2008年2月20日 アスベスト1日行動

 アスベストユニオン(全造船機械アスベスト関連産業分会)は、2月8日午前9時30分から、アスベストによる被害者を出しながら交渉に応じなかったり補償を拒否している企業に対して、抗議要請を行うため1日行動に取り組みました。近隣に勤務し中皮腫で亡くなった方への補償を拒否している旧朝日石綿(現エーアンドエーマテリアル)、韓国へアスベスト工場を立ち上げたニチアスに対する公害輸出問題、石綿肺ガンで療養中の退職者への補償に関する団交拒否を行っている清水建設、石綿肺ガン死亡者に対する年齢差別を行っている三菱重工、などに対する行動でした。当日は韓国のアスベスト被災者や支援団体の方々も参加されました。

2007年11月23・24日 アスベスト国際会議横浜で開催

 1978年11月に結成された「石綿対策全国連絡会議」が20周年を迎えるのを記念して、職業病から公害へと社会全体の課題へと広がった、アスベスト問題の重要性を国際的に検証し、「すべてのアスベスト被害者とその家族に対する、公正・公平な補償の実現」を課題に、地球規模でのアスベスト禁止の実現に向けて、国際連帯の強化・拡大することを目的に、横浜で国際会議が開催されました。海外ゲスト11名を含み380名を越える多くの人々が参加し、世界各地の取り組みや研究成果、国内各地の取り組みが報告され、「アスベストの世界的な規模での全面禁止の早期実現、公正公平な補償の実現」を訴える横浜宣言を採択して終了しました。

2007年10月16日 じん肺キャラバン横須賀行動

 10月1日から始まった2007年じん肺キャラバンは、九州・北海道からスタートし19日東京行動まで続きましたが、神奈川・横須賀における行動は、10月16日に行われ、神奈川県、神奈川労働局、横須賀市役所に対する要請交渉、横須賀集会等を行い、現在神奈川で中皮腫裁判を行っているご遺族や裁判を準備している原告の方々と懇親し有意義なうちに終了しました

2007年10月3日 沖縄で初の日米地位協定に基づく損害賠償実現

写真:沖縄、初の地位協定による補償決定時の記者会見  沖縄の米軍基地の牧港補給廠で働き肺ガンで亡くなった被災者の遺族に対して、日米地位協定による米軍の不法行為によって被害を受けた方に支払われる補償が、初めて実現しました。  横須賀では米海軍横須賀基地で被災した元従業員に対する日米地位協定に基づく補償は、3回の裁判を勝利判決・和解によって解決後、すでに実現していました。米軍基地における被害者は今後も続くことが予想されますので、補償実現のため今後も補償を求める活動を続けていきます。

2007年7月1日〜3日 「中皮腫・肺ガン アスベスト(石綿)ホットライン」実施

写真:2007年ホットライン  毎年行っているホットライン(電話相談)は、「中皮腫・肺ガン アスベスト(石綿)ホットライン」として、7月1日から3日まで、各地の安全センター等と協力して全国一斉ホットラインとして取り組まれました。  神奈川では、横須賀のじん肺基金の事務所で行われ、3日間で115件、その後4件の相談が寄せられ、合計119件の相談が寄せられました。健康上何らかの症状が現れているという相談は81件で、中皮腫と肺ガンがそれぞれ5件ありその他アスベストの被害と考えられるものは、35%にのぼりました。

2007年6月 旧朝日石綿住民被害者の会結成

写真:A&Aマテリアルと住民被害者の交渉  横浜市鶴見区の旧朝日石綿横浜工場の周辺でも、地域住民に被害が広がっています。被災者は「旧朝日石綿被害者の会」を結成し、旧朝日石綿工業を引き継ぐエーアンドエーマテリアル(株)と交渉を行ってきました。その中で中皮腫で亡くなられた1名の遺族に補償することと、胸膜肥厚斑と診断された住民に健診の都度諸掛り付帯費用として3万円を支払うと回答しています。しかし中皮腫で亡くなられた他の遺族に対しては、居住地や勤務地が工場から比較的距離がある(600m)として補償には応じられないと、不当にも補償を拒否しています。

2007年5月9日 米海軍横須賀基地現役従業員「中皮腫」訴訟を提訴

写真:米海軍横須賀訴訟団  米海軍横須賀基地で働いている現役従業員が、2006年1月に胸膜悪性中皮腫を発症し、労災と認められたものの、米軍は認定後も業務上と認めようとせず、私傷病扱いとしてきました。全駐労横須賀支部の団体交渉により業務上の取り扱いになったのが、1年後でした。後に続く同僚や後輩のためにと損害賠償請求を2007年5月9日に横浜地裁横須賀支部に提訴しました。残念なことに本人は第1回公判を見届けることなく、提訴直後の5月19日に亡くなられてしまいました。ご遺族が本人の意志を引き継ぎ裁判が進められています。

2007年3月25日、26日 アスベスト問題は終わっていない!シンポジウム

写真:アスベスト問題は終わっていない!労働者・市民シンポジウム  3月25、26日、東京の神田駿河台で開催された「アスベスト問題は終わっていない!労働者・市民シンポジウム」に参加しました。
 クボタ・ショック以来、連日のようにマスコミで取り上げられていたアスベスト問題ですが、安部内閣になってから前内閣で頻繁に行われていた「関係閣僚会合」も行われておりません。
 アスベスト被害救済法が施行されて労災補償件数も2〜3倍の件数に増加しております。これも、全国的な運動の結果でもあります。
 しかしながら、新法の理念であるはずの「隙間なく救済」も、石綿の疾患が対象外にされるなどの問題も起こっているのが現状です。
 こういった現状で、全国規模で起こっているアスベスト運動と交流を図り、更なるアスベスト被害者の救済を目指し活動してゆく所存です。皆様どうぞよろしくお願いいたします。

2007年1月29日・3月7日 旧国鉄・JRで「中皮腫」訴訟を提訴

写真:旧国鉄アスベスト訴訟団  旧国鉄・JRで働いていた労働者に、アスベスト被害が広がっています。旧国鉄だけでもでもアスベストによる被災者108名に業務災害の補償がされているのです。こうした中で2007年1月29日に旧国鉄大船工場で働き中皮腫により亡くなられたご遺族がと3月27日にはJR新鶴見操車場などで働き中皮腫に罹患し療養中の方が、相次いで横浜地方裁判所に相次いで補償を求めて提訴されました。残念なことに療養中であった被災者は2008年2月22日に亡くなられてしまいました。アスベスト対策を怠ってきた旧国鉄とJRの安全配慮義務違反を問う初めての裁判であり、「アスベストの危険性や、補償・救済の必要」を広く訴えていくものです。
 全国各地の車両整備工場や機関区、電車区等で石綿暴露作業に従事した旧国鉄労働者は10万人とも上るといわれていることからすれば、被害の掘り起こしはこれからの大きな課題です。

2007年02月08日 事務所を移転

写真:じん肺・アスベスト救済基金事務所  横須賀市追浜東町から横須賀市米が浜通へ事務所を無事に移転しました。

 皆様の支援と、援助により何事もなく終了いたしました。
 横須賀中央診療所の脇から入り3階となります。
 事務所移転の間は、事務関係でもたつくこともあったり、ご迷惑をかけたかもしれませんがご容赦の程、よろしくお願いいたします。
 今後、新しい事務所で心機一転、じん肺被害と撲滅に邁進する覚悟でございますので、よりいっそうのご支援、ご尽力を賜るようお願いいたします。

新事務所の住所
 〒238−0011 神奈川県横須賀市米が浜通1−18−15 オーシャンビル3F
 電話/FAX(046)827−8570

2007年2月2日 横須賀中央診療所が移転

写真:横須賀中央診療所  横須賀市若松町から米が浜通への移転しました。

 労災問題の被災者救済の為の医療。また、根絶を目指しています。
 皆様、よろしくお願いいたします。

横須賀中央診療所の住所
 〒238−0011 神奈川県横須賀市米が浜通1−18−15 オーシャンビル1F
          TEL (046)823−8691  FAX (046)823−9591

2006年12月17日 アスベストユニオン結成

写真:アスベストユニオン結成式  ついに、アスベストユニオンが結成されました!

 アスベスト関係企業で働く労働者や退職者、被災者、またその遺族で構成されています。
 下請け差別や安心して働ける環境を目指しています。当基金も連携をはかり、全面的に支援をしていきます。
 どなたでも参加できますので、一人で悩まずにお気軽にお問い合わせください。

お問合せ先
 アスベスト・ユニオン事務局(ユニオン ヨコハマ内)
 電話(045)573−4289

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ホームページ 作成日2007/04/13 更新日2008/02/18