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この記事には読者から批判が寄せられ、あらためて『みちくさ』13号で「釜ヶ崎特集」を組んでいます。


地球の歩き方 釜ヶ崎

山口憲介

ようこそ釜ヶ崎へ

JR大阪駅から環状線内周りに乗って二十分。新今宮で下車すれば、そこはもう釜ヶ崎だ。あなたがもし、目隠しと耳栓をされてここに連れて来られたとしても、改札を出て階段を降りれば、あなたはすぐに嗅覚によって何処に連れて来られたのかが判るだろう。大阪広しといえども、匂いで何処の駅だか判るのはこの新今宮駅と、鶴橋駅の二つだけである。勿論、鶴橋の匂いは周りに立ち並ぶ焼肉屋の匂いであり、新今宮のそれは駅の下で生活するホームレスの小便の匂いであるという、ささやかな違いはある。

一般によく知られているように釜ヶ崎は地図に載っていない。従ってどこからどこまでというはっきりとした境界はないが、ほぼ西成区萩之茶屋に花園北、天下茶屋二丁目を合わせた地域だといわれている。人口は二万人程だと言われているが、これも景気や季節による変動が激しい。景気が悪ければ労働者は長期契約で出稼ぎに行くし、冬になれば体力のない人間から道端で死んでいく。

みる

釜ヶ崎には四角公園と三角公園という、二つの公園がある。四角公園には高い金網が張り巡らされ、夜にはホームレスを閉め出すべく鍵がかけられるが、昼間にはここで炊き出しが行われる。三角公園は釜の人間の憩いの場であり、天気のいい昼下がりにはいろんな人が集い、たわむれる。たわむれすぎて、ときどき殴りあう。でも、どっちも酔っ払っていて足元がふらついているから、まともに殴れない。もし、一方がしらふなら片方はときとして死ぬ。どちらにせよ、喧嘩はすぐ終わる。平和はまたすぐに訪れる。

みられる

釜ヶ崎の至る所に、警察の取り付けた監視カメラがある。あなたは釜の住人だけでなく、ハイテクを駆使した西成署の警官にまで「みられる」ことが出来る。観光地において起こりがちな、みっぱなし→みられっぱなしという構図を、このシステムは容易に解消してくれる。

あそぶ

あなたがほんの少しの時間と多くのお金、そして自分の右手の小指さえ惜しまなければ、釜が崎は大いに楽しめる。

丁半賭博 一番ポピュラーなのが、三角公園で毎日行われる丁半賭博である。ベニヤ板の上で振られるサイコロを見ていれば、ルールはだいたい判る。しかし勿論、ルールが判るということと勝てるということは決して同義ではないし、やってみようと思うことはツボ師に幸福をもたらすということと結果的に同義である。

スマートボール パチンコに似ているが台が斜めになっており、その上を直径3センチぐらいの白い玉が転がり落ちていくところが違う。その名に反して一球ずつ手打ちで、台の構造もきわめてちゃちであるが、長く楽しめるという長所はある。釜ヶ崎にはなく、新世界にまで出る必要がある。

ポーカー賭博 もし、あなたに連れていってくれるような知り合いが出来たなら、ポーカー賭博屋に行ってみるのもいいだろう。普通のワンルームマンションの一室に改造されたテーブルゲーム機が置いてあり、一見の客は入れない。ルールは普通のポーカーやブラックジャックと同じだが、掛け金は高い。従って、一回遊ぶのには一万円以上投資する勇気、いいかえればそれをドブに捨てる寛容さが必要とされる。

Shop

朝市 釜ヶ崎を南北に貫く大通り、そして最近では三角公園のまわりにまで、朝市が開かれる。売られている物は品物の質を考えると確かに安いが、それが何の役に立つのかを考えだすと恐ろしく高い。

覚醒剤 夜の釜ヶ崎を徘徊しているのは、主に自転車に乗ったヤクの売人とパトカーである。前者に幾許かの金を払えば、より開放的な世界へ飛び立つ切符を手に入れることが出来るが、そのあと後者に出くわすと、あなたはより非開放的な空間へと導かれる。

たべる

弁当 釜ヶ崎には弁当屋が数多く存在する。その多くで売られている「けんちん汁」はうまくて安いが、弁当にはおおむね次の公式が当てはまる。

コロッケ弁当 =コロッケ +ご飯 +千切りキャベツひとつまみ

ハンバーグ弁当=ハンバーグ+ご飯 +千切りキャベツひとつまみ

のり弁当 =のり +ご飯 +千切りキャベツひとつまみ

(以下同)

弁当屋にはよく、「ライスだけの注文歓迎」と書かれていて、利用者のニーズをしっかりとらえている。

炊き出し 四角公園でときどき、ボランティアの手によって行われる。発砲スチロールの容器をもって並べば、あなたはその食べ物を無料で獲得出来る。あなたはそれを得るために、思い付く限りの汚い身なりをしていかねばならないが、それはそこで得られる食べ物の衛生面とは何ら関係ない。その食べ物は一応お粥の体裁を取っていて、その色は何とも言えずあなたの食欲を減退させるかもしれないが、それはその食べ物をすする周りの人々から来る心理的錯覚にすぎないと理解しなければならない。

とまる

釜ヶ崎の夜は危険である。特に、酒を飲んだ後の一人歩きはおすすめ出来ない。あなたがそういうシチュエーションに陥ったなら、シノギと呼ばれる刃物をもった強盗がきっとあなたの金品を襲い、あなたは多量の出血と共にそこに取り残されるだろう。

ヒルトンホテル 釜が崎にもヒルトンホテルぐらいある。但し、そのオーナーはヤクザで、トラブると派手なネクタイの男が二、三人やって来る。一応その名に恥じず、釜ヶ崎ではAクラスのホテルで設備も整っているが、その風呂に置かれたシャンプーの容器には「ヒルトンシャープ」なる文字がマジックで書かれており、中身は大量の水で薄められているにもかかわらず洗い心地の鋭さを思わせる。部屋には勿論カギがあるが、以前にその部屋に宿泊した者がその部屋の合鍵を作っていて、あなたの留守中に入って来るという事件が日常茶飯に起こるので、そこにセキュリティーはほとんどない。あるのはカギを閉めれば少しはましだろうという、根拠の無い幻想だけである。一泊二千円前後。門限は十二時。

旅館きみや あなたがもし、「屋根のある場所で寝ること」を宿泊の定義と考えるならば、ここは立派な宿泊所である。建物全体の天井はギリギリまで低く、部屋は一畳である。昔はこの部屋を更に上下に区切ってあったのだが、火災が起こったら多くの宿泊者が逃げ出せずに焼け死ぬということが多数の犠牲の上に判明し、消防署の圧力もあって今は壁にその跡を残すのみとなっている。壁の落書きは人間を語るが、この建物の設備は人間を語らない。テレビは勿論、風呂も暖房機具もカギもなく、全ての活動を拒否するかのように薄暗い。一泊七百円。

青カン あなたがもし、「寝ること」を宿泊の定義と考えるなら、青カン(野宿)だって一応宿泊となり得る。場所は三角公園のステージ前が一番いい。いつも金の無い誰かがいて、夜通し焚き火をしているからだ。もしくはセンター前で配られる布団を入手して、道路で寝るのも手だ。週に二、三回、午後九〜十時頃に「夜回り」と称するキリスト系のボランティアが、毛布や使い捨てカイロやおにぎりを持って回って来てくれる。そこであなたが留意すべき点はただひとつ。出来るだけ弱々しく、信仰深そうに、卑屈な態度を取ることだ。幸運にも、自分専用のダンボールを入手出来たら、周りのホームレス達がするように家らしきものを作って、そこに寝ることも可能である。但し、あなたに寝る場所を取られたホームレスが攻撃を仕掛けてくるかもしれないこと、そうでなければ警察によって全てが撤去されるであろうこと、運よくどちらも免れたとしても、寝ている間に「軽いジョーク」を好む者達によってガソリンを撒かれ、火を付けられる可能性もあることをあなたは考慮しておかねばならない。

カラーピープル

多くの国と同様、ここでも肌の色で人種が分かれている。 しかし、それらの人種間に身分の差があるわけではないし、肌の色にたいした意味があるわけでもない。

黄色 いわゆる一般の人の色だが、ここに住む一般人ほど不自然なものはない。多くは布教とボランティアに励むキリスト教徒である。その比率は少ない。

黒色 厳密にいえば黒いのは肌ではなく、汚れに過ぎないかもしれないのだが、誰も洗い流そうとは思わないから、洗えば落ちるという保証はない。地の色なのかそうでないのかは彼ら自身にとってどうでもいいことだし、それは我々にとっても同様である。

白色 死体。もしくは死にかけの覚醒剤常用者。

極彩色 ヤクザ。

 

旅行者へのアドバイス

ここには何も計画を立てないで来るほうが明らかに楽しいし、実際どんな計画もたいした価値を持たない。旅行プランというものはたいてい現実に即したものとはならないし、ここ釜ヶ崎では特にそうである。

持参するもの 走って逃げる、または追いかけることの可能な靴と、適量の日本円。それだけで充分である。むしろ、日常生活であなたにこびりついたモラルや法、常識、正義、軽薄な同情心などは、ここでは邪魔以外の何物でもない。

 

なお、釜ヶ崎で暮らそうと思うなら、本書の姉妹編である『はじめての一人暮らしin釜ヶ崎』(仮)の一読をおすすめする。仕事の取り方からレンタルビデオの借り方まで、生活に必要な情報が満載されている。


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