読む・視る

中澤晶子さんの児童文学作品を読む

松岡 勲


 

 

1)『あしたは晴れた空の下で/ぼくたちのチェルノブイリ』

 中澤晶子著(小谷ゆき子:絵)『あしたは晴れた空の下で/ぼくたちのチェルノブイリ』(汐文社)を読んだ。中澤さんには28年ぶりに再会した広島の被爆者・佐伯敏子さんの所在を探していただくのに大変お世話になった。感謝にたえない。この機会に以前から読みたいと思っていた中澤さんのご著書をご本人を通じて直送していただいた。最初に読みたいと思っていたのはチェルノブイリ原発事故を描いたこの本だった。この本は3・11東北大震災での福島原発事故後に改装版として再版されたものだ。私はこの本を友人から借りて読んだとばっかり思っていたが、読み始めて、読んでいないことに気がついた。読書記録を繰ってみると、ドイツのグードルン・パウゼヴァング著『みえない雲』と勘ちがいしていたことが分かった。1986年4月26日に起こったチェルノブイリ原発事故による放射能汚染が世界に広がっていく。ドイツに住むギムナジウム2年生(日本の小学校6年生にあたる)の日本人少年・トオルとその家族を中心にギムナジウムの同級生がその恐怖に襲われ、悩み、放射能汚染について考えるなかで、便利さにみを追い求め、電力を湯水のように使う消費文明を問い返していく。その描写の深さに感銘を受けた。とくにトオルと(父親が北海のそばに原子力発電所で働く)少女ブリギッテとの駅での別れの場面は秀逸だ。「私のこと、私の父のこと、危ない所で働いている人たちのこと、あなただけは忘れないでね。私も、あなたのこと、忘れない。赤ちゃんがぶじに生まれるように、お祈りするわ、必ず、ね。」原発事故の恐怖におののく被害者の側にのみ視点をおくのではなく、原発のなかで働く、向こう側のひとびとも同じ視野に置く、その視線に感銘を受けた。そして、最後にトオルの弟「望」の誕生に未来を託す視点にも。この本を3・11後に再版されたときに読んでおけばよかったと思った。

2)『デルフトブルーを追って』

 中澤晶子著(北山斗志:絵)『デルフトブルーを追って』(国土社)を読んだ。広島県の姫谷焼とオランダのデルフト焼とを結ぶ、現代の少年(父母を自動車事故で亡くした)ヒカルとオランダのデルフトに住むイアン、そして江戸時代(1600年代の中頃)の姫谷の(有田皿山から逃れてきた)居安と村長の息子光太郎とを結ぶ時空を超えた歴史物語であった。私は高校時代からの歴史好きで、この時代の長崎の出島を描いた絵師・川原慶賀の絵の展覧会をよく見に行ったりしたものだった。そんな訳で、この物語の青いアサガオの姫谷焼の絵皿が結ぶ人物たちの世界に引きこまれていった。まだ、中澤さんの本を全部読んでいないが、一番好きな本になりそうな予感がする。中澤さんは次作に歴史物語を準備中と人づてに聞く。出版を楽しみに待とう。

3)『幻燈サーカス』

 中澤晶子著(ささめやゆき:絵)『幻燈サーカス』(BL出版)を読んだ。中澤さんに送っていただいた7冊の本のなかで最初に私の目に飛びこんだのはこの絵本だった。あのサーカスの世界だ。中澤さんの詩にささめやゆきさんのガラスに直接アクリル絵具で描く「ガラス絵」という画法で描かれたあざやかな絵。僕の子ども時代はまずしい戦争直後だったので、そう何度もサーカスを見につれてもらった訳ではないが、それでも母は1、2度は「木下サーカス」に連れていってくれた。あのなつかしい光景。サーカスのちんどん屋の宣伝の後についていってはならぬと言われても(「子とり」にあうと)、その列に連なった思い出。子どもができて、親としてサーカスに自分の子どもを連れていったときも心は子どもだった。フェリーニなどの映画でサーカスの場面が出てくると心が躍った記憶と結びつく、とっても楽しい絵本だ。

4)『あした月夜の庭で』

 中澤晶子著(ささめやゆき:絵)『あした月夜の庭で』(国土社)を読んだ。小学校5年生の真名子はふとしたことがきっかけで老人たちが住むアパートに出入りし、知り合いになっていく。そこで起こったできごとがある種幻想的でまたリアルである。真名子は父と母が離婚し、母に育てられていて心にさびしさを抱く子である。クラスで対立する子どもにナオミがいる。容姿も育ち(家庭環境)も好対照のふたりは対立しながら、引き合うなにかがある。それが後半で明らかになる。ナオミの父は日本人とアメリカ人の混血で、亡くなった母は日本人である。この物語の背後には日系アメリカ人の歴史があった。私はボリビアの日系居住地を訪ねたことがあり、また、第二次世界大戦中に日系アメリカ人が強制収容所に拘置された歴史に関心があったので、思わず物語の世界に引き寄せられた。その最後の場面で、ナオミの父と分かれたままだったその父(ナオミの祖父)が再会するのだが、私はそこで滂沱の涙を流していた。中澤さんの本を読み進めるなかで一番好きな本になった。

(追記)最後の場面は実はアパートの庭で開かれた「サーカス」なのです。「それは夢のような時間だった。気がつくと、中庭はサーカスの舞台になっていた。月の光で、張られたロープがぬれたみたいに見える。月のスポットライトに照らされて、ロープの上を一輪車に乗った高太郎さんがわたっていく。あたしは、まばたきもできずに、舞台を見つめて動けない。不思議な夜だった。アパートメント中が息をふき返していた。」このところがほれぼれとするのです。 

5)『エレファント・タイム』

 中澤晶子著(ささめやゆき:絵)『エレファント・タイム』(偕成社)を読んだ。おじちゃんちの古い酒蔵(今は酒づくり資料館)を父と子が訪ねる。そして、父は子ども時分の「ぼく」(拓也)にもどり、酒蔵と柿守家の住居のあるおじいちゃんちに出かける。そこでひろい家を探検し、現在は使われていない酒蔵に入り、ぼろぼろの革カバンのなかに古い写真を見つける。それは男の子が3人、女の子がひとり、そして子どもたちのまんなかには、「ゾウ」が写っていた。ふしぎな写真だった。そして、もう一度訪ねたとき、2階への階段を見つける。2階には窓いっぱいの博物図鑑がステンドグラスに描かれていた。そして、そのなかにゾウがいた。ぞうの影に足をいれたら、「タイムスリップ」・・・そこは55年前の柿守家。拓也は「敏直」となり、親戚の家である柿守家にあずけられていて、その家の次男坊が「祐輔」で、実はその子は現在のおじいちゃん。・・・そして、物語は行きつもどりつの「タイムスリップ」となる。このあたりの幻想的な展開が大変おもしろかった。また、その時代は戦時中の「特高警察」の時代で主人公たちは危機に巻きこまれる。幻想的な物語の背後に社会的な事柄を配置する絶妙の語り口に魅了された。最後まで一気に読んだ本だった。

6)『ジグソー・ステーション』

 中澤晶子著(ささめやゆき:絵)『ジグソー・ステーション』(汐文社)を読んだ。レンガ造りの大きな駅(前の東京駅のようだ)が舞台のこの物語の主人公は真名子、小学校4年生(おっと『あした月夜の庭』の真名子の1年前の姿ではないか)は駅舎のなかを彷徨う。そこで出会うのは駅をすみかとするホームレスの「支店長」と呼ばれる半分白髪のおじさんや糸次郎さん、駅のコンビニの店員マコト君たちで、大きな天井のあるドーム下で行われるコンサートでバイオリンを奏でる銀色の髪の外国人老女、そして忙しく雑踏を行き来する沢山の通行人たち。白い猫に誘われて、真名子は鉄の扉をくぐり、ドームの天井裏にある戦時中の戦災の跡を刻んだ壁の向こう側の世界にタイムスリップする。そこで少年に出会う。その少年は46、7年前のおじさんの弟。戦時下にバイオリンを習う少年とその先生であるイギリス人女性との物語がからむ。大切なものが次々と失われていく時代だった。中澤さんは「駅は大きな『はめ絵』です。駅を行き来する数えきれない人々のひとりひとりの物語が、ジグソーパズルの小さなピース。それはたとえば真名子の、あなたの、そしてわたしのーー。このパズルにすてきな絵を描いたのは、さまざまな駅を風のように駆け抜けた旅の絵師、ささめやゆき氏。」(表紙カバー裏)と書く。実に魅惑的な世界だった。なぜかフランス映画の「サブウエイ」(リュック・ベッソン)を思い起こした。

7)『こすもすベーカリー物語』(日本児童文学者協会編)

 中澤晶子さんから送ってもらった最後の本だ。日本児童文学者協会編(松本春野:絵)『こすもすベーカリー物語』(新日本出版社)を読んだ。2003年秋に日本児童文学者協会が日本政府の自衛隊イラク派遣に反対し、その反対の姿勢を具体的作品で示そうとして、「新しい戦争児童文学」委員会を発足させて生まれた作品のアンソロジーである。まず最初に読んだのが、中澤さんの「森口朝子の手紙」だ。母が病気で入院した北條朝子に戦時中の森口朝子(未来の料理研究家)が南方戦線にいる父に宛てた手紙が届く。その戦時中のレシピで母のために料理を作る朝子。その手紙は8月5日で途切れる。その他にダウン症の弟が生まれ、そこからおじいさんの弟が戦時中にダウン症で生まれ、亡くなったという話につながっていく表題の『こすもすベーカリー物語』(岡田なおこ)、戦時中の少女ふたりの物語と初潮体験とをからめた、これは女性だから描ける作品と感動させられた『ハーモニカ』(松浦信子)、沖縄の辺野古での基地反対を描いた『ひぃおばぁとジュゴン』(詩雨ゆず)、内戦と少年の悲劇を描いた『ビスケットと少年』(坂本のこ)、中国での戦争責任をとらえかえし戦争体験の継承を描いた『ひいじいちゃんの戦争』(砂田弘)他3編。非常に豊かな戦争児童文学だった。なお、中澤さんに教えていただいたのだが、中澤さんの作品には『1983年 熱い秋のノート』、『眠らぬ森の子どもたち』、『白ネコ横丁 冬ものがたり』、『テントの旅人』があるとのことだ。検索してみたが、近くの市立図書館にこれまで紹介したものもふくめて全てあった。これら4作品も借りて読もうと思っている。

8)『テントの旅人』

 中澤さんに教えていただいた他の4冊が近くの図書館にあったので借りてきた。図書館にはこれまで紹介したもののうち絵本『幻燈サーカス』だけがなかった。すてきな絵本なのに残念だ。サーカスを描いた絵本である中澤晶子著(ささめやゆき:絵)『テントの旅人』(汐文社)を帰りに喫茶店で読んだ。「スリルと笑いと涙、しばしの幻影・・わたしたちがサーカスに惹かれるのは、哀しいかな見世物やつくりものの中でしか、真実が見出せないからなのだ。」(ささめやゆき)サーカスはイマジネーションの世界なのだ。中澤さんの本を読んだなかで、ささめやゆきさんの絵に興味を抱いた。 





9)『白ネコ横丁 冬ものがたり』

 桜が満開だ。散歩コースの元茨木川跡の川端通りの桜並木を通り、桜の下で中澤晶子著(ささめやゆき:絵)『白ネコ横丁 冬ものがたり』(汐文社)を読む。「ぼくの名前は柳文平。物語は「ニャー」という奇妙な白ネコ時計の鳴き声から始まった。20年前にタイムススリップしたような不思議な横丁。そこで古びた駄菓子屋をやっている小柄なおばさんと出会う。そしてある日、僕はその横丁で『馬(マー)君』という中国の少年に出会った。」(表紙裏)そこで馬君の母が中国残留孤児であることと駄菓子屋のおばさんの満州引き揚げの物語がつむがれる。とてもよかった。中澤さんは「あとがき」で「何年か前に、中国を旅したことがあります。国と国、その間に横たわる歴史やひとについて考えることができた旅でした。以前に比べ、日常のくらしの中でアジアの人たちと接する機会が増えたように思うのですが、新しい隣人たちにとって、私たちの国はどんな国なのでしょうか。(中略)(国境のない大きな世界を描き出してくれる)ジョン・レノンの『イマジン』は、私の知らない大勢の『文平』と『馬君』のうたかも知れない・・そんな気がします。」と書かれる。その思いが伝わってくる物語だった。 

10)『眠らぬ森の子どもたち』

 今朝は2時半頃に起きてしまったので、中澤晶子著(ささめやゆき:絵)『眠らぬ森の子どもたち』(汐文社)を一気に読み終えた。一風変わった家族がある。僕の家族は寄せ集め。パパと僕(香)、妹(星子)、アメリカ人のパパの恋人(アルバート)、その息子で養子のインドネシア人(デニ)、その上パパと別れたママとその恋人のアフリカ系アメリカ人(ジョン)の7人だ。僕たちは今度新しい家に引っ越してきた。そして、物語はパパの隠していた一個の石(実は恐竜の化石)の「ささやき」から始まる。その先にまだ見ぬおじいちゃんとの再会と死、おじいちゃんとおばあちゃんが若かった頃の出会いとパパの出生の秘密とにつながっていく。それにママとジョンが北極近くのある集落で出会った家族の像が重ねられる。「そこね、自分の子も、他のカップルから生まれた子も、みんないっしょに、それがあたりまえのように自然な感じで暮らしてるの。(略)ゆるやかに、流れるように、血のつながっている者も、いない者も、ついたりはなれたりしながら、なんとなくまとまって生きているの。この地球の上には、そうやって暮らしているひとたちもいるのよ。」ラストに進むにつれ、多様な人格がふれあい、互いにその人柄が浸透しあう家族のあり方に深く感動した私があった。

11)『1983年 熱い秋のノート』

 今日は風が強いので、私の家から少し離れた桜堤から桜の花びらが飛んでくる。中澤晶子著(むかいながまさ:絵)『1983年 熱い秋のノート』(汐文社)を読み終えた。中澤さんの本を読み進めて来たが、その最後である。ぼく(ツトム)は父母とともに西ドイツに住む12歳の男の子で、めまいがするためパパのために病院についていく。そして、ツトムまで血液検査を受けることになる。パパは何か悩みを抱えている。パパの両親が広島で被爆したこと、パパは胎内被爆して生まれたことが徐々に明かされる。実はツトムは被爆二世だったのだ。そして、「おばあちゃん、僕は、ほんとうのことが知りたい。」と書いたツトムの手紙を広島のおばあちゃんが受け取る。そのおばあちゃんがとうとうドイツにやってくる。その頃はドイツで新型核ミサイルの配備に反対した反核運動が燎原の火のように広がった時期であった。おばあさんは反核集会で被爆直後に亡くなった夫のこと、自らの被爆体験を静かにそして力強く語っていく。その語りに私は心を打たれていった。丁度この時期(1983年前後)、私は広島の修学旅行に取り組み、被爆者に体験を語っていただくことに熱中していた。今回、中澤さんの本をまとめて読むことになったのは、その頃お世話になった広島の被爆者の佐伯敏子さんに、中澤さんのご助力で28年ぶりに再会したことにあった。中澤さんの本との出会いの最後がこの本だったことに大きな機縁を感じた。読んだ11冊の本のどれをとっても、深い充実感を味わえた。幸せな読書の時間を持てたことに感謝したい。
(2014年3月27日~4月4日) 

<中澤晶子さんの本(大阪府立図書館蔵書リスト)>
1)あした月夜の庭で(国土社)
2)あしたは晴れた空の下で ぼくたちのチェルノブイリ(汐文社)
3)エレファント・タイム(偕成社)
4)怪談図書館1 呪われた恐怖の仮面 怪談図書館編集委員会∥編(国土社)
5)怪談図書館3 死者の町行き幽霊電車(国土社)
6)怪談図書館6 死者の時間へようこそ(国土社)
7)怪談図書館11 怪奇の心霊写真ツアー(国土社)
8)幻灯サーカス(BL出版)
9)こすもすベーカリー物語 日本児童文学者協会∥編(新日本出版社)
10)白ネコ横丁冬ものがたり(汐文社)
11)ジグソーステーション(汐文社)
12)1983年 熱い秋のノート(汐文社)
13)テントの旅人(汐文社)
14)デルフトブルーを追って(国土社)
15)眠らぬ森の子どもたち(汐文社)
16)広島の童話 愛蔵版県別ふるさと童話館 日本児童文学者協会編(リブリオ出版)

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