米海軍横須賀基地
石綿じん肺訴訟判決について
                            弁護士 古川武志

 1、劇的な全面勝利判決と、意外な防衛施設庁長官談話
 米海軍横須賀基地石綿じん肺訴訟の第一審判決が、02年10月7日下された。被告の時効の主張を権利の濫用として退け全員を救済した上で、認容額についても、これまでの判例の最高水準を認めると言う劇的な全面勝利判決であった。率直に言ってここまでの判決は予想していなかった。
 続いて、もう一つ予想していなかったことが同月18日に起きた。なんと、防衛施設庁長官が謝罪とも受け取れる談話を発表した上、権利濫用法理で救済された原告についてのみ控訴し、その余の原告については敗訴判決を受け入れ、確定させたのである。
 防衛施設庁長官談話は、判決を「被害者救済を第一に考え、基本的に受け入れる」とし、権利濫用法理で救済された原告については「法的安定性の確保」と言う観点から控訴するとし、更に、「当庁としては、今回の判決を真摯に受け止め、雇用主として深く反省し、今後このようなことがないよう判決の中で指摘された「対策推進義務」の履行も含め、駐留軍等労働者の安全対策に万全を期してまいる所存です。」と結んでいる。これは全く意外であった。電話でこの談話の内容を聞き、正直に言って耳を疑った。わが国の官僚組織が、世論の圧力もなく、たかが一審判決で大負けを食らったぐらいで深く反省することなど絶対に有り得ないと考えていたからである。
 2,事案の概要と、判決の特徴/安全対策推進義務
 この訴訟は、米海軍横須賀基地で軍艦の修理などに携わって働いていた元駐留軍労働者(患者単位12名、原告17名)が、作業の際に石綿粉じんを吸ってじん肺になったことから、雇用主であった国を相手取って雇用契約上の安全配慮義務違反を理由に損害賠償を求めたものである。99年7月7日に訴訟提起、02年2月25日に結審、一度判決が延期され、10月7日に判決となったものである。
 論点は、@現実に原告を使用した米海軍に安全配慮義務違反はあったか、A米海軍に違反があったとして、雇用主である国は雇用契約上の安全配慮義務違反の責任を負担するのか(国が雇って米海軍が使うと言う雇用方式は間接雇用方式と言われている)、B原告らはじん肺と言えるのか、C10年の消滅時効の起算点はいつか、D権利濫用法理で原告を救済するべきか、である。
 @の論点については、原告側は相当厚い立証を行い、昭和50年代半ばまではほとんど対策がなかったことを明らかにしたが、判決の認定もほぼ原告側の立証に沿うものになっている。
 Aの論点についての判断がこの判決の最大の特徴であり、かつ現実的影響力を持つ部分であった。判決は、間接雇用方式の場合は安全配慮義務は国と米海軍の双方が負担するとして、米海軍は労働者を保護するべき直接的な安全配慮義務(対策実施義務)を負い、国は雇用主、日米地位協定の締結当事者の立場から、米海軍が対策実施義務を充分に尽くしているかどうかを不断に調査監視し、必要な措置を講ずるように働きかける義務(対策推進義務)があるとした上で、国は作業内容や粉じん対策についてほとんど把握すらしておらず、このような状態では対策推進義務を尽くすことは出来ないと糾弾した。義務を尽くす上での前提作業すら怠っていた、としたのである。
 この論点については、これまで地裁段階の判決が二例あり、いずれも結論的には国が責任を負うとされていたが、その理論構成はどちらも必ずしも明確ではなかった。それに比べて、この判決の理論構成はきわめて明快で、切れ味鋭く、反論の余地のないものと言って良いかと思う。
 地位協定では、労働保護法制については、日本国の法令によるとされてはいるが、米海軍は例えば労働災害が起こっても労基署の立ち入りを施設管理権を盾に拒んだり、事実上の治外法権になっている実態があることは否定できないところである。判決の言う対策推進義務は、米軍に対して、きちんとわが国の法制を守るように点検することを国に迫るものであり、弱腰の姿勢を叱咤するものとなっている。
 そして、先に触れた防衛施設庁長官談話によれば、この義務の履行も含め、安全対策に万全を期する、としているのであるから、駐留軍労働者は、米軍基地での安全対策を充実させていく上で、国を突き動かしていく重要な武器を手に入れたと言えよう。
 Bの論点については、じん肺でないとの医師の意見書が出たが、これは反論意見書で粉砕し、結局国は証人尋問すら申請できなかったため、判決は、原告の主張どおりの認定をした。
 Cの論点については、合併症患者については、合併症認定時から10年として、管理区分決定から10年とした01年12月18日福岡地裁三井三池判決を否定した。この論点もこの判決で決着がついたと言って良いであろう。
 Dの論点については、権利濫用法理を認めた三例目の判決になった。判決理由の書き方は、福岡高裁筑豊じん肺控訴審判決に似ているが、米軍の落ち度について国に責任追及することを理解することは素人にとって困難なこと、国が国民の健康で文化的な生活を企図し充実した福祉行政を実現するべき立場にあることを考慮すれば、消滅時効を援用して損害賠償義務を免れることは著しく正義・公平・条理に反するとした点が特徴的である。

 3.今後について
 このように判決は官僚機構の怠慢を厳しく指弾し、被害の救済について懇切に意を払ったものと言ってよく、まさに司法権が本来果たすべき役割を勇気を持って果たしたものであった。
この気迫が長官談話や控訴の一部断念につながったのかもしれない、とも思う。
 何れにせよ、権利濫用法理については東京高裁で再び争われることになるが、この判決の結論を維持させるべく努力したい。また、02年5月30日に提起した第二次訴訟についても、早期の解決に努力したい。