葉っぱ青木さん控訴趣意補充書 2000.12
◆控訴審第1回公判で弁護人が陳述した内容を控訴趣意補充書とした


平成11年(う)第753号

控訴趣意補充書

被告人  青  木  惠  子

 右の者に対する現住建造物等放火、殺人、詐欺未遂被告事件について、すでに、弁護人らは、一審で取り調べられた証拠から、明白に無罪であるという控訴趣意書を提出しているが、貴庁における控訴審の第一回公判にあたり、さらに次のとおり控訴の理由を補充する。
   2000年10月10日

主任弁護人   斎  藤  と  も  よ
弁護人   下   村   幸   雄
弁護人   塩   野   隆   史
弁護人   河  原  林  昌  樹
弁護人   小   川   和   恵
弁護人   加   藤   高   志

大阪高等裁判所 第四刑事部 御中

第一 総論

一 本件は、5年前の1995年7月22日、被告人ら家族が住む家屋内のガレージから火災が発生し、ちょうど風呂に入っていた当時小学校6年生11才の長女・C子が逃げ遅れて亡くなったという事件である。

  火災直後から、消防および、警察の調査が開始されたが、被告人と夫朴の二人とも、帰宅後に入り口の鍵をかけたと述べたこと、および、C子に生命保険金がかけられていたことから、屋内にいた被告人夫婦が、C子の保険金目当てに故意に火を放った、すなわち放火したのではないかとの疑いがかけられるに至った。

二 それから50日たった1995年9月10日の早朝、被告人ら夫婦は、共謀による放火殺人の犯人であるとの見込みの元に、警察の取り調べを受けることになった。

  そして、控訴趣意書で詳しく述べたように、被告人ら夫婦に対し、暴行、脅迫、偽計など考えられる限りの違法な取り調べの結果、両名の自供書が作成されたのである。その後、被告人は、9月30日、現住建造物等放火、殺人被告事件で起訴され、引き続き、詐欺未遂被告事件で勾留されて10月13日に同罪で起訴された。

三 その間、被告人については、逮捕第1日目と5日目に自供書数通が作成されたが、6日目以降からは、公訴事実を全面的に否認し、一貫して、無実を訴えている。   朴も、捜査段階で自白したものの、原審第1回公判の1995年12月19日から、一貫して、公訴事実を全面的に否認し、被告人同様に無実を訴えている。

四 一審は、第1回公判が開かれた1996年1月26日から、判決日の1999年5月16日まで約3年半をかけて、審理が進められた。

  検察官は、火災の日の直後から東住吉警察署に捜査本部を設け、府警本部より刑事を投入し、数十名の捜査体制で、起訴までの間に徹底した捜査を行っていたが、公判には収集した証拠の中から約350点を証拠として取り調べ請求し、そのうち、26人の証人尋問が実施され、火災の再現実験を含む200近くもの書証の取り調べがされた。

  弁護側は、6人の証人を請求し、そのうち5人の証人尋問が実施され、また車から自然発火した可能性が高いとする技術士の意見書を含む書証を請求し採用されて、審理が進められた。

五 審理の結果、火災の状況は、次のようであることが判明した。

  すなわち、本件火災現場は密集住宅街の中であり、別紙見取図のような家屋の構造であった。また、出火時の朴と被告人、C子、Dの位置は別紙見取図のとおりであり、最初に土間兼ガレージの車の下に小さな火を発見したのは朴で、朴は発見後、土間におり、火をまたいで、戸を開けて外に出た。一方、被告人は台所から水の入った洗面器を持ってきて、中の水を30センチメートルくらいの高さの火にまいた後、消えなかったので119番に電話をした。

  その後、近所の人が戸越に火を見つけ、45メートル先から走ってきて消火2−3本で消火しようとしたが、火は消えなかった。

  このように、被害者は入浴中の11歳の女子であり、出火場所は風呂場とは壁で仕切られていた場所だったのである。車の下にガソリンをまき火をつけて車を燃やし隣室で入浴中の女子が逃げ遅れて死ぬというのは、本件が計画された「放火殺人事件」であるにしては、方法として希有であり、確実性がないといわなければならない。

六 一方、朴の自白の内容は、1ヶ月ほど前に共謀したこと、C子を風呂に入れ火をつければ逃げ遅れてC子だけが死ぬであろうと計画したこと、当日帰宅前に給油ポンプを買って帰り、車のタンクからガソリンを抜いて、車の下にまき、ライターで火をつけたというものである。本件ではこの自白の任意性・信用性という点が争われているのであるが、審理の結果「被告人夫婦が放火した」という公訴事実について、次の三点が明らかになった。

  1. 審理された証拠の中には、被告人夫婦が放火したことを直接裏付ける客観的証拠は何一つないこと。

  2. 朴が警察に自白させられた、ガソリンをまいて火をつけた経過を、警察が再現して実験し鑑定書として提出したが、この放火による燃焼を再現した実験と、本件家屋の火災状況が、火の燃え広がり方などいくつもの点で、根本的に食い違っており、このことからも、本件火災の原因は放火ではないことが、証拠上明らかになった。つまり、朴と被告人の有罪を立証するために行われた燃焼再現実験が、逆に本件火災の原因は放火でないことの証拠となっているのである。

  3. 弁護側提出の技術士の意見書から、車からの自然発火の可能性が高いことが裏付けられた。

    この意見書は、本件火災車両を実際に見分した上で、技術士集団において討論した結果をまとめたもので、「本件火災は、車両から排出された濃縮気化ガソリンによる自然発火の可能性が高い」という結論であり、これを否定する証拠は未だ提出されていない。

七 にもかかわらず、一審判決は、公判前に作られた朴の自白調書が信用できることを、唯一の根拠として、被告人に対しても、朴と同様、無期懲役という有罪判決を下した。

  しかし、原判決自身が、「朴が本件家屋に火を放ったとする点については、直接その場面を目撃したものはおらず、また、被告人らの犯行であることを示す決め手となるような物的証拠もな」い(20頁)としており、また、「忠実な再現実験といい難い」(87頁)と再現実験を証拠から排斥しているのであるから、朴の放火行為について検察官は、証明できていないのである。そして、出火原因として「自然発火の可能性が全くないとまでは断言することはできない」と原判決も明白に述べているのでから、朴・被告人とも少なくとも証拠不十分として、無罪となるべきだったのである。

  また、動機についても、「本件犯行の動機に強く結び付くような事情には今一つ明瞭さに欠けるきらいはある」としながら、我が子を殺すという重大な犯罪の動機を安易に認め(94頁)、朴自白には、共謀の時期、共謀の際の被告人の態度などで供述記載に相違があり、「被告人が一時的に自供した内容とも一致しない部分がある」(94頁)と共謀部分の不自然性、信用性の低さを指摘しながら、朴の自白が信用できることを根拠として被告人の有罪を認めているのである。

  原判決は読めば読むほど、根拠が薄弱で、矛盾に満ちており、到底認められないと言わざるを得ない。

  以下、五つの点に絞って述べる。

  1. 再現実験における火災発生の機序と実際の火災状況との食い違い
  2. 自然発火の可能性
  3. 朴自白(共謀部分)の不自然性、信用性の低さ
  4. 朴自白(動機部分)の不自然性、信用性の低さ
  5. 被告人、朴の取り調べ状況



第二 再現実験における火災発生の機序と実際の火災状況との食い違い

一 燃焼実験(検168)との食い違い

1 炎の立上り、黒煙の発生状況

  燃焼実験では、着火後直ちに土間の後方を中心にガソリンの燃焼による炎が立ち上がり、同時に黒煙が多量に発生し、この炎は7秒後には土間の後ろの開口部からも吹き出すようになり、一気に天井の高さを越える状態になっていることが報告されている(写真53)。

  炎は、着火後たった7秒で居間にまで吹き出し、天井にまで達しているのである。もし本件火災がこのような燃焼状況であったならば、土間に下りて7.3リットルのガソリンを撒き、火をつけた朴が、一旦居間に上がって被告人らと談笑することなどおよそ不可能というほかない。その後、朴は、靴をはいて、玄関のドアの鍵を開けて外に出たことになっているが、炎はガレージから居間に吹き出し、天井の高さを越えるような状態になっている中で、火元であるガレージを通って、玄関から外に出ようという発想自体生じることはありえない。

  また、この炎や黒煙の状況は、本件火災を目撃した近隣住民の証言とも大きく食い違っている。本件火災を初期の段階で目撃した証人は、異口同音に炎は30センチメートルないし40センチメートル位の高さしかなく、煙はほとんど出ておらず、消火器で消せる程度の火事の大きさであったと証言している。この目撃証言が発火後どれくらいの時間経過した後の状況を伝えるものかは明確ではないが、燃焼実験と比較した場合少なくとも言えることは、目撃証言にあるような炎や黒煙の状況は燃焼実験ではみることができないということである。

2 被告人の119番通報等の行動

  被告人は、火事に気付いた後、台所から水の入った桶を持ってきて、土間の炎に向けて水をかけ、その後に階段下の電話で119番通報をしている。

  しかし、燃焼実験では、炎は7秒後には土間の後ろの開口部からも吹き出すようになり、一気に天井の高さを越える状態になったことが報告されている。着火後10秒で、居間に炎が立ち上がり、畳は燃えはじめているのである。

  もし、本件火災がこのような燃焼状況であったならば、被告人と朴が談笑をしたり、炎に水をかけたり、119番通報したりすることなど到底できない。

3 着火の状況について

  燃焼実験では、ガソリンへの着火は、棒の先に付けた紙に火をつけて行われているが、着火後直ちに土間の後方を中心にガソリンの燃焼による炎が立ち上がり、同時に黒煙が多量に発生している。朴の自白調書にあるように、7.3リットルもの大量のガソリンを撒き、ターボライターで直接着火するなどということは、この燃焼実験の様子からみれば、自殺行為にも等しいことであり、およそ不可能なことである。もし実際に行おうものなら、髪の毛が焼ける程度ですむはずはなく、手足に大きな火傷を負うことは避けられないはずである。だからこそ、燃焼実験ではあえて棒の先に紙をつけて着火したものと思われるのである。

  しかし、朴の手足に火傷は見られない。炎が一気に燃え広がったという供述もない。これは、燃焼実験からみられる客観的な事実と大きく食い違っているというほかなく、ターボライターで直接火を付けたという朴の供述がおよそ荒唐無稽な内容であることがわかるはずある。

4 原判決の問題点

  原判決は、この燃焼実験について、朴の自白調書どおり忠実に再現したものではないから、これを朴の自白調書の信用性を問題にするのは相当ではないとする。

  しかし、原判決は、この燃焼実験が6リットルのガソリンを撒いた上で行われているという極めて重要な事実にあえて目を覆っているとしかいえない。自白調書によれば、朴は7.3リットルのガソリンを撒いたとされているが、それよりもガソリンの量は少なくなっている。7.3リットルのガソリンを撒いた場合の方が6リットルのガソリンを撒いた場合よりも炎や煙の出方が少なくなるということを裏付ける証拠はどこにもない。むしろ、7.3リットルのガソリンを撒いた場合の方が6リットルのガソリンを撒いた場合よりも炎や煙の出方が激しくなると考えるのが常識ではないか。この常識からすれば、ますます朴の自白調書には大きな疑問が生じることになるが、原判決は一切この点には答えていない。

二 給油ポンプの残渣がないこと

  燃焼実験では、給油ポンプは溶けてはいるが、燃えカスがはっきりと残っている。

  しかし、本件火災現場からは、給油ポンプの燃えカスは発見されていない。火災の翌日に大々的になされた実況見分においても、翌日から3日間にわたってなされた現場検証においても給油ポンプの燃えカスは発見されていない。

  ポリエチレンは、火で熱せられれば、小さく固まるはずである。このことは、同じ材質のポリタンクが小さく縮んでいることからも分かる。警察は、本件火災現場に残された影のようなものを給油ポンプが溶けた後の付着物であると考えたようであるが、現物の給油ポンプよりも大きい影が残ることなどありえないことである。

  原判決は、何かが溶けたと思われる付着物が認められる、として朴供述と符合する事実として土間の影を指摘している。しかし、原判決は、付着物が何たるかも確定できていないにもかかわらず、燃焼実験でみられた事実をことさら無視して、朴供述の信用性を裏付ける根拠としていることには大きな疑問を感じざるをえない。

  このように、本件火災の時に給油ポンプがガレージの上に置かれていたとされることには大きな疑問があるといわざるをえない。そうであれば、帰り道に鈴木金物店で給油ポンプを購入し、その給油ポンプで本件車両からガソリンを抜いて、火をつけるにあたって給油ポンプを車の下に置いた、という朴の自白調書の筋書きが成り立たないことになる。

三 ターボライターが発見されていない

  朴の自白調書で火をつけたとされている肝心のターボライターは大々的な実況見分や検証によっても発見されていない。

四 まとめ

  原判決は、被告人の有罪を認定する上で朴の供述調書を決め手としているが、その信用性の評価は余りにも厳格さを欠いている。この最も重要な証拠である朴の供述は控訴趣意書で指摘したとおり、不合理な点がいくつもあり、とりわけ燃焼実験との矛盾は際立っているといえる。客観的事実との矛盾の有無こそ自白調書の信用性を判断する上で最も重視されるべき点であることからすれば、この重大な矛盾点を無視した原判決の誤りは明らかであるといえる。しかも、朴や被告人と本件火災を結びつける証拠、給油ポンプやターボライターが発見されていないことは十分考慮されるべきである。



第三 自然発火の可能性

一 第二で述べたとおり、本件火災が朴の放火行為によるものとするにはあまりにも大きな矛盾があることが明らかとなっているが、それでは、本件火災は何故発生したのであろうか。状況から判断すれば、車両から発火したものとしか考えられない。

二 これについて弁護人は、技術士ら専門家5名が作成した意見書を弁39号証として提出している。これは、本件火災が車両から漏洩したガソリン蒸気に、本件自動車床下の過熱した部品が火種となって発火したもの、すなわち自然発火によって発生したものであると結論付けている。

  詳細については、同書証に記載されており、また控訴趣意書に述べたとおりであるのでそれに譲るが、要するに、専門家らは、キャニスタから少量のガソリンが漏洩し、車体床下付近に滞留したところ、エンジンの再始動によって過熱部が生じて、発火した可能性が最も高いとみているのである。

三 これに対し、原審判決は、これら専門家の意見が、当初数十センチの高さの炎であったことや燃料タンク下部の膨張変形、車体の塗料が剥げていることなどの客観的事実に合致しており、それなりに合理的な説明であると思われるとしている。

  にもかかわらず、続けて、原審判決は、自然発火の可能性が全くないとまで断言できないとしながら、ホンダの技術者の証言などを根拠に、可能性はかなり低いと結論付けて排斥しているのである。

四 確かに、一般的にいえば、停車した車両から自然発火する可能性は高いとは言えないかもしれない。しかし、東京消防庁管内の平成9年の統計では、電気系統や燃料漏れなど車両自体から出火した乗用車の火災は139件あり、放火の60件を大きく上回っている。その139件のうち、燃料漏れなどの燃料系を原因とする火災は62件で、車両発火のうちの四割を越えている。また、電気系を原因とする発火も41件を数えている。

  貨物車の火災でも車両自体からの出火は173件も報告されている。走行中に突然出火した事例や、本件同様、駐車中や停車中に出火した事例も決して稀とはいえないのである。

五 しかも、本件では、先程、第二で述べたように、再現実験をはじめ、共犯とされている朴が放火したとするには、あまりにも矛盾点やつじつまの合わない点が多すぎる。他方、専門家の意見は、本件火災の状況を最もよく説明している。原審判決でさえ、合理的であることを認めているのである。

  一般的に停車した車両からの可能性が高くないからといって、本件でそうではなかったと断定すべき根拠は全く存在しない。むしろ、朴が放火したという具体的、客観的証拠は皆無であり、他方で、状況を最もよく説明する自然発火を、納得できる根拠もなく否定しきっている原審判決は当然見直されねばならない。



第四 朴自白(共謀部分)の不自然性、信用性の低さ

 本件においては、朴の捜査段階における供述の信用性判断においては、共謀に関する供述内容も重要ポイントの一である。

 ところが、ここにも以下に述べるような、信用性を根底から揺るがすようないくつもの問題点が含まれていると言わざるを得ないのである。

一 不合理な変遷

  まず、大きな問題点の一は、共謀に関する朴の自白内容が二転三転している箇所が何カ所もみられることである。本件は保険金目当ての殺人という計画的犯行であるとされているのであるから、真犯人であれば共謀状況は鮮明に記憶されているはずである。ところが、朴の自白では共謀内容の根幹部分とも言うべき箇所が何カ所も、取調によって変遷している。

1 例えば、共謀の回数についてが挙げられる。警察に連れて行かれ「今日からお前を犯人として取り調べる」と言われた1995年9月10日の取調時に作成された自供書では、朴と被告人が本件について共謀したのは、6月22日頃と7月5日頃の2回であり、7月5日頃の夜12時頃に話をした後は、7月22日当日までそのことについて二人で話をしていません、と断言されている。

  ところが、一週間後の9月17日の取調時に作成された調書では、6月22日頃と7月5日頃に加えて、7月15日頃にも謀議をした、すなわち共謀の回数は3回であったとの内容に変遷しているのである。

  もし、朴が任意に自分の記憶に基づいて正直に供述していたのであれば、被告人との謀議について、その時期・回数に関する供述が一週間後に変遷するということはおよそ考えにくい。しかし、現実には2回から3回へと変遷しているのである。この変遷は例えば21回を20回と取り違えるのとは訳が違う。大きな変遷と言わなければならない。

2 では、なぜこのような変遷がなされたのか、それは捜査官側の都合としか考えられない。つまり、朴の当初の自供は、本件の具体的犯行状況について話したのは7月5日頃の1回だけとされており、その内容は「雨が降って早く帰れる日に風呂に入れて、その間に俺が火つけるからな」と言ったというものであった。しかし、実際には朴は7月5日頃は地下街での仕事に従事していたのであり、雨だからといって仕事が早く終わるというような状況にはなく、そのような発想が出てくるはずもなかった。したがって「雨が降って早く帰れる日に風呂に入れて、その間に俺が火つけるからな」という内容の会話が被告人とこの時期に交わされるはずもなかったのである。

  朴が、天候が関係しそうな現場の仕事に変わったのは7月16日のことである。捜査官側はこのことに途中で気付いたため、7月15日頃以降に再度「雨の日に決行する」という内容の謀議を加えておかなければ、謀議の時期・内容の矛盾・不自然さを解決できないとして、そのように朴の供述を誘導したとしか考えられないのである。

3 この「雨の日に犯行を決行する」ことにした理由についても、重要な変遷がみられる。当初の供述では、「雨の日であれば自分が仕事から早く帰れるから」ということが理由として説明されていた。ところが、これがいつの間にか「雨であればC子を風呂に入れる口実となるから」と、その理由付けが変わっているのである。

4 次に、一番最初に本件について被告人と朴が謀議を行ったときの状況についても、供述が大きく変遷している。真実謀議を行ったのであれば一番印象に残っているであろうと思われる、最初に被告人が朴に向かって発した言葉について、9月10日の自供書では「惠子は気を取り乱して泣きながら『生命保険で何とかしたらいいやん』と言った」ことになっています。ところが、9月22日付の調書では「惠子は私に対して…冷たく小さな声で『生命保険があるやん』と言った」となっているのである。

  後述のように、朴は被告人の「生命保険があるやん」という一言を聞いて、初めて長女を殺すということを考えたというのである。しかも、事件について被告人と話したのは2回ないし3回だけだというのである。それが本当であれば、その一番発端となった最初の「生命保険がある」という一言を発した被告人の状況について、泣いて取り乱していたのか、それとも冷たく小さな声だったのか、果たして取り違えるということがあり得るだろうか。

  このように、共謀に関する朴の供述には、自己の記憶に基づいて任意に話したのであれば、まず取り違えたりするはずのない事柄について、いくつも変遷がみられる。このことは、とりもなおさず共謀に関する自白内容が虚偽であることを大きくうかがわせているのである。

二 また、以上述べたような変遷状況以外にも、朴の捜査段階での供述には不自然な点がみられる。その中でも、大きな点は謀議を行った場所についてである。

 供述によれば、共謀はいずれも夜12時頃、二階の家族四人の寝室として使われている部屋の中で、当のC子も寝ているそのすぐそばで行われたというのである。その中で、例えば殺害方法が朴から被告人に伝えられ、役割分担について話がされたというのである。本当であれば、すぐ横に寝ている当のC子に聞かれないか全く気にもかけないということがあるだろうか。ところが、この点については供述中には全く触れられていないのである。

 しかも、ここしか部屋がなかったわけではない。一階にも部屋はあったのであり、わざわざ当のC子の寝ている部屋でこのような話をしなければならない必要性はどこにもなかったはずである。この点についても、供述の中では何ら合理的な説明はなされていない。

三 以上のような、共謀に関する供述の不合理性・不自然性からすれば、これらの供述の内容が虚偽であることは明らかである。

 ところが、原判決は、これらの変遷等につき「その多くのものは、単なる表現方法の違いであったりするものに過ぎ」ないという。しかし、実際には、今述べたように、共謀の回数や共謀時の状況といった本件犯行の核心部分ともいうべき部分について、考えられないような変遷をきたしているのである。これはもはや「単なる表現方法の違い」といって片づけることが許されないような変遷であることは明らかではないだろうか。

四 共謀内容の空虚さ

  次に、朴の捜査段階での共謀に関する供述内容が、いかに空虚なものかについて述べる。

  原判決が認定したところによれば、本件は、1ヶ月も前から考えられた計画的犯罪ということになる。しかも、自分たちも居住し朴の仕事道具も置いている家屋に放火して娘を殺害するという計画なのである。もし、これが本当であれば、



  • 車をどうやって燃やすのか

  • ガソリンはどうして用意するのか

  • 準備はいつ、誰がするのか

  • ガソリンはどれくらいの量まくのか、、、、

  • ガソリンが燃えたらどの程度の火力になるのか、

  • 何を用いて点火するのか、

  • 点火に使ったものはその後どう処理するのか、

  • 火災後二人はどういう行動をとるのか、

  • 119番通報はするのか、誰がするのか、

  • 消火活動は行うのか、行うなら何を用いて行うのか、

  • Dについてはどうするか、

  • Dが風呂にいるC子を呼びに行った場合はどうするのか、

  • 火災後家族はどこで暮らすのか、

  • 車や仕事道具が焼失した後朴は仕事をどうするのか、

  • 家屋が燃えたことを家屋の持ち主である被告人の父にどう言うのか、

  • そもそも家屋や家財に保険はかかっているのか、

等々を綿密に打ち合わせておかなければならないことになる。

  ところが、本件ではそもそも共謀を2回(後には3回と変遷)、それも本件より相当前の時期にごく短時間で行っただけだというのである。共謀のための時間がなかったというわけではない。二人だけで話をする時間など当日までにいくらでもあったのに、それでも2回ないし3回しか話していないというのである。

  それでは、それだけ1回あたりの話が綿密であったかというと、そのようなこともない。具体的な殺害方法について話をしたのは7月5日の1回だけということになっているが、その内容も、C子の入浴中に車に火をつけ、逃げ遅れた形にして殺すという方法にしたことを被告人に伝え、被告人の役割はC子を風呂に入らせることであると伝えたと、ただそれだけということになっており、先に述べたような事項については、何一つ述べられていないというのである。

  このような回数・非常に空虚な内容の共謀で、検察官が想定したような犯罪を行おうとすることが本当に可能なのか、大いに疑問といわざるを得ない。このことはとりもなおさず、共謀に関する供述が虚偽であることを示しているのである。

五 計画の荒唐無稽さ

  そして、もし本件火災が原判決の認定するような計画性ある事件であったとすれば、それはあまりに荒唐無稽なものといわなければならない。

  原判決は、被告人らは「ガソリンに火をつけて、土間兼ガレージ内の自動車を燃やし、さらに自動車から自宅に燃え移らせ、風呂場で入浴中のC子を殺害するという計画をたてて、そのとおり実行した」と認定した。

  しかし、火災を利用するという方法は、C子が火災に気付いてすぐに逃げ出せば所期の目的を達し得ないというばかりでなく、そもそも燃焼物の形状や材質などによって炎や煙の発生状況は異なるから、火の燃え広がり方を事前に正確に予測することは難しく、殺害方法としては極めて結果発生の蓋然性の低い方法であると考えられる。

  特に本件では、自動車と風呂場の間には壁が設けられており、たとえ自動車が燃焼したとしても、風呂場まで延焼する可能性は極めて低いと考えられる。また、煙の広がり具合にしても、これは事前に予測できることではないから、煙による殺害を事前に予測するということもおよそ不可能なはずである。このように、結果発生の蓋然性が極めて低いこのような方法を殺害方法として敢えて選択したということ自体、荒唐無稽な想定であるといわなければならない。

  しかも、本件火災発生当時、朴はパンツ一枚の姿だった。もし、本当に「ガソリンを撒いて火をつける」という事前計画があったのならば、ガソリンの強度な燃焼力についても事前に知っていたはずの朴が、わざわざそのような我が身にも大きな危険が降りかかりかねないような、そのような格好になるだろうか。このことも、本件火災が朴の供述にあるような計画に基づいたものではないことを逆に裏付けているのである。

  このような、原判決の認定した殺害計画は、それ自体荒唐無稽であり、真の犯人が自己の記憶に基づいて供述した内容とは到底言えないような内容なのである。

  ところが、原判決はこの点について「現に種々の偽装行動に出ていたというのであり、しかも、実際、C子の死亡という結果を招来させていること」を指摘して荒唐無稽ではないと断じている。朴が犯人であることを当然の前提とする議論であって、はじめに結論ありきの誤った姿勢と評価せざるを得ない。



第五 朴自白(動機部分)の不自然性、信用性の低さ

 次に、動機に関する朴の捜査段階での供述内容について述べる。

一 朴の自白では、大旨「家族でマンションを購入することになっていたが、そのための諸費用約170万円を用意しなければならない状況であった。しかし、経済状況は苦しく、とても用意できるような状況ではなかった。一方、被告人とC子は親子でありながら非常に憎しみ合っており、被告人はC子を嫌ってDばかり可愛がっていた。そのため、被告人がC子に掛けてあった生命保険金目当てにC子を殺害して死亡保険金を手に入れることを思いつき、朴に持ちかけた。」ということになっている。

二 まず、誰もが思うであろうことは「170万円のために実の娘を殺害しようと計画した」ということの不自然さであろう。このようなことは、余程の事情がない限りなしえないのが通常である。原判決ですら「せいぜい200万円程度の金額の工面を考えて、そのために本件犯行を企てるというのは、いかにも不自然さが否めない」と認めざるを得なかった。

  おそらくは、そのためであろうか。朴の供述にはそのギャップを埋め合わせるべく「被告人とC子は憎しみあっており、被告人はDばかりを可愛がっていた」「被告人は何が何でもこのマンションに入居したいと思っており、そのためには170万円を用意する必要に迫られていた」という内容になっている。

  しかし、そのような供述内容は、およそ事実とかけ離れた虚偽のものであることは、原審における証拠調べの結果明らかになった。

三 まず、被告人とC子が憎みあっていたなどという事実は一切なく、むしろ被告人はC子を人一倍可愛がって育ててきていた。一審では被告人らの家庭状況についての複数の証言が得られ、また被告人自身も公判廷において詳細に述べたが、それらによって明らかとなったのは、自分が望んで19歳の時に産んだC子を、前夫との離婚、それに前後しての困窮した時代を乗り越えながら懸命に育て、朴との同棲に当たってもC子やDの立場を最優先に考え、また、C子の学力の遅れを気にしてそろばんや習字を習わせ、授業参観や運動会には欠かさず参加し、高校受験で苦労しないように私立中学へやろうと考え、そのための家庭教師までつけるなど、いわばごく普通の子供思いの母親の姿であった。娘を憎むとか、ましてや、自分たちの住むマンションを購入するための資金繰りに窮して娘を殺すなどということは到底考えられないような家庭だったことは明らかとなったのである。

  しかも、このマンション購入にしても、最初に営業の担当者と被告人らが会った日に被告人が真っ先に気にしていたのは、C子とDが転校しなくても済むかどうかという点であった。その購入のためにC子を殺害するなど、どうして考えられるであろうか。

四 また、問題となっている170万円も、この火災の起こった時期にはすぐに用意する必要はなかった金銭だったことも明らかとなった。すなわち、この時期は、まだローンの審査中で、通るか否かもはっきりしていなかった。そして、もしローンに通らなければこの170万円を用意する必要は生じなかったのであるから、この時期に無理をしてまでつくらなくてはいけないという性質のお金ではなかったのである。仮に必要になったとしても、販売会社の方は、いざとなればそれも自社ローンに組み込むことが可能であると被告人らに説明していたのであるし、また、利子補給サービスという名目で、入居後に200万円を一括で支払うということも被告人らには説明されていた。この意味からも、この7月22日という時期に無理をしてまで用意する必要など全くなかった。したがって、このために実の娘を殺害しなければならない必要性など、どこにも存在しなかったことは明らかなのである。

五 また、この当時被告人の家庭が、特に経済的に困窮していたという事実がなかったことも、被告人が毎日こまめにつけていた家計簿などの様々な証拠から明らかとなっている。それどころか、被告人はC子とDそれぞれの名義で、子どもたちが将来大人になったときに困ったら渡せるようにと毎月1万円ずつ積立貯金をしており、これには決して手を付けることはなかったことも明らかとなっている。

 六 そして、C子の生命保険についても、何もC子だけに掛けられていたものではなく、家族4人全員が加入していたものであった。そして、C子・Dの生命保険は、本件より3年も前に、親しくしている保険外交員の方から、それまで掛けていた郵便局の学資保険よりもいい保険があるからと熱心に勧められた結果、学資保険を解約して入ったものであり、加入経過に何ら不自然なところはない。これも、本件がC子の保険金目当ての殺人であるということと何ら結びつくようなものでないことは明らかなのである。

七 このように、朴が本件の動機として述べるところは、およそ客観的事実に反するものであり、被告人にも朴にも「保険金を目当てに長女を殺害する」ことの動機がおよそ存在しなかったことは、明らかとなっている。

  甲山事件の例を挙げるまでもなく、とりわけ事件と被告人とを直接結びつける証拠が自白しかない場合には、そのような犯行を被告人が行うだけの動機が存在したか否かということは、その自白の信用性判断においては非常に重要な位置を占めるはずである。

  本件では、そのような動機が存在しないことが明らかになったのであるから、自白の信用性はおよそ乏しいと判断されなければならなかった。

八 ところが、一審判決はこの点につき、被告人がC子に対してそれなりの愛情を抱いていたとか、経済的な逼迫度はそれほどではないといったことは認め、「せいぜい200万円程度の金額の工面を考えて、そのために本件犯行を企てるというのは、いかにも不自然さが否めない」としながら、「いざ犯行を思い立つに際しては、DではなくC子を殺害の対象にするということが全く不可思議といわなければならないものではない」「経済的な犯行動機など到底考えられないとはいえない」「被告人らにおいてC子の保険金欲しさという動機付けとなるものが全くない、およそ考えられないというわけでもない」から、「朴の供述全体の信用性を阻害するものとしてとらえること」はできないと、理由にならない理由で弁護人らの主張を排斥したのである。

  この論理で行けば、被告人側は、「動機となるような事情は全く、つゆほども存在しない」ということを立証できなければ、動機があったことにされ、ひいては犯罪を行ったということに合理性があるとされてしまう、ということになってしまう。

  原審裁判所が、本件における動機の占める位置の重要性を本当に認識していたならば、そして「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則の意味を十分かみしめていたならば、決してこのような判断にはならなかったはずである。



第六 被告人、朴の取り調べ状況

一 以上述べてきたとおり、放火の実行行為をしたと検察が主張する朴の調書の内容が、真実とはおよそ掛け離れた、警察・検察、特に警察のでっちあげの作文であることは明らかである。

  朴が自白したとする調書内容に従って現場の再現を行った場合、およそ実際に生じた火災の機序とは掛け離れた、黒煙等がもうもうとたちあがる炎に始まる火災が生じることが明らかになったのであり、被告人らの自白が事実と反するものであり、警察官の創作であることは、この一点からも疑いない。

  しかも警察は、この自白調書がでっちあげであることを隠蔽しようと、本来厳密に行わなければならない再現実験においてさえ、火の勢いが弱まるようにと、恣意的な条件設定を行っており、また朴が検察官の取り調べを受けるようになった後も、その取り調べと平行して警察官の取り調べを行い、暴行や脅迫を加えた警察官によって朴に対する心理的圧力を継続的に及ぼし、検面調書作成の予行演習のように警察においても調書を作成していたのである。

  さらに、朴の調書では被告人との共謀がなされた旨記載されているが、その共謀の内容たるや、第五に述べたとおり社会通念に著しく反するものであり、その上、被告人が実の娘を殺そうと考えたのが、わずか200万円足らずの費用を捻出するためであったという、およそそれだけでも全く信用するに足りないものである。

 原判決も認めるように、本件で被告人の有罪を裏づける証拠、というよりも、有罪に陥れる資料というのは、この自白の体裁を装った調書だけである。客観的証拠は何ひとつない。

  そして、その調書の内容が今述べたとおりのものであるのなら、被告人が無罪であることになんら疑いをさしはさむことはできない筈である。

二 最後に弁護人らが申し上げたいことは、ではなぜ無罪の、というよりも実の娘を失った、事故の被害者である母親が、自白に類する供述書を作成せざるを得なかったのかということである。

  あらためて言うまでもないが、警察や検察が一つ一つの事実を真摯に受け止め、被告人に対する事実聴取を丁寧に行っておれば、かような自供書などが作成されるはずもない。自動車工学等についてまったくの素人である警察官らが、たまたま娘に保険がかけられていることに着目し、放火に違いないと予断を抱いたところから、この「冤罪」はスタートしているのである。

  愛する娘を失い、悲嘆にくれている母親に対して、捜査機関がどのような取り調べを行ったのかについて若干触れ、この火災事故の最大の被害者が誰であったのかを明らかにしておきたいと思う。

1 本件火災事故が生じてから1か月半ばかり経過した1995年9月10日、その日は日曜日であったが、その日の午前7時頃、当時被告人が居住していたT町のWマンションに、話を聞きたいので準備をして欲しい旨の電話が突然警察。そして30分も経たないうちに大阪府警の警察官らが10名ばかり来て、朴と息子のD、被告人は有無を言わさずそれぞれ別の車に乗せられた。この時被告人は大阪府東住吉警察署へ連れられている。

2 東住吉警察署に着くなり、被告人はすぐ同警察署の二階にある取調室に連れていかれた。担当のS、I両刑事は、被告人が朴と共謀して本件犯行を行ったと断定して、すぐさま厳しい追及を開始した。被告人が身に覚えのないことであるといっても取り合わず、「正直に言え。お前がやったんやろう」などと大声で怒鳴り続けた。

  この当時、被告人は、本件火災により最愛の娘であるC子を亡くし、その精神的なショックで食事が喉を通らない状態であり、健康もすぐれなかった。そのうえ9月10日当日は朝食、昼食が食べられず、ゆっくりお茶が飲めるような状態でもなく、飲まず食わずで長時間怒鳴られ、自白を迫られるという状態にあったのである。

  しかも刑事らから、任意捜査であること、その意味についての説明は何らなされず、任意に退去することができることなど知らされていなかった。火災のなかで娘を助けることができず、ショックを受け、また自責の念にかられていた被告人を警察は脅し追い詰めた訳である。さらに刑事らは、「夫である朴は吐いているぞ」、「全部認めているぞ」などと述べ朴が自白している旨を告げている。このような中で第1回目の自供書が作成されたのである。

3 その日の夜被告人はO弁護士と接見しているが、その際、被告人は一人では歩けず女性刑事に支えられてようやく留置場に連れてこられている。その場の被告人は精神的に混乱し非常に衰弱していたが、自分は何もやっていない、でもやっていないと言っても刑事らが一切聞いてくれない、そして、自供書を書かされた、どうして書いたのかなどを明確にO弁護士に述べているのである。

4 その後O弁護士からのアドバイスを受け、被告人は、C子殺害を自白する旨の記載があった調書について署名指印を拒むようになっている。

  検察庁では、U検事が弁解録取にあたっているが、被告人はU検事に対し、自分は犯行を行っていないこと、自供書を書いた理由などを具体的に申し述べた。しかし弁解録取書には、ただ「身に覚えのないことです」との記載のみがなされるにとどまった(検142号)。

  次いで、裁判所で勾留質問がなされたが、その際にも事実は身に覚えがないこと、朴の自白のファックスを見せられて頭がボーッとしていて虚偽の自白をした旨の調書が作成されている(検143号)。

  以後被告人は黙秘を通し、調書は一通も作成されなかったのである。

5 ところがその後の9月11日、U検事は、大阪地方裁判所I裁判官がなした大阪拘置所を勾留所とする勾留の裁判に対して準抗告を申立て、13日、同地裁M裁判長は、右準抗告の申立てを認容した。そしてあろうことか、勾留場所は東住吉警察署に変更されたのである。

  東住吉警察到着後、直ちに被告人に対する取り調べが開始された。取調べで刑事らは被告人に対し、右裁判の決定を素材に「弁護側の言うことは何でも裁判所は認めへん」「裁判所は警察の言うことだけを信じる」などと告げている。被告人は何がどうなっているのか判らない状態となり、弁護側のひいては被告人の主張を裁判所は認めてくれないのかという不安と絶望感を抱いたのである。

6 9月14日の午前の取調では、刑事に何を言っても一切応じてもらえないことから、被告人は何も彼らに対して話さなかった。このような被告人に対して、刑事らは「C子が可哀想と思わへんのか。」「お前は鬼のような母親やな。」「素直に認めろ。」「涙も流さへん女やな。」など、被告人を侮辱するような言葉を大声で浴びせ続けた。

  このような状態にあっても被告人は、午前、午後と黙秘を貫いていた。しかし午後6時頃からさらに夜の取調が開始された。被告人は、この時も最初のうち黙秘していたのであるが、その時刑事から「C子が可哀想やろ。なんで助けに行けへんかったんや。」と執拗に迫られるに至った。

7 すでに述べたように被告人は、C子の死亡を知って以降、C子を助けられなかったことをずっと後悔し、心の中でC子に詫び続け、自分を責め続けていた。それは母親として当然の感情であった。しかし警察から追い討ちをかけるようなことを言われたため、いっそう辛い気持ちが増し、過酷な取調べに耐えようとする必死な気持ちが次第に揺らいでしまったのである。

  そのような状態の被告人に対して、刑事は、被告人の真横に座って「素直に認めたら いいんや。」「警察の言うとおりにお前が自白書を書けば、すぐこの場から開放してやる。」などと話しかけてきた訳である。誠に卑劣と言わざる得ない。

  しかしここに及んで被告人は、このような取調べがまだまだ続くことは到底耐えられない、いっそ死んだ方がましだと考え、刑事の言葉にうなずいてしまったのである。被告人は連日の過酷な取調べで疲労困憊しており、また緊張と不安で朦朧状態に陥っていた。しかも、長時間耳元で怒鳴られる恐怖感のみならず、何を言っても信用してもらえないという絶望感、裁判所に対する不信感から、取調べから逃れたいという一心で事実と異なる自供書を作成してしまったのである。

8 その晩留置場へ戻ると、覚せい剤犯で留置されていた女性が起きて被告人を待っていた。被告人はその女性に対し、一連の経緯を打ち明け、嘘の自白をした旨話した。その女性は「本当に犯人やったら仕方がないけど、犯人じゃないんだったら、子供がそんな汚名を着たままじゃかわいそうや。もっと頑張り。」などと被告人を励ましたのである。

  この時被告人は我に帰り、C子やDのためにも、今後否認を貫こう、明日からは絶対に頑張ろうと決心するに至った。そして実際この日以降、被告人は自供や自白は一切おこなっておらず、その趣旨の調書ももちろん作成されていない。

9 要約すれば、被告人には9月10日と14日以外自白に類する書面は存在しない。そしてそれら書面が作成されたことについてもやむを得ない事情が認められるものである。しかも補足すれば、9月10日と14日には、同じ日になぜこれほどまでと思われるほど書面が大量に作成されている。警察がこの時とばかりに調書を作成していることは明らかで、そのことはとりもなおさず、その時以外の被告人が真実に依拠し、自分がなんらやましいことをしていないとはっきり申し述べていたからにほかならない。

 三 娘を失った最大の被害者である母親に対し、その悲しみの原因である娘の死について、殺人をでっちあげようとする捜査機関、それに対し、具体的な証拠がないにも拘らず、盲従して有罪の判決を下した原判決はとうてい許されるものではない。

  ぜひ当審において適切な審理のなされることを切に希望する次第である。

以 上


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