都立三田高校事件第七回公判
松村さん、被害者に謝罪
古澤英樹(2000・1・21)
松 村 さ ん、 被 害 者 に 謝 罪 、 弁 償、 慰 謝 料 を 払 う
第7回公判(1月21日)は、松村さんに対する検察側の反対質問、情状証人質問が行われた。まず、検察側は、松村さんが三田高校の校長机上においた爆発物について質問を始めた。鉄パイプに、大筒火薬花火10本分の火薬を粉砕し、鉛球と一緒に入れた。鉄パイプの継ぎ手(ステンレス製)に小さい穴をあけ、起爆用のリード線をさしこんだ。どの程度の威力があるかについては、火薬が炸裂しないかもしれないと思った。99年3月12日に実行したが、その前の8日から11日まで、眠れない夜が続いた。「こんな大それたことをやったもよいのか」と煩悶した。警視庁爆発物処理班のミスで爆発し、校長室が破損したことに対しては、修理代124万円を弁償した。
三田高校職員が怪我をしてはと思い、戻って校長室に入り、起爆装置を解除しょうとしたが、職員2名に押さえ込まれたので、それから脱するために、催涙スプレーを使って、職員の眼を傷つけてしまった。傷害罪で起訴されたあと、お詫びの手紙を出し、慰謝料を払った。
2月9日の教育次長宅の火薬類爆発によって家人が怪我を負ったことに対して、謝罪し、慰謝料を払い、示談が成立した。次長は、「きびしい刑は望まない」と示談書に書いた。
情状証人には、松村さんのご母堂が立たれた。息子夫婦と同居していたが、爆発物事件を息子が起こすような素振りはなかった。嫁もわからなかったが、息子は学校のことで悩み、夜眠れない日が続いていた。職員会議がなくなるかもしれない、島の高校へ強制的に転勤させられるかもしれない、教員をやめさせられるかもしれない…と不安を嫁に話していたそうだ。小学生の二人の孫は、マスコミのセンセーショナルな報道のため、学校へ行けば〈いじめ〉にあうおそれがあるので、転校させることにした。嫁の実家の近くへ、転居した。生活費は、私達(親)が送金している。夫は教員をしていたが、24年前に倒れ、以来、半身不随の生活をおくっている。息子が、刑期を終え、出所したとき、命ながらえて再会できればいいのですが…。
嫁は、対人恐怖症になって、私が訪問しても、玄関の扉を開けてくれず、可愛い孫たちにもあえません。嫁は息子へも面会に行かず、手紙も出していません。今までの安穏な生活が一変したのだから、無理もありませんが…と語った。
松 村 先 生 の 授 業 (東京地裁証拠No.8より) 広尾高校2年在学生徒
松村先生の授業は、私が今まで受けてきた授業の中でも、かなり特殊な授業でした。普通、数学の先生は、教科書の概要を黒板に書き、大事な公式などに線を引いたりします。その他には、練習問題を先生が解いたり、先生が当てた生徒に解かせたりします。この場合、教科書に書いてある内容とほぼ同じなので、板書をする必要がほとんどなかったり、書く量も多いため、先生の言うことを聞いていない事もあります。それに、先生は、特定の生徒を当てる事が多く、かたよりが出てしまいます。
松村先生の授業は、先生が指定した教科書の範囲を生徒に読ませ、公式や大事な点のみを板書し、練習問題は、一題、先生がやりかたを示して、残りを出席番号順に生徒が解いて行きます。この場合、生徒は先生の話を聞くことができ、生徒のかたよりもなくなります。
以前、私は分からない問題を松村先生に聞きに行った時、丁寧に分かるまで教えてもらいました。ある他の数学の先生に質問しに行った時、すごくせかされた事があります。せかされると、中途半端なまま、全てを理解しないうちに、理解した、と伝えなければならない気がして、生徒にとってはとても嫌な気分になります。しかし松村先生はそうではありませんでした。同じところを聞きに行っても、とても丁寧に教えてくれました。それがきっかけで、今まで松村先生の授業での私のだらけていた授業態度が改められました。
今、冷静に考えてみると、松村先生の授業は、少し厳しいものだったのかもしれません。寝ている生徒や遊んでいる生徒は話を聞いていないため、テストで点がとれず、積極的な生徒は話を聞き、先生のところに質問をしに行き、問題が解決するためにテストがいい点を取れる。
従って、大半の生徒が言っている、「松村先生の授業は分からない」というのは、先生が板書をしないからという理由からだけではなく、生徒自身も、まじめに授業を受けていないせいでもあるということです。
松村さんの数学の授業のしかたついては、毀誉褒貶相半でしたが、この生徒の授業感想文をよむと、どうして評価がわかれるのか納得させられます。
1月20日、文部省は学校教育法施行令を改定し、「職員会議」を法的につぎのように位置付けました。「校長は職員会議を主宰し、…校長の補助機関とする」。 2000年4月1日から実施すると。こういう状況の中で、どうこれまでの実質を確保していくかは、それぞれの職場の取り組みにかかっているとおもいます。東京都が文部省の意向を先取りして制度改悪し、それに敏感に反応したの
が、 松村氏の直接行動であったのではないでしょうか。。
結審は、2月23日(水)10時〜.検察側の論告求刑、弁護側最終弁論、被告最終陳述が行われます。東京地裁510法廷(地下鉄霞が関・桜田門下車、裁判所合同庁舎)。判決は3月に出されます。
「松村高太郎さんの問題を考える会」 川越市石原町1-14-11 古澤気付
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