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NHKに対する「わたしたちの見解と要望」への共同署名の呼びかけ
みなさん
2001年1月30日に放映されたNHK教育テレビの番組「問われる戦時性暴力」については、かねてより、右翼団体や自民党の政治家などの圧力を背景に、NHK幹部による強力な現場介入がなされ、放映直前になって番組内容に重大な改変を強いられたという疑惑が報道されてきました。わたしたちは、これまでこの疑惑をとても深刻な問題として受けとめ考えて参りましたが、いまやそれを問いとしてNHKに差し向け、広範な人々と共に真相を問い糺すべき段階にきたのではないかと思います。そこで多くのみなさんに、NHKに対する「見解と要望」の趣旨をお知らせし、共同署名者となっていただきたく訴えるものです。
【不自然な番組の放映】
問題となっている番組は、1月29日から2月1日までの四夜連続で放映されたETV2001「シリーズ 戦争をどう裁くか」の第二回として放映されたもので、昨年12月に東京で行われた「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」を取り上げ、これを中心にして、「従軍慰安婦」と呼ばれている日本軍の戦時性奴隷制を「人道に対する罪」として裁くことの意義について考えるという内容のものでした。四夜連続のこのシリーズは、90年代に入って顕著になってきた戦時下の暴力を「人道に対する罪」として裁こうとする国際的な認識の広がりを正面から取り上げ考えるという大変意義深いもので、ドイツやフランスにおける「過去」との取り組みを紹介した第一回から南アフリカの「真実和解委員会」の試みを通して「和解」の可能性を探る第四回まで、全体としてはとても質の高いドキュメンタリー番組に仕上がっているものでした。それだけにまた、第二回の突出した不自然さは、放映された当日にすでに際だっていたと言うことができます。
この第二回「問われる戦時性暴力」が番組として「不自然」だというのは、つぎのような諸点です。そもそも放映時間が他の三回と比べてこの回だけ四分も短く、タイトルも直前になって「日本軍の戦時性暴力」から「問われる戦時性暴力」に変更されていること、「女性法廷」を取り上げているのに「主催団体」についての説明や天皇を有罪とした「判決」など法廷の核心部分の紹介がなく、また「法廷」に否定的な見解をもつ歴史学者の意見は二回に分けて長く紹介しているのに「法廷」関係者や賛同者側の反論の機会がなかったこと、そして、スタジオに招かれたコメンテーターからも「法廷」そのものについて立ち入った言及がなされないこと、などなど、要するに、主題であるはずの「法廷」についてむしろ否定的な評価を招く印象を残し、内容構成上も他の回と比べて明らかに混乱や欠陥が目立ったということです。これについては、「法廷」の日本側主催団体であるVAWW-NETジャパン(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク・松井やより代表)が、「視聴者に誤解と偏見をもたらす」としてただちに抗議の声をあげ、NHKに対して説明を要求する公開質問状を提出しております。
【制作過程の疑惑と出演者の告発】
このような番組の第二回について、その制作過程に「疑惑」があるということは、一般にはマスメディアの「検証」記事によって知られるところとなりました。なかでも、3月2日付け『朝日新聞』の「検証」欄と、『週刊金曜日』の3月2日号および3月30日号は比較的詳しくこのことを報じていて、この第二回の内容が放映直前にNHK上層部のための「異例の試写」を経て大改変されたという事実が浮かび上がって参りました。しかも、その背景には右翼団体による執拗な抗議活動があったということも、それにより知られました。また、この直前の大改変に対しては、番組に出演した高橋哲哉、米山リサ、内海愛子の各氏と第四回に出演した鵜飼哲氏とが連名でNHK会長宛に説明を求める申入書を提出しており、その内のひとりでアメリカ在住の米山リサ氏は、海外の研究者に呼びかけて360名の連名による抗議文を同じく会長宛に提出していることも、報道によって知られています。
もっとも、今回の問題に特徴的でまた重要でもある点は、番組の出演者というインサイダーの立場にある人が、内容改変という事実を明確に指摘し、またそれに抗議の声をあげたという点でしょう。そのことは、まず米山リサ氏が前出『朝日新聞』紙上で、「(「法廷」の)意義や被害者の証言を評価した論評はすべて削除され、支離滅裂で誤解を生む内容になった」と明確に指摘し、また『週刊金曜日』でも「番組では一貫して責任者処罰に触れることが避けられて」いると批判します。そしてさらに、番組の企画段階から制作に深く関わりシリーズの四回を通してコメンテーターを務めた高橋哲哉氏までもが、雑誌『世界』5月号において、番組制作の経緯と放映二日前(1月28日)の段階で使用された台本の一部を公表し、「何が直前に消されたか」について詳細な報告と分析を行ったのです。こうしたインサイダーによる報告は、わたしたちに動かし難い事実を確認させてくれましたし、わたしたちが声をあげなければならないと思う重要なきっかけとなりました。
すなわち、制作段階の台本と実際の放映作品を対比することにより、わたしたちは、少なくとも放映直前の二日の間に驚くほど意図的で大幅な改変が実際に行われたということ、そして、それが米山氏、高橋氏ら出演者との了解にも反する形で行われたということを、明瞭に理解します。この直前の段階で、加害兵士の証言や、日本の国家責任と昭和天皇の有罪の認定など「法廷」の核心部分が放映内容から消えてなくなり、また、出演者による「法廷」や「慰安婦問題」に直接関わるコメントも系統的に番組から削除されているのです。しかも高橋氏が指摘するように、「改変の目的が、日本軍の犯罪を裁いた『法廷』の核心部分を隠し、『法廷』の意義を評価するコメンテーターの発言を削除する方向にあった」というのであれば、それの政治的な含意もとうてい否定することはできないと思います。
【問題の意味の広がり】
このように事実を確認してきて、わたしたちは、ここにとても深刻な問題を見出さざるをえません。もちろん今回の番組改変問題については、まずは現に放映された作品そのものによって、それが扱っている「女性国際戦犯法廷」の内容がゆがめられ、「視聴者に誤解と偏見をもたらす」ことでその名誉が傷つけられたという点が指摘されなければならないでしょう。わたしたちも、これによって直接に打撃を受けている「法廷」関係者の方々の怒りと悲しみをなによりも始めに考えたいと思います。とはいえ実は、この問題はそうした関係者だけの事柄に留まらない意味の広がりをもっています。すなわち、わたしたちとしては、さらにつぎのような諸点を問題として考えなければならないと思うのです。
(1) まず、これが、「従軍慰安婦」問題そして昭和天皇の戦争責任という問題を焦点にしながら日本の戦争責任を問うということについて、現在の日本のマスメディアが一般に共有している消極的態度・否定的態度を決定的にしてしまうのではないかという点です。思えば、そもそもそれを問題化した「女性国際戦犯法廷」について、日本のマスメディアの態度は概して冷淡なものでした。このことは海外のメディアの注目度に比べるといっそう際だってくる特徴です。そう考えると、今回のNHKによる「戦争をどう裁くか」というシリーズは、日本の戦争責任が問題化されるごく希少な可能性のひとつだったと言えるかもしれません。それだけに、右翼勢力の反応も敏感だったわけです。そしてその希少な可能性さえもが崩されようとしている。これは本当に深刻な事態で、決して放置することはできません。
(2) また、番組改変が右翼勢力の脅迫を直接・間接の背景にして実現してしまったという点です。もちろん、この「外部圧力」と「番組改変」との直接の因果関係をNHKは否定していますし、それを論証することは困難です。しかし重要なことは、たとえ「自主規制」であるにせよ、タイミングから言って関連を想定できる形で改変が実現し、右翼勢力がそれを「成果」だと認識しているという点です。事実、右翼系『国民新聞』3月25日版では、1月27日の「放送中止」を求める自分たちの行動が「放送内容の大幅改変に功を奏した」と成果を誇示していて、これは彼らにとって重要な「経験」となるでしょう。本年は、各地の卒業式における「日の丸・君が代」の「完全実施」への圧力とか、「新しい歴史教科書をつくる会」が編集した歴史教科書が教科書検定に合格するとか、急速なナショナリズムの台頭が目立ってきていますが、今回のことを放置したら、これもひとつの大きなステップになるかもしれない。言論に右翼が圧力を直接に行使するという暗い時代を予兆させるこの事態に、わたしたちは手を拱いていることはできません。
(3) さらに、前の二つとちょっと次元の異なった問題ですが、マスメディアの取材対象になった者あるいは出演者・協力者の権利(期待権あるいは人格権)の侵害という問題があります。というのも今回の問題は、NHKが、まずは取材対象であるVAWW-NETジャパンの全面的な取材協力を得ながら最終段階でその意向と期待を裏切り、また他方では、高橋哲哉氏や米山リサ氏など出演者たちに企画段階から協力を得てそこでの了解の下に制作を進めながら、ここでも最終段階になってその了解に反して、放映直前の改変を一方的に強行したということに端を発するものだからです。そしてそうであるがゆえに、VAWW-NETジャパンや出演者たちからの抗議を受け、またそこから問題が発覚もしたのでした。この抗議に対してNHKは、番組の「編集権」を盾にとって最終段階の改変まで正当化しているわけですが、するとそこで取材協力をした者や出演者たちの権利はどうなるのか。もしNHKの主張をそのまま認めてここでも「編集権」を絶対化するなら、取材対象者や出演者・協力者は協力を与えた時点での了解からどんなに逸脱した番組がその後に制作されても一切抗議できないということになってしまいます。しかしそうなると、取材者と取材協力者との信頼関係は成立不可能で、わたしたちはいかなる取材協力要請にももう安心して応じられないでしょう。このような事態は、実はマスメディアとしてのNHKにとっても決して望ましいことではないはずです。今回のことは、こうした権利の衝突という問題も抱えています。
(4) そして、マスメディアに対する視聴者の権利という問題があります。今回のことは、視聴者にとってはなんら権利侵害にならないのでしょうか。わたしたちはそうは思いません。次第に明らかになってきている問題の構図を見ると、右翼や政治家の圧力が作用したにしろしないにしろ、ともあれNHK上層部の最終的な意向で番組改変が決定され実行されたということです。そしてその内容が、「日本軍の犯罪を裁いた『法廷』の核心部分を隠し、『法廷』の意義を評価するコメンテーターの発言を削除する方向」に貫かれていたのだとすれば、そこには明らかに政治的な意味をもつ操作があったと判断しなければならないでしょう。「戦争をどう裁くか」という四回シリーズで、しかも他の回ではドイツやフランスから、そして南アフリカから、「裁く」ということ自体を主題にした報告がなされているのに、しかし日本を問題にするはずの回では、日本の犯罪が裁かれたということの「核心部分」を系統的な作為をもって隠し通すということ、この操作を日本で唯一の公共放送の上層部が意図的に行ったわけです。こんなことが隠密裡に行われたという事実が、一方的な世論操作であり、視聴者の知る権利の侵害でなくてなんでしょうか。わたしたちは、これをとても重大な問題だと受けとめています。
以上の四点で問題が尽くされているということではないでしょうが、少なくともこれらの点を考える限り、今回のNHKによる番組改変がいかに深刻な問題群を抱えているかは明らかでしょう。NHKにはこのことに間違いなく大きな責任があり、それを必ず果たしてもらわなければなりません。しかもこの問題は、その意味の広がりからすれば、「女性国際戦犯法廷」の関係者や番組の関係者、出演者たちだけの問題ではないのです。ここに、わたしたちがこうした共同署名を呼びかける所以があり、また、こうした共同署名が広がりをもつことの意義もあると思います。わたしたちは、このような観点から、まずはNHKに対する「見解と要望」をもって事実経過と見解を問い糺し、その態度の変更を求め、またそこから問題をあらためて広く考えていきたいと思います。
多くのみなさんのご賛同を訴えます。
以 上
2001年4月20日
共同署名呼びかけ人(5月24日現在、50音順)
赤石千衣子(婦人民主クラブ、ふぇみん婦人民主新聞) 浅田彰(京都大学教員) 浅野健一(人権と報道・連絡会世話人、同志社大学教員) 安孫子誠人(『マスコミ市民』編集長) 天野恵一(反天皇制運動連絡会) 池内靖子(立命館大学教員) 池田浩士(京都大学教員) 石原昌家(沖縄国際大学教員) イダヒロユキ(大阪経済大学教員)
板垣雄三(東京大学名誉教授) 板垣竜太(反ひのきみネット管理人/朝鮮史研究) 伊藤公雄(大阪大学教員) 伊藤比呂美(詩人) 今村嗣夫(弁護士) 岩切信(日本ジャーナリスト会議代表委員) 岩崎稔(東京外国語大学教員) 宇野田尚哉(神戸大学教員) 大越愛子(近畿大学教員) 大澤真幸(社会学者) 太田好信(九州大学教員) 大庭絵理(神奈川大学教員) 大橋由香子(フリーライター/編集者) 岡真理(大阪女子大学教員) 小倉利丸(富山大学教員/JCA-NET理事) 長志珠絵(神戸市外国語大学教員) 香川檀(“女性とアート”プロジェクト/城西国際大学講師) 片田幹雄(全日本港湾労働組合関西地方建設支部西成分会) 桂敬一(日本ジャーナリス会議代表委員) 加藤秀一(明治学院大学社会学部教員) 川本隆史(東北大学教員) 岸本美緒(東京大学教員) 北原恵(甲南大学教員) 金富子(関東学院大学講師/ジェンダー史研究) 工藤光一(東京外国語大学教員) 小玉重夫(お茶の水女子大学教員) 駒込武(反ひのきみネット管理人/京都大学教員) 小森陽一(東京大学教員) 酒井直樹(コーネル大学教員) 坂元ひろ子(一橋大学教員) 坂本義和(東京大学名誉教授) 佐藤秀夫(日本大学文理学部教育学科教員) 佐分利豊(千葉短期大学教員) レベッカ・ジェニスン(京都精華大学教員) 志水紀代子(「女性・戦争・人権」学会員) 鈴木香織(書店員) 隅井孝雄(日本ジャーナリスト会議代表委員/元民放労連委員長) 空野佳弘(弁護士) 宋連玉(大学教員・ジェンダー史研究) 高橋茅香子(エッセイスト、翻訳家) 多木浩二(評論家) 竹内一晴(フリーライター) 竹内常一(國學院大学教員) 田崎英明(主夫/政治哲学) 田中美津(鍼灸師) 千野香織(学習院大学教員) 千葉眞(国際基督教大学教員) 鄭暎恵(社会学者) 津島佑子(小説家) 冨山一郎(大阪大学教員) 茶本繁正(日本ジャーナリスト会議代表委員/フリージャーナリスト) 中野敏男(東京外国語大学教員) 中野理恵(会社経営・映画ディストリビューター) 波平恒男(琉球大学教員) 成田龍一(歴史研究者) 西川祐子(ジェンダー研究と近・現代文学研究) 朴裕河(世宗大学教員) 橋本進(日本ジャーナリスト会議代表委員) 長谷川まゆ帆(東京大学教員) 花崎皋平(哲学) 林博史(関東学院大学教員) 平井玄(音楽文化論) ひろたまさき(歴史研究者) ノーマ・フィールド(シカゴ大学教員) T.フジタニ(カリフォルニア大学サンディエゴ校教員) 星乃治彦(熊本県立大学教員) 町口哲生(近畿大学講師/現代思想・文化評論) 松田素二(京都大学教員) 松原洋子(科学史研究者) 港大尋(ブルースミュージシャン) 宮崎絢子(日本ジャーナリスト会議代表委員) 武藤一羊(ピープルズ・プラン研究所共同代表) 村井吉敬(アジア太平洋資料センター共同代表) 持田季未子(大妻女子大学教員)
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