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田中伸尚著「抵抗」3部作を読む 



 

 



1)『抵抗のモダンガール/作曲家・吉田隆子』

 田中伸尚著『抵抗のモダンガール/作曲家・吉田隆子』(岩波書店)を読んだ。この本は雑誌「世界」に連載された「未完の戦時下抵抗」の「全身作曲家 吉田隆子」が元になっている。「世界」のこのシリーズ連載中は毎号雑誌が店頭にならぶのを心待ちにして、読んだものだった。作曲家・吉田隆子は「満州事変」以後の日中戦争を含むアジア・太平洋戦争の時代、さまざまな抑圧・弾圧に抗し、そして病気や生活にも苦しみながら、五線譜上でその音楽を奏で続けた。(「エピローグ」)21歳で作曲家としてデビューし、「人形劇団プーク」から「日本プロレタリア音楽(家)同盟」(PM)の活動を経て、劇作家・久保栄(僕は若い頃に宇野重吉主演の「火山灰地」を見ている)との運命的な出会いをする。戦時下の治安維持法体制下の度重なる弾圧・検束・検挙に抗して、ふたりの闘いは続けられる。そして、隆子は病との闘いにも打ち克ち、敗戦後、作曲家として奇跡的な復活をとげるが、再度重い病気にかかり、46歳で亡くなった。隆子の死から2年後、久保栄は入院中の病院で縊死した。57歳だった。隆子には与謝野晶子の詩をもとにした未完のオペラ「君死にたもうことなかれ」がある。著者は「エピローグ」で次のように結ぶ。「吉田隆子を訪ねる旅をはじめて1年。日本の戦後は一段と危機に陥り、切岸にまで追い詰められている。未完の作曲家・吉田隆子がこのオペラに託した思い――<私>が味わった時代に戻してはならないという念い――を叶えるのは、現代の音楽家の協力による完成――上演ではないか。それが、墓碑銘に名もなき吉田隆子を社会的に記憶することではないか。」(「エピローグ」)もし、このような機会があったら、ぜひその演奏を聴きに行きたいと思った。なお、「未完の戦時下抵抗」の吉田隆子以外の部分は『未完の戦時下抵抗/屈せざる人びとの軌跡』(岩波書店)として出版された。

2)『未完の戦時下抵抗/屈せざる人びとの軌跡』



 田中伸尚著『未完の戦時下抵抗/屈せざる人々の軌跡』(岩波書店)を読んだ。「世界」連載中に読んだのだが、こうして本になって読むと、戦時下の抵抗の多様な相貌が惻惻と迫ってきて、実に中味が深いと感じた。雑誌論文が反戦主義を鼓吹したとして治安維持法違反で逮捕され、獄中で権力犯罪の「横浜事件」に連座させられた細川嘉六。無教会主義のキリスト教者として学校を創設し、敗戦末期、反戦言論などで逮捕された鈴木弼美。彼は戦後は弁護士なしで(私にはこの訴訟の経験があるのでその苦労がよく分かった。)自衛隊違憲訴訟を闘うも敗訴。同じく無教会主義のキリスト徒として、北海道で農民伝導に従事し、反戦言動で逮捕されるも、大審院で逆転無罪判決を獲得した浅見仙作。真宗大谷派の僧侶で真宗の教義に基づく発言を反戦発言とされて、逮捕され有罪となった竹中彰元。農民運動から共産党入党後に逮捕され、「偽装転向」で釈放、南多摩地区で全国初の農村図書館を創設、その後、兄らの弾圧事件に連座し、有罪とされた浪江虔。彼は戦後、農村図書館を再開し、自治権運動を続けた。読み進めるうちに、治安維持法体制下、自由な言論が圧殺され、拷問による死の恐怖に曝されるなかで、叡智をしぼり、さまざまな闘いの工夫なし、苦しく厳しい抵抗を持続した人たちの姿に深い感動を覚えた。「過去と対話をし、兵戈無用とした戦後に生きたわたしたちに、今や、紛うかたなく『抵抗の時代』に入った。」(「はじめに」)と田中さんが言われるのに、「ほんとうにそうだな。」と心底思った。『未完の戦時下抵抗』の5人の抵抗者についてさらに詳しく書きます。

<細川嘉六>
横浜事件に連座した細川が日本の敗戦を予測して、治安維持法違反のでっち上げに徹底抗戦し、最終的に免訴となり、1945年9月1日に釈放された。他の横浜事件の被告6人は治安維持法違反を受け入れれば執行猶予の判決ですむという弁護士の判断に従ったため、同法違反で有罪とされてた。(執行猶予つき)この時の細川の冷徹な情勢判断には感服した。ただ、戦後、共産党に入党し、国会議員となった細川は、横浜事件については「沈黙」した。著者は沈黙の謎を追うが不明のままだった。このことについて、連載時も思ったのだが、細川が戦後共産党に入党し、国会議員として活動したこと、共産党の中枢にいたこと(党の拘束)と関連があるのではないかと、あらためて思った。(「後には、木村ら事件に連座した入党者の多くは、さまざまな理由で党を離れていくのだが。」P66)
<鈴木弼美>
キリスト教に無教会主義があることは、田中さんの連載を読むまでは詳しくは知らなかった。内村鑑三を源流として、浅見仙作、矢内原忠雄、そして鈴木弼美、政池仁と続く水脈があることをこの本で知った。昨年、松山での田中さんの講演で、無教会派キリスト教徒で中国人虐殺を拒否した渡辺良三の『歌集 小さな抵抗』(岩波現代文庫)のことを知り、松山から帰った後、読んだ。今回、その渡辺良三が鈴木の事件で連座した渡辺弥一郎の息子であり、また今年の4月の亡くなられたと知り、深く感銘を受けた。
<浅見仙作>
75歳の高齢で治安維持法違反で逮捕、起訴された浅見仙作は徹底的抗戦をし、有罪判決後、大審院へ上告、東京空襲下の上告審で無罪の逆転判決を勝ち取った。戦時下の治安維

持法違反の上告審で「逆転無罪」判決を取ったのは前例がないとのことだ。戦時下のキリスト教者の抵抗についてもっと知りたいと思った。(当時の裁判長は戦後に「浅見翁は(中略)おのずから使徒パウロの風貌を連想した。」と回想している。P185)
<竹中彰元>
真宗大谷派の僧侶であった竹中彰元が浄土真宗の教義の兵戈無用の原則に従い戦争批判を行い、逮捕、起訴された。しかし、時代は宗教界が戦時体制に協力し、雪崩のように転向していた。浄土真宗大谷派もその例にもれなかった。高齢の竹中は予審審理で事実を全面的に認め、屈服せざるを得なかった。竹中は戦後に78歳の生涯を終えた。誠実に宗教の原理を実践したが、戦時体制のなかで屈服させられた。その孤独は想像するにあまりある。(「老いた僧の彰元の苦闘ぶりの方が印象的である。(中略)けれどもいかに謝罪し、反省しようとも、彰元が日中戦争の開始直後に、『戦争は罪悪である』『戦争は彼我の命を損なう』と発言したのは、紛れもない事実だった。」P235)
<浪江虔>
「偽装転向」後、農村図書館を再開、自治権運動の推進という浪江虔の意識的でエネルギッシュな行動に感服した。ただ、「偽装転向」は心身ともに人間を深く傷つけることを田中さんが展開されている点が心に強く残った。(「心の闇」P304~309)また、最後のところでおつれあいの八重子さんの遺稿がリープクネヒトに触れたもので、原稿のタイトルが「ひざまづいて生きるよりも」であったことは「偽装転向」の重さを逆証すると思った。関連して浪江との交流で山代邑が出てくるが、『囚われの女たち』(全10巻、径書房)を持っているので、読まなければと思った。また、『浪江虔・八重子往復書簡』(ポット出版)が出版されている。 

3)『行動する預言者・崔昌華/ある在日韓国人牧師の生涯』



 田中伸尚著『行動する預言者・崔昌華/ある在日韓国人牧師の生涯』(岩波書店)を読んだ。実に読み応えのある本だった。
「一九九五年二月八日午前一一時三四分、行動する預言者・崔昌華が六四年の生涯を終えた。戦後五〇年で大揺れする日本の地で。/崔昌華は、一六歳のときに朝鮮半島の北から越南し、済州島を経て渡日して四〇年、東アジアの現代史をジェットコースターに乗ったように疾走した。限界ぎりぎりの細い境界線を在日同胞の人権獲得のため、それが日本のためにもなると信じて闘い続けた牧師・崔昌華」(P348)
 読み終わって、強く感じたのは次のことだった。私がこれまで知りあった在日韓国人・朝鮮人は戦前・戦中に渡日した一世ではなく、日本で育った二世・三世であり(三世は教師として関わった生徒でもあった)、崔昌華のように戦後すぐの北朝鮮からのエクソダス、朝鮮戦争、済州島4・3事件を経ての渡日、そして日本での朝鮮人の人権獲得のための闘いを生涯続けるという人生は田中さんのノンフィクションではじめて知った。全編を通じて、崔牧師の圧倒的な行動力への驚きとそのような行動の原動力はどこから生まれたのかを考えさせられながら読んだ。田中さんが最後に「エピローグ」で述べられている「煙の如く済州島から消えて行った中学校教師。崔昌華って果たして何者か?」という問いは明らかにならなかったが、もしかして済州島4・3事件に「その地獄」を見たことが戦後の崔牧師の行動の何かにつながっているのかも知れないと思った。
 この本で一番強く感動ををしたのは、崔昌華のもっとも重要な闘いである指紋押捺拒否と裁判の章であった。末娘さんの善恵さんの押捺拒否から始まり、長女の善愛さんの拒否と続き、家族ぐるみの闘いとなる。そのなかで善愛さんがアメリカへの留学の際に再入国不許可処分になり、その処分取消裁判になる。その一審での最終陳述の「日本は私が最も愛し、なつかしく思う国です・・日本が私を追放しても、私は最後まで愛し続けます。」(P322)という箇所で、彼女をこのように苛酷な状況に追いこんだ日本国家に強く怒りを覚えたし、彼女の心情に心を深く打たれた。善愛さんとは北九州の「君が代」不起立処分の「ココロ裁判」でお会いしているし、大阪の講演でもお話を聞いているので、余計に強く印象に残った言葉だった。日本で育った善愛さんの立ち位置の多義性、固有性に思いを馳せながら、私がかって教えた在日韓国人の三世の生徒の言葉と姿を思い起こしていた。
 戦争のできる国の方向にますます向かい、ヘイトスピーチ等の排外主義が強まる日本の現在、この本によって崔昌華の生涯とその思想・行動を読み取ることで抵抗の原動力を得ることができた。崔善愛さんの『父とショパン』(影書房)『「自分の国」を問いつづけて』(岩波ブックレット)を持っているはずなので、探してみようと思っている。 

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