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News Update
アチェ・北スマトラ地震津波情報アップデート


2005年1月9日


<死者、11万3000人に>
 1月7日、保健省の発表で、インドネシアの死者数は11万3000人になった。さらに、1443人が病院に収容され、2万1659軒の家が破壊され、54万4927人が避難民となっている。(AP 1/7)

<ロクスマウェのキャンプ>
 ロクスマウェのチュット・ムティア病院のキャンプには5村から3427人が避難している。避難民のひとりナシルさんは排水路のそばにもう9日間も寝ている。9つしかテントがなく、彼のようにあぶれている人も多い。星の下で寝るというのは51才の彼にはつらい。夜の風は冷たく、風邪をひいた。毛布もなく薄いマットだけしかない。1つのテントには30人ぐらいがひしめいて寝る。この2日間、卵が食事に含まれている。しかし2人に1個だ。以前は4人で1個だった。北アチェ災害予防課のNadirsyah氏は、援助は2日おきに配られており、一回の援助は2日分だから、不足というのはないはずだと言う。(Jakarta Post 1/7)

<24の救援キャンプ設立>
 インドネシア政府は数日で24カ所の救援キャンプを設立すると発表した。50万人が安定した飲料水源のないキャンプに暮らしている。プライオリティは飲料水だとシハブ福祉相は語った。(AP 1/7)

<バタム島で難民拒否か>
 バタム島には人口規制の法律があり、一時的訪問者は身分証明書をもち、往復チケットを提示し、保証金(滞在1日毎に13万ルピア)を預けないといけないことになっている。そのため、バタム島に親戚がいるからといってやってきたアチェからの避難民はそのままでは入れない。水曜日に30人ぐらいの避難民がやってきたが、彼らは条件を満たすことができず、港の宿泊所に一泊し、翌日の船で追い返された。しかし、バタムの住民登録課長のBuralimar氏は、「彼らは津波の被害者だと言っているが、仕事をもとめてやってきただけだということがはっきりした」と語っている。(Jakarta Post 1/7)

<アチェ州政府職員、仕事再開>
 1月6日、468人の州政府職員があつまって式を行った。職員の3分の2にあたる900人の職員の行方がまだわかっていない。式にはジャカルタにある内務省行政院(学校)の200人の学生も参加した。彼らは中央政府から派遣されてきたのだ。州知事庁舎の1階は波に洗われ財務部の文書などが紛失したが、2階以上は無事だった。(Jakarta Post 1/7)

<インドネシア経済への影響>
 アチェの国内総生産に占める割合は2.1%でしかない(2003年)から、これでインドネシア経済が大きな影響を受けるということはないだろう。アチェの石油・ガス施設は破壊されておらず、天然ガスの運搬はそのまま続いているということだ。石油ガス部門はアチェ経済の51.3%を担っているがそれは影響を受けない。また港や空港も破壊されていないようだ。
 インドネシアの保険業界も大きな出費とはならない。アチェで大きな被害を受けた人たちはそういう保険には入っていない。インドネシア保険協会の数字によれば、19億ドル程度ということだ。タイのリゾート地などはある会社によれば130億ドルの保険金請求になるだろうとされる。実際、アチェとは状況が異なるが、経済のファンダメンタルズに対する影響では、バリのテロ事件の方が大きかった。今回はルピアも1ドル=9300ルピア前後を推移しており、金融市場にパニックはない。
 また、緊急支援の5%がインドネシアに行くとして、1億500万ドルとなる。緊急復興は十分にカバーされ、財政赤字にはならないはずだ。さらに日本、ドイツ、イタリアが債務返済繰り延べを口にしている。(Jakarta Post 1/7)

<オーストラリア人記者、特殊部隊から立ち退き命令>
 国軍がGAMらしい集団から発砲され、かけつけた陸軍特殊部隊(Kopassus)は、そこにいた本紙記者とカメラマンに立ち退きを命じた。「君たちの任務は災害をカバーすることで、紛争ではない」と特殊部隊司令官は言った。
 国軍兵士が亡くなった兵士を黒いビニールに包んでいたら、2発の銃声が聞こえた。兵士たちはすぐに戦闘態勢を組み、隊長はすぐに応援部隊を呼んだ。すぐに特殊部隊の一団がトラックで到着。南へ向かって移動するのを待っていたところの住民たちが目を伏せた。3人が選び出され、尋問された。そしてまた次の3人が。住民のひとりがバイクに乗って行こうとしたら、特殊部隊兵士が起こって空中に2発、銃を撃った。彼はバイクに近寄っていき、乗っていた者の顔を2回殴った。そしてM-16銃(自動銃)の銃把で彼を脅した。バイクに乗っていた者はGAMの共鳴者で逃げようとしたと非難されていた。
 先週、このロクンガ(Lhoknga)という地方は、西部海岸地域からの避難民の通過点になっているが、国軍が南へ向かう避難民をゲリラへの新たな補給路をつくろうとしていると非難している。検問は厳しい。ある人はなぜバナナを5本持っているのかと聞かれていた。そこから先160kmの道のりがまっているというのに。結局5分の尋問の後、解放された。(The Australian 1/7)

<イスラム過激派、救援に乗り出す>
 ムジャヒディン義勇軍(Laskar Mujahidin)はインドネシアにイスラム国家樹立を主張するグループで、戦闘的な反米グループであるが、アチェに4つの救援センターを設置し、200人以上のメンバーを送り込んでいる。指導者の一人Irfan Awwasは、彼らは救援を目的に来ているだけで、外国人兵士は尊重すると言っている。1月6日、韓国政府は救援に行っている外国からの兵士が標的になる可能性があるとして警告を発した。しかし、外務省筋の情報では、警告は注意として発せられただけで特別な情報があるわけではないと言っている。オーストラリアのダウナー外相も、現段階でそれが問題であるとは思わないと述べた。「国際危機グループ」(ICG:International Crisis Group)のSidney Jonesは、ムジャヒディン義勇軍は、アメリカやオーストラリアの兵士たちが人道支援の背後に、人びとをキリスト教化するという隠れたアジェンダをもっているのではないかと心配していると語る。
 ムジャヒディン義勇軍は、アブ・バカル・バアシル率いるムジャヒディン評議会の治安部門だ。バアシルはジュマア・イスラミアの指導者とみなされ、現在裁判になっている。(AP 1/6)

<紛争関連情報>

<国連とアメリカが和平を呼びかけ>
 国連とアメリカは、紛争の続くアチェとスリランカで、復興努力が和平に結びつくことを期待すると発言した。1月1日、ニューヨークの国連本部でアナン事務総長は、パウエル国務長官と会ったのち、われわれはアチェとスリランカの紛争当事者がこの新しいダイナミックスを使って双方の違いを解決できることを期待していると述べた。パウエル国務長官も、これが長く続いている危機(紛争)を解決する機会だと考えよう、と述べた。(Jakarta Post 1/3)

<GAMの元メンバー、救援に従事>
 Iwan Peusongは「自由アチェ運動」(GAM)のメンバーだったが、今は担架で遺体を運び、ロクスマウェの難民キャンプに食料や医薬品を配布している。彼は津波の直後、人道援助に携わるようになった106人のGAMメンバーの一人なのだ。彼は2003年の5月に投降しており、今回はインドネシア軍と一緒に働くのを厭わない。闘争はもはや古い記憶だ、と彼は言う。
 Ridwan Ali Basyahもかつては頑固なGAMの支援者だったが、救援活動に従事している。彼によれば元GAMメンバーは特別にグループをつくっているわけではなく、ロープロファイルで仕事をしているという。(Jakarta Post 1/3)

<GAM、インドネシア軍を非難>
 GAMはインドネシア軍が災害を弾圧に利用していると非難した。スウェーデンに拠点をおくGAMの報道官、Bakhtiar Abdullahは、災害後インドネシア軍は独立派を掃討する作戦に出ている、難民キャンプのGAM支持者が暴力をふるわれたり拷問されたりしていると訴えた。彼によれば、GAM側は災害後停戦をきっちり守るよう指示しているが、インドネシア軍は救援部隊を装ってGAMを探し回っているという。(AP 1/4)

<陸軍参謀長、警告>
 リャミザルド・リャクドゥ陸軍参謀長は1月4日、GAMが援助輸送ルートを攻撃する可能性があるとして警告を発したことを明らかにした。彼によれば、GAMは難民キャンプに侵入し、物資を盗んだりしているという。アチェの治安回復作戦司令部は1月3日、GAMが東アチェ県ラユク郡ジュロク村で土曜日に物資を輸送していた車列を攻撃したと非難した。また、GAMは大アチェ県マラヤティ村でも医薬品を輸送していた車列を攻撃したとも述べている。
 GAM側は、人道支援活動を襲撃していない、停戦を呼びかけていると主張する。オーストラリアにいるアチェ人コミュニティーの連絡担当者であるNurdin Abdul Rahmanは、インドネシア軍は内陸地の畑に人びとが行くのを禁止している、ロクスマウェでは兵士たちが援助できた即席麺を売っていると非難した。
 陸軍戦略予備軍(Kostrad)は1月3日、北アチェ県で(GAMのために)税金を集めていた16才のGAMメンバーを逮捕した。Fitiradiというその少年はガンダプラ郡のヌネ・トゥトン村の難民コーディネーターSaefudinから資金を得ていたという。
 民族主義団体の「インドネシア民主青年組織」(GMDI)の会長Alex Asmasubrataは、「災害は現地の政治エリートや分離主義者に反乱運動をやめよという警告だと解釈できる」と述べ、建国の指導者たちがアチェ人、とりわけ反乱者たちに、インドネシア共和国から分離しようという思想を放棄するよう、警告を発したのだと主張する。
 国会では、第一委員会(国防)副議長のEffendi Choirieが、緊急援助活動にだけ従事する別組織の軍事作戦を行うべきだと主張する。活動を区別することで、現地の救援活動を統括しているのが政府なのか軍なのかという疑問に、明確に応えることができるとする。Effendiは、この提案はアチェでの軍事作戦を終わらせるものではないし、非常事態もそのままだという。
 国防省の戦略防衛計画局長のMas Widjajaは、この提案はすばらしい、国軍を中心にすえるという考え方は適切なものだ、と称賛した。しかし、大統領府の報道官Andi Mallarangengはあまり歓迎しない風だ。アチェはすでに非戦闘作戦の地位におかれていると、彼は言う。官房長官のYusril Ihza Madendraも、提案にはクールだ。国防省は4日、国軍の救援活動費用として約2358億ルピア(2540万ドル)の予算を第一委員会に提示した。これは最初の1月分だ。(Laksamana.net 1/5)

<紛争が援助をややこしくする>
 バスリ・アフマッドは19才の息子を1月7日に埋葬した。津波の犠牲者ではない。紛争の犠牲者なのだ。国軍が6日に7人を殺害した事件の犠牲となった。「誤解だった」とバスリは語る。「軍は簡単に人を撃つ」と母親のマリアナは言う。息子は朝9時に泥に埋もれたバイクをさがしに出かけ、撃たれて死んだ。遺体には頭のてっぺんと右足のひざに銃痕があった。
 また、ザイヌンさんは家からほど近い男だけのキャンプにいた。妻と子どもを津波で亡くしていた。兄弟のバシルさんは家のがれきの中から何か使えるものを集めてくるといって出かけたが、彼もまた「銃撃」の犠牲となった。遺体を引き取りに行くよう言われて行くと、犠牲者たちは田んぼの中で顔を上に向けて横たわっていたという。しかもパンツ一枚の姿で。村の村長の話では、彼らは確かにGAMのメンバーだということだが。(New York Times 1/8)


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