判決の骨子
東京高等裁判所平成14年(ネ)第5685号損害賠償請求控訴事件
(アメリカ合衆国海軍横須賀基地じん肺訴訟控訴審判決 平成15.5.27 言渡)
(原審・横浜地方裁判所横須賀支部平成(ワ)第219号)
控 訴 人 国
被控訴人 出浦 一 ほか4名
1.事件の概要
本件は、控訴人に雇用され、アメリカ合衆国海軍横須賀基地において労務を提供していた被控訴人出浦一、亡蓮田孝一及び被控訴人長谷川友吉(被控訴人出浦ら3名)が、作業に従事中、石綿の粉じんを吸入したことによりじん肺に罹患したとして、本人ないし遺族が、控訴人に対し、安全配慮義務違反等に基づき、慰謝料の支払いを求めた事件である。被控訴人出浦は昭和58年3月18日じん肺管理区分管理4の決定を受けた後、石綿による肺がんに罹患して平成3年8月28日に右肺下葉を切除し、亡蓮田は昭和59年12月27日に管理4の決定を受け、被控訴人長谷川は昭和57年3月16日に管理3イの、同年8月4日に管理2の各決定を受け、昭和62年6月11日にじん肺の法定合併症である続発性気管支炎により休業補償給付支給決定を受けている。本件の第1審提訴は平成11年7月7日である。
第1審は、被控訴人らの安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求はいずれも時効期間の10年を経過したから消滅時効が成立しているが、控訴人が消滅時効を援用することは権利の濫用に当たるとして請求を一部認容した。
控訴審における争点は、被控訴人出浦に関する損害賠償請求権の消滅時効の起算点は消滅時効期間経過前の肺がんにより右肺下葉を切除する手術を受けた日と認められるか、控訴人による消滅時効の援用が権利の濫用に当たるかであった。
2.判決要旨
(1) 控訴人が雇用者となり、労務を米軍に提供するいわゆる間接雇用方式により雇用された被控訴人出浦ら3名に対する安全配慮義務は、雇用者である控訴人のみが負い、実際の労務の管理者である米軍が安全配慮対策を怠ったため被用者に損害が生じた場合には、控訴人自らが安全配慮義務を怠ったものとして、控訴人がその責任を負う。
(2) 安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権は、じん肺の病変の特質にかんがみると、じん肺管理区分の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害には質的に異なるものがあるから、重い決定に相当する病状に基づく損害は、その決定を受けた時に発生し、その時点から消滅時効期間が起算される。被控訴人出浦は、じん肺に起因する肺がんに罹患し右肺下葉を切除したが、右肺下葉切除による損害は、じん肺法が最も重い症状であるとし、労働能力を完全に喪失し、又は死亡するに至った場合のそれに比してさしたる違いを見出すことのできない管理4の病状に基づく損害と質的に異なるものではなく、管理4の病状に基づく損害として想定した範囲内のものであったというべきであるから、独立して時効期間が起算されるものではない。そうすると、被控訴人らの各損害賠償請求権は、その時効の各起算点から本提訴までに10年以上を経過しており、消滅時効が完成している。
(3) 時効の利益を受ける債務者は、債権者が訴え提起その他の権利行使や時効中断行為に出ることを妨害して債権者において権利行使や時効中断行為に出ることを事実上困難にしたなど、債権者が期間内に権利を行使しなかったことについて債務者に責むべき事由があり、債権者に債権行使を保障した趣旨を没却するような特段の事情があるのでない限り、自由に消滅時効を援用することができるというべきであり、時効にかかる損害賠償請求権の発生要件該当事実が悪質であったこと、被害が甚大であったこと、事実関係が複雑であるとか、法律構成が困難であるとかの事情で単に債権者において権利行使や時効中断行為に出ることが事実上困難であったこと、債権者と債務者の社会的・経済的地位や能力等は、債務者が消滅時効を援用することを権利の濫用とさせる事情とはいえない。
控訴人に、被控訴人出浦ら3名が期間内に権利を行使しなかったことについて責むべき事由があるとは認められないから、控訴人が被控訴人らの各損害請求権についての消滅時効を援用することは権利の濫用に当たらない。
(4) 以上によれば、被控訴人の本件請求は消滅時効が完成しているから理由がない。原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消し、当該取消しにかかる部分の被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
東京高等裁判所第16民事部
裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 納谷肇 裁判官 任介辰哉
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