節 気 情 報2001

12月22日は「冬至(とうじ)」でした。(前年)

寒気の南下と太平洋沿岸沿いを東進した低気圧の影響で、関東地方平野部に降雪が予想され(01/12/24)、ホワイトクリスマスが期待されましたが、結局初雪とはなりませんでした。前日来の寒さで植林されているスギの葉にブロンズ色がかなり挿してきています。翌日は、朝の内は雲が多く時折小雨がぱらつき、やや寒い午前中でしたが、午後には陽が射し北風が吹き、たき火には好都合でした。前回刈り払った斜面林の林縁や一部の土手の草を燃し、今年最後の谷津田の仕事を終えました。
この市野々の谷の下(木更津市真里谷)の谷津田での、今年特に際だった出来事と言えば、イノシシ(イノブタ?)による獣害が多発した事と、カエル類とヘビ類の個体数が著しく減り、冬の始めに飛来し、上空を旋回していたノスリの姿がほとんど見られ無くなった事でしょう。両生類とは虫類の著しい減少は、どうやら世界的な規模で起きている様だと指摘する専門家もいます。さらに、この世界的規模の両生類、は虫類の減少の原因が良く分からない事も手伝い、生物種のキャタストロフィックな変化が暗示され、何か不気味な21世紀の幕開けの年になったようです。(01/12/27)

12月7日は「大雪(たいせつ)」でした。(前年)

今冬の東京での木枯らし1号は例年になく遅いものでしたが、11月下旬からは定期的に寒波が南下しています。しかし谷津田の斜面林には、北風に耐えていまだに落葉しない広葉樹の紅葉が残っていて、周辺の林に彩りを添えています。最後まで咲いていた斜面林縁のリンドウも、弱々しくなった冬の日射しで開花する個体を、見つけるのは殆どできないほど少なくなりました。リンドウと入れ替わって、谷津田の土手や林縁の陽だまりでは、ツボスミレ、セリ、ヤマルリソウ、カントウタンポポなど、春開花する種の根出葉が大きく育って来ました。
栽培している古代米のF3雑種の晩稲系統は、初霜(01/12/01)が来る前に成熟が止まり、その上、霜でほとんどの葉が枯死し萎れたので、十分に結実していない株が殆どでしたが、観察をうち切り収穫しました(01/12/08&10)。また、おだ掛けしたのになかなか乾燥しないダイズ(黒豆)の莢を、足踏み脱穀機の助けをかりることも無さそうなので、手でむしり取り自宅の庭で乾燥する事にしました(01/12/10)。これで、谷津田に残った仕事は、斜面林の林縁を掃除するだけになり、今年の谷津田と周辺の斜面林の仕事はようやく終わりに近づきました。(01/12/13)

11月22日は「小雪(しょうせつ)」でした。(前年)

街路樹として植えられているイチョウの葉が色づきだしたと思う間もなく、散り始めて、樹の下は黄色の敷物を敷いた様になっています。今月中旬からハンター達がヤマドリ狩りのため谷津に入ってくるようになり、穏やかな小鳥の鳴き声が、猟犬の首に付けられた所在を伝える発信音と時々響く猟銃の音で調和を乱される日々が続いています。さしたる被害をもたらさない鳥類より、田畑を荒らすサルやイノシシを駆除して欲しいと思うのは、谷津田を耕作している者の身勝手な願いでしょうか?
初冬の谷津を象徴する濃霧が、24日朝(01/11/24)発生しました。こんな日は、日射しが相当強くならないと草についた露がとれません。JR馬来田駅から真里谷の市野々まで利用するタクシーの運転手Oさんの話では、こんな日に、夕方まで路上の湿りが消えない場所は、これから寒くなると路上の表面が凍りつく場所で、そんな場所を全て覚えておかないと、思わぬ事故につながるのだと話しておられました。都市部から週末にレジャーで丘陵部へいらっしゃるドライバーには、狭い山間部の路で車のスピードを落とす事は勿論守って戴きたいのですが、こんな事も是非知っていただきたいと願います。(01/11/25)

11月7日は「立冬(りっとう)」でした。(前年)

木枯らし1号が東京と大阪に吹きました(01/11/06)。昨年の東京での1号は、10月18日でしたから、例年になく遅いようです。久しぶりに訪れた市野々の谷の下の谷津田で、早朝ノスリが低空で採餌(?)旋回しているのを見、また、昼頃には、4〜5羽に増えた群が、ピーヨピーヨと鳴きながら北風を捉えて上空を旋回しているのを見ました(01/11/07)。この光景はやはり冬の谷津田を象徴しています。この日は、日中になるとやや暖かくなり、斜面林の方から(ヤマ?)アカガエルのコールが聞こえました。また、雌のおなかがずいぶんと大きくなっていました。
立冬と言っても日中の南房総は暖かく、シマヘビやジムグリが谷津田の土手で暖をとっています。オオアオイトトンボが多数飛んでいて交尾しているペアも見ました。植物ではアキノキリンソウ、リュウノウギク、リンドウが斜面林の林縁を彩っています。調査している古代米のF3雑種の晩稲系統が熟すのは、これから1ヶ月後です。(01/11/08)

10月23日は「霜降(そうこう)」でした。(前年)

今年はキノコのはずれ年でした。知人のIさんと秘密の場所へ4回も通いましたが、結局、3回目(01/10/22)のウラベニホテイシメジを3人で30本が最高の収穫でした。この場所にはホンドジカが多数棲息しているらしく、斜面のいたるところの落ち葉をあしで掻き散らしてあり、いかにもキノコを探し歩いている様にみえます。こんな「掻き散らし」が、あるいは次の年のキノコの子実体の生長を促すかも知れないと思いながら山を下りました。
真里谷(まりやつ)の谷津田の斜面林では、林縁のリュウノギク(01/10/27)が咲きだし、晩秋のにぎわいが見られます。また、(ヤマ?)アカガエルのコール(01/10/23)を聞きましたが、晩秋から早春にかけての小春日和の日には、気の早い雄から順次メイテイングコールをはじめるのでしょう。(01/11/08)

10月8日は「寒露(かんろ)」でした。(前年)

今年の10月10日は、この日が晴天特異日とはとても思えないような雨降りになり、地域の公民館主催の谷津田の植物観察会はながれてしまいましたが、翌日からは大陸から張り出した高気圧に覆われ、日本各地は秋晴れの日が続いています。この大陸から吹き出す北風に乗って山岳地帯から降りて来たのか、谷の下の谷津田の上空で舞うノスリらしい姿を見ました(01/10/07)。
この時季になると、谷津田と周辺の斜面林は何となく冬の入り口に来た感じがします。ウグイスの地鳴き(01/10/14)を聞くようになりましたし、アカガエルの仲間らしいカエルの鳴き声が盛んにしています(01/10/14)。また林縁には、アキノキリンソウ、ホトトギス(01/10/07)、センブリ、ヤクシソウ、コシオガマ(01/10/13)が次々と開花し始めています。それでも、私が生まれ育った富山では、彼岸を過ぎればマムシの姿を見ないと聞いていましたが、房総はやはり暖かいのか、未だ姿を見ます(01/09/29)。イノシシに酒米と黒米の稲穂を殆ど食べられてしまいましたが、赤米は芒が長い性か荒らされ無かったので、13日は赤米(うるち)を、14日には来年の種籾だけでも得ようと黒米(もち)を刈り取りました。来年は、F1雑種からの選抜で得た、芒の長い系統の黒米でもイノシシが荒らすかどうか(勿論、田圃の中には入るでしょうが)、テスト栽培して見ようと考えています。(01/10/17)

9月23日は「秋分(しゅうぶん)」でした。(前年)

9月の中旬も、秋雨前線の活動で雨降り続きの日々でしたが、前線が南下して完全な秋型の気圧配置になり、さわやかな秋風が吹く日が戻ってきました。谷津田の斜面林の林縁や農道には、キバナノアキギリ、ツリフネソウ、バアソブ、ミゾソバ、ノアズキ、トキリマメ(01/09/23)などが咲き出しています。谷津田の周辺で飛んでいた(01/09/02)サシバの鳴き声を聞かなくなった(01/09/08)と思っていたら、秋晴れの空のかなり高いところで弧を描きながら舞っている姿が見られました(01/09/23)。そろそろ南の島への越冬旅行が始まるのでしょうか? ツクツクホウシの鳴き声も時折り聞こえるだけで、目下谷津田の谷に響くのはモズの高鳴きとカケスが騒ぐ声が主です。夕方、フクロウの鳴き声と、アナグマらしい獣の親を呼ぶ泣き声(?)がしていました(01/09/23)。小動物のメーテイングシーズンが近づいているのでしょう。(01/09/25)

9月7日は「白露(はくろ)」でした。(前年)

9月前半は雨がよく降りました。特に、台風15号は雨台風で谷の下の出造り小屋は、ビニールシートの屋根に溜まった雨水の重さで竹の梁が折れてしまい、小屋はつぶれました。幸い、稲は小出来だったので赤米の一部が弓を引く程度の倒れ方で済みました。それにしても、こんな雨が梅雨時にあれば、夏の渇水で大騒ぎする事もなかったのにと、農道ですれ違う皆さんと交わす挨拶の中の決まり文句になりました。房総では有名な大山の千枚田では、ポンプ車での給水は一度に留めなければならなかったとの噂を耳にしました。この間斜面林の植物も、イナカギク、ススキの開花(01/09/02)、ヒヨドリバナ、ヤマホトトギス、ゴマナの開花(01/09/08)、トネアザミの開花(01/09/15)と、移り変わっています。
農事では周辺の田圃の稲はすっかり刈り取られ、残るは我が家のものだけになりました。今秋のソバの種播き(01/09/08)・発芽はキジバトに種子を食べられることもなく、順調でしたが、ダイコンなどのアブラナ科のものの種播き・発芽は雨に叩かれ、何度も追い播きしました。思わぬ伏兵は、昨年水不足で水田に出来ず、高畝にして陸稲を選抜する目的で赤米を植えた場所に残ったイヌビエとケイヌビエがイネをも凌がんばかりに伸び出し、これを取り去るのに苦労しています。(01/09/25)

8月23日は「処暑(しょしょ)」でした。(前年)

心配された超大型の台風11号の影響も、関東地方を通過(01/08/23)する直前に風速25メートル以上の暴風域が消滅し、大きな被害はありませんでした。首都圏の水源地に十分量の降雨があり、ダムからの取水制限が解除されると言う、むしろ幸運な一面さえありました。この間に、小櫃川に近い平場では早稲や中てが刈り取られ、市野々でも最も早く田植えが行われた田圃の稲が刈られた(01/08/19)のを皮切りに、今週始め頃までに刈り取りはすっかり終わったようです。我が家の谷津田の古代米系統の稲も、赤米は8月19日に12株出穂し、24日には黒米も出穂・開花が認められました。水不足で田圃の表面が地割れしていた事を考えると、自然の営みの計り知れない偉大さを感じます。
谷津田の斜面林ではタマアジサイ、オトコエシ、オミナエシ(01/08/19)、ワレモコウ、ヒヨドリバナ(01/08/24)が咲き始め、やや離れた場所ではススキ(01/08/19)やクズ(01/08/24、木更津八幡台)も咲き、また谷津田にはコナギやアブノメが咲いてすっかり秋です。台風接近で、北東からの涼風がたった8月19日は9月中旬の気温となり、久しぶりに多くのヘビの仲間を見ました(マムシ、シマヘビ、ヤマカガシ、ジムグリ)。彼らも猛暑で穴に潜っていなければならなかったのかも知れませんが、これから冬眠まで大いに腹ごしらえが出来るでしょう。(01/08/31)

8月7日は「立秋(りっしゅう)」でした。(前年)

7月の千葉市の降水量はたったの8oだったそうですから、今夏の房総半島はかなり水不足状態が続いていました。谷の下の谷津田に待望の雨があり(01/07/28,01/08/11)、この暑さを乗り越えてようやくF3の早稲系統の黒米が出穂・開花に至りました(01/08/04)。これからは順次、出穂・開花個体が増えるので、ラベル付けに追われます。昨年水不足で水田に出来なかった場所に蔓延っていたイヌビエとケイヌビエも開花し(01/08/04)、結実させないように出穂した花序を抜き取るのも容易ではありません。我が家の田圃は谷津全体のやや水上に位置するので、他人の田圃へ広がるのを怠るわけには行かないのです。我が家の田圃より下にある田圃で、イヌビエが蔓延しているものがあり、この田の耕作者を陰では「堕農」と呼んでいるようです。

この時季は、けもの達の子別れのシーズンのようです。早朝に畑へ急ぐ道すがら、日の出前の黒々とした山間からは、キツネかムジナの子の「ギャー」と泣く声を時々聞きます(01/08/01)。我が家でも、4匹の子猫を引き連れて来て、雄ネコのクロに認知をせまった野良猫のワッカは、お乳をせがむ子猫達を退け始めています。谷の下の谷津田の斜面林の下刈りしてある部分では、ツリガネニンジン、アキカラマツ(01/07/28)、シラタマソウ(01/08/04)、ヨツバヒヨドリ(01/08/11)と、次々に初秋の花が咲き出しています。秋の七草の一つオミナエシの花序が上がって、次回谷津田を訪れる頃には咲き出しているでしょう。この1週間、道ばたにアブラゼミの死骸が目立ち、また草むらではカンタンやツヅレサセコオロギが鳴いて秋の訪れを感じます。(01/08/17)

7月23日は「大暑(たいしょ)」でした。(前年)

昨日は、木更津にも数十日ぶりに雷を伴った降雨がありました。これで畑の作物は生き返ったでしょう。まだ見ていませんが、我が家の谷津田のひび割れも、多少は解消されたかも知れません。一昨日の関東地方の猛暑は、観測史上の記録でも上位に残るものが、あちこちで記録されたようです。JR久留里線の馬来田駅の温度計は、13:30頃、39℃を示していました。こんな猛暑にもめげず、意外な生育を見せるのはダイズです。定植の時には、谷津の滲み水をくんで根本にかけ、また畝を、刈り取った草で覆って乾燥を防いでやりましたが、土中の乏しい水分を求めて根をのばし、また茎や葉の表面が細毛に覆われているので蒸散を効率よく行うのか、猛暑に萎れることもなく育っています。
一昨日(01/07/24)早朝、クマゼミを、昨日(01/07/25)はツクツクホウシの鳴き声を、我が家の近くで聞きました。谷の下の谷津田の斜面林では、ヤマユリ(01/07/17)、カワラナデシコ(01/07/21)が咲き出しています。(01/07/26)

7月7日は「小暑(しょうしょ)」でした。(前年)

7月10日、気象庁は関東甲信地方で梅雨が明けたと見られる、と発表しました。でも、梅雨らしからぬ天気が続いていたので、梅雨明け宣言よりも、雨降りの予報に期待するのですが、なかなか降りません。谷の下の谷津田でも、とうとう田圃の表面がひび割れし出しました。暑さが厳しい性か、ニイニゼミは鳴いているのですが(01/06/30)、ヒグラシの初鳴を市内八幡台ニュータウン付近で聞いたのですが(01/07/03)、谷の下では未だ聞いていません。しかしオニヤンマ(01/07/03)、アオモンイトトンボ(01/07/08)が飛び、道ばたではチダケサシ、ウツボグサ(01/06/30)、アキノタムラソウやクサアジサイ(01/07/03)が、用水ではミズオオバコやヒルムシロ(01/07/08)が咲き出して、谷津田はすっかり盛夏の装いになりました。(01/07/14)

6月21日は「夏至(げし)」でした。(前年)

植えたイネの苗が落ち着き、早めに代掻きをした場所に蔓延ったコナギを取り除く、一番草を取り始めました(01/06/19)が、コナギが盛大に蔓延っているので、結構時間をとられました(01/06/23)。数年前、隣の泉谷津の奥の方で、モートンイトトンボ(千葉県・野生貴重種ランクB)の雄個体を見つけたので、生態写真が撮りたいと、盛夏の頃にそこへ何度か通ったのですが、その後全く姿を見ることが出来ませんでした。ところが、先日(01/06/12)我が家の谷津田で見つけて写真に収めることが出来ました。最初に見たときは、恐らく、羽化したての2個体だったらしく、雌雄の区別が付きにくかったのですが、雄個体は日に日に尾部の先端部が緑色を帯び、餌場を乾いた畑の草むらでアブラムシを捕ることから水田のイネの間を飛び回って、ヤブカ(?)などのやや大型の獲物に変えて来たようで、草取りで痛くなった腰を休める時に眺めています(01/06/23)。
今は梅雨の晴れ間を縫って、草刈り(01/06/12.16.23)、ジャガイモ掘り(01/06/19)、コムギの刈り取り(01/06/23.24)、大豆の畝作り(01/06/27)と、我が家では農事スケジュールが多忙な時なのに、さらにその上、イノシシ(イノブタとの見方もある)がサツマイモの畝を掘り返したので(01/06/23)、これの後始末が余分に加わってしまいました。少数の高齢者による谷津田の維持でも、モートンイトトンボの出現やカワセミの飛来(01/06/23)のような思わぬ贈り物もありますが、ニホンザル、ホンドジカ、イノシシなどの野生種の耕作地への生育圏の拡張は、今後早急に解決しなければならない頭の痛い問題です。(01/06/28)

6月5日は「芒種(ぼうしゅ)」でした。(前年)

水不足で荒くりと代かきがなかなか出来なくて、心配していた我が家の谷津田の田植えを6月5日にほぼ全て終え、6月9日には組換え・分離を調査するための三代雑種の苗も植え終えて、ほっと一息ついています。東海・関東・東北南部が梅雨入り(01/06/06)するのを待てば良かったかとも思いますが、梅雨入り後の雨量だけを頼りに農作業を進めるには、昨年と今年は、周辺の斜面林から滲み出る水量はあまりにも少量でした。そのため、昨年は田植えが大幅に遅れ(2K/06/22)、今年はやむを得ず小型発電機と揚水機を購入して灌水しました。
今世紀中頃には水不足に悩む人口が50億人とのワールド・ウオッチ研究所などの予測が出されています。気候が少し変動すれば、日本は海洋性気候だからと言っても、水不足に大いに悩む可能性がある事を、この真里谷の谷津田の水不足が象徴している様に思います。昔は、この谷津田へ斜面林から滲み出る水の量で、現在の1反にも満たない水田の三倍以上の面積(1反8畝)の耕作が可能だったのですから、スギ・ヒノキの植林とマダケの繁茂で、いかに斜面林の保水力が低下しているか解ります。こんな滲み水が少量になった谷津でも、モートンイトトンボ(千葉県重要保護生物種ランクB)もゲンジボタル(千葉県重要生物種ランクB)も棲んでいるのです。少し肌寒い日でしたが知人を招いて、マダケの筍のお土産つきホタル鑑賞会を行いました(01/06/09)。(01/06/11)

5月21日は「小満(しょうまん)」でした。(前年)

木更津周辺でこの節気を特徴づける出来事は、ホトトギスの飛来(木更津市内、01/05/17)とゲンジボタルの出現(県民の森、01/05/25)でしょう。市内真里谷市野々の谷の下では、この頃は終日ホトトギスの鳴き声が聞こえます。また、ここでのゲンジボタルの出現を確認していませんが、ナガバノモミジイチゴとクワの実が熟す(01/05/25)頃に出現するので、恐らく飛び始めているでしょう。前の節気でニホンアカガエルのオタマジャクシに後脚が出始めていましたが、今はすっかり成体になって(01/05/19)水が張られた田圃を泳ぎ回っています。降水量が少ないのと、斜面林から滲み出す量も少ないので、我が家の谷津田はなかなか代かきが終わらず、田植え予定(6月上旬)の頃には苗が伸びすぎるかも知れません。(01/05/30)

5月5日は「立夏(りっか)」でした。(前年)

木更津周辺では谷津田の斜面林で、高木層のミズキの白い花が咲き、低木層のヤマツツジ(01/04/29)に続いてカマツカやミツバウツギ(01/05/05)などが咲き出すと初夏です。この頃はまた、ヒガシカワトンボが羽化しヒラヒラと小川から飛び立ち(01/05/04初見)、シオカラトンボは水が張られた谷津田で産卵しています。斜面林ではフジも咲き出すので、耳を澄ますと吸蜜しているマルハナバチの仲間の羽音が聞こえてくるはずです。ニホンアカガエルのオタマジャクシにようやく後足が出てきたのに(01/05/08)、シュレーゲルアオガエルの卵の方は、アッと言う間に孵化してオタマジャクシが泳ぎだしました(01/05/05)。我が家の谷津田の三分の一は、先日降った雨を利用して荒繰りから代かきまで一気に済ませましたが、このまま田植えまで水が保つかどうか心配です。(01/05/11)

4月20日は「穀雨(こくう)」でした。(前年)

4月に入ってから木更津周辺では降雨量が少なく、真里谷の谷津田のような天水を利用している田圃でも、田植えの時期が本来の時期(6月上旬)に比べてかなり早まった事もあって、一雨欲しいところでした。18日夕方から降り出した雨は、房総内陸部では相当量の雨になったようですが、谷の下の谷津田では乾いて出来た田圃の地割れを癒してくれる量にはなりませんでした。おまけに、20日は日中の最高気温が25℃をこえる夏日になり、翌日(01/04/21)は一転して最高気温が10℃にも達しない寒い雨降りでしたが、幸い”代かき”や田植えに必要十分な降雨量になり、将に恵みの穀雨でした。木更津周辺の田植えは、JR久留里線横田駅付近(01/04/14)で見たのを皮切りに、波岡地区では22日に集中して行われていました。また、山間部の市野々の谷津田でさえも、19日の寒天をついて田植えをしていました。
我が家の谷津田ではシオカラトンボの出現(01/04/10)、交尾・産卵(01/04/22)が、粗起こしをして水を入れた場所ではタイコウチが活発化(01/04/17)し、シュレーゲルアオガエルの卵塊が見られるようになりました(01/04/21)。植物では、スズメノテッポウ、ツボスミレの一斉開花(01/04/10)、ハハコグサ開花(01/04/14)が、田圃の土手ではスミレ(01/04/14)、カキドウシ、キランソウ(01/04/21)が開花し、ノアザミの蕾が膨らみ(01/04/22)、斜面林ではアケビ、ドクウツギ、ウマノアシガタ、ヒメハギ(01/04/10)、ホウチャクソウ、ホタルカズラ、ツルカノコソウ(01/04/14)、ウワミズザクラ(01/04/17)が順次開花しました。それにしても、夏日の翌日(01/04/19)の最高気温が10℃に達しないとは、超異常気象現象と言えるのではないでしょうか?(01/04/23) 

4月5日は「清明(せいめい)」でした。(前年)

ソメイヨシノの開花後、関東地方に降雪があったのは25年ぶりの事とか。木更津の市街地でも雪混じりの霙が降り(01/03/31)、市野々谷の下の谷津田では翌日まで残る降雪があって、南向きの斜面林で動き出していた山菜のワラビやゼンマイはもとより、シランの茎葉の新芽もこの寒さでやられてしまいました。しかし、意外にも順調に推移しているのは、サクラの仲間の開花で、マメザクラ(01/03/30)、ヤマザクラ(01/04/04)と続いています。また、斜面林の滲み水を集めている”え”の溝で産卵する、ヤマアカガエル(01/03/13産卵開始)、アカハライモリ(01/04/07産卵確認)、トウキョウサンショウオ(3月上旬産卵開始)、ドジョウ、ホトケドジョウ、サワガニの活動や産卵も順調です。この節気は冬の生物相と春の生物相が交代する季節でもあり、それを象徴する一つは、この谷津田の生態系の頂点に立つワシ・タカの仲間のノスリとサシバの季節による交代です。前者の鳴き声は4月1日を最後に聞かれなくなり、後者の到来を4月7日確認しました(01/04/04に聞いた鳴き声はサシバだったのかも知れません)。この日はまたなぜかトラツグミが10:30頃まで斜面林の中で盛んに鳴きました。地温や水温は平年並みに推移しているのか、粗起こしした土塊を小切るとアマガエルやシュレーゲルアオガエルの雄が飛び出してきます。この時季の田圃には、この2種の他にヤマアカガエルとニホンアカガエルも見られるので、どの鳴き声がどの種のものか紛らわしいのですが、谷津田は終日実に賑やかになって来ました。(01/04/08)

3月20日は「春分(しゅんぶん)」でした。(前年)

彼岸に入り暖かい日が続いたので、日本列島のサクラ前線が四国で昨日(01/03/21)スタートしました。平年より4日早いとのことです。また、小櫃川上流の七里川ではフサザクラが開花し始めています(01/03/20)し、ご近所の庭のモクレンやハクモクレンが一気に開きました。七里川で見た(ホソミ)オツネントンボの体色は、胸部と腹部の境でやや緑色の斑点が著しく現れ、枯れ枝色の越冬型(冬型)から春型の体色に変わりかけていました。しかし、期待していたカジカの鳴き声は聞こえず、またオイカワの体色はまだ婚姻色を示していません。谷の下では、ヤマアカガエルの雌雄各1個体づつ捕獲したので(01/03/13)、谷津田の水溜まりに産んである卵塊の一部はヤマアカガエルの物かも知れません。(01/03/22)

3月5日は「啓蟄(けいちつ)」でした。(前年)

前回(01/02/21)、ヤマアカガエル(らしい)の卵塊と記述していましたが、これはニホンアカガエルの卵塊の様です。知人らが自然観察を兼ねて谷の下を訪れた2月24日は小雨でしたが、田圃の水溜まりで沢山のカエルが鳴いており(大方の人の聞き成しはキョキョキョで、美しい声ではあるが何かもの悲しさを感じさせます)、ようやく捕まえた雄・雌各1個体は、いずれもニホンアカガエルでした。この日も我が家の田圃で卵塊が増えており、また前回(01/02/20)見つかった卵塊からオタマジャクシが泳ぎだしていました。啓蟄前の3月2日、竹切りに行った城山でナナホシテントウが伸び始めたツクシやフキノトウの混じる草むらを這っている程度の生物の活動でしたが、啓蟄の翌日に谷の下を訪れると、もう(ホソミ)オツネントンボ、キチョウ、テングチョウ、アカタテハが飛び始めており、またトウキョウサンショウオの卵塊が見つかり、ウグイスの初鳴きを聞き、キツネノボタンとタネツケバナの開花個体がありました。また、陽だまりではアカバナ、ウツボグサ、ウマノアシガタ、シランが茎葉を展開し始めていました。この日の夕日がずいぶん黄色く見えるので、黄砂の性ではないかと思い、夜の気象情報を傾聴していると、将に東北南部にまでに及ぶ黄砂現象が観測されたと報じていました。木更津では次の日の3月7日にも黄砂現象が見られました。虫たちが蠢き始める時期を意味する「啓蟄」は亦、冬景色の中でよく見た「彩雲」の季節から「黄砂」の季節に変わる時期のようにも思えます。(01/03/09)

2月18日は「雨水(うすい)」でした。(前年)

節気「雨水」は、これまで降っていた雪も、これからは雨にかわる時季になることを表しているのだそうです。確かに市野々の谷の下では、日向の崖に下がっていた氷柱(つらら)は消えてしまい、もはや日陰でしか見られません(01/02/18)。立春からわずかな日時が経過しただけの様だが、これほどまでに日射しが強くなったのでしょうか、朝の日射しを受けて田圃の表面から湯気が立ち上っているのを見ました。また、谷津田の斜面林の林縁ではタチツボスミレが一輪開花しており、シランの花芽も地面の上へ出てきましたし、アズマヒキガエルの「グエッグエッ」と言う鳴き声さえ聞きました(01/02/16)。さらに、雨水の日にはMさんの田圃の向かいの一枚田の止水に(01/02/18)、我が家の谷津田の水溜まりには翌々日に(01/02/20)、ヤマアカガエル(らしい)の産んだ卵塊が9個ありました。この時季はまた、小鳥や獣にとって森の餌が逼迫する時季なのか、田圃で採餌するツグミが目立ちますし、ニホンザルの一群がSさん宅の納屋の屋根へ来ていたそうです(01/02/17)。イノシシ(?)が掘り返したと思われる跡が、谷津田の畔に残っていた(01/02/16)のは、森に餌が少なくなった為か、あるいは畔のミミズなどの小動物の活動が活発化している性なのか、判りませんが、次の節気「啓蟄」を待たず、生き物の活動がかなり活発化してきました。(01/02/21)

2月4日は「立春(りっしゅん)」でした。(前年)

1月27日に木更津でも15cm ほど積もった雪は、数日間経っても日陰に残っていましたが、10日ぶりに訪れた真里谷の谷の下の谷津田では、日陰は一面の凍み氷状態で寒く、とても一日中仕事を続けていられる状況ではありませんでした(01/02/03)。やはり暦の上で春になったとはいえ、この時季を表す「光の春」と言う表現がぴったりの日々が続きます。それでも、斜面林のミズキの冬芽の色は大分紅を帯びています。先日、愛知県瀬戸市でツリークライミングの1Dayスクールを受講した際(01/02/10)上ったコナラの樹の冬芽も、ずいぶん膨らんでいましたし、自宅の裏庭のバイモも茎を伸ばし始めました。これからは、日毎に日射しを強めて春を満喫できる時季が近づきます。(01/02/12)

1月20日は「大寒(だいかん)」でした。(前年)

目下、日の出直前の最低気温の記録は、今冬一番の寒波の影響で、JR馬来田駅では−6℃、市野々では−6.5℃になりました(01/01/16)。この日の谷(屋)の下の谷津田は、土壌が表面から3−5cm凍りついた岩盤状態でした。大寒の日も、1月16日より暖かい日でしたが、谷の下では朝のうち小雪が舞い、谷津田の周辺の崖に下がった氷柱(つらら)は一日中解けず、午後3時半ころからは、霙が降り出しSさんたちを手伝っていた竹林整備の仕事を中止したほど寒い日になりました。今冬はこんな寒い日は珍しくなく、久しぶりの寒い1月を経験しています。それでも、ハンノキの尾状花序がすっかり大きくなり、まもなく花粉を放出するまでに生長したようですし、スギの場合でも小胞子嚢が発達して樹冠全体がブロンズ色に輝きだしたのに気づいていらっしゃる方も多い事でしょう。一方、鳥にとっては餌を見つけ難い時季のようです。この朝、谷津田に入り込んだノスリの羽音を察知したのか、カケスが大騒ぎしていました。その性かエナガ、メジロ、コゲラ、ウグイスの声も何時になく騒がしく聞えました。彼らにとっても採餌がしにくい時季のようです。我が家の裏庭の餌台に載せてあるカキを、メジロやヒヨドリがせっせと啄みに来ています。次の節気はもう立春、寒さもそろそろ峠を越したのか、谷の下でもテントウムシが陽の当たる丸太の上を歩き回っていました(01/01/23)。(01/01/24)

1月5日は「小寒(しょうかん)」でした。(前年)

木更津では1月4日に初雪が少し降りました。「寒の入り」の前兆と言うところでしょうか。谷津田での仕事始めを昨日行いました(01/01/06)。仕事始めと言っても名ばかりで、午前中は竹炭用のモウソウチクを15本切り、午後は知り合いのMさんご夫妻に差し上げるサトイモ堀りと、斜面林の立木を4本切り倒しただけの軽い仕事でしたが、暮れの26日以来の仕事でしたから、結構身体が重く感じられました。この日の朝、市野々では−5℃を記録したそうで、崖にはツララが下がり、サトイモ畑に被せておいた農業用ビニールシートの上に溜まった雨水が凍って、厚さ5センチほどの氷が出来ていました。こんな寒さでも、4町歩もの水田をやる傍らタクシー運転手もやっておられる、知り合いのKさんが教えて下さった、畝の上に藁を敷き農業用のビニールシートで覆って寒風を避ける方法で、里芋のいわゆる”風邪引き”状態が避けられます。残りの芋が立春まで風邪を引かなければ、私共にとって新たな知見になります。適地適作、かつ土地にあった田畑の作業法は、土地の人々とのコミュニケーション無しには会得できない事を、改めて実感しました。快晴の青空をノスリが舞い、ブロンズ色に色づき始めたスギが寒風に大きく揺り動かされる一日で、七草かゆの材料にするセリ、ゴギョウ、ハコベ、ホトケノザ(コオニタビラコ)を採って、陽が山の端に沈む前に谷津田を後にしました。(01/01/07)

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