【第五部】市民社会をつくり変える仕組についての提案

D男型社会から男女協同型社会へ

−配偶者扶養控除制度の改革をめぐって−

袖井孝子(お茶の水女子大学)


与えられた課題について、日ごろ考えていることをお話したいと思います。お断りしておきますが、私は社会学が専門で、年金

や税の専門家ではないので、あまり詳しくは議論できないと思いますが、トータルにどう考えているかという考え方をお話したい

と思います。最初にいただいたテーマは「男型社会から男女協同型社会へ−配偶者控除制度の改革をめぐって−」でしたが、

それよりももう少し広く考えたいと思いまして、37Pのレジュメに沿って進めさせていただきます。


基本的に大きな問題提起としては、社会の基礎的単位は世帯(これも男性が世帯主である世帯)であるのか個人か、という基

本的なところから考えていきたいと思います。大体大きく分けますと、所得、税の問題と社会保険の問題、それから財産の問

題、この3つが男女の協同参画型社会を目指す上でのネックになっているのではないかと思います。


まず男女間の所得格差の是正、公平性の確立ということを考えた場合、あるいは所得格差の場合世代間の格差もありますが、

一つが税金の控除で公平にしていくという考え方と、むしろ手当てで公平にしていくという考え方があります。日本の場合はどち

らかというと、税金の控除という場合が多く、配偶者控除、配偶者特別控除、老年者控除、各種の扶養控除という、つまり所得

のない人に対する税制上の控除ということをやっています。特に女性との関係で、税金における公平性の確立ということでこれ

まで行われたものとしては、一つは1952年の自営業主婦の青色申告専従者控除制があります。それまで自営業の主婦は家族

従業者という形で従属的な地位に置かれていまいた。高度経済成長期以前、50年代以前の女性の働き方としては、収入のな

い家族従業者というのが多かったわけです。日本高度産業化をとげる1960年以前には、日本の就業構造では自営業が圧倒的

多数でした。この場合、自営業の主婦というのは夫の影に隠れて自分の収入がないということになるので、一応主婦にも収入

を認めよう、自立した就業者であることを認めようということで青色申告における専従者控除制が設けられました。つまり、それ

ぞれを働いている人ということで位置づけが行われたわけです。それから1987年に、パートにおける所得逆転是正のための配

偶者特別控除が取り入られました。これはパートの収入が増えてくると税金も増えるために働くほど損をする逆転現象を直すた

めに、所得に応じて税控除をしていく、カーブをなだらかにしていくという制度ですが、共働きについてはあまり配慮がされませ

んでした。それから手当てについては、北欧ではどちらかといえば手当てで公平性を確立しているわけですが、これには児童手

当、児童扶養手当、企業の配偶者手当、自治体が行う家賃補助などがあります。児童手当については、フランスやスウェーデン

はかなりたくさん出していまして、それが出生率を上げるという作用をしています。一方、日本の場合は非常に微々たるものでし

て、これは最後の社会保障という形で1974年、各種保障の中で最後にできたわけですが、どうしてこれができたかというと、先

進国に対して恥ずかしくないようにという考え方でできました。現在ではそれがさらに切り上げられて、以前は小学校にあがる

前までだったものが、5、6年前に3歳までに切り下げられてしまい、最早あってもなくても、ほとんど効果がないというものです。

ですから一応制度は存在していますが、日本の場合には児童手当てはあまり機能しておりません。


それから社会保険には、年金や健康保険があります。国民年金や国民健康保険は負担も給付も個人単位です。ただしここでも

世帯主が男ということが厳然と出ておりまして、確かに負担も給付も個人になっているのですが、世帯主の名前で手帖がくると

いうことです。私の友人でフリーランスのライターがいますが、夫がサラリーマンで厚生年金に入っていて、彼女は国民年金と国

民健康保険ですが、どうして夫の名前が上についているのだと非常に怒っていました。税金の申告でも、必ず世帯主の名前を

書けと言われます。何が世帯主なのかと思いますが、私たちは本当に無意識のうちにこういうことを書いています。世帯主が男

であるとか、住民票の一番上に世帯主を書くということ自体も男性優位の社会構造を反映していると言っていいでしょう。それ

から雇用者の場合には、厚生年金や共済年金があって、健康保険もそれに連動しているわけですが、負担は個人で給付は世

帯単位ということで、ここで3号被保険者が問題になります。これは今色々な所で議論されていますが、いわゆるかつては100

円の壁、今は103万円の配偶者特別控除という壁があって、年収103万円までは住民税や所得税がないとか、それから社会保

険については年収130万円未満だと保険料を払うことなく配偶者の社会保険でカバーされる。そして、さらにこれと連動して企業

の配偶者手当て、これは配偶者特別控除に連動しているわけですが、企業の配偶者手当てがもらえます。ですからトータルで

見ますと、現状ではパートで働いて103万円以内におさえておけば得をする制度になっています。これが女性の就業を押さえて

いるというふうにも言われますし、実際にパートで働いている方が、これをかなり意識して調整しています。それからもう一つ注

目したいのは、遺族年金です。これは年金受給者の3/4ですが、大部分の妻が生き残りますから、夫が受けていた年金の3/4

もらえることになります。これが1985年の年金改正までは1/2だったのが、3/4になった。そのため、ほとんどの女性が自分で働

いてきた個人の年金を上回ることになります。つまり女性の賃金は、男性の半分しかないし就業年数も育児、老人介護、夫の転

勤等々で短いということもあり、大体男性の年金の半分以下です。だからほとんどの女性は自分の年金権を捨てて夫の遺族年

金をとるという形になります。この1985年の年金改正の時に、女性の基礎年金をつくったということ、遺族年金を1/2から3/4に上

げたということで、女性の年金権の確立と厚生省は自画自賛したのですが、これは女性の年金権ではなくて、妻の座権ではな

いかと思うわけです。専業主婦である妻を非常に優遇したということです。実は1985年から、雇用されて働く主婦の方が、専業

主婦より増えているにもかかわらず、政府としては専業主婦優遇政策といいますか、無業の妻優遇政策を出してきたという変な

動きに対して私は非常に矛盾を感じています。


それから財産について、欧米の場合は夫婦共同財産制で、離婚時には分割します。ウーマンリブ以降、本当に男女平等になっ

て、少ない方が多い方からとるということになっています。離婚時の財産分割では女が得するような気がしますが、最近では女

性の収入も非常に上がってきているので逆の場合もあります。一つの例を申し上げますと、私の大学時代の友人が、先ごろアメ

リカ人の男性と離婚して、ニューヨークに住んでいます。相手の方はほとんど失業状態だったのに対し、彼女はずっと国際機関

に勤めていたので収入も高いわけです。後数年で定年になるので、老後は悠々自適と思っていたら離婚になって財産の家はと

られてしまい、彼女が定年後にもらうはずの年金も一部は男性にいくわけです。だから男女平等というと女が得すると思われが

ちですが、必ずしもそうじゃないとつくづく感じました。婚姻期間に応じて別れた夫が彼女の年金をもらうそうです。だから彼女は

老後が安泰ではなくなったと先ごろ職探しに日本にやってきました。男女平等社会とは、そういう厳しい社会です。私はそれをも

受け入れるべきだと思います。男女協同参画というと、これまで損していた女がちやほやされると思われていますが、女だって

大変になって全ての人が自立しなくてはいけない社会になるということを認識しなくてはいけないと思います。これは地方分権

などでも同じことで、分権が進むと世の中がよくなるというイメージを振りまいていますが、そうではなく分権になれば市町村だっ

てつらいよということで、みんな同じだと思います。それで夫婦財産制をみますと、日本は夫婦別産制ですから、無業の妻は得

しているような気がしているのですが、自分で稼いでいないため自己名義の財産がありません。すると離婚の場合には、何もも

らえません。日本では離婚の場合に財産分与されるというケースは非常に少ないですから、得しているのか損しているのかわ

かりません。


結論的に言いたいのは、今お話してきましたように日本では制度がバラバラなわけです。個人単位のところもあれば世帯単位

のところもあって、年金にしても国民年金は個人単位で雇用者年金は世帯単位です。ですから、全体を通じて、税金制度だけで

はなく、年金も財産制度も全部統一して考える必要があるのではないでしょうか。二つの考え方がございまして、一つは夫婦の

共同性を徹底するという考え方、もう一つは共同財産制ということで半分にする。だから多く稼いだ人も痛み分けということで

す。それから税金における二分二乗方式ということで夫婦の所得を合算して分割する。そしてそれぞれに累進課税をかけるとい

う方法があります。つまり夫婦の一体性を強調する考え方です。それから社会保険料においては、配偶者の分を明確にすると

いうことで内助の功をきちんと評価して保険料の一定比率を配偶者の分とみなす。これは東京大学の神野先生のお書きになっ

たものに載っていたのですが、ドイツで実施されていて、働いていない妻に収入がなくとも、夫が払う保険料の内の一定割合は

妻の分として明瞭にしておくということだそうです。男性にはこの考え方がお好きな方があるようですが、私はあまり好きではあ

りません。これは個人的な好みの問題でしょうが、なぜ夫婦一体性を強調しなくてはいけないのかと思うのです。家族が多様化

する時代に、夫婦家族を形成するものを優遇するという考え方はおかしいのではないかと思います。多様化ということで、同性、

いわゆるレズビアンとかホモセクシュアルというのもありますし、未婚の母もあります。しかし日本の今の税制というのは、合法

的な結婚している人が優遇されます。大蔵省というのは非常に堅い。厚生省は事実婚であることが明確であれば、きちんと遺

族年金をくれますが、大蔵省は合法的な籍の入った結婚でなければ税制上の控除は受けられません。だから、非常に堅い考え

方、伝統的な夫がいて妻がいてという家族でないと認めていかないという非常に固定的な考え方だと思います。私は個人的に

は、二番目の個人単位を徹底させた方がいいのではないかと思います。所得に応じて税金も社会保険料も変な壁をつくらない

できちんと払う。それから給料が生活給から能力給へということですが、生活給といっても日本の場合、男性が世帯主である世

帯を基本にして考えているために、女性の給料があがっていかないのに対して、男性については世帯の膨張につれて昇給する

という考え方になっています。子供を扶養家族にすることについても、最近は妻の方につけることを認める会社も出てきたので

すが、数年前までは絶対に夫の扶養家族にしなくてはなりませんでした。私が知っている例では、妻の方につけておいたのが、

ある時ばれて返却をさせられるということがありました。こんなばかな話はなく、どちらにつけようと勝手だと思うのですが、やは

り企業には世帯主は男であるという堅い考え方があります。私はそういう考え方は非常に男性優位、男性中心的な考え方で、

ぜひ撤廃すべきで、能力給に変わっていくべきだと思います。そして配偶者手当は廃止すべきだと考えています。それから結婚

後に形成した財産については共同制、結婚以前に形成した財産については別産制。この辺のところはまだ私もよくわかりませ

んが、財産については共同制を確立した方がいいのではないかと思っています。私の報告は以上とさせていただきます。


(司会)ありがとうございました。具体的な問題が簡単かというと、具体的な問題ほど難しいという一つの例です。男女の問題は

女性に発言権があるということではないので、男女問わずご議論いただきたいと思います。


(松木)私は農村とか農業経営の問題をやっていまして、今お話いただいた話は主に都市型社会だと思います。農村の場合は

ご承知のように、農業者年金を奥さんがもらえるようになったのはつい最近です。家族経営協定とか政策的な問題があったわ

けですが、一つ言いたいのは農村だけではなく自営業主婦といった経営における男女の役割、あるいは共同のあり方をルール

づけるための法制度の整備が必要だと思います。日本の場合、欧米と比較してパートナーシップ法がありません。地域社会に

おけると同時に家族経営における男女のあり方が、大変日本の社会の現在なり今後の大きな問題だと思うのですが、それらに

ついてのご意見をおうかがいしたいと思います。


(袖井)私は自営業や農業のことはあまり詳しくありませんが、ドイツの農家では親子契約ということをしています。日本の夫婦

にも契約的な観念をもっと入れていけないだろうかということを漠然とは考えています。たとえば財産や賃金の受取額をどうす

るかという取り決めは水臭いというのが日本的な考え方だと思いますが、日本人は契約的な観念を色々な面でもっと持った方

がいいと思いますし、特に自営業の場合、非常に曖昧模糊としていて、多くの場合、女性がいわゆるアンペイドワークをさせられ

ているわけです。ですから、その辺のところを契約を結ぶというふうにできないかと思っています。


(司会)質問ですが、個人単位の徹底ということで、所得に応じて税金と社会保険料を支払うとあります。税金は所得がなけれ

ば支払わなくていいし、それで政府は運営されるわけですが、社会保険の場合には、健康保険にしても、国民年金にしても反

対給付で個人にいきます。この場合、無収入の人はどういう扱いになるのでしょうか。


(袖井)無収入の場合は、仕方がないと思います。その点についてはあまり詳しく考えていませんが、ドイツのように夫が払う社

会保険料の一定比率を妻分にするというようなことも考えられると思います。ただ実際には全く何も収入がないという方は非常

に少ないのではないでしょうか。


(司会)例えば子供が手がかかるので、一時休職しているという場合があります。年金は老後の話ですから今急にという話では

ありませんが、健康保険は、かつて働いていたが今は休職しているという場合、かつて働いていたので権利があるため、例えば

育児休業というやり方でカバーするという割り切りで健康保険の権利を認めるのでしょうか。


(袖井)たとえば、育児とか介護をどう考えるかということですが、私はやはり育児や老人介護は社会的な労働だと思います。

ですからその間、労働市場で働いていなくても、特に子供を育てる場合、やはり次の世代の労働力を育成しているということで、

一つの労働期間とみなして社会保険料は公費でその分を賄うという方法を考えられないかと思っています。


(宮澤)一つ現状と考え方ということでお尋ねしますが、私の村では村役場に勤めて20年ぐらい経つと課長になれますが、女性

の場合26年勤めてもまだ係長になれない。どうして課長にしないのだと村長に尋ねたら、課長になりたくないと言っているそうで

す。責任があるから嫌だと言っているそうです。でもやはり男女共生という立場になれば、そういう女性も役場に勤めたら20年経

ったら課長職に就いてもらうということも一つの確立ではないでしょうか。それは厳しいかもしれません。先ほど言われた様に厳

しい面もあるかもしれませんが、それをやらなければ女性の権利の高揚ということはできないのではないでしょうか。だから男女

共同参画型の社会を目指すということは、私もよくわかるのですが、現実に多くの女性自身の賛同を得られるのだろうかという

問題があると思われますが、それについてはどうお考えでしょうか。


(袖井)そこは本当に耳の痛いことなのですが、確かに今女性のエンパワーメントということがよく言われています。例えば私も

参加した東京都生活文化局で行った調査でも男女平等を実現するためには何が必要かというと、一番多くの女性は女性自身

が力をつけること、エンパワーメントだと言っておりまして、制度を直せということではありませんでした。確かにおっしゃるよう

に、実際に管理職に就きたくないという話は色々な所で聞きます。例えば東京都でも非常に優秀な女性がいてぜひ管理職試験

を受けてくれと言っても、私はやりたくない、管理職になると残業が増えるからとか、家庭が犠牲になるからという女性がかなり

多いことは確かです。それから103万円の壁に対しても、その額をもう少し上げてくれという女性が非常に多いわけです。実際、

都会で働いている場合も、パートの人にフルタイムになってくれというと断る人が結構多い。フルタイムになっても仕事が増える

し残業は嫌だし、私は103万円の壁の中でやっている方がいいというわけです。これは本当に女性自身が自覚しなくてはいけな

いと思うのですが、むしろ楽をしていたいという考え方の主婦が非常に多いということは事実です。真の男女平等があまり多く

の人の賛同を得られないだろうということは私自身も感じています。なかなか難しい問題ですが、先ほど申しましたように得をし

ているのか損をしているのかわからないということです。多くの女性は離婚するということを考えていません。離婚した時にはじ

めて裸になるにもかかわらず、そういうことを考えていません。ですから、夫の庇護の下にいれば一番楽だということです。離婚

すると何もない、財産ももらえない。実際の離婚母子家庭の所得はものすごく低いわけです。人間というのはあまりつらいことは

考えないので、楽天的に構えているのでしょうが、確かに私もおっしゃる通りだと思います。


(司会)会社勤めをしてずっとそこに最後までいると、今の日本の制度は最後まで面倒を見てくれるし、企業年金もある。ところ

が、途中でその道から外れたりすると途端にペナルティで企業年金はなくなり、国民保健になるということでガタッと変わります。

それは会社の場合ですが、今の時代、家族も同じような考えで、離婚の自由が今の制度だとありません。遺族年金を当てにす

るしかないということは、すなわちそういったものに従順だったらご褒美をもらえるが、途中で飛び出すような不逞な輩はペナル

ティであるという考え方です。ただ会社の場合と家族の場合と、同じように考えていいのか悪いのかというと、年代によっては意

見がわかれるところかもしれませんが、時代はそこまできているのかなという気もします。この問題は基本的に税の話で、例え

ば夫婦合算で非分離だったら累進で大変なことになって結婚すると損をしてしまいますから、その場合、夫婦合算でも2分2乗

とうい形や、フランスでは子供がいると子供を0.5に数えて、たくさん子供がいればどんどん割っていくという合算分割という形も

あります。それから日本の税制は基本的に個人単位という形になっています。すると今までのように、自由業中心、あるいは農

村型社会中心の場合の税のあり方と、善いか悪いかは別にして都市型になり、夫婦が別の場所で働き、別の所得をもっている

というのが主流になっていく時代と、税の考え方も変わっていきます。それから社会保険の考え方も当然変わってくるでしょう。

神野さんは、むしろ税は個人で、社会保険はシェアリング方式でむしろ2)Bをやったらどうかと言っておられますが、少し色々

な方の知恵をお借りしながら、我々も案をまとめてみたいと思います。ただ、これはうかつにやると袋叩きに遭うテーマでもある

ので、慎重に考えなくてはいけませんが、逆に言えば税調も腰が引けています。色々な意見があるので腰が引けているというこ

とを役所は言えない。国民が決めてくれないと俺達は何も言えないという形ですから、これは市民立法機構としても、言える言

えないは別としてチャレンジしてみる価値はあると思います。どうもありがとうございました。