【論考】メディアに見る「過激派報道の犯罪」ーー渋谷暴動闘争事件と大坂正明さん逮捕に現れた報道の劣化

 1971年11月、沖縄返還協定批准反対闘争が東京・渋谷で闘われた。沖縄県民の基地撤去・本土復帰の闘いに連帯する中核派の労働者学生による乾坤一擲の闘いだった。今年、殺人容疑で逮捕された中核派の大坂正明さん(68)は、この闘争に星野文昭さん(71歳。渋谷事件で有罪判決を受け無期懲役が確定して徳島刑務所に服役中だが、無実を主張して再審を請求中)とともに参加し闘ったことが明らかになっている。警察権力は、この渋谷闘争の中で起きた「機動隊員死亡」事件に大坂さんが関与したとフレームアップ、星野さんと一緒に殺人容疑で1972年に指名手配を行い、46年が経過していた。5月に始まった大坂さん逮捕報道は、事件の発端と背景をまったく捨象したフレームアップ報道、「犯罪報道の犯罪」の典型で、報道の名に値しない権力翼賛報道だった。
 星野さんを有罪にした根拠は、6人の学生たちが拷問的な取調べで強制された供述しかなかった。しかも6人の証言は裁判の中で、撤回または証言拒否となった。一審は懲役20年の判決。二審の東京高裁は証拠調べの途中に裁判長が結審を強行して無期懲役に過重、政治判決となった。判決は確定しているが星野さんは機動隊員殺害に自分は関与していないと無実を主張、再審を請求中だ。42年に及ぶ獄中闘争を経て事件当時の服装の色が裁判所の認定と異なっていること、事件の瞬間はNHK十字路で車の窓ガラスが光る様子を目撃していたという証言などから「星野さんは事件現場に居なかった」ことが明らかになっている。この結果、星野さんはもとより大坂さんを有罪と決定付ける物的証拠は皆無といえる。
 しかし警視庁と大阪府警は2017年5月末から6月にかけて、大坂さんに対して公務執行妨害をでっち上げて逮捕、殺人容疑で再逮捕を行なった。
 一連の新聞報道を検討すると「過激派に人権なし」を絵に描いたような不当報道、フレームアップの連続だった。仏紙ル・モンド伝える「政治犯」という限定さえ無視、刑事事件報道の鉄則を大きく逸脱して、検証不可能な不当報道がまかり通った。
①刑事事件手続きと刑事訴訟法の鉄則、「無罪推定の法理」がまったく返り見られず有罪前提の犯罪事件報道となっていた。この点では裁判員裁判導入時に日弁連などが指摘した有罪を印象付ける報道の禁止を逸脱している②事件の背景である、沖縄返還協定批准における政府と米国の裏取引、密約といった不法行為や当時の政治社会状況がまったく説明、触れられていない。
さらに③「過激派の中核派」と表現することで、「極左暴力集団」、「過激な暴力集団」という警察用語による印象操作を行なった。これによって労働者市民に分断を持ち込む一方、国家権力の暴力(羽田事件における京大生山崎さん虐殺や三里塚闘争における東山薫さん殺害など)を不問に付した。実に「過激派報道の犯罪」(浅野健一著)そのものである④警視庁公安部などによるリークを検証することなく、真実であるかのように報道した。この点では朝日新聞報道が特にひどかった。死亡した警官の「襟元に油」とか、大坂さんの支援に「年間3500万円」(「3000万円」という報道もあった)ことが指摘できる。警察や政府が提供する素材をそのまま報道することは、まさに犯罪報道の犯罪。
 死亡した警察官が新潟県佐渡市出身だったことにより、新潟日報報道はこの点で際立っていた。記事は共同通信の配信原稿と自社記者による取材原稿とがミックスされて紙面化されたと見られる。
大坂さん逮捕報道以前にも、渋谷の現場付近に慰霊碑が建立され、かつての同僚らが弔問に訪れていると何度か報道していた。この報道では事件の背景となる沖縄問題はまったく触れられず、星野文昭さんが再審請求を行なっていることも無視された。感情移入たっぷりの美談に仕立てられたが、一方的な偏向報道ではないか。その星野さんは獄中結婚し、現在、全国で無罪実現を求める絵画展が行なわれている。
 死亡した警察官の遺品が新潟県警警察学校(新潟市)に展示されていた。新潟日報はこの遺品展示を年に一回報道してきた経過がある。ところが遺品展示とはいえ住民には非公開とされた。まさに若い警察官に使命感、「過激派」に対する敵愾心を煽る教材として利用した。
 6月29日の報道はどうか検証したい。新潟日報の1面と29面。1面に本記が掲載され社会面に関連記事が掲載された。いずれも共同原稿と見られるが、29面の見出しを拾うと「大坂容疑者起訴」「隠語でやりとり、手袋はめ生活」「『掟』守り逃亡半世紀」「ほころび、警察見逃さず」と微に入り細にわたり、見てきたように書き込んだ。当事者が反論できない状態でのお手盛りの権力報道であり礼賛記事の典型だ。「掟」「ミリ、キリ」などの表記がいかにも古めかしい。古文書とは言われないがいかにも時代がかった表現だった。
 大坂さんの顔写真と連行写真が掲載された。「22歳の大学生だった大坂被告の髪は白髪が交じり、目元に深いしわが刻まれ、半世紀近い逃亡生活の長さを物語る」との表現に筆者の感情が底ににじみ出た。そんな中、わずか1行だけだが星野さんが「再審を請求中」と記事中で触れた全国紙があった。
 事件の発端は沖縄問題。米国との交渉経過を明らかにしない政府。政府の嘘が国民の不信をかきたてた。2度のゼネストを闘った沖縄労働者民衆の基地撤去、核抜きの願いは裏切られた。
 今回の逮捕記事の真実性はいずれ法廷で明らかにされよう。大坂さんが連行される姿は民放テレビでも放映された。いわゆる「市中引き回し」効果を狙った中世封建時代さながらのさらし刑である。ジャンパーを羽織った長身、凛とした顔立ち、多少のことでは(殺人容疑の時効を3度もクリア。46年間の潜伏生活って、想像できますか?)動じそうもない目許。オーラが漂うようにしっかりとした歩き。なるほどこれが現代の革命家の生の姿か。映像と新聞紙が伝える報道は迫真力に満ちていた。70年代にタイムスリップさせ、当時を甦らせた。
 11月25日、警視庁公安部が行なった2人の中核派活動家の逮捕事件もこの流れを引いた過激派報道の犯罪を示した。2人のうち1人は「公務執行妨害容疑」での逮捕と報道されているから、特段の容疑事実がなかったことをうかがわせる。もう一人の逮捕容疑「電磁的公正証書原本不実記録・同供用容疑」とともに警察権力がよく使う逮捕のための常套手段であることは警察報道に当たっての常識。26日の報道を見ると読売新聞が社会面1段記事、産経新聞が社会面2段という扱い。ほかの全国紙は記事が見当たらなかった。新潟日報は社会面3段と事件報道では特別な扱いで報道した。しかも共同配信記事に渋谷暴動事件で巡査が死亡と付加していた。
とりわけ犯罪事件報道においては、実名は名指しされた当事者にとっては取り返しの付かないダメージを与える。ここは浅野理論により、長年の懸案ではあるがメディアは匿名報道主義(原則匿名、実名が例外)に転換すべきである。逮捕=犯罪者として扱ってはならない。(片桐 元・人権と報道連絡会会員)
・参考書籍「過激派報道の犯罪 マスコミの権力を批判する」浅野健一著1990年刊 三一書房。「犯罪報道と警察」浅野健一著、1987年、三一書房。「犯罪報道の犯罪」浅野健一著 1987年 講談社文庫。