学校訪問

自由な学校とは?
フレネ学校(フランス)/エスティル校(スペイン)


 

 

松 岡  勲 「毎日新聞・大阪版」(1985・5・16~18)

丘の上の「自由」

 フランス南部、二ースに近い古城の町、バンスにフレネ学校はあります。山に抱かれ、緑の木立に囲まれた丘の上にあり、門も塀もチャイムもなく、校舎は平屋か2階建てのアトリエ風。3歳から13歳までの子供が年齢別に3つの学級に分けられていました。学級定数は20から25人程度(欧州ではこれが標準規模)で、日本の45人学級とは大違いです。教室もとてもカラフルで、静かでゆったりとした時間が流れていました。

 まず印象的だったのは「教育の白由」の考え方の違いでした。そこでは個別学習が中心で、子供たちがそれぞれ全く別のことをやっている姿には驚きました。絵を描いている子、算数のカードで勉強している子、学級新聞の原稿を書く子、参考書で調ぺている子、活字を組んだり、印刷している子・・・。それも無計画どころか、子供たちはみんな2週間分の計画を組んでいるのです。学習がすむと、子供が自已評価し、次の段階に進むのです。日本でいう「教育の自由」は、いわぱ「教師の手の中の自由」で、フレネのそれは「子供にとっての自由」ではないか、と感じました。

 また、子供たちの興味をもとに調べてまとめる「自由作文」の時間では、発表する子も、質問する子もとても活発に発言し、生き生きしています。この時、教師は決して前にしゃしゃり出ず、ポイントを押さえた助言をするだけ。その助言に徹することは教師にとって大変な力を要します。日本の教師は子供に対して押しまくりがちで、これは自信のなさの表れかもしれません。

 私たちは子供たちから鋭い質間を受けました。「フランスより日本が優れてるものは」「日本の伝統文化は」。その好奇心と思考力に、たじたじとしました。
 ここは、私立の学校。子供達は近くの農村地帯からではなく、ニース付近から数家族がグループになり、車で一時間ほどかかって通っています。親は医者、弁護士、芸術家が多く、階層としては中産階級の上クラス。授業料も結構高い。丘の上の自由学校は、“余裕のある人の自由”の世界なのだろうか、とふと思いました。フランスのフレネ派の教師は公立学校に約1万人もいるといわれていますが、今度は、公立学校の中で自由な学校空間を作っている教師を訪ねてみたい、と考えています。

子供の「個」を尊重

 「スペイン人の考え方をよく“亀の歩み”といいますよ」。スペイン東部の都市、バルセロナで会った日本人の若手の彫刻家、外尾悦郎さんがこう教えてくれました。あのイソップ寓話で亀がゆっくりと、しかも休まずに歩むように、スペインの人々にとって「人を生きるとは、その時間の中でしっかりと掻き傷を残していくことだ」というのです。8年前、スペインに来て、百年かかっていまなお建築中の聖家族教会の彫刻に携わっている外尾さん。晴れやかな笑顔で「この教会の完成まであと五百年はかかる。私たちの世代で何を残せるか、考えて彫っています」と言ってのけたのです。

 その聖家族教会の尖塔を見おろせる高台に、フレネ教育の影響を受けたエスティル校がありました。ビルの谷問に隠れ、見つけるのが大変で、ビルの壁にあった「私たちは公立への移管を要求している」とのスローガンの張り紙でやっと探しあてました。2階建ての鉄筋造りの建物で、2歳から14歳まで各学年1クラスずつあり、学級定数はここも20から25人程度。屋上は砂場、遊具、飼育小屋のある低学年の遊び場で、ビルの間の狭いスペースが運動場。手狭な空間だけど、日本の校舎の寒々とした雰囲気はなく、とてもにぎやか。子供たちにもみくちゃの歓迎を受け、いかにも“町の中の学校”という感じでした。

 低学年の教室で目を引いたのが、集団で学習する机のほか数個あった個人用の机。それは集団で学習、作業をしている時、1人離れて何かをしたけれぱ自由に使える机です。また教室に台所用のミ二家具をそろえたままごと遊びの小部屋、昼寝の小部屋もありました。集団と個人の自由の間題をよく考え、子供たちの「個」を大切にする教育観がよく表れていました。

 教室内の色彩も豊かで、子供たちに自由に学習し、発表できるように印刷機などフレネの教具もありました。フランスで始まったフレネの教育について尋ねると、こんな答えが返ってきました。「フレネから多くのことを学んだ。だが、そのうえで、私たちは工夫を重ね、独自の方法で教育していますよ」。教条的にならず、柔軟で、しかも一歩々々と確かな教育を築こうとしているな、と思いました。だが、フレネ教育を日本に採り入れるとすると、どうしたらいいのでしょうか。

地域からの「自由」

 スペインのバルセロナにあるエスティル校は、教師と親たちが作りあげてきた協同体方式の私立学校です。フランコ独裁政権下の時代、カトリックによる宗教教育と管理的、抑圧的な教育が公立学校で行われたので、それに対抗して地域の親と若い教師が「新しい学校」を求めて設立したのです。現在、このような歴史をもつ協同体方式の学校は、バルセロナのあるカタルニア地方だけで80数校あり、連合組織を作って支えあっています。

 このエスティル校でも、親の代表は学校の運営に参画、その親の願いを受けて教師は教育内容に責任を持っています。フランコ時代、公立学校ではスペイン語の教育しか許可されなかったが、これらの学校ではカタラン語(カタルニア地方の言語)による教育を実施。運営は大衆的で、学費も安く抑えています。通学区域は公立学校とほぼ同じで、住民は公立も協同体方式の学校も選択できます。

 そして、いま協同体方式の学校は一斉に公立移管を求める運動を起こしています。独裁政治が終わり、カタルニア自治政府が発足したことや、生徒の中に貧しい家庭の子が多いという背景もあります。ただこの公立移管の要求運動は、教育内容、教員組織をそのままにすることを条件に掲げていることもあって、なかなか実現できません。しかし、独裁国家の傷あとを残し、民衆から見放された「公教育」を改革するため、地域の中から生まれた「自分たちの学校」を公立に移管させて、新しい息吹を注ぎ込もうという姿勢に、スペイン内戦以来の民衆の土着の抵抗精神を強く感じました。

 このようなスペインの教育運動から私たちは何を学んだらいいのか。国家による上からの「公」教育でなく、地域の親と教師が結びつき、自らの手で自由な学校を作り、下から「公」教育を目指すその姿は多くの示唆を与えてくれます。日本で公立学校の管理教育に反対して、「自由の森学園」の開設など新しい学校を求める動きがありますが、地域と結びつけていく発想はあるのでしょうか。授業料を低く抑え、大衆的で地域、生活、文化に根ざした学校づくりはどこまで進んでいるか。臨教審で盛んに「自由化」が叫ばれているが、余裕のある人だけの自由でなく、だれでも求めることのできる「教育の自由」とは何だろう。スペインでそんなことを考えました。
(注)現在、エスティル校等の共同体方式の学校は公立に移管されています。

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