読む・視る

戦争の歴史を遡行する。
~朝鮮戦争への「参戦」、フィリピンBC級戦犯裁判、フィリピン・中国戦体験~ 



 

 

1)『昭和二十五年 最後の戦死者』

 城内康伸著『昭和二十五年 最後の戦死者』(小学館)を読んだ。朝鮮戦争時に「日本特別掃海隊」が事実上参戦していたことは知っていたが、この本で海上保安隊の掃海部隊が朝鮮戦争の戦火のまっ只中に派遣され、死者1名、重軽傷者18名を出した詳細を知った。また、それ以外に同様に米海軍のLT日本人乗組員が触雷し、民間人乗組員22人が死亡していたと「あとがき」ではじめて知った。これらの事実は憲法9条違反になるため、長らく機密事項とされてきた。その事実に驚くとともに以下の記述に「靖国神社」が今も生きていることに強い危機感を感じた。その内容は次の通りである。掃海中の死者の遺族は靖国神社に合祀を2度求めてきたが、「朝鮮戦争に関係の死没者は合祀の対象に含まれておりません」と拒否され、その兄は「日本は中国なんかと尖閣諸島の問題を抱えている。やがて戦闘行為が起きるか知れません。その時、三度目の申請をしたいと考えていますねん。(中略)合祀して弟の冥福を祈ることが、兄としての供養だと思うてますねん。」と言っている。安倍首相の靖国神社参拝があった状況と重ねて、あらためて1950年代の「戦死者」の存在に関心を持った。なお、この本は小学館ノンフィクション大賞受賞作品。



2)『フィリピンBC級戦犯裁判』(永井均)

 永井均著『フィリピンBC級戦犯裁判』(講談社選書メチエ)を読んだ。戦後、フィリピン政府が日本のBC級戦犯をどのように裁いたか、アメリカ・フィリピン・日本の資料と当事者からの証言を丁寧にかつ徹底に収集、分析する。戦時中の日本の戦争犯罪の記憶が鮮明に残るフィリピン国民の激しい怒りのなかで、当時のキリノ大統領が日本とフィリピンのあらたな関係を構築するために(ご自身が家族を日本軍に虐殺されたという痛苦の体験を持ちながらも)、どのように戦犯の恩赦決定にいたったか、その過程をアメリカ・フィリピン・日本の相互の関係を浮き彫りにしながら叙述し、読み応えのある本だった。私は1985年にマニラのスラムとマニラ近郊の漁村にホームステイするツアーに参加しているのだが、その時、「日本の自衛隊がフィリピンに攻めてくる悪夢を見る」と住民から聞いたことがあるのだが、その時は一般的な危機感としてしか受けとめられなかった。しかし、今は『レイテ戦記』や『戦艦武蔵の最後』などを読み、また、フィリピン戦の体験者の話を聞いた後なので、この本の世界が実に生々しいものとして私の心を打った。



3)『戦争とたたかう/憲法学者・久田栄正のルソン戦体験』(水島朝穂)

 水島朝穂著『戦争とたたかう/憲法学者・久田栄正のルソン戦体験』(岩波現代文庫)を読んだ。この本は憲法学者・久田栄正氏の第二次世界大戦中のルソン戦体験を札幌学院大学で元同僚だった水島朝穂氏が聞き取りをし、関連する膨大な資料にあたり、また多くの生存者の証言とも照らし合わせながら構成したもの(現代評論社1987年刊)の文庫本化である。久田氏は旧制四高時代、京大時代と反軍国主義的な思想を持ち、就職後短期間で召集され、見習士官を経て陸軍主計少尉として任官後、1944年夏に満州からルソン島への派遣命令が下される。米軍上陸後、圧倒的攻勢のなかで飢えと病で兵士たちは次々と倒れていく苛酷な戦場で久保氏は生きのびた。そして、その戦場体験を戦後に「平和的生存権」を中核にした憲法思想として生かしていく。その思想は戦争体験を原点にして深められたものであった。聞き取りをされた水島氏は戦後派の世代(「戦争を知らない子供たち」の世代)であり、戦争との出会いは「ベトナム戦争」であったと「プロローグ」に書かれている。私は水島氏より9歳上の世代で、「父親が戦死している」最後の世代である。私より若い世代の水島氏がこのように真摯ですぐれた戦争体験の聞き取りと歴史的検証をされていることに大きな感動を覚えた。私も父親の戦死と関わって「戦争の記憶」にこだわってきたが、さらにそれを深めようという気にさせてもらった本だった。なお、新刊書の水島朝穂著『はじめての憲法教室』(集英社新書)が出ているので、読んでみようと思っている。



4)『歌集・小さな抵抗/殺戮を拒んだ日本兵』(渡部良三)

 渡部良三著『歌集・小さな抵抗/殺戮を拒んだ日本兵』(岩波現代文庫)を読んだ。第二次世界大戦中の中国・河北省の駐屯部隊に配属された著者は、新兵に行われた中国人捕虜を銃剣で突くという刺突訓練を命じられ、逡巡のなかでキリスト者として虐殺を拒否した。そのためにその後悲惨なリンチを受け続けたが、その一部始終を含め戦場で日本軍の侵略の実像を約700首の歌に詠み、復員時に歌のメモを服に縫いこみ密かに持ち帰った。その歌を定年後に歌集に編み、自家出版したものをさらに講演記録とともに文庫化された本である。大変胸打たれる歌が続く本だ。著者のお父さんの渡部弥一郎氏は内村鑑三の教えを継ぐ無協会派キリスト教徒で、戦時中の治安維持法体制下で弾圧・投獄された鈴木弼美らのグループに属し(「世界」に連載された田中伸尚「未完の戦時下抵抗」シリーズに詳しい。)、その父の教えが著者の行動の原点にあることが分かる。この本を読んで、私の父は中国戦線に2度応召させられていて、新兵であった時と古参兵であった時があるが、このような捕虜虐殺の加害者(新兵の場合と古参兵の場合の両方で)であっただろうと想像すると恐ろしくなる。著者の詠まれた歌から「生きのびよ獣にならず生きて帰れこの酷きこと言い伝うべく」という思いを受けとめていきたい。



5)『初めて人を殺す/老日本兵の戦争論』(井上俊夫)

 井上俊夫著『初めて人を殺す/老日本兵の戦争論』(井上俊夫)を読んだ。昨年近所の本屋で岩波現代文庫の棚を見ていて、この本を見つけた。著者の「井上俊夫」に記憶があった。昔、水問題に関心があったとき、その著者『わが淀川』(草思社)が大変印象深かったからだ。また、そのタイトル「初めて人を殺す」が強烈に私の心をとらえたからだ。この本は、中国戦線で捕虜刺殺訓練をさせられた当時の記憶を再現させた「はじめて人を殺す」を中心に天皇の戦争責任を告発する「英霊の声」、戦死した友の眠る故郷の墓地での回想、戦後戦友と再会したなかで語られる老日本兵の戦争批判、8月15日の靖国神社のルポ、半世紀近くたって参加した戦友会の内幕等軍隊、戦争そのものを問う文章が綴られている。著者は捕虜虐殺を現在の視点から批判するのではなく、当時その事実をどう感じたのかをそのまま正直に書くことによって、その加害者性を浮き彫りにし、そのなかに戦争批判の決意をこめている。「俺もとうとう人殺しの経験を積んでしまったよ。こうして俺は苦労すればするほど、一人前の男になっていくんだ。」(「はじめて人を殺す」の末尾)と。読んでいて、著者が従軍された場所(湖北省)が私の父の戦没地と重なる所があるので、もし生存されていたら連絡を取りたいと思い、インターネットで調べたが、2008年の10月に86歳で亡くなられていた。大変残念だった。
 『歌集・小さな抵抗』と『はじめて人を殺す』を読み、その中で陸軍内務班の酷い実態が心に迫ってきたので、以前から課題と感じている大西巨人著『神聖喜劇』を読む時期かなと思った。
(2014・2・1) 

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