学校訪問

わたしの再生のための旅 
しなやかな教師たち(イタリア)/教師たちのアジール(フランス)


 

 

松 岡  勲 「三輪車疾走」No4(1987・8・1)

なぜ自由なのか?

 今年(87年)の春休みに、村田栄一さんの企画されたイタリア・フランスの公立小学校訪間の旅に出た。実は2年前も、バンス(フランス)のフレネ学校とバルセロナ(スペイン)のエスティル校を訪ねたのだが、いずれも私立学校であった。子供たちの個性的で生き生きとした姿と学校のすばらしさに感動したのだが、制約のとても多い公立学校の場で日々仕事をしている者としては、何か満たされぬものが残った。ごく普通の学校である公立学校でも同じような事がなされているのだろうか。なんとかして公立学校の姿を見たいとの思いが、その後つのってきた。そんな時、「行ってみませんか?」と村田さんからのお誘いがあり、思い切って行ってみた。今回の訪問で、私立も公立もまったく同じで、「やれているんだなあ!」と実感できたし、今、自分のいる場でもやろうと思えぱ、できるのではないかと、勇気づけられた。

 旅を終えて以来、私の中でずうっと気になっていることがある。それは、ヨーロッパの教師がほとんどフリーハンドで仕事ができているのは、なぜかということだ。さらに、ヨーロッパの教師のライフスタイルの自由さはどこから生まれてくるのかということだ。ここでは、イタリア・フランスの子供たちのことにはふれず、出会った教師たちの姿に私がどんな刺激を受けたかにしぼって書いてみる。

しなやかな教師たち

 イタリアの学校では、日本のように教師ががなりたてることがなく、教師たちの立居振舞がとてもしなやかだった。フィレンツェで学校を去る時、「皆さん、十分楽しまれましたか?」と案内役の教師が声をかけてくれた。この言葉が自然に出る教師の世界の豊かさを感じた。あるいは、ベネチアの学校の休憩時間のことである。子供たちは校舎内の広いフロアーで嬉々として遊んでいるのだが、そのコーナーには教師たちの机があり、そこでコーヒーをわかし、手作りのケーキを食べ、教師たちは談笑している。その後、給食時間となり、食堂で私たちも子供たちと同じものをいただいたが、驚いたのは、私たちに冷えたビールを出してくれたことだ。そのビールのうまかったこと。来客とはいえ、子供たちのいる中でビールを出し、教師たちも一緒に飲む、この自由さである(勿論、ふだんは飲まないのだが)。

 この時、午前中にお世話になった教師が来られ、「これで失礼します」と、あいさつがあった。この学校は午後いっぱいまで授業をするフルタイムの学校で、学級担任は早番と遅番の二人制で、この教師はこれで仕事が終り、帰られるのだ。大多数の学校が午前中だけの読み・書き・算数中心の伝統的な教育をやっている中で、多彩な教育活動を実現しようと始まった一日制の学校を作る時、今までの労働条件をぜったいに変えない、この姿勢をつらぬいているのだ。半日の労働で、週休二日制であれば、その自由な時間を自分のためにたっぷり使え、労働力の再生産は可能だろう。それにくらべ、私たちの余裕のなさ、これはなんだろうか。このように見ていくと、子供たちの生き生きとした姿の背景には、教師たちが豊かな時間と空間とを持って生きている世界が確実に存在するのだろう。

 ヨーロッパでは、授業での制約が非常に少なく、教師の自由裁量の幅がとても広いことや、教師のラィフスタイルの自由さはどこから生まれてくるのかと、帰国後いろんな人に疑問をぶつけてみた。「それは教師だけではない。他の職種でも同じだ。ヨーロッパは個人と個人との契約にもとづいた社会であり、個人と個人との信頼関係を前提としているからだ」と、ヨーロッパにくわしい人に言われたが、なるほどと思った。とするならぱ、この構造のちがいは絶望的としかいいようがない。でも、まったく同じ地平に立つことは不可能としても、一歩一歩、制約を払いのけようとする時、ヨーロッパの教師の姿は刺激的だ。

教師たちのアジール

 パリの最後の夜は、教師たちのグループ「学校解放」のメンバー約30人との交流会であった。その交流会は彼らの溜り場でもたれた。いろいろな種類の新聞やパンフレットがあり、本の販売をする図書生協があり、スライドを写し、会議をし、そして食事ができる、そんなに大きくはないが、ステキな空間(アジールって感じ)を彼らは持っていた。

 フランスでは、昨年秋より、シラク保守政権が校長の権限の明確化と主任制の導入を意図し、彼らは主任制反対をはげしく闘ってきた。国立教員組合が動かない状況でも、彼らは全国の10パーセントの仲問と山猫ストに突入し、上部を突き上げ、ついに組合がストライキを実行するところまでもちこんだ。処分や賃金カットについてはどう考えていたのかと聞くと、「自分が闘ったのだから、その損失は自分で負う。組合に保障してもらおうなどと考えなかった」との返事がかえってきた。その闘争は結果的には敗北したのだが、彼らの朗らかで、明るい笑い声を聞いていると、職場に主任をもちこませない闘いを、これからもねぱり強く続けていくのだろうと思われた。

 その夜、聞いた印象的な言葉が二つある。日仏の教師の賃金の比較が話題の時、「いくら不景気といっても教師になる人なんてありませんよ」と若い女教師は言った。教師の仕事を絶対化しない、見きわめのよさに、さわやかさを感じた。また、「ラ・マルセイエーズは好きですか?」と日本の教師がたずねた時、「昔は革命歌だったが、今は右翼と共産党の歌です。私は歌いません」と年輩の女教師は答えた。日本での日の丸・君が代問題を想い起こし、政治的感度のよさに感嘆した。最後は、フランス語と日本語とで交互に、インターナショナルの交歓となり、彼らの何とも明るいトーンのインターに聞きほれた。この交流に手作りの料理とワインがプラスされ、心地よい夜だった。

 今回の旅は、私の再生の旅であったといえる。

読む・視る

書評・映画評・教育時評・報告を掲載します。

学校訪問

これまで管理人(松岡)が取り組んだ学校訪問・学校間交流の記録です。

旅の記憶

これまで管理人(松岡)が出かけた旅の記録です。