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「花岡和解」11年に新聞へ投書
「花岡和解」11年にあたって我々の主張を各新聞に投書したが、
掲載には至らなかったので此処に収録する。投書の原稿
第1回 公開勉強会
第1回公開勉強会を開きました。
テーマ: 「戦後日本社会のなかの花岡事件」
講師: 渡邊澄子さん(大東文化大学名誉教授 日本近代文学)
日時: 2011年8月21日(日) 15時〜18時(終了後、懇親会)
鹿砦社が「花岡和解」問題を取り上げる
独自の告発記事で知られる鹿砦社が「花岡和解」の問題性に注目し、
月刊雑誌「紙の爆弾」2011年4月号76−80ページに
「戦後補償運動が弁護士らの喰い物に 鹿島建設による外国人強制労働事件
『花岡和解』の抱える闇」、
またムック本「告発の行方 知られざる弱者の叛乱」
(2011年4月)の中で
「三百代言で塗り固められた『花岡和解』の徹底検証
−−中国人戦争被害者をウソとごまかしで裏切った弁護士たち」(花岡問題取材班)
(57−93ページ)
を刊行しました。
これらの記事が「花岡和解」への評価を問い直すことにつながり、
弁護団・支援者が誠実な解答をすることを期待します。
問い合わせは鹿砦社まで。
なお「janjan」
に芹沢昇雄さんによる「『花岡和解』の徹底検証」の紹介文が掲載されました。
耿諄さん、孫力さんらから震災お見舞い
耿諄さんは病躯に鞭打って被災者支援のために揮毫の筆を取られ、
書がチャリティー・オークションに出品されたと
「環球網」に報道されました。
孫力さんからはお見舞いの言葉が届き、
花岡の慰霊碑が破損していないかどうかもご心配されていました。
(後日野添憲治さんから無事とのお知らせ)。
何天義さんと聯誼会からもお見舞いをいただきました。
原告が望んだ記念館は?
2010年4月17日に、
秋田県大館で市民立花岡平和記念館のオープン式が大々的に行われました。
加害の地の市民の手によって建てられた加害事実に関する記念館として、
評価されるべきでしょう。しかしながら、そもそも耿諄さんたちが求めているのは、
鹿島建設が加害の歴史事実を認めて本当の反省を示すシルシとしての記念館そのものです。
この点については、関連報道ではなぜか全く触れられていません。
和解直前の説明会の前(2000年11月17日)に、
耿諄さんが起草した記念館建設についての主張を
再読したい。
野田氏コラムにたいする
内田弁護士の反論への再反論
2010年1月15日『信濃毎日新聞』のコラム「今日の視角」に野田正彰氏の
「「花岡和解」から10年」が掲載された。
これにたいして花岡訴訟の原告側代理人であった内田雅敏弁護士から
「今日の視角「『花岡和解』から10年」への反論」が寄稿され1月21日の同紙に
掲載された。しかしこの反論には看過できない誤りがあるので、
花岡勉強会のメンバーから複数の反論、
投書が同紙に送られたがそれらが公表されることはなかった。
それらをここに掲載して流布された誤謬を正したい。
西松・信濃川和解の進行に対して
康健弁護士が抗議書
3月23日の西松建設・信濃川訴訟原告の
「和解」拒否声明にもかかわらず、
日本側代理人らによって被害者全員を包括する和解協議が進行していることが
報じられている(4月17日「朝日新聞」など)。
この動きにたいして中国側代理人の康健弁護士が西松建設へ
抗議書を送った。
(なお次項の旻子氏の批判も参照されたい)
『尊厳』著者:旻子氏が「和解」モデルを批判
西松建設・信濃川訴訟原告の「和解」拒否をうけて、
『尊厳』の著者である旻子氏が「花岡和解」以来の「和解」モデルを批判する
「僅かな金銭を得て発言権を失った!
――中国人強制連行被害者による対日損害賠償請求の「和解」モデルについて――」
を発表した。
西松・信濃川訴訟の原告らから西松へ
和解拒否声明と公開書簡
戦時中に西松建設信濃川事業所に強制連行された労工・
遺族が賠償を求めて訴訟を起こしていたが、最高裁で敗訴が確定した。
09年に西松建設のスキャンダルが発覚すると、
「イメージ・チェンジ」のために被害者に対して和解交渉を呼びかけた。
しかし、被害者側の「賠償請求権が放棄された」という最高裁判決の一方的な主張、
「救済という意味合いの償い金」に反発して、
原告5人と原告でない被害者2人の遺族は和解案を拒否した。
彼らが西松に送った拒否の意思表示が
「声明」である。
また、強制連行・強制労働の中国人被害者によってこれまで提起された
15件の訴訟のうちの12件の原告の一部や遺族(204名)が、
上記の「声明」に賛同して西松への
「公開書簡」を送った。
この声明と公開書簡の大きな意味は、
被害者の最低限の要求を加害企業西松建設に毅然と示したと同時に、
日本社会に対しても花岡モデルの「和解」はもう二度と持ってくるな、
と発信したことにあると考えられる。
同じ西松建設にかかわる安野(広島)訴訟については下記を参照されたい。
「西松安野和解」に対するわれわれの意見
2009年10月23日、
広島安野に強制連行された中国人被害者と西松建設との間に和解が成立した。
その和解条項等を検討すると、
10年前に成立した花岡「和解」の過ちを繰り返したところも見え、
花岡「和解」勉強会として意見を表明したい。
公開質問状に回答なし
内田雅敏氏、田中宏氏、林伯耀氏に送付した花岡「和解」に関する公開質問状は、
送付後一ヶ月の回答期限(3月18日)を過ぎた現在も何ら回答がありません。
これは、原告の孫力氏による公開書簡(2001年11月)、
原告代表の耿諄氏による声明文
(2003年3月)への無回答に続くものといえます。
他方で、たとえば内田氏は昨年も、
花岡「和解」が「中国人被害者を完全に満足させるようなものではなかった」
としながら「次のステップ(略)としての意味を持つもの」
(『毎日新聞』08年9月8日)との評価を続けています。
花岡「和解」が今も評価できるとする立場であれば、
「和解」を拒否している原告や私たちが投げかけた質問や意見に正面から答えることは
何ら困難ではないはずです。
「和解」に疑義を持つ意見には一切耳を傾けようとしない姿勢は残念でなりません。
被害者の意思を第一義にして戦後補償を追及しなければ、
本当の意味で戦争責任をとることにつながらないでしょう。
元弁護団や支援者らが開かれた姿勢で対話に応じることを強く要請します。
2009年3月26日
花岡「和解」勉強会一同
田中宏氏らへ公開質問状
公開質問状 前書き (共通)
田中 宏氏への公開質問状
内田雅敏氏への公開質問状
林 伯耀氏への公開質問状
花岡「和解」勉強会へ参加しませんか
花岡「和解」直後から、あるいは最近になって「和解」に疑問をもつ
人たちが、根底から問題点を追求し、その結果を発信していこうとする会を開いています。
原則として月に1回、週末の午後に都心で集まります。
日時、場所はこのページ下端にあるメールアドレスまでお問い合わせください。
花岡「和解」の評価をめぐる新しい波
2000年11月の「花岡和解」から7年あまりが経ちました。
2007年夏から『世界』(岩波書店)誌上で野田正彰・関西学院大学教授による
中国人強制連行被害者の聞き取り「虜囚の記憶を贈る」の連載がはじまり、その第
5・6回に耿諄氏の花岡事件の叙述と和解への批判が紹介されました。その後同誌上
には田中宏氏らによる反論、野田氏による再反論などが掲載され、論議を巻き起こして
います。 (参照:花岡和解の問題)
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