カットされた4分間の謎
NHK「戦争をどう裁くか」に何が起きた
竹内一晴
昨年の「女性国際戦犯法廷」をきっかけに今年一月末から四夜連続で、日本をはじめ各国の戦争犯罪を考える番組NHK・ETV2001「シリーズ戦争をどう裁くか」が放映された。しかし、当初企画された内容と、まったく異なる形で番組は放映され、NHKは取材協力関係者からの抗議を受けている。"事件″の真相に迫る。
「テレビをつけて見てましたが、(私は)出てきませんでしたねぇ」
女性国際戦犯法廷(以下、「法廷」)で、加害兵士として証言をした、鈴木良雄は言った(351号[二月一六日]に同氏の証言を掲載)。NHK教育テレビ一月三〇日に放映されたEV2001「シリーズ 戦争をどう裁くか」の第二回「問われる戦時性暴力」では、彼が「法廷」で日本軍の「慰安所」や強かんについて力強く証言する姿が流されるはずだった。
放送の二、三日前に番組のディレクターから「鈴木さんのシーンを使わせて下さい」という電話があり、彼は快諾した。同じく証言した元兵士・金子安次へも同様の連絡があったという。金子も「(自分の姿が)出てこない、おかしいなぁ」と思って放送を見たと言う。その後、二人に映像を使用しなかった旨の連絡は入っていない。これだけなら編集の都合上珍しくはないことだが……。
押し寄せた右翼
しかし、番組に異変を感じたのは彼らだけではなかった。二月六日、法廷の主催団体であり、番組の制作にも協力したVAWW‐NETジャパン(代表・松井やより)はNHKに対し、主催団体の名前すら出ない放送内容を不服とした公開質問状(六八ページ参照)を出した。
また、番組出演者てある高橋哲哉・東京大学助教授、米山リサ・カリフォルニア大学準教授らをはじめとする四氏までもが、放映された内容が不自然だとして、一六日、NHKに対し事情説明のための面会を早急に求める申し入れ書を送付している。これらの動きは、「番組に何かが起こった」という憶測を呼ぶ。
その前日に発売された『週刊新潮』が、番組の放送中止を求めた右翼の「抗議行動」と番組の「編集の不自然さ」を伝えた。NHKの「伊東律子・番組制作局長が自民の大物議員に呼び出され」たという局内の噂にも言及し、NHKが右翼や政治家からの「"外圧″に屈して番組内容を差し替えた」可能性を指摘した。
NHK関係者Aの話によれば、右翼の抗議行動の概略は次のようなものだった。一月二七日午前一〇時過ぎ、「NHKの『反日・偏向』を是正する国民会議」名乗る団体(維新政党・新風の西村修平氏が呼びかけて集めたもの)約三○人が、NHK四階正面玄関に押し寄せた。「二回目に放送が予定されている『日本軍の戦時性暴カ』は、昭和天皇を戦争犯罪人と決め付けるおぞましい番組である。NHKの目的は、戦争犯罪をデッチあげる反日洗脳だ」などと主張。「放送を中止せよ。担当者を出せ」と詰めより、応対に出た視聴者ふれあいセンターの担当者が「ご意見は伺うが、放送は中止しない。放送を見てくれ。公正な内容だ」と交渉に応じるなど、七時間にもわたり対峙していたが、一五時頃になると今度は大日本愛国党の街宣車六、七台が西口ゲートを突破して玄関まで乗りつけてきた。制服の党員二〇人ほどが建物の中まで入り、警察官が見守る中、一時間にわたって抗議した。
これらの抗議は、ニ○日に吉岡民夫・教養番組部長宛に抗議書簡が届いた頃から始まっており、このシリーズの総責任者、永田浩三チーフ・プロデューサーの自宅にも抗議や脅迫の電話が殺到した。
不自然な番組
出演者たちが言う番組の「不自然さ」とは何だったのか。実際に放送された番組に即して検証をしてみたい。
(1)放送時間の短縮 シリーズ全四回のうち、ほかの回はすべて四四分だが、問題の第二回は四○分。NHK広報局番組広報部(以下、広報)は「そういう例は頻繁ではないがある」と回答するが、NHK関係者Bは「異常な事態だと思う。四○分以上の番組が短縮された話は、一度も聞いたことがない」と話す。
(2)構成が前後の回の内容と重複 番組の冒頭に第一回目の放送を要約する内容が三分もあり、また番組後半には、第三回目で取り上げるはずの、現在起こっている戦時性暴力を裁く世界的な流れを紹介した内容が既に出てきている。このような構成は他の回にはなく、カットした部分を補うための苦肉の策ともとれる。
(3)タイトル変更、焦点定まらぬ内容 二回目の当初の番組タイトルは「第ニ次大戦・日本軍による性暴力」(『月刊ザテレビジョン」三月号)。あるいは「日本軍の戦時性暴力」(「法廷」の主催者に伝えられたタイトル)だった。広報は「一月二四日の段階で、番組制作サイドが正式タイトルの『問われる戦時性暴力』を編成に伝えた」とし、「タイトルが直前に替わることも時々ある」という。だが、タイトルからは「日本軍」の文字が消された。しかも、「法廷」の最大眼目である「責任者処罰」への言及がまったくない。つまり、「人道に対する罪」である日本軍戦時性暴力の責任者として、昭和天皇と旧日本の高官らを訴追し、判決(天皇有罪、国家責任)を下した事実が、見事に抜け落ちているのだ。そして女性たちが戦時性暴力の問題を「問い始めた」という意義だけを評価している。
(4)急遽挿入されたネガティブなコメント 秦郁彦・日本大学教授の「法廷」に対して疑義を連ねたコメントを二度、計約三分三〇秒も使っている。しかも彼に取材したのは放送二日前。突然の取材申し込みの印象を秦氏はこう語った。「永田ブロデユーサーは『嫌々来た』という表情でした。右翼の抗議があったので、内容を見た上司に言われて来たことは、だいたい察しがついた」。
(5)加害兵士の証言カット 「映像を使いたい」と依願された鈴木氏らのリアルな証言がカットされていた。旧日本軍兵士による"内部告発"だけに、組織的性暴力の実態が迫力を帯びて視聴者に伝わるはずだった。
これらを総合すると、カット・修正された部分があるとすれば、それは、旧日本軍の組織的性暴力の実態を「法廷」が明らかにし、昭和天皇ら責任者に有罪決を下したことを伝える部分であったかと推測できる。
右翼の「抗議行動」と「不自然」な放送内容の二つの事実は、時期的にみて因果関係があるという疑念が湧いてくる。「日本軍」の文字がタイトルから消えたこと、日本軍の戦時性暴力(「慰安所」、強かんの事実)の扱いが縮小されたことは、抗議に来た右翼の利害に合致している。また、秦氏のコメント収録以後、右翼の直接抗議は潮が引くように鎮静化した(某地方局にはその後も右翼は来たと広報は言う)。一部の政治勢力に屈したり、あるいはそれに配慮する形で自主規制したのならば、報道・表現の自由は未曽有の危機であり、NHKだけの問題では収まらない。ましてや、国家などさまざまな権力からの独立を目指して、受信料によって運営されている公共放送NHKにはあってはならない事実である。受信者の利益も侵害されたことになろう。
NHK側は完全否定
この不穏な事想に対し、NHKの労組「日本放送労働組合」の岡本直美書記長は「もし圧力があったとしたら由々しきことである。現在調査中だ。なお、経営側には視聴者にも釈明せよと申し入れてある」と語った。
一方、NHKは「シリーズ全体の企画意図・編集方針は、制作決定時から放送までの間、一貫して変わっていない。『法廷』の問いかけるものを紹介するという編集方針で臨み、放送内容に関しては、当初の予定どおりだった」(広報)という見解を崩さない。当然、右翼や政治家からの外部圧力は完全否定しでいる。伊東律子番組制作局長も「私が政治家に呼び出されて、出で行くと思います?圧力など一切ありえません」とキッバリ言う。
しかし、私が入手したNHKの労組系会報には、驚くべき直前再編集のドタバタ劇が克明に記されている。関係者の話として同会報は「番組は当初四四分で作られていたが、途中で制作プロダクションをはずして、NHKの責任で再編・短縮が行なわれた。放送当日、いったん一分短縮の四三分版となって放送三時間ほど前に試写をしていたが、上層部の指示でさらに短縮され放送時間四〇分となった。カットされた部分にはある元『慰安婦』の血を吐くような証言があった」とする(注)。
さらに驚くのは、ある関係者から得た情報である。何とカットを指示した人物とは、NHKにおける放送の最高責任者であり、海老沢勝二会長に次ぐポストにいる松尾武放送総局長だったというのだ。しかも、三分カットした数カ所は松尾氏が見て直接指示をしたというのである。つまり、通常個々の番組にタッチなどしない放送のトップが、直接指揮して番組内容を変えたのだ。
事実確認のため、ニ二日朝、出勤前の松尾氏本人にコメントを求めた。
―「第二夜の再編集を直接指示なさいましたね」
松尾「それはない、ないです」
―「なぜ、再編集を命じたのですか? 右翼の抗議に対する自主規制ですか? 自民党の政治家から何か言われたんですか?」
松尾「そういうこともないし、やってない。電車に遅れるので、失礼します」
と慌てて車に乗り込み、駅の方へと走り去ってしまった。
松尾氏は何も認めはしなかったが、突然の私の早口の質問を飲み込んで、すぐ「ない」と否定できたのは、松尾氏もこの件をよくご存知だったからだろうか。
NHK(広報)はひたすら、「NHKが圧力に屈することはない。ないものは証明てきない」という。それならば、右翼による抗議以外に、番組が不目然になった理由を明らかにすればよいのだが、「取材過程での変更は編集権の問題があり、一切明かせない」の一点張りだ。放送現場のトップ自らが関与したのだから無理もない話だ。番組のクオリティを落としてまで強行した松尾の緊急の指示。それはいかなる意図で行なわれたのか、また彼自身の判断によるのか、あるいは彼を動かした別の力が存在するのか。次の疑惑追及の照準は合わせられた。(一部敬称略)
(注)シリーズの題一回、第四回はNHK本体が制作し、第二回、第三回はNHKエンタープライズ21とドキュメンタリー・ジャパンの共同製作。
たけうち かずはる・フリーライター。
<写真のキャプション>
NHK西口玄関。警備担当者は右翼街宣車接近の情報を得ていたが、大雪でゲートの閉鎖に手間取り、侵入を許してしまった。(写真/編集部)
1月30日ETV2001「シリーズ 戦争をどう裁くか」より。写真上が変更されたタイトル。この表示が出る前の冒頭部は前日放送された第1回の要約が流された。映像もほぼ丸ごと"使い回された"ヒドイものだった(他回の冒頭はすべて、その回の内容の要約だった)。下の写真は、高橋哲哉東京大学助教授(中央)、米山リサ・カルフォルニア大学準教授(右)。
<囲み記事として下記の質問状の抄録あり。VAWW-NETのホームページにあるので省略。>
NHK海老沢勝二会長宛てに「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW-NETジャパン)の松井やより代表と東海林路得子事務局長が、2月6日に送った見解と質問状の中身(抜粋)
| 2000年 |
12/25(月) |
金子安次氏に「映像を使う」という連絡。 |
| 2001年 |
1/20(土) |
吉岡民夫教養番組部長宛に「女性国際戦犯法廷に抗議する国民会議」と名乗る団体から抗議書簡がFAXで送られた。 |
| 1/24(水) |
第2回目タイトルが「日本軍の戦時性暴力」から「問われる戦時性暴力」に変更が決定。 |
| 1/27(土) |
維新政党・新風、大日本愛国党などのメンバーがNHKに抗議に来る。鈴木良雄氏に「映像を使う」という連絡が入る。
(→まだこの時点では日本軍の犯罪に言及しようとしていた?) |
| 1/28(日) |
前日の右翼の一部が再びNHKに抗議に来る。秦郁彦氏のコメントを急遽、自宅収録する。 |
| 1/29(月) |
第1回「人道に対する罪」放送。 |
| 1/30(火) |
第2回「問われる戦時性暴力」放送(※タイトルは変更)。
この日の放送開始3時間前に松尾武放送総局長がさらに3分のカットと個所指定を行なった。 |
| 1/31(水) |
第3回「いまも続く戦時性暴力」放送。 |
| 2/ 1(木) |
第4回「和解は可能か」放送。 |
| 2/ 6(火) |
VAWW−NETジャパンがNHKに公開質問状提出(次ページ参照)。 |
| 2/14(水) |
NHK第1回回答。 |
| 2/16(金) |
出演者、取材協力者らが申し入れ書を送付した。 |
(出典)
『週刊金曜日』第353号、2001年3月2日
注) 『週刊金曜日』の記事を本ホームページに転載することについて、執筆者である竹内一晴氏にご快諾いただきました。感謝いたします。なお、さらなる転載はご遠慮ください。本ホームページにリンクしていただくことはかまいませんが、その際はご連絡をいただければ幸いです。
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