「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書が教育の場にもちこまれることに反対する声明 現在、「新しい歴史教科書をつくる会」(会長・西尾幹二氏、以下「つくる会」と略称)のメンバーが執筆した中学校歴史教科書の申請本が、文部科学省の教科用図書検定にかかっており、合格すれば2002年度から使用されることになりますが、この申請本の記述は歴史研究者・教育者として看過しがたい多くの問題を含んでいます。 第一に指摘しなければならないのは、この教科書にはかつての植民地支配や侵略戦争を真摯に反省し、近隣諸国との友好・親善に努めるという姿勢が完全に欠けている点です。韓国併合との関係でいえば、「朝鮮半島は日本に絶えず突きつけられている凶器となりかねない位置関係にあった」という地政学的観点が強調されたうえで、「韓国併合は、日本の安全と満州の権益を防衛するには必要であった」という形で、その植民地化が正当化されています。 対中国関係では、中国におけるナショナリズムの高揚を「排日運動」とのみとらえ、これを敵視する叙述が目立ちます。たとえば、「排日運動」は「暴力によって革命を実現したソ連の共産主義思想の影響を受け、実際にもコミンテルンの指示を受けていたので過激な破壊活動の性格を帯びるようになった」、「1927年、南京でおこった外国人襲撃事件でも、日本は中国に対してもっとも寛大な態度をとった。ところが中国は、かえって排日運動を激化させた」などの叙述がそれです。 また、アメリカに対する敵意が色濃くあらわれているのも、この教科書の問題点の一つです。「第二次世界大戦の時代」という章の冒頭には、「日米対立の系譜」という節が置かれていますが、そこでは、アメリカの太平洋の島々への「進出」に関して、「両雄並び立たずとむかしからいう。アメリカは日本の立ち上がりの時期に、日本列島の太平洋側を封鎖した形になる。この封鎖陣形だけで、すでに日本には脅威であった」などという、あまりにも短絡的な位置づけが与えられています。 第二には、この教科書がバランスのとれた歴史叙述という面での配慮を全く欠いていることがあげられます。たとえば、日露戦争に関する記述では、日本の勝利の結果、「世界中の抑圧された民族に、独立への限りない希望を与えた」ことが強調され、太平洋戦争の緒戦の勝利に関しても、「これは、数百年にわたる白人の植民地支配にあえいでいた、現地の人々の協力があってこその勝利だった。この日本の緒戦の勝利は、東南アジアやインドの人々、さらにはアフリカの人々にまで独立への夢と勇気を育んだのである」など、日本軍の戦争行為がアジア・アフリカの諸民族の独立に大きく貢献したことをくり返し指摘しています。また、日本の傀儡国家であった「満州国」についても、「満州国は、中国大陸において初めての近代的法治国家を目指した。……満州国は急速な経済成長を遂げた。人々の生活は向上し、中国人などの著しい人口の流入があった」というように、きわめて肯定的な評価が与えられています。しかし、その一方で、日本自身が朝鮮・台湾という植民地を保有していたことや、植民地・占領地での過酷な統治の実態については何らふれるところがありません。戦争犯罪やジェノサイドに関する叙述も著しくバランスを欠いたものとなっています。 戦争犯罪の場合、この教科書で具体的にとりあげられているのは、アメリカ軍による日本の都市に対する無差別爆撃や、満州におけるソ連軍の蛮行など、連合国側の戦争犯罪ばかりで、日本軍の戦争犯罪については、極東国際軍事裁判のところで、南京事件がとりあげられているだけです。それも「この事件の疑問点は多く、今も論争が続いている。戦争中だから、何がしかの殺害があったとしても、ホロコーストのような種類のものではない」というように、南京大虐殺否定論を一方的に展開しています。 また、他国が犯したジェノサイドについては、ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺を詳述しているだけでなく、スターリンの粛正、毛沢東の文化大革命、ポル・ポトの大虐殺などについてきわめて具体的に説明しています。しかし、その一方で、アジア・太平洋の各地で日本が行った数々の蛮行や、その当時は自国民であった朝鮮人に対する差別や迫害については、一言もふれられていません。 バランスを欠いた歴史叙述のもう一つの典型的事例は、戦争と平和の問題の取り上げ方です。この教科書の戦争観は「戦争は悲劇である。しかし、戦争に善悪はつけがたい。どちらが正義でどちらが不正という話ではない。国と国とが……政治では決着がつかず、最終手段として行うのが戦争である」という一節によく示されています。こうした戦争を必要悪とみる歴史観に立つ以上、第一次世界大戦後の戦争違法化の流れや国際的な軍縮への動きが軽視されるのは、ある意味で当然です。事実、この教科書では、ワシントン会議やロンドン軍縮会議は「第二次世界大戦の時代」の中でごく簡単にふれられているにすぎず、1928年のパリ不戦条約も、「条約は全く無意味なもの」と、きわめて否定的に評価されています。 そのほか、バランスを欠いた歴史叙述の事例としては、2ページをさいて極東国際軍事裁判の説明にあて、その不当性だけを強調していること、太平洋戦争の戦局の説明に4ページも費やし、それも、「ついに残った300名ほどの負傷した兵が、ボロボロの服で足を引きずりながら、日本刀をもってゆっくり米軍に、にじり寄るようにして玉砕していった」といった情緒的描写に終始していることなど、数多く指摘することができます。 重要なことは、このようなバランスを欠いた歴史叙述が、生徒が歴史を正確に理解するうえでの大きな妨げとなっている事実です。たとえば、この教科書は、大日本帝国憲法の近代的・立憲的性格を強調し、憲法の発布によって「国民は各種の権利を保障され、選挙で衆議院議員を選ぶことになった」としていますが、選挙自体が制限選挙であったことは全く説明していません。 さらに、歴史叙述が特定の事柄に著しく偏っているため、関東大震災や治安維持法のように重要な歴史的事実にまったくふれていません。また、経済史、文化史、社会史、民衆生活史などの叙述がきわめて簡単になっていることも、この教科書の大きな問題点の一つです。 周知のように、1995年8月15日に発表された村山首相(当時)の談話の中では「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」と述べています。この村山談話の趣旨は、日本政府がくり返し言明していることであり、今日のわが国の、いわば国際公約になっています。 また、現行の教科用図書検定基準では、「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」、「話題や題材の選択及び扱いは、特定の事項、事象、分野などに偏ることなく、全体として調和がとれていること」と明記されています。「つくる会」の教科書は、村山談話以降の国際公約に反しているだけでなく、現行の教科用図書検定基準にも抵触する内容をもっているといわざるをえません。 新聞報道によれば、この申請本には、検定意見によってさまざまな修正が施されたということですが、「つくる会」の会長である西尾幹二氏自身が「我々の考え方そのものは残っている」と発言しているように、叙述の基本的な流れは申請本に沿ったものになると予想されます。実際、新聞報道で知られるところの南京事件に関する記述は、依然として否定的な見方からのものになっています。 私たちは、このようなバランスを欠き、国際公約にも反した歴史教科書が教育の場に持ち込まれることは、生徒の健全な歴史認識と国際認識の育成を阻むものであると考え、これに強く反対します。 2001年3月13日 地方史研究協議会 (出典) [anti-hkm 1502]
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