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ちゅん君の手記

 ちゅん

 以前、阪大解放研のホームページの伝言板に、「(在日韓国人である僕にとって)部落問題にかかわることは、ある意味自分にとって最も痛い部分と向き合わずにすみ、それでいて『大切な人権問題を考えている』つもりになっている」ということを書き込んだことがあった。その後、これが重大な誤りであることに気づいたので、「重大な誤りがあった」と書き込んだが、そう言えばそのままだったなぁ。

 何が重大な誤りなんだって? それはね、僕が部落出身者だったから。これを知ったときは、ちょっとショックだった。部落問題にかかわることで、ある意味自分の最も(?)痛い部分と向き合わなければならなくなってしまったのは、皮肉な結果である。

 僕が大阪市立大学に入学後、市大部落研にちょくちょくいっていたころがあった(その当時は、まだ入っていなかった)。市大部落研には眼鏡をかけたお兄さんと、同じく眼鏡をかけたお姉さんがいて、彼らとお話をするようになったとき、眼鏡をかけた(その当時は)優しそうなお兄さんが、僕の住んでる地域には部落があるということを言った。それを聞いたとき、「嫌だな」と一瞬思った。その気持ちは、自分の住んでいる場所が部落だったらどうしよう、というものからだったと思う。将来、在日韓国人ということで差別を受けるかもしれないのに、その上さらに部落出身ということで差別されるのは嫌だなぁ、と思っていた。

 それ以降、眼鏡をかけたお兄さんのあの言葉が、気になり続けていた。そして、根拠もないのに自分は部落出身ではないだろう、と勝手に考えては喜んでいた。

 そういえば、市大のある部落問題関係の講座で、先生が「この中で、自分が部落出身ではないと思う人は、手を挙げて」と言ったことがあるが、僕は手を挙げなかった。その時は、根拠がないから手を挙げなかったんだけど、頭の中では、あのお兄さんの言葉がぐるぐる回っていた。

 そして、11月に大学主催のエクスカーションというもので、僕の住んでいる地域に行った。その部落の解放同盟の支部で、どこからどこまでが部落かということを聞いた(決して質問をしたわけではない)が、僕の住んでいる場所は入っていなかった。正直に言ってほっとした。が、その数日後、「ちょっと待てよ・・・、確かに今住んでいる所は部落ではないけど、生まれた場所って・・・」 一度、自分は部落出身ではないと確信しただけに、つらかった。これが運命なのかなって感じだった。

 

to be continued

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