5月30日、米海軍横須賀基地で働き、石綿じん肺になった退職者22人が、国に対して損害賠償を求めて横浜地裁横須賀支部に提訴した。基地のじん肺裁判としては、1999年7月7日の第一次提訴に続く、第二次の提訴となる。
新たに原告となった22人の退職者らは、第一次の原告らと同様にほとんどが基地の艦船修理厰で働き、ボイラーなどの断熱材として使用されていた石綿の粉じんに曝露してじん肺になり、じん肺の管理区分決定や続発性気管支炎などの合併症で労災認定も受けている。また、原告の中には日米地位協定に基づき、石綿じん肺被害の損害賠償を請求しているものも何人かいる。
当日の報告集会で行われた原告団の決意表明では、X−26のショップで溶接の作業に従事していた山口安秋さんが代表して「原告になった以上は一所懸命頑張っていきたい」と第一次の原告らに続いて裁判を闘う意志を表明した。他の原告たちも「当時は夜寝ると真なタンやセキが毎晩のように出ました」「この病気は直すことができないと聞き一時は絶望的になった」などとその苦しい胸の内を決意文にしたためている。また、報告集会には来れなかったものの、山口さんと同じX−26のショップで働いていた金井實さんは「兄の分も頑張っていきたい。生き残っている者たちで裁判を勝ち抜いていきたい」とNHKのインタビューに応えていたのが印象的だった。金井さんは提訴の前日、同じ基地で働いた実兄を肺がんで亡くしたばっかりだったのである。
「今もって補償を受けられていない同僚や同様な職場で働いている人たちの救済につなげたい」という原告らの思いはひとつなのだ。
2002. 5.30 米海軍横須賀基地石綿じん肺御裁判第2次提訴
2002. 7.22 第1回口頭弁論
2002.10. 7 第2回口頭弁論
2002.12.15 第2次原告団・家族食事会
2002.12.16 第3回口頭弁論
2003. 2. 6 第4回準備手続き
2003. 5.16 第5回準備手続き
2003. 7. 9 第6回準備手続き
2003. 9. 1 第7回準備手続き
2003.12.15 第8回準備手続き
2004. 3. 2 第9回準備手続き(裁判所の和解案提示)
2004. 5.24 第10回準備手続き(国は一部原告の減額を要求)
2004. 7.12 第11回準備手続き
2004. 9.13 第12回準備手続き(国は減額要求を撤回、和解案受け入れ表明)
2004.11. 1 第13回準備手続き(和解調書作成)
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