[日付] Thu, 1 Feb 2001 02:38:05 -0800 [送信者]Lisa Yoneyama [表題] [anti-hkm 1215] RE: [anti-hkm 1214] NHKに質問を! 米山@San Diegoです。(転載可) 鈴木香織さんから、1月30日NHK教育で放映されたETV2001「シリーズ 戦争をどう裁 まだ私は放映されたものを見せていただいておりませんが、12月末のスタジオ収録のさいのVTR構成と討論内容とかなりかけ離れた内容になっているという情報をいろいろな方からいただいています。鈴木さんからの呼びかけに寄せて、私が収録の段階で発言した内容を以下にご報告します。 すでに番組をご覧になられた方で、疑問に感じられている方、NHKへの問い合わせを考えておられる方、それぞれのお立場にそったご判断の材料にしていただければ、と思います。なお、この情報はあくまで私のいただいた台本とノートにもとづいた私の発言部分のみに関わるもので、高橋哲哉さんのご発言部分には触れておりません。また、ここに情報提供することも、あくまで私一人の判断にもとづいたものです。私自身は、放映されたビデオをまず見せていただいてから、出演者の一人として、今後どのような対応をするかを考えたゆきたいと思っています。 私の台本とノートでは、収録のさい、以下の発言をしたという記録が残っています。 1)導入部VTRをうけて、まず全体の印象を求められて。これまで様々なところでたいへんな苦労を重ねてきた様々な支援団体や女性たちが一同に会し、4日間にもわたり、国際法の権威をとりこんで、しかも東京の都心を占拠した。国境を越えた市民が共有できる言葉を生んだ。これまで裁けなかった人、裁けなかった歴史の出来事を、どう裁けるのか、その新たな法的な方便を確認・共有できた。エンパワメントの場だったという印象。 2)つぎに原告女性の証言VTRをうけて。何度きいてもつらい。いかに聞くべきか、それに答えがあるわけではない。それぞれの立場で受け止める。他人の痛みを簡単に「理解」してしまうこと、自分の問題として引き受けてしまうことの問題。しかし呆然とたたずんでいるだけではいられない。原告となった証言者たちは、日本の教科書から自分の生きてきた歴史が消されていっている動きをよく知ったうえで発言している。聞き手にとって大切なのは、社会の常識やあり方を変えて行くという責任を引き受ける、ということ。 3)極東軍事裁判の再審という位置付け。証拠としてあったにもかかわらず裁けなかったものを裁くことの意味。(ノートでは、ここで植民地支配下の女性には「人道に対する罪」が適応されなかったこと、被害者の女性の生の修復不可能性を法廷は明らかにする、といったことがありますが、これを話せたかどうか記憶にありません。) 4)吉見義明さんの証言VTR、加害元兵士の証言VTRをうけて。「法廷」の主催者は、企画をすすめるだんかいで、南アフリカの真実和解委員会方式のように「和解」に焦点をおくのではなく、むしろ刑事裁判に近いものにする、という判断を下している。「和解」というのは、けっして埋められようのない溝を一気にとびこえてしまおう、というロマンチックなもの。「法廷」が「和解」追求のモデルを拒否したものであることは、とても大切な点。そこで裁かれる暴力が、和解など許されないものであること、償いきれないものであること、をあらためて認識させてくれる。 5)日本政府のこれまでの対応は、という質問をうけて。公式謝罪が求められている。従軍慰安婦制度が犯罪であったかどうかの判断すなわち「裁き」を下す手続きも経ないまま、許される、恩赦されることを前提に謝罪をおこなってきたのが、これまでの日本政府の対応ではないのか。公式謝罪で求められているのは、日本政府がまず、許してもらえるかどうかとは関係なく、「許しを乞う」こと。被害者の女性たちが求めているのは、私たちに「許すチャンスを与えてくれ」、ということ、そのことによって癒される可能性もあるかもしれない、ということ。 6)首席判事による「裕仁氏有罪」の判決文と場内の歓声のVTRをうけて、判決について一言、といわれて。判決で示された正義が実現されるためには、いま現実に存在する差別や不均衡を変えて行く社会変革なしには行えない。法の判断を生かすには社会変革が必要である、という司法のあり方を示した。(法的実行力がないことについて。)従軍慰安婦制度が国家犯罪であったこと、責任者の処罰や補償の義務が果たされてこなかったことが公に明記されること、そのこと自体に大きな価値がある。 7)しめくくりに、内海愛子さんの「記憶に刻み、記録にとどめる」という発言のVTRをうけて。「法廷」の思想的流れは70年代のセックス・ツアー反対運動にはじまり、20世紀のフェミニズム思想の展開のなかで大きな位置をしめる。とりわけ20世紀後半のフェミニズム思想のなかでは、植民地主義、経済侵略、レイシズム、といった歴史をふまえて、加害者・支配の側に立つ女性たちが、被害・支配される側に立つ女性たちから問いかけられたときに、どう応答するか、ということが大きな問いとなってきた。その問いにたいしてひとつの態度が示された。このような問いは世界の各地で、さまざまなかたちで問われている。(日本人女性たちが)そのひとつの例を示したという意味でも重要な成果だった。 以上です。 (出典) 反ひのきみネットML [anti-hkm 1215]
|