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「拉致」を巡って 太田昌国・蓮池透の著作から



 

 

1)『「拉致」異論/日朝関係をどう考えるか』

太田昌国

 太田昌国著『「拉致」異論/日朝関係をどう考えるか』(河出文庫)を再読した。この本は2003年出版された『「拉致」異論/あふれ出る「日本人の物語」から離れて』(太田出版)が文庫本化されたものである。(一部、新稿で改訂されている。)その当時太田さんにいただいて読んでいたのだが、最近、太田さんの講演を久しぶりに聞いたことと太田さんの新刊本『極私的60年代追憶/精神のリレーのために』(インパクト出版会)を読んだことがあり、再読した。再読のもう一つの理由は、今年の秋に私が関係する教科書問題の市民団体で、長年「拉致」問題を取り組んでこられた蓮池透さんの講演を予定していることがあったからだ。この本は、2002年9月の小泉訪朝と「平壌宣言」以降の日本の排外主義的ナショナリズムの騒乱状態に抗し、また厳しい自己内省でこれまでの日朝関係史と社会運動を批判的にとらえ返したものだ。また、その後の蓮池透さんとの討論『「拉致」対論』(太田出版)に向かう対話への姿勢が感じられるものだった。今後、安倍政権による第二の「平壌宣言」(小泉劇場の再演)の可能性のある現在にとって再読する価値のあるものだ。以下、この本の書かれた問題意識を引用する。
「拉致問題への発言を続けなければならないと私が心に決めたとき、対峙すべき相手は三方向にある、と考えた。ひとつは、拉致事件を生み出した北朝鮮の支配体制に対する批判である。ふたつめは、自らの歴史的過去に向き合うことなく、北朝鮮が犯した拉致犯罪のみに凝縮させてしまう、日本ナショナリズムの悪扇動に対する批判である。三つめは、「北朝鮮」なるものが孕む諸問題に対して無自覚・無批判であった(自らを含めた)日本の左翼・進歩派に関わる批判である。いきおい、他者に対する批判が先行する。それだけに、他人の非を言いつのるだけに終るのではない、自己内対話が必要だ。」(文庫版のための増補、226ページ)

<目次>
第1章 日朝関係政治精神/拉致問題に寄せて(2003年5月)
第2章 あふれ出る「日本人の物語」から離れて(2002年10月~2003年5月)
第3章 文庫版のための増補
あとがき
文庫版へのあとがき
解説 本橋哲也 

2)『拉致対論』

蓮池透・太田昌国

 蓮池透・太田昌国著『拉致対論』(太田出版、2009年)を再読した。『「拉致」異論』(太田出版、2003年)を出されてた太田さんと拉致被害者家族会の元事務局長であった蓮池さんとの対論である。北朝鮮による拉致問題の経過とお二人の歩みと思考のあとを振り返り、拉致問題の停滞する現状のその打開の方向を探る、実に感銘の深い対話と討論が展開される。2009年当時読んだ時と再読した今、拉致問題を排外主義的でセンセーショナルな方向でない、拉致被害者を実質的に取り戻せる方向での蓮池さんの真摯な行動と思考にあらためて感動した。また、弟の透さんが拉致された北朝鮮ので24年間の生活の中で「ものごとを複眼的に見ることができる希有な存在」で「常に論理的に思考する人間」(蓮池透さんの言葉)として主体的に生きてこられたこと、その弟さんへの兄としての暖かく深い愛情があふれた視線にも強い感銘を受けた。現在はこの対論が出された時期より酷い政治・社会状況にあり、「集団自衛権の容認」・教育委員会制度の改悪等安倍政権の諸施策が進行し、時代は悪い方向に転換してきているが、このような時代のなかでお二人の「拉致対論」を読み直す意義が大いにあると思った。

<目次>
第1章 対話を通した意見の変化と認識の深化
第2章 拉致問題の起源と停滞する現状
第3章 経済制裁は悪しき袋小路。交渉へ!
第4章 二人の対話から国境を越えた対話へ
エピローグ
あとがき 

3)『拉致/左右の垣根を超えた闘いへ』

蓮池透

 蓮池透著『拉致/左右の垣根を超えた闘いへ』(かもがわ出版)を読んだ。先に紹介した『拉致対論』(太田出版)の少し前に書かれた本で、蓮池さんの苦闘と思索のあとがよく出ていると感じた。まず最初は、日本政府の四つの失態として、次の4点をあげられる。この渦中でさぞかし歯噛みする思いだったろう。
1)日朝平壌宣言は国交正常化を行うために拉致問題の幕引きをはかるものとなったこと。
2)被害者5人の「一時帰国」をめぐって、被害者の人権がないがしろにされたこと。
3)家族の帰国をめぐって、家族の会が好機をつぶしてしまったこと。
4)めぐみさんの「遺骨」をめぐっての世論の反応はすざましく、日朝交渉を進める雰囲気はなくなったこと。
 続けて、北朝鮮を動かし、拉致問題を進展させるためには、制裁路線の見直しが必要であること、また植民地問題と向き合って行かねばならないことを真摯に考えていかれる。最後に、拉致問題の運動は、被害者を救出するという1点で一致した、左右の垣根を超えて連帯するものでなければならないと訴えられる。そのためには物事を「複眼的」に見ることが必要であると説かれ、家族会のあり方についても内部的批判をされる。実に説得力のある本だった。秋にお会いできることを楽しみにしたい。
<目次>
はじめに
第1章 日本政府の四つの失態/北朝鮮をかたくなにさせたもの
第2章 北朝鮮をどう動かすか/植民地支配の問題と向き合って
第3章 日本の運動をどうするか/左も右も被害者救出で連帯を
あとがき
資料1 日中平壌宣言
  2 拉致問題年表

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