん肺裁判の和解で、退職した被災者にも補償協定が結ばれたことがマスコミ等で知られていました。基地を退職した被災者には上積み補償協定はないものの、日米地位協定に基づいて、使用者である米軍に故意または過失(不法行為)がある場合、日本政府に対して損害賠償請求できる制度(日米地位協定第18条5項)があります。
しかも、この時はじめて同協定により、肺ガンやじん肺で過去3件の補償が認められていることが、全駐労神奈川地本の調査で分かったこともあって、基地を退職した20名の被災者が労災の上積みの損害賠償を請求したのでした。
しかし、請求窓口である横浜防衛施設局は、9月4日付けで20名全員の請求棄却を通知してきました。しかも、その理由たるや不法行為の事項の起算点をいたずらに早めるもので、休業や死亡などの損害がまだ確定もしていない在職中のじん肺の管理区分決定から、すでに事項(3年)が完成しているとする不当なものでした。長崎じん肺訴訟の最高裁判例に従って「最終の管理区分決定」から事項が進行するとしても、債務不履行の考え方による事項は10年なのです。
こうした防衛施設局の事項を悪用した不当な請求棄却に対して、「じん肺に時効はない!」とする請求者の大きな抗議の声がぶつけられたごとが、当時のテレビや新聞各紙でも報じられました。1998年9月18日の参議院の外交・防衛委員会でもこの問題はが取り上げられ、10月2日には防衛施設庁に請求者や支援団体が交渉を行いましたが、納得いく回答は得られませんでした。
請求を棄却されても同地位協定に基づいて不服審査を請求する制度がありません。補償の前に立ちはだかる時効の壁を突破していくためには、どうしても本格的な民事上の裁判に提訴し、粉じん対策など安全配慮義務を怠って、じん肺や石綿疾患の発生を防げなかった米海軍や国に損害賠償を求めなければならないのです。
裁判提訴までには、「じん肺に時効はない!」という思いは胸に秘めながらも、請求者らがいずれも66歳から80歳という高齢であることなど、紆余曲折がありました。しかし、最後は「多くの補償を受けられない同僚や仲間の救済へつなげていきたい」という一念で、
1999年7月7日提訴に踏み切りました。
早朝ベース前や横須賀中央駅前で、ビラ配布を行って支援を訴えてから、午前10時、横浜地裁横須賀支部の庁舎前に集合した原告団は、弁護団を先頭に「米海軍横須賀基地石綿じん肺損害賠償請求訴訟」の訴状を提出するため、民事部に向かいました。
裁判に立ち上がったのは、12名の退職従業員と亡くなられた1名の遺族4名、計16名です。
|