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消えゆくNHKのジャーナリズム 竹内一晴
三月一六日、衆議院総務委員会で、民主党・大出彰議員と社民党・横光克彦議員が質問に立った。主な内容はETV2001「シリーズ・戦争をどう裁くか」の改竄問題であった(353号[三月二日」参照)。参考人として出席していた海老沢勝二NHK会長と松尾武放送総局長が答弁を行なった(注1)。 海老沢会長は、「報道の自由、編集権の独立が侵害されたのではないか」という大出議員の質問に対し、「いろいろな意見が寄せられたが、放送に出たものがすべて。プロセスは編集権の問題があり(明かせない)。出た番組についての意見は真摯に受け止め対応していく」と述べた。番組については、「『ETV2001』については、私のところに問題であるとの情報は上がってきていなかった。(現場での編集過程で)制作意図なり、公平性が保たれない、こういう意見も入れなければならない、などの意見が出たと聞く。編集にあたった責任者が、公平を期して番組を放送した。今後も、公平公正、不偏不党の立場に立った番組づくりに努力する」と答えた。 松尾放送総局長は、制作担当者への脅迫電話の有無や自身の制作現場への改変指示について質されたが、「放送前には、さまざまな意見が高圧的に出てくることもある」「現場から(放送時間が)短いという情報を得て、短くなった」などと明確な答えを避けた。横光議員の「外部圧力があって番組に変更が生じたのか」という質問については「事実ではございません」と答弁したが、横光氏に「毅然と答えていただきたい!」と逆に叱咤される始末。 ■「バカヤロー」を連発する海老沢会長 国会での答弁では、結局、編集権を盾に受信者に対する納得いく説明がなかった。そこで私は出勤前の海老沢会長本人に取材を試みた。 海老沢 してない。何百本と放送している番組のことを私がいちいち見るわけがない。国会でも述べたとおりだ。いったい何を調べたいんだね? ―
一月二七日に仙台で(モンゴルで墜落死した職員の)葬儀に参列し、理事クラス以上が一堂に会したとき、山田勝美、滋野武両理事が強硬に改変を主張されたと言われていますが。 海老沢 あの時は、私以下みんなでいったんだから、そりゃ理事はそろってるに決まってるが、そんな話は出ていない。あるわけねぇだろ。バカヤロー ―
中村粲氏の月刊「正論」論稿(注2)によれば、ビデオをご覧になったとなっていますが……。 海老沢 見ていないって言ってるでしょ。いつもあの連中は私の悪口ばっかり書いてるんだ。うるせぇってんだ、バカヤロー! いちいち読んでなんかいられねぇってんだ 【写真】(省略)村上正邦元労相の証人喚問にて。 KSD報道でも及び腰のNHKだった。(写真提供/共同通信社、27ページ顔写真も) ■背後に海老沢支配体制 海老沢氏は、「知らなかった」と主張するが、この間の情報を総合すると、それはどうも賦に落ちないのだ。 三月二日付『朝日新聞』は、二九日にNHK幹部の話として、「会長側近の局長や放送総局長のための『異例の試写』があった」と報じた。「側近の局長」とは野島直樹総合企 ところが本誌三月二日発売号で指摘したとおり、松尾氏は三〇日、放送三時間前に三分カットを指示している。一旦OKを出したのと同じ人物が、なぜ再びカットを命じたのか。彼に影響力を行使した者がいるはずだ。実質ナンバー2(経営的には会長の次に菅野洋史副会長がいる)で、放送最高責任者である松尾氏に影響力を行使できるのは、局内では海老沢会長その人しかいない。あるいは「名うての自民党タカ派代議士と海老沢・松尾両氏が親しい仲にある」(全国紙記者)のも気になるところだ。 松尾氏に電話での取材をしたところ、二段階編集とその理由については答えず、「何をもってあなたは改変と言うのか。番組制作過程で私は指示や命令ではなく、吉岡民夫教養番組部長ら現場とよく話合いをした。みんなでベストを尽くして、最終的に放送したものができた。ものを創造するとはそういうことだ。放送人としてあの番組は問題のないものだった」とまくし立てた。 前回の取材で、再編集への関与を「ない、知らない」と否定していたのが一転し、一緒に番組作りに関わっていたような言動だ。何に突き動かされて放送のトップが視聴率○・五%(ビデオリサーチ関東地区調べ)の番組にこれほどまで心血を注いだのだろうか。制作会社、取材協力者、そして出演者までをも排除しての創造≠ニは何を意図したものだろだろうか。 ここで海老沢会長の支配体制について触れておこう。OB・内部から複数の話を得てまとめてみる。 元NHK政治郎記者の川崎泰資・椙山女学園大学教授は、「島桂次元会長は一方的人事登用を行なったが、同じ政治部出身の海老沢会長はそれ以上だ。滋野武(報道担当)、関根昭義(編成担当、経済部長も歴任)、山田勝美(経営計画担当)など、自分の『子飼い』である政治郎記者出身の者を理事(全八人)に据えている。海老沢氏は自民党の旧経世会(=現、橋本派)とのパイプでのし上がってきた人物。いまやNHKは旧経世会の広報機関で、何を頼まれていても不思議はない。ジャーナリズムを期待するのは間違いだ。一部、現場の良心的記者、ディレクターなどがいても、今回のように特定の問題を扱おうとすればストップがかかったり、すぐ地方に飛ばされるのだから、どうしようもない恐怖政治だ」と嘆く。 一九九九年四月の人事で、理事に任命された滋野武氏、板谷駿一氏、笠井鉄夫氏、関根昭義氏、山田勝美氏らはいずれも報道畑出身であり、さらに前出の三人は報道局政治部出身という露骨な派閥人事。こういったなかで、番組制作局は報道局系理事の手の及ばない、ディレクター勢力の拠点であり、報道局と対立することも多いようだ。 とりわけ「NHKの良心」とされる教養番組部が制作する「ETV2001」は、日本の戦争犯罪などの微妙なテーマにも果敢に挑む硬派な番組として視聴者にも定評があるのだが、それだけに報道局系=自民党系理事から見れば、非常に面白くない。すでに今年度からは、番組予算が大幅に削られるなど厳しい状況に追い込まれていたという。今回の一件は報道局系理事が占める海老沢独裁体制において、番組制作局のとりわけ教養番組部が狙い撃ちされた可能性も高い。 恐怖政治のすさまじさは、逆に現場側の過敏な自主規制や、「海老沢会長の意向』に怯えての自粛につながっているほどなのだ。 「『ETV2001』の枠は今回の不祥事で潰されるかもしれませんね。人事で飛ばされる人も出るでしょう。すぐにではなく、時差を設けるでしょうけど」(NHK報道局関係者)。伊東律子番組制作局長は「きちんと放送できたのだから、処分者など出さない」と語ったが果たしてどうなるのか。 ■広がる波紋 民主党・大出議員は委員会質問後の感想をこう語った。「あの答弁では納得できません。海老沢会長は国民への説明責任を果たしたとは言えないのではないか。とにかく企画担当者の表現の自由を大切にしなければ、公共放送は成り立たない。現場を萎縮させてはならない。新事実が出れば再び質問したいと思っています」 今回の問題について、NHK中央放送番組審議会委員にアンケートをとったところ四人から回答を得た。三人はこの件については報道などで知っていた。また全員「関心がある」と答えた。和田正江・主婦連合会会長は「まず情報収集してみる」とし、坪井節子・弁護士からは、「任期が二月で切れた」としながらも「事実だとしたら心外。メディアの役割がどこにあるのか、人々が考えるべき時では」との感想が寄せられた。 また佐柄木俊郎・朝日新聞社論説主幹(同じく任期切れ)は「メディアで仕事をするものとして、当然関心はある」とし、北村正任・毎日新聞社主筆からは「放送された番組は 放送番組審議会は「国内放送等の放送番組の適正を図るため必要があると認めるときは、会長に対して意見を述べることができる」(日本放送協会定款第四二条三項)ので、今後の動きに注目したい。 NHKは多くのメディア、政治家、識者の疑問には答える義務がある。出演者・取材協力者の表現を踏みにじり、なぜ放送トップの判断までひっくり返した再編集を放送直前にしなければならなかったのか。政治家・右翼の関与は本当になかったのか。放送前の四三分版はどんな観点から「公平」さに欠けたのか。 一番組に対する「異常」な力の傾注と、この放送への右翼の抗議が激しかったことを考えれば、受信者・国民がNHKの信頼性に不安を覚えるのは当然である。海老沢勝二会長は「暴言」の前に説明責任を果たすべきだ。 (注1)この模様は衆議院国会中継のホームページで見ることができる。【URL】 http://www.sugiintv.go.jp/video.cfm (注2)「正論」二〇〇一年四月号二〇九ページに「見て、その偏向のひどさに腰が抜けんばかりに仰天した。早速、制作担当者を呼びつけて内容の修正を厳命した」「こんな番組を作っていたとは知らなかった。しかも大事な予算の時期に」とある。NHKの予算は国会承認を得なければならないため、与党・自民党は常にそれを「人質」に放送内容に介入、干渉できる体制にある。 (注3)米山リサ氏はこの件についてNHKに抗議する署名を電子メールで世界中に呼びかけ、現在三六〇名ほど集まったようだ。賛同者は主にノーマ・フィールド氏ら米国大学の研究者が中心となっている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ たけうち かずはる・フリーライター。 (出典) 『週刊金曜日』357号(2001年3月30日) 注) 『週刊金曜日』の記事を本ホームページに転載することについて、執筆者である竹内一晴氏にご快諾いただきました。感謝いたします。なお、さらなる転載はご遠慮ください。本ホームページにリンクしていただくことはかまいませんが、その際はご連絡をいただければ幸いです。 |