1年前、初めて大阪大学の豊中キャンパスに訪れたときの印象から始めたい。私は学内のところどころに設置されているキャンパスマップを頼りに文学部本館を目指した。そこから日本学棟を探すことにしたのだが、美学棟・法文経講義棟(以下講義棟とする)は見つけることができても、日本学棟はなかなか見つからない。朝8時半のキャンパスは、人影もまばらで、一人で悪戦苦闘せざるを得なかった。今思えば、日本学棟は入り口すらも、分かりづらい。悪戦苦闘したのも私の方向音痴のためばかりではないようにも思われる。文学部本館から日本学棟に行くには、外付け階段の横を通らなければならず、そのうえ入り口は階段の影。本当に不親切なキャンパスだ――これが私の第一印象であった。
私は今年入学し、このキャンパスに通うようになった。そこでさらに驚くことが私を待ち受けていた。日本学棟にはトイレがないのである。私は以前、某私立大学に通っていた。古い校舎には女子トイレが少なく、不便を感じたものだった。しかし程なくできた新校舎には、至るところにトイレがあった。快適だ。私以外にもトイレの少なさに業を煮やしていた人は大勢いたのだろう。さらに新たに建設された大学院棟なるものには、各階に2箇所のトイレ、そのうえ便器にはウォシュレット。何を考えているのかは知らないが至れり尽くせりといったところだった。しかし、依然として劣悪なトイレ事情のままの場所があった。教授棟である。男子トイレは各階にあったが、女子トイレとなると1-2階にしか設置されていないのである。やむを得ず1-2階まで行くか、さもなければ男子トイレで用を足す。そんな状態が続いていた。そもそも私の所属していた学部には、女性研究者が一人しかいなかったのが原因なのだろうか。そういえば、その新大学院棟でも障害者用のトイレとなると、事情はまったく違っていた。私立大学は人集めのために設備を充実させる必要もあるだろうが、無駄な設備が本当にいっぱいあるものだ。その反面、人目につかないところでは、いろんなものが足りないのである。
話を元に戻そう。日本学の学生が運営する「研究室向上委員会」という自治組織がある。研究室の使い方などを学生が自主的に決定し、運営するための組織である。そこで私達は、前々から議論されてきた「トイレ設置要求」を、学部長・研究科長との交渉のため再度準備し始めた。学生が研究室の環境改善のための何かを要求するというのはごく当たり前の話であるが、要求するものが「トイレ」ということになると、正直物悲しくもなる。
そもそもなぜ日本学棟にはトイレが無いのか。ひとつの建造物の中にトイレが必要なのは当然であろう。日本学棟の校舎を建設する段階で、そうは考えられなかったのだろうか。もっとも、講義棟のトイレを使用するということが前提にあったのかもしれない。講義棟と日本学棟の間にある階段が渡り廊下の役割を果たしてくれ、ひとつの建物のようにも考えられるからである。しかし、それは昼間の話。講義棟が閉鎖されれば、私たちはどこのトイレを利用すればいいのだろう。講義棟はそもそも夜間の利用を考慮してはいなかった。最近になってようやく、カードリーダーが設置され、いつでも出入りできるようになったにすぎない。そう考えると、日本学棟の「トイレ問題」が考慮されていたとは考えにくいのである。
では他の研究室はどうなっているのだろう。多くの研究室がある文学部本館では、トイレの改修が進み、その上防犯のためにセンサーで感知する照明までついているという。この違いは何だろう。確かに本館には多数の研究室があり、日本学棟にある研究室は日本語学と日本学の2つだけである。だからといってこんなことでよいのだろうか。数が少ないからといってトイレを我慢できるわけではない。このような違いは研究室の利用時間にも現れている。日本学研究室の学部生の利用時間はかつて夕方の5時までだった。つまり、日本学棟入り口のカードリーダーに登録されていない学部生は、外出すれば、事実上閉め出されることになっていた。利用延長の交渉によって、ようやく午後7時までの利用を勝ち取ったのである。それが可能になったのは、今年になってからだそうだ。文学部本館にある他研究室の学部生は、館内にトイレは設置されているし、研究室から一歩外に出ても閉めださる心配はないだろう。日本学の学部生は夜遅くまで学校にいる必要はないのだろうか、それともいてはならないのだろうか。疑問はつのるばかりである。
2つの研究室しかない日本学棟にトイレを設置することは、対費用効果を考えると効率の悪いことかもしれない。だからといってそれだけで事が決まってはならないはずである。午後6時に講義棟が消灯・施錠されると、私たちはカードリーダーで鍵を開け、暗い夜道の中、トイレに行かなければならない。ある男性など、講義棟の暗闇があまりに怖く、うたを歌いながらトイレを目指したそうである。それが女性ともなれば、不気味極まりない夜道で歌を口ずさむわけにもいかないだろう。そうすると、防衛のためには、熊の着ぐるみでも着ればいいのだろうか。講義棟に行くのが嫌であれば、学生会館のトイレを使えばいいというかもしれない。しかし、いくら近くにある建物とはいえ、暗い学内を移動するのに気味が悪いのは同じである。いずれにせよ、日本学棟から一旦外に出なければトイレを使うことすらできないのだ。施錠してある日本学棟のドアを頻繁に開くとなると、それだけでも防犯上好ましくないはずなのに・・・。
このような状況では、研究室に残りたくても残れない。やむを得ず自宅に帰っているという声がしばしば聞かれるのもそのためである。何を隠そう私もその中の一人である。トイレの問題さえ解決すれば、安心して研究室を利用することができるのだ!
最近ではさらに驚くべきことがあった。「契約電力オーバーを知らせる警告」があったのである。具体的には、冷房の設定温度を28度にして、電力節約に協力せよとのことである。このような指示に異論はないが、もう一度契約電力オーバーの警告がくれば、そのときにはクーラーを消さざるを得ないかもしれない。もし、その様な事態になれば、早朝、あるいは夕方から夜の涼しい時間帯に研究室を利用せざるをえないであろう。そうなると、夜間に研究室を利用する機会も増えるはずである。逆にいえば、早朝、夜間の研究室利用はこのような事態の改善に寄与することもありえるのである。いずれにせよ、トイレを設置するのは急務と考えられるのだ。
昨今、「バリアフリー」が進みつつあるなかで、先端の議論をしているはずの大学でこのようなことがあってはならないであろう。