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(書評)『大逆事件/死と生の群像』(田中伸尚)


 

 

 田中伸尚著『大逆事件/死と生の群像』(岩波書店)を読みあげた。雑誌「世界」連載時、毎号発売を心待ちにして、読み続けたが、今度、本にされるにあたって大幅な加筆修正がなされた。日本が植民地帝国化するなかで、天皇制国家が生み出した社会主義・無政府主義に対する最大の思想弾圧事件「大逆事件」から100年の時を経てその全体像を、まさに「死と生の群像」としてつづられた大作である。本はその国家犯罪の発端から説き起こす。1911年、幸徳秋水以下24人に死刑判決(うち12人が恩赦により無期刑に減刑)、他2名に有期刑が言い渡され、死刑判決と決まった12人は1週間以内に処刑された。また、有期刑、無期刑者からは高木顕明の獄中での自殺をはじめ、多くの自殺者、獄死者を出している。その悲惨な事実を読むにつけ、それぞれの被害者と遺族の痛苦な思いが、著者の執拗な文献探索と聞き取りで明らかにされ、国家的冤罪事件の全貌が明らかになる。その一例として、熊本県で事件に連座した松尾卯一太の妻・静枝は大阪医科大学病院でひっそりと亡くなっているが、田中さんの依頼でその病院の所在地を調べてみると(私立の大阪医科大学は当時はまだ発足していず)現在の大阪大学医学部付属病院だった。その息子は、軍属として「満州」に渡り、30歳の若さで病死したと本書にあり、一家の離散の実態は悲惨極まりない。後半の圧巻は、戦後、事件被害者で唯一生き残った坂本清馬とその支援者による再審請求の闘いである。しかし、司法はその再審請求を明治「大逆事件」の論理の枠内で処理し、棄却する。なんとも酷薄な「国家の論理」である。著者は最後に「明治『大逆事件』は、世紀の舞台は回っても幕は下りず、未決のまま生きてあり続ける。」と結ぶ。田中さんの本がなければ、「大逆事件」のもつ意味、全体像をつかむことなく通りすごしていただろうと思った。友人たちにぜひ薦めたい本だ。

<目次>
プロローグ 凍土の下
1 かなしき「テロリスト」
2 縊られる思想
3 海とさだめししづく
4 死者たちの声
5 謀反論−慰問
6 宿命
7 抵抗
8 宗教と国家
9 傷痕
10 いごっそう
11 再審請求
12 攻防
13 疑惑
エピローグ 希望
あとがき 

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