平成11年(ワ)第219号損害賠償請求事件(平成14年10月7日判決言渡)
原告 石井義治他16名
被告 国
<判決主文>
被告は、別表「原告名」欄記載の各原告に対し、同表の「請求認容額」欄記載の各金員及び
これらに対する平成11年7月13日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。
<事実及び事由>
1 事案の概要
米海軍横須賀基地で国の被用者として働いていた者あるいはその遺族らが原告となり、国
を被告として、原告らな いしその被相続人がじん肺に罹患したのは、石綿に対する安全対策
が昭和50年代半ばに至るまで不充分だったか らであると主張して、安全配慮義務違反の
不履行を理由として、あるいは不法行為に基づき、慰謝料の支払いを求め ている事案。
2 争点(おもな争点は(1)と(3))
(1) 安全配慮義務の具体的内容及び債務不履行責任ないし不法行為責任の成否
(2) 原告らの症状及び損害
(3) 消滅時効の抗弁の成否(含・権利濫用の最抗弁の成否)
(4) 過失相殺の抗弁の成否
3 裁判所の判断
(1) 安全配慮義務の具体的内容及び債務不履行責任ないし不法行為責任の成否
ア 被告が負うべき安全配慮義務の具体的内容
被告が雇用者、米軍が使用者となるいわゆる間接雇用方式においては、雇用関係に
おける安全配慮義務(被用者の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義
務)は、被告と米軍の双方が負担するというべきである。
米軍は、実際に労務者を使用する立場にあるから、労務者を保護すべき直接的な安
全配慮義務(対策実施義務)を負うというべきであるが、被告は、地位協定及び基本労
務契約により被用者に対する指揮監督権限をもたないこととされているから、このような
安全配慮義務を負うことはできない。被告の負うべき安全配慮義務の内容は、基本的
には、米軍に対して対策実施義務を尽くすよう申し入れを行うなどの二次的・間接的な
義務にとどまる。
もっとも、雇用者である被告自らがこのような間接雇用方式を是認したものである上、
地位協定が「労働者保護のための条件…は、日本国の法令で定めるところによらなけ
ればならない。」としていることに鑑みると、被告には、雇用者としての立場・地位協定
締結当事者としての立場から、米軍が対策実施義務を十分に尽くしているかどうかを
不断に調査・監視し、必要な措置を講ずるよう働きかける義務(対策推進義務)がある
というべきである。
イ 米軍の安全配慮義務違反(対策実施義務違反)の有無
証拠によれば、石綿肺に関する知見は昭和30年代前半には確立していたというべ
きところ,米軍は、種々の規則や指令によって、石綿対策を講じようとしていたことが窺
われるが、実際の現場の状況を見ると、集じん装置をつけずに排気装置を使用したり、
防護衣や防じんマスクの整備が遅れたり(マスクが苦しい等と言ってその着用を拒む
従業員もいた。)、石綿作業をする従業員と他の従業員との混在作業が行われていた
りしていたこと等が認められる。また、このような事態を招いたのは、従業員に対する
石綿粉じんの危険性等の教育が不充分であったからであると認められる上、じん肺
法所定のじん肺検診の実施も希望制で行うなど不充分であり、特定化学物質等障害
予防規則に定められた石綿健康診断も昭和57年まで実施していなかったことが認め
られるから、米軍の石綿対策は全体的に不充分であったと認められる。したがって、
米軍は、対策実施義務を充分に尽くしていなかった。
ウ 被告の安全配慮義務違反(対策推進義務違反)の有無
証拠によれば、被告は、我が国の粉じん対策法規の趣旨を労務契約等に反映するよ
う米軍と協議し、基本労務契約の改定等を行っていたことが認められるが、それだけで
は米軍に対する不断の調査・監督を実施していたとはいえない。また、被告は、実際に
事故が起こったときに、米軍に対して種々の要請をしていたことが認められるが、その
多くは昭和50年代後半になってからのものである上、米軍には、前記のように昭和30
年代前半から50年代前半にかけて種々の対策実施義務違反があったにもかかわらず
、これに対する被告の措置が窺われないことに照らすと、被告は、米海軍横須賀基地
内における個々の作業内容や粉じん対策をほとんど把握していなかったということがで
きる。このような状態では、不断の調査・監視をしていたということはできないし、また、
必要な措置を講ずるよう働きかけることもできないというべきであるから、被告は、対策
推進義務を充分に尽くしていなかった。
(2) 原告らの症状及び損害
ア 原告らの症状
被告は、一部の原告らのじん肺罹患可能性を否定するが、じん肺管理区分決定手続
は、専門家による綿密かつ慎重な手続を経て決定されるものであって、その判定ないし
管理区分決定については高い専門性と正確性が認められるから、原告らがじん肺に罹
患しているとの診断は信頼することができる。
イ 原告らの損害
じん肺患者は、管理区分の上昇,合併症の発症による療養の必要性の現実化に伴っ
て、肉体的・精神的苦痛も増大するということができるから、慰謝料額もこれに応じた評
価をする必要がある。とりわけ、法定合併症の認定を受けた場合は、管理区分が低くて
も即座に療養とされていることからも窺われるように、患者の肉体的・精神的苦痛は飛
躍的に増大するというべきであるから、この点を特に考慮する必要がある。また、じん肺
罹患により死亡した場合は、患者の肉体的・精神的苦痛は極めて大きいというべきであ
るから、これを慰謝料算定において特別に考慮しなければならない。原告らの慰謝料に
ついては、次のとおりの基準に従って律することが適当である。
@ 管理2で合併症のある者 1400万円
A 管理3イで合併症のある者 1800万円
B 管理4の者 2200万円
C じん肺を直接の原因として死亡した者 2500万円
(3) 消滅時効の抗弁の成否 (含・権利濫用の再抗弁の成否)
ア 消滅時効の起算点
安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権は10年で消滅時効となるが、じん肺の
病変の特質に鑑みると、その起算点は、@じん肺に罹患したことを理由とする損害賠
償請求権については、管理2・管理3イ・管理3ロ・管理4の各行政上の決定を受けた
時、Aじん肺罹患後、死亡したことを理由とする損害賠償請求権については当該患者
の死亡時、Bじん肺罹患後、法定合併症続発性気管支炎に罹患したことを理由とする
損害賠償請求権については、法定合併症に罹患したことに基づく労災決定を受けた時
と解するべきである。
他方、じん肺罹患後、肺がんに罹患し肺の一部を切除したからといって、これによりじ
ん肺管理区分が変わるわけでも法定合併症に罹患したこととなるわけでもなく、これま
でと質的に異なる損害が発生したものということはできないから、この場合、原告ら主
張のように、肺の一部を切除する手術をした日を消滅時効の起算点と解することはでき
ない。
これを本件についてみると、原告出浦、同蓮田ら、同長谷川の損害賠償請求権につ
いては消滅時効が完成していることになる。
イ 権利濫用の再抗弁の成否
一般に、権利者が訴え提起その他時効中断の挙に出ることを義務者が妨害した場合
など、義務者が消滅時効を援用するのが社会的に許容された限界を逸脱するものとみ
られる場合に、義務者が権利者の権利の消滅時効を援用することを権利の濫用と評価
すべきことは当然であるが、そうでなくとも、権利者が期間内に権利を行使しなかったこ
とについて義務者側に責むべき事由があったり、損害賠償請求権発生に至る被告の行
為の内容や結果、権利者と義務者との社会的・経済的地位や能力、その他当該事案に
おける諸般の事実関係に照らして、時効期間の経過を理由に権利者の権利を消滅させ
ることが著しく正義・公平・条理等に反すると認めるべき特段の事情があり、かつ、消滅
時効の援用権を行使させないことによって時効制度の目的に反するような事情がない
場合には、義務者が権利者の権利の消滅時効を援用することは権利の濫用と言うべき
である。
これを本件についてみると、@安全配慮義務違反及び間接雇用形態という概念が特
異であって、原告らが米軍での作業中に罹患したじん肺の責任を国に追及すべきこと
を理解するのは容易ではないこと、A消滅時効が完成していない他の原告らとの間の
訴訟もある以上、被告の立証困難性を考慮する必要性は乏しいこと、B原告らの本件
提訴前の具体的行動の内容、C原告らの症状についてみられる特殊事情、D他の原
告らの請求権との均衡、Eじん肺訴訟における消滅時効の起算点に関する判例の集
積状況、F被告が国民の健康的で文化的な生活を企図し、充実した福祉行政を実現
すべく国家全体の政策を担う国であることを考慮すると、これら原告らに限って被告が
その権利の消滅時効を援用して損害賠償義務を免れることは著しく正義・公平・条理等
に反すると認めるべき特段の事情があるというべきであり、また、消滅時効の援用権を
行使させないことによって時効制度の目的に反するような事情はないから、被告による
消滅時効の援用は権利の濫用として許されない。
(4) 過失相殺の抗弁の成否
ア 防じんマスクの不着用
原告らが防じんマスクを着用せずに粉じん作業をしたのは、米軍に対して防じんマスク
等を充分に整備し、従業員の教育を充分に行うよう推進すべき立場にある被告が、これ
らの調査・監視を怠っていたことに原因があると認められるから、被告が原告らの防じん
マスク等の不着用を過失相殺の事由とすることはできないと言うべきである。
イ 喫煙
喫煙がじん肺ないし合併症の症状に悪影響を及ぼすであろうことは認められるが、具
体的に、喫煙により原告らのじん肺ないし合併症の症状がどの程度増悪したかは不明
である上、喫煙をしていた原告らが、その就労期間中、喫煙のじん肺に対する影響につ
いて教育を受けたことも窺われないから、これを調査・監視し必要な措置を講ずるよう推
進すべき立場にある被告が、原告らの喫煙を過失相殺の事由とすることはできないと言
うべきである。
<判決裁判所>
横浜地方裁判所横須賀支部
裁判長裁判官 須山幸夫 裁判官 石田浩二 裁判官 吉川昌寛
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