支援活動現場から


2008年4月10日、関係大臣、衆参両院議長、各党代表に、以下の抗議文を送りました。



鳩山法相の死刑執行に強く抗議し、死刑執行の即時停止を求めます


法務大臣 鳩山邦夫殿
総理大臣 福田康夫殿
衆参両院議長殿
各党代表殿 

 鳩山法務大臣は、本日、大阪拘置所の中元勝義さん(64歳)・中村正春さん(61歳)、東京拘置所の秋永香さん(61歳)・坂本正人さん(41歳)の4人を死刑執行によって殺しました。これによって、長勢甚遠法相・鳩山邦夫法相は06年12月末から08年4月までの16ヵ月の間に6回20人もの人に連続大量死刑執行を行なったことになります。理性が失われて暴力が支配する時代となりました。
 私たちは、キリスト者として、すべての人は神にかたどって創造され、不可侵の尊厳と人権と理性を賦与されていることを信じ、世界法と理性によって人権が守られることを求める立場から、死刑によって国家が「生存権」「平和的生存権」を暴力的に破壊し、人と人が共に生きる「共生権」を踏みにじって他者を排除することに強く反対します。   
 世界の65%の国が死刑を廃止もしくは10年以上停止していることは、死刑問題において人権確立が大きく前進したことを示しています。しかるに日本は国際社会の人権規約と勧告に反して死刑制度を存置し、連続大量死刑執行を行ない、人権の確立に背を向けています。
 私たちは、このような暴力の支配に抗議し、死刑執行の即時停止を求めます。私たちは、排除に反対して共生を主張し、加害者が悔い改めて謝罪の心をもつことを願い、被害者の心の傷が癒されることを祈り、犯罪被害者補償制度が拡充されることを求めます。
 拘置所で働く刑務官に死刑執行という非人間的行為を法務大臣が命令することは「良心の自由」の侵害です。私たちは、そのような不当な命令を遂行するために税金が使われることを許すことができません。死刑執行が停止されなければ、私たちは、不当な税金使用の停止を裁判所に求めざるをえません。
 世界の死刑廃止国においては、高い人権意識と見識をもつ政治家が問題を提起して世論をリードし、国民的論議を尽くして死刑廃止を決定しました。日本においても、そのような見識ある政治家によって人権確立の方針が採られることを願ってやみません。                      

 2008年4月10日     死刑廃止キリスト者連絡会


2008年2月25日、連続的死刑執行に抗議して、宗教者団体と以下の共同声明を発表。


連続的死刑執行を憂慮し、死刑執行の即時停止を求める宗教団体共同声明  

 最近の連続・複数への死刑執行を即時停止することを強く要請いたします。

 一昨年12月25日、長勢甚遠・前法務大臣のもと3名に死刑が執行されて以来、今年2月1日の鳩山邦夫・現法務大臣による3名の執行まで、約13ヶ月で16人というハイペースの死刑執行が続いています。長勢氏の前任者、杉浦正健氏が宗教的・人道的信念から、在任中の約11ヶ月間に死刑を執行しなかったのと対照的です。このように鳩山法相自身の言葉を借りれば「死刑執行を自動化」することにより、人の命が奪われることに、深い悲しみを覚えます。
 私たち宗教者は、命は人間が所有するものではなく、人が人の命を奪うことは許されないと信じ、死刑はあってはならないものであると考えます。
 日本は平安時代に810年頃から約350年にわたって死刑のない世界最初の廃止国でした。これは仏教の影響によるもので、世界に誇るべき事実です。
 人間は他者を生かし他者と共に生きることによって人間らしさを発揮することができます。死刑は他者を排除することであって、人間らしい生き方に反しています。
 人間は相対的な存在であり、人間の裁判が下す判決には限界がありますから、誤判の可能性を避けることはできません。
 犯罪の発生は貧困・失業・格差など社会の構造的な問題と関係していて、私たちは問題を解決する責任を与えられており、特に為政者の責任は大きいのですから、犯罪の責任を個人にだけ負わせることは誤りであると私たちは考えます。
 学校教育・家庭教育において人命尊重を教えることは極めて大切ですが、国家が死刑という暴力によって人を殺していることは人命尊重教育を阻害します。
 1989年に国連総会で「死刑廃止条約」(「市民的及び政治的権利に関する国際規約」第2選択議定書)が採択され、現在では世界の65パーセントの国が死刑を廃止または10年以上停止しています。そのような世界の動向や基準に比して日本における死刑執行の実情は著しく遅れており、そのため日本政府は国際人権規約を守るべきことをしばしば勧告されています。死刑を廃止した国々では政治家が世論をリードして、論議を尽くして決定しました。日本でも政治家には世論をリードして、死刑に関して国民的議論を尽くす責任があります。
 私たちは宗教者として、加害者が悔い改めと謝罪の心をもつことを願い、被害者の心の傷が癒されことを祈り、犯罪被害者補償制度が拡充されことを求めて努力します。
 戦後の日本では、1980年代には執行数が年1、2名に下がり、90〜92年にはゼロでしたが、93年に執行が再開されました。そして冒頭に述べたように、最近、執行数が急増していることを、私たちは深く憂慮せずにはいられません。
 私たちは、国会と政府が死刑の執行を停止して、暴力の連鎖を断ち切り、暴力を越える道を選択することを求めます。

2008年2月25日
                 「死刑を止めよう」宗教者ネットワーク


<賛同団体> イエズス会社会司牧センター/宗教法人大本/人類愛善会生命倫理問題対策会議/カトリック麹町教会(聖イグナチオ教会)メルキゼデクの会/死刑廃止キリスト者連絡会/生命山シュバイツァー寺/天台宗/日本カトリック正義と平和協議会/日本キリスト教協議会/イエズス会神学院/日本山妙法寺/全国犯罪・非行協議会/袴田巌さんを救う会/上智大学神学部研究室/真宗大谷派死刑廃止を願う会



 2008年2月1日、関係大臣に死刑執行への抗議文を送りました。

死刑執行に抗議します

総理大臣 福田康夫殿
法務大臣 鳩山邦夫殿
外務大臣 高村正彦殿

 本日2月1日に、法務省は東京拘置所の持田孝さん、大阪拘置所の松原正彦さん、福岡拘置所の名古圭志さんに死刑を執行しました。私たちは強く抗議します。
 今回は、12月7日に死刑が行われてからわずか56日目の執行でした。法相が就任時に発言したように、「自動的に」次々と行われる死刑執行がいまや現実のものとなったことに、私たちは深い驚きを覚え、疑惑の念を強めています。
 12月10日、国連人権委は、日本の死刑執行が国際法上問題があるという懸念を発表しました。さらに12月18日には、国連で死刑の執行停止を求める決議を採択したばかりです。今回の処刑は、国連決議を軽んじ、無視した決定に他なりません。なぜわが国は、あえて国際潮流に逆らうかのごとく死刑を執行しなければならなかったのか、なぜあえて孤立化の道を歩もうとするのか、私たちは政府がその真意を明らかにすることを、要求します。
 死刑は、人権の中でもっとも重要な生命権を脅かすものであり、いかなる見地から見ても容認されるものではありません。国家が自ら生命権を侵害するという現実は、人々の間に他者の生命を軽視する風潮を生み出し、結果的には「自分が悪いと思った相手は殺しても良い」という身勝手な犯意を助長してしまいます。
 人権を守るため、また犯罪を防ぐために今私たちが行うべきことは、死刑を行わないことであり、死刑という刑罰をなくすことです。
 私たちは訴えます。これ以上死刑による死者を増やさないでください。死刑制度を見直し、死刑を廃止にしてください。
 
 2008年2月1日  
                   死刑廃止キリスト者連絡会
 2007年12月7日、福田首相、鳩山法務大臣に、死刑執行抗議文を送りました。
死刑執行に強く抗議します

法務大臣 鳩山邦夫殿   
総理大臣 福田康夫殿  

 当局は本日、東京拘置所の府川博樹さん(42歳)、藤間静波さん(47歳)、大阪拘置所の池本登さん(74歳)に対して死刑を執行しました。私たちは、人と人が「共に生きる」という「愛」の関係を何よりも重視し、いかなる人も人間の尊厳な命を殺す権限をもたないというキリスト教信仰の立場から、法務大臣の死刑執行命令による処刑に強く抗議します。鳩山法相は記者会見で、人命を奪ったものには極刑をもって臨んだと説明しましたが、それは自らを人間の分際を越えて神の位置に置く発言であり、人間の命を奪った法相自身が極刑に処せられなければならいことを自ら認めた発言です。

 日本において死刑執行された人の数は、1980年代の10年間では(それ以前より大きく減少して)年平均1.5人となり、1990年〜92年は執行ゼロでした。しかるに、93年に執行が再開され、毎年執行が行われて2006年までの14年間に51人(年平均3.6人)が執行され、今年は何と9人を執行しました。しかも、今回は、昨年12月と同様、70歳台の高齢者を処刑しました。1993年の執行再開とそれ以後の執行者数の増加と高齢者の処刑は、世界の趨勢に逆行する残虐・野蛮な行為です。1年間に9人をも連続殺人した日本政府の残虐性は厳しく批判されなければなりません。

 憲法36条に「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」と規定されていますが、1948年に最高裁は絞首刑は特に残虐とは言えないという死刑合憲判決を下しました。しかし、いかなる方法であれ、人を殺すことは残虐行為であり、また、執行に至るまでの恐怖と不安をも含めて考えるとき、死刑の残虐性は明白です。「生き直す」という人生への再チャレンジの機会を人間から奪って社会から排除することは、「共生」の原則に根本的に違反しています。1993年に最高裁の大野正男裁判官が「補足意見」で死刑合憲判決の見直しを求めたことは極めて重要な意味をもっています。

 日本政府の死刑存置政策が国際的に非難されていることは、すでに多く語られています。

 私たちは、日本政府が、世界的な死刑廃止という歴史の動向に背を向け続けることを止 めて、共生社会実現のために、死刑廃止の課題と取り組むこと、その第一歩として死刑執行を停止することを切望します。  
                                    
 2007年12月7日    死刑廃止キリスト者連絡会
2007年9月5日、福田首相、鳩山法務大臣に、鳩山法相発言をめぐって抗議と執行停止の要請文を送りました。

死刑執行停止を要請いたします。

内閣総理大臣 福田康夫殿 
法務大臣 鳩山邦夫殿 
 

私たち死刑廃止キリスト者連絡会はキリスト者として人命は神から与えられたものであると信じる立場から、不可侵の人権の中でも「いのち」を最も人権の根源をなす最優先事項と考えて、死刑制度に反対しています。

死刑廃止は世界の動向となっており、ヨーロッパでは死刑廃止が自明のこととして、人々の意識に定着するまでになっています。日本も国際人権規約に従って死刑をやめることを強く求められています。 しかるに法相の前内閣の退任時に、死刑は法相が関らずに、しかも乱数表か何かで自動的に執行されるべきという、国際情勢に逆行した発言があったことに対して、私たちは強い憤りと驚きを覚えました。

2000年、イリノイ州のライアン前知事は、ある死刑囚が執行直前で冤罪であったことが判明したことを受け、冤罪を防ぐためにどうすればよいかという調査を行い、その間の死刑執行を停止にしました。そして2003年には、裁判から誤判を防ぐ制度の確立はありえないという調査結果に基づいて、167人の死刑囚に対しいっせいに減刑を下したという出来事がありました。国際社会は知事の決断を強く支持し、私たちもこの英断に深い敬意を払ったものです。

翻ってわが国を振り返ってみれば、日本でも明らかに冤罪と思われる死刑事例が何件も放置されたままであり、しかも法律で定められた再審手続では冤罪をはらすことさえ非常に困難というのが実情です。また改心の情が著しい死刑囚に対しても、あるいはその被害者遺族も処刑を望んでいない死刑囚に対しても、個人の内面には一切考慮が払われないまま容赦なく死刑が執行され続けてきました。 行政府はそれらの実態すべてを省みた上で、現行の司法制度に基づく死刑執行が果たして妥当であるのかどうかということこそを、熟考すべきではないでしょうか。

犯罪の国際化が進むにつれ、死刑制度は国内だけの問題ではなくなっております。また死刑廃止は国際的要請であり、日本政府は国連から何度も批判や死刑廃止の勧告を受けています。そのような状況下、日本は死刑制度の見直しをすべき時期にあります。そして、少なくともその議論の間は死刑執行を一切停止にすべきであり、また法務大臣はその決断を下すべき立場にあるのではないでしょうか。

安部改造内閣発足時も、私たちは死刑執行停止を要請いたしました。今一度、私たちは強く要請いたします。政府は諸情勢をふまえ、ただちに死刑執行停止の決断を下してください。

2007年10月5日 死刑廃止キリスト者連絡会


2007年8月23日、関係大臣に、死刑執行への抗議声明文を送りました。

死刑の執行に強く抗議します

内閣総理大臣 安倍晋三殿
法務大臣 長勢甚遠殿  

私たちは、去る8月8日、理性と人権を重んじるキリスト者として、内閣総理大臣と法務大臣に死刑執行停止を求める要請文を送り、すべての人が人生を生き直し、 「再チャレンジ」する機会を与えられるべきことを主張しました。それにも拘わらず、その半月後に、当局は、東京拘置所の竹澤一二三さん(69歳)と岩本義雄さん (63歳)、名古屋拘置所の瀬川光三さん(60歳)の3名に対して死刑を執行しました。私たちは執行に対して強く抗議します。

 今回の執行も、国会における議論を避けて国会休会中に行なわれました。また、内閣改造が27日に控えているとも聞いています。さらに、法務省自身が死刑執行は慎重 な判断が必要と言っているにもかかわらず、今年4月の執行以来、わずか4ヶ月をおい ての執行という早急なものでした。今回の死刑の執行についても、本人や家族を含め 誰にも事前の予告はなく、突然に行われました。

 私たちキリスト者は生存権の不可侵の尊厳を信じ、国家もこの人権を侵害することは許されないことを主張しています。「被害者感情」を強調して死刑を肯定する主張 がありますが、犯罪被害者の遺族がすべて死刑を望んでいるのではなく、例えば、光市の本村さんは「加害者が悔い改めることを求める」と言っていて、「死刑を求め る」とは言っていません。いわゆる被害者感情を強調する論は感情論であって、理性 と人権に基づくべき法的判断ではありません。

  死刑廃止キリスト者連絡会はあらゆる死刑に反対し、死刑制度の廃止を訴えています。世界の死刑廃止の潮流は、政治制度や宗教、文化の差異を超えて広がっています。最近、ルワンダで死刑を廃止する法律が発効し、法律上で死刑を廃止した100番 目の国となりました。現在、事実上死刑を廃止した国30カ国を含めると、世界の130 カ国(68%)が死刑を廃止しています。

 死刑は、憲法36条が絶対的に禁止している残虐な刑罰です。絞首刑は、殆ど瞬間 的に行なわれるから苦痛は小さいとして、その残虐性を否定する論は、処刑に至る何 年もの不安と絶望と耐えがたい苦痛の残虐性を見ない論であって、極めて勝手な主張です。そのような主張の誤りを深く反省して、当局は憲法36条を遵守して、死刑を停止し、廃止に向けて全力を挙げて下さい。   

2007年8月23日  死刑廃止キリスト者連絡会             


 2007年8月9日、10日ごろに死刑執行?

(※ 8月9日の朝7時に20名ほどの人が東京拘置所の前に集合しましたが、この日は処刑は行われませんでした。今後は、8月20日の週が大変危険な状態だと危ぶまれています。)

UA 203/07            死刑 / 執行の危険                              
2007年8月7日

日本 竹澤一二三死刑囚(1937年生まれ)
    瀬川光三死刑囚(1947年生まれ)
    岩本義雄死刑囚(1945年生まれ)

上記3人の死刑囚の死刑執行が東京と名古屋で8月9日頃に行なわれる可能性があ
る。3人は1990年から1999年の間に殺人を犯し有罪となった。竹澤死刑囚は精神病
と診断されているという。

2006年10月の就任以降、長勢甚遠法務大臣は7人を処刑した:2006年12月25日に4
人、2007年4月27日に3人である。長勢法務大臣の前任者である杉浦正健氏は個人的
な新年から死刑執行命令書に署名しなかった。長勢法務大臣は就任時に「確定した
裁判の執行というのは、厳正に行われるべき」と述べた。

世論や議会からの批判を最小限に抑えるため、当局は国会休会中や選挙、休日など
に合わせて執行することが多い。8月9日は長崎原爆記念日で62周年を迎える。

【背景情報】
日本の死刑は恣意的かつ残虐である。死刑の執行は絞首刑で、死刑囚の家族や弁護
士に知らされず、明らかに恣意的に行われる。議会やマスコミからの批判を抑える
ため、夏や冬の国会休会中や、休日などに合わせて執行される。通常、法務大臣が
月曜日に執行命令書に署名し、死刑執行はその週の木曜か金曜に行なわれる。現
在、死刑に直面している死刑囚は107人で、中には30年以上死刑囚である人も数人
いる。死刑の執行はそのわずか数時間前に告知される。

アムネスティ・インターナショナルは、死刑に無条件に反対している。死刑は生き
る権利の侵害であり、究極的に残酷かつ非人道的な刑罰である。

死刑執行は、死刑に終止符を打った国ぐに(アジア地域の25カ国を含む129カ国が
死刑を法律上・事実上廃止している)が増えつつある地球規模の機運を後退させ
る。アムネスティの統計によれば、2006年は死刑執行数が大幅に減少した。また、
死刑執行の準備が秘密裏に日本で進んでいる中、2007年10月の第62回期国連総会で
は地球規模の死刑執行停止を求める決議案の審議が予定されている。。

2006年7月にアムネスティは日本の死刑に関する報告書を発表した。「今日が最
期?日本の死刑」(ASA22/006/2006)では、独居拘禁で老齢や精神病の死刑囚が何
十年も死刑執行を待ち、事前に知らされることなく処刑されることが報告された。
死刑廃止に向けた第一歩として死刑をとりまく秘密主義に終止符を打つよう日本政
府に要請する。人権の観点から死刑が議論され、究極の人権侵害である死刑の廃止
に向けた措置をとることを期待する。

■行動要請:英語、日本語またはあなたの母語で早急に次のようなアピールを送付
してください。

−竹澤死刑囚、瀬川死刑囚、岩本死刑囚や他の100人余りの死刑囚に対し、近々に
死刑執行のおそれがあることに懸念を表明する、
−日本国内法で死刑廃止が実現するまで、あらゆる死刑の執行を至急停止するよう
要請する、
−究極的に残虐かつ非人道的な刑罰である死刑の廃止に向けて、市民的・政治的権
利に関する国際規約第2選択議定書を批准するよう日本政府に要請する、
−死刑にまつわる秘密主義に終止符を打ち、死刑適用に関するすべての情報を公開
して死刑廃止に関する一般および国会での議論を開始するよう当局に要請する。


■アピールの送付先:
宛先: 内閣総理大臣 安倍晋三
住所: 100-0014 千代田区永田町 2-3-1 首相官邸
Fax:   03 (3581)3883
E-mail: jpm@kantei.go.jp
Websiteから: http://www.kantei.go.jp/foreign/forms/comment.html
要請文の書き出し: 内閣総理大臣 安倍晋三 様

宛先: 法務大臣 長勢甚遠
住所: 100-8977千代田区霞が関 1-1-1 法務省
E-mail:  webmaster@moj.go.jp (法務省ホームページ)
Fax: (03)3592 7088、または(03)5511 7200
要請文の書き出し: 法務大臣 長勢甚遠 様

要請文のコピーをあなたの国の日本大使館へ送ってください。

● この件に関するお問い合わせは:
社団法人アムネスティ・インターナショナル 担当:柳下
連絡先:03-3518-6777(東京事務所)/ファックス:03-3518-6778
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2007年4月27日、死刑廃止キリスト者連絡会は、長勢法相に死刑執行への抗議文を送りました。
      死刑執行に強く抗議します

法務大臣 長勢甚遠殿

 4月27日、田中政弘さん、名田幸作さん、小田義勝さんの3名に対し、死刑が執行されたことに強く抗議します。

 さる昨年12月25日、キリスト教徒を含む4名に対し、クリスマスの朝に処刑を行われたことはいまだに私たちの記憶に新しいことです。それからわずか4カ月で、更に3名の死刑執行をしたことになります。長勢法相がこのような短期間に多数の執行を行ったことに、私たちは驚きを感じざるを得ません。

 死刑確定者がすでに100人を超えていたことが危惧されていましたが、今回の処刑はさらに死刑確定判決が出されることを予想して、あえて確定者の人数を減らすためにするものであったことは十分に推測されることです。しかし、そのような恣意性こそは人命への侮辱であり、法の尊厳を自ら損ねるものです。

  しかも、国会開催中であるとはいっても多くの国民が休暇に入るゴールデン・ウィークの直前の時期に処刑が行われたことは、相変わらず死刑を国民の議論にしないという姑息な秘密主義によるものでありましょう。国民の議論が出揃うまで死刑の執行を停止にすることもなく、このように問答無用に死刑を行うという国家の姿勢に対し、私たちは強い疑念を抱きます。

  私たちは、国家が命の尊厳を大切にする社会の実現を第一課題として取り組むことを願っています。人間の恐怖や不安、そして憎悪は、凶悪事件の犯人を殺すという死刑制度によって解消されるものではありません。死刑制度に犯罪抑止力がないことについては、各国のデータをあげていまさら繰り返すまでもないでしょう。 政府は、一日も早く、社会不安の全面的な改善と社会矛盾の抜本的是正に地道に取り組む方針に立ち返るべきです。暴力の発動によって国の諸問題の解決を図るという発想におもねることは危険です。何人も排除されることなく平和と幸福を分かち合うことができる国家の理想にとって、死刑制度は大いなる欺瞞です。

 私たちは、死刑執行を停止し、死刑に関するあらゆる情報をオープンにして国民的論議を呼びかけ、死刑に関する国際規約を受け入れて実行することを切望します。一刻も早く、国際的な潮流と歩みをそろえ、死刑廃止にむけて国家的な取り組みが行われるよう、ここに強く要求します。

              2007年4月27日   死刑廃止キリスト者連絡会
2006年12月25日、死刑廃止キリスト者連絡会は、長勢法相に死刑執行への抗議文を送りました。

              死刑執行に強く抗議します

法務大臣 長勢甚遠殿  

 私たちは、キリスト者として、いかなる人間も「神の像」に造られた、かけがえのない存在であり、生存権は神によってすべての人に平等に賦与されていることを信じる立場から、「人権」を守るべき国家が人間を殺す「死刑」と「戦争」に強く反対し、本日、当局が広島拘置所の日高広明さん(44歳)、大阪拘置所の福岡道雄さん(64歳)、東京拘置所の秋山芳光さん(77歳)・藤波芳夫さん(75歳)の4名に死刑を執行したことに強く抗議します。

 死刑廃止は、1989年の国連総会で採択された「国連人権B規約第二選択議定書」(死刑廃止条約)などの国際条約で世界的に確立された「人権」の要請であり、現在、世界の約65%の国が死刑を廃止し、東アジアでは韓国・台湾が死刑執行停止に向けて動き出しています。日本国憲法が前文で「恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利」(平和的生存権)を確立し、第13条で「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を不可侵の基本的人権として宣言し、第36条で「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁止する」と定めていることからも、死刑は当然に禁止されなければなりません。そのような人権確立の方向に逆行して、人の「いのち」を暴力的に奪う「死刑執行」は国際法と憲法と人道に反する恐るべき暴挙です。

 死刑問題も社会の構造的暴力の一部です。第2次世界大戦で日本と同様な残虐行為を行なったドイツは、戦後、他民族への侵略を深く反省し、指導者の戦争責任を厳しく追及し、戦犯を公職から追放し、歴史教科書を被侵略国民と共同で作るなどの実践を重ねてきました。そのことと戦後のドイツが死刑を廃止したことは、思想的に密接に結びついています。それに反して、戦後の日本において戦争責任問題を曖昧にして、戦争犯罪者を総理大臣にし、近隣諸国民への謝罪は不充分な言葉だけであり、戦争遂行のための靖国神社を廃止しなかったことなど、戦前・戦中との間に断絶がなく同質の政治が続いていることと、死刑制度を存置し、犯罪者を排除し抹殺する「死刑」を執行し続けていることは思想的に密接に結びついており、その根本にある問題は <不可侵の人権の思想の欠如> です(勿論、ドイツにも問題が残っていますが)。

 このような日本の、戦後になっても変わっていない政治の根本にある思想問題を政治家と指導者が深く反省することを私たちは訴え、その反省に基づいて一日も早く死刑が廃止されることを求めます。  
 高齢者への死刑執行は、国際的基準からも禁止されています。今回の被執行者の多くは高齢者であり、その執行は老人への著しい残虐行為であって、執行の責任者は当然、国際法廷で特に重い裁きを受けなければなりません。なお、1993年以降、執行された人の最高年齢(70歳)をも今回は大きく越えています。

 私たちは、仏教徒である杉浦正健前法務大臣が死刑執行を拒否することによって提起した問題を当局が真摯に受け止めて、死刑執行を停止し、死刑に関するあらゆる情報をオープンにして、国民的論議を呼びかけ、死刑に関する国際規約を受け入れて実行することを切望します(「死刑を止めよう」宗教者ネットワーク編『宗教者が語る死刑廃止』2006年12月、現代書館発行、参照)。

2006年12月25日      死刑廃止キリスト者連絡会 

2006年12月19日、死刑廃止議員連盟、長勢法相に死刑執行停止の要請書を提出

1日時  12月19日(火) 16時30分〜16時45分

2場所  法務省大臣室

3参加  長勢大臣、刑事局参事官(氏名不明)、秘書官(氏名不明)
      福島みずほ議員、保坂展人議員(死刑廃止議員連盟事務局長)
      大久保秘書、石川秘書(記録)

4概要
・提出物 「死刑執行停止の要請書」(議員連盟会長名、富山での地元集会で
      作成、提出したものを日付を返納して作成)
・大臣の回答主旨
 死刑の執行は、悩ましい。大臣就任会見の際には、死刑の執行をしろという
 FAXやメールが7割〜8割あったが、最近は死刑をしないでというものが多く
 なってきている。被害者の問題、司法の尊重、など考える必要がある。
 また、死刑について国会で議論する空気が今あるとは思えない。
 執行しろという世論の感情もあり、政治がリーダーシップを取って理屈で押し
 切れるのか。 

5面談終了後について
 プレス(5〜6人)のぶら下がり取材があり、保坂議員より上記概略を伝えた。
 保坂、福島両議員の感想では、現時点での執行へのサインはしていない、と
 思われる。市民からの要請について、賛否のメールやFAXが来ていることを
 包み隠さず教えてもらい、情報として伝わっていることがわかった。
 しかし、法務省の役人の要請に応じて、執行にサインをする可能性を否定で
 きる材料はなかった。

6面談の詳細
保坂:杉浦前法務大臣は死刑に疑問を持っており、執行しなかった。現在確定
  死刑囚は100人に近づいている。この時期、国会閉会後の執行は多かった。
  死刑の執行を止めていただき、国会での議論をしてもらいたい。その旨要請
  にきた。
大臣:悩ましい問題だ。就任直後は、山ほど届いた要請の7〜8割は死刑をしろ
  というものであったが、先月くらいはやるなが多い。
福島:欧州評議会に行ってきたが、日本と米国の一部の州が死刑を行っている。
大臣:中東より東、アジアでは死刑をしている。アジアは欧州とは違うのか?
保坂:韓国は死刑制度を変えようとしており、金大中大統領時代より執行は停止
  している。トルコもEU加盟の関係で執行をやめている。中国は死刑大国であ
る。
福島:日本は島流しであり、実際には殺さなかった。
保坂:3年前に死刑廃止議連で、死刑停止の法案を作った。
大臣:自民党の法務部会でやった。亀井さんが子分を連れてやったのを覚えて
  いる。
保坂:この法案はそのままになってしまった。マスコミで世論をあおるような報道が
  されている。
大臣:世論は圧倒的に死刑賛成である。
保坂:台湾も死刑をやめようとしている。台湾の世論は、死刑をしないというもの。
大臣:世界の傾向は、世界のことだろう。
保坂:とにかく、死刑のサインはしないで欲しい。
大臣:大臣就任会見の時に死刑について考えたが、サインをすると人が死ぬこと
  になる、そう思うと非常に重い気持ちだ。しかし、被害者や裁判のこともある。
  本当に悩んでいる。
保坂:国会で、死刑制度の存置や終身刑について議論していかなければならない。
大臣:憲法の改正についてだって、相当の時間が必要だった。
保坂:議員連盟の事務局長は、死刑が執行されたあと、大臣に抗議をしにくる役目
  になっている。年内に再度ここには来たくない。
福島:公明党は死刑に消極的であり、終身刑を検討してはどうか。
大臣:終身刑にも、死刑にも問題はある。
保坂:終身刑については、刑務所で労働をしてもらい、その収入を被害者支援に
  あてて償う、というやり方を言っている。
大臣:理屈なのか、国民感情なのか、難しい問題。政治家リーダーシップを取る
  だけではいけないのではないか。
福島:監獄法の改正など、法務省がよく動いてくれて評価されている。
大臣:政府がリーダーシップを取ることは難しい。
保坂:国会で、死刑について議論をやっていきましょう。
(石川秘書による報告を転載)
藤波芳夫さん・高田和三郎さんとの交流誌、『カナリヤ』16号発行のお知らせ。



 「藤波さん・高田さんの会」で発行している交流誌、『カナリヤ』16号を配布中です。
 今回は、2006年のクリスマスの朝に処刑された藤波さんの特集号です。
 購読希望の方は当連絡会までお申し出ください。



 ※ Email: haikiren@jca.apc.org
 ※ 支援金の送り先
     郵便振替口座00270-6-10611 「藤波・高田さんの会」 
新法相に長勢甚遠氏就任。

 9月27日、安部自公連立内閣が発足し、新法相に長瀬甚遠氏が就任しました。就任後、長勢法相は記者会見で「死刑執行は大変重い問題だが、法治国家では確定した裁判の執行は厳正に行われるべき」と発言。さらに10月27日の記者会見では「死刑判決が確定してから執行されるまで平均7年5カ月かかっていることについて「国民からすれば確定した後、そういうこと(執行)がないということは、法に対する不信感は生じることだろうと思う」と述べました。
杉浦法相、死刑執行命令書にサインせず。

 9月26日、小泉内閣総辞職に伴い杉浦法相退任。昨年の就任後の記者会見で、死刑執行命令書に署名拒否発現をし、その直後に撤回したいきさつから、杉浦法相の動向が注目されていました。
 結局、9月に法務省事務当局からは執行対象となる死刑囚の記録を杉浦法相に渡されていましたが、法相は死刑執行命令書に署名をしないまま任期を終えました。
 過去には、真宗大谷派の住職でもある佐藤恵法相が、命令書への署名を拒んだことがありました。杉浦法相も同じ真宗大谷派を信仰します。
 関係者によると、この夏に真宗大谷派の幹部が、死刑の執行をしないようにと面談で法相に要請していたそうです。9月、死刑廃止運動の市民団体が法相に面会を申し入れたとき、「今回は市民団体とは面会しない」と回答し、その真意が憶測されていました。
2006年7月20日、杉浦法相へ、死刑執行を命令しない要請文を送りました。
死刑執行命令書にサインしないよう、強く要請致します  

法務大臣 杉浦正健殿  

 私たちは、死刑制度の廃止を求めるキリスト者(超教派)の有志が獄中者を助け、死刑制度の廃止を当局と社会に訴えるために1992から活動しているグループです。
  日本では、最近数年間、国会の閉会中に死刑を執行することが慣行化していますので、今年も夏から秋にかけての時期が執行の危機であることを考えて、私たちは当局が死刑を執行しないことを強く要請いたします。
 法務大臣杉浦さんは、幼いときに仏教の教えをお祖母さんの膝の上で聞いた経験が根底にあって、「どんなことがあっても命を奪ってはならない」という明確な信念を持たれ、法務大臣になったとき死刑執行命令書に署名しないと明言されました(2005年10月31日夜の初閣議後の記者会見で)。しかし、約1時間後に、その発言は「個人としての心情を吐露したもので、法務大臣の職務の執行について述べたものではなかった」との文書を発表し、事実上発言を撤回されました。私たちは、この場合、宗教的信念に基づく心情の吐露こそが杉浦さんの人格の基本であって、それよりも「職務の執行」を優先させることは政治の非人格化・非人間化を起こす重大な過ちであると考えます。そのようにして非人間化された政治が、社会を退廃させ、様々な閉塞感や自殺や犯罪を生み出しているのではないでしょうか。
 「不殺生」という仏教の教えは、「殺すな」というユダヤ教・キリスト教の教えと共に、人間の「いのち」の不可侵の尊厳を示す真理であり、「いのち」の尊厳は善人・悪人、富者・貧者などの区別を超えて、すべての人に等しく賦与されています。犯罪者の生命を奪う「報復刑」は、犯罪者の生命の尊厳を侵害するものとして歴史の中で次第に否定され、犯罪者を悔い改めさせる「教育刑」の思想に転換して、死刑の廃止が世界の趨勢になっていることは広く知られている通りです。
 1991年に法務大臣を務めた佐藤恵さんは、浄土真宗の寺の住職でもありますので、宗教者として人の命の大切さを人一倍感じている立場から死刑執行命令書へのサインを拒否しました。1993年に最高裁の大野正男裁判官は、1948年の最高裁の死刑合憲判決は当時の国民感情を反映したものであって、死刑を永久に是認したものではないという「補足意見」を述べました。そのような個人の思想・信条・良心の表明が人権を前進させる契機となることを私たちは見守っています。杉浦法務大臣が、仏教の教えに基づいて死刑執行命令書へのサインを留保されることによって、日本の司法界における人権の前進に大きく寄与されることを私たちは切望いたします。             

2006年7月20日      死刑廃止キリスト者連絡会
2005年11月31日 新法相は真宗太谷派の杉浦正健・・・第三次小泉改造内閣発足。
  死刑執行命令書への署名をめぐり、発言が波紋を呼ぶ。

 第三次小泉改造内閣が発足し、新法相に真宗大谷派に籍を置く杉浦正健さんが就任しました。
 杉浦法相は発足当日の31日夜、初閣議後の記者会見で、法相が署名することになっている死刑執行命令書について「私はサインしません」との考えを明らかにしました。さらに杉浦法相は、「トルコもEUに入るために死刑を廃止した。文明論的に言えば、(死刑制度は)廃止の方向に向かうと思う」「(サインしないのは)私の心の問題。宗教観、哲学の問題だ」と述べました。
 しかし、約1時間後の1日未明になって「(発言は)個人の心情を吐露したもので、法の番人としての法相の職務執行について述べたものではない。誤解を与えたとしたら遺憾で訂正する」との文書を配布し、発言を撤回しました。就任早々に発言が翻り、波紋を呼ぶ結果となりました。
 杉浦法相が一転して発言を撤回したことについて、法務省幹部は「会見での発言は『死刑執行命令書に署名したくない』という個人的な気持ちを表現したもので、実際にそういう場面があれば署名をすると理解している」と説明しています。
 その後杉浦法相は、会見直後に発言を撤回した前日の会見の真意について、「他人の命を奪うということは、理由を問わず『許すべからざることだ』という気持ちが根底にある」と会見発言よりややトーンダウンした説明。
 今後の対応をめぐっては、「法の執行にあたってはあらゆる要素を加味して、厳正に対処しなければいけない。個人の心情で動かされるべき問題じゃない」とする一方で、「職務の執行に当たっては個々の事案、千差万別なので、そういうものを十分、大臣としての職責を検討した上で判断する」と、署名に消極的な意向も匂わせています。
 一方、小泉首相は1日夜、死刑制度の是非について「いいと思いますよ、あって」と述べ、死刑肯定の立場を表明しました。また、杉浦法相が先月31日の就任会見で「死刑執行命令書にサインしない」と表明、直後に発言を撤回したことについて、「個人的な考えと大臣の立場をよくわきまえて発言した方がいい」と語っています。

 死刑執行をめぐっては、90年から約1年間、海部内閣の法相だった左藤恵氏が、浄土真宗の住職という立場から署名を拒否しました。その後に就任した後藤田正晴氏が「法相が個人的な思想・心情・宗教観でやらないなら、はじめから大臣に就任することが間違いだと思う」と批判したいきさつがあります。
 なお、日本の死刑確定囚は現在77人です。

(2005年11月2日)

 2年前に死刑を執行された向井伸二さんの記録『子よ、甦れ』(明石書店発行)が出版されました。
 

 向井伸二という一人の死刑囚の生と死を、伸二を直接・間接に知る人びとの寄稿、助命嘆願書、座談会を通じて見つめることで、国家による殺人としての死刑を否定し、真の問題解決のためには生きて償うことこそがいかに大切であるかを訴える。


◆向井伸二の生と死を記録する会編
◆単行本: 259 p
◆出版社: 明石書店 ; ISBN: 4750321931 (2005/10)
 
※ 定価は1800円です。書店までお申し込みください。
http://www.akashi.co.jp/Asp/details.asp?isbnFLD=4-7503-2193-1

-はじめに -

 カタンと音がして面会室の扉が開くと、伸二は少し緊張した面持ちで入ってきました。静かに椅子に座った伸二は「母さん元気?」と聞いて、次に「父さんも元気ですか?」とたずねるのでした。先に面会室に入り待っていたわたしは笑顔で伸二を迎えました。面会のたびに繰り返された光景が今も脳裏によみがえります。
 一九八六年盛夏、神戸拘置所の面会室で初めて会った日のことを想い起こします。伸二は大きく見開いた瞳をわたしに向けました。でもその瞳は帳(とばり)が下りたようにすべての感情を内側に閉じ込めていました。二四年間の人生の苦しみ悲しみを閉じ込めてしまったような瞳から、わたしは彼の心のうちを何も読み取ることができませんでした。
 しかし、その瞳が感情を持ち始めたときから、わたしたちは嵐のような歳月を生きてきたのです。そして一七年後、最後の面会を迎えます。誰もその面会が最後になるとは予測できなかったのですが、――伸二さえも。
 別れのとき伸二は、満面に笑みをたたえていました。瞳にはわたしたちへの愛情さえ感じられる輝きが溢れていました。「さようなら」伸二は両手を高く挙げました。わたしたちも手を振り「また会いましょう」と返しました。そして、二〇〇三年九月一二日、処刑室の露と消えていきました。
 ここに伸二を愛した人々の手によって、その生と死を記録します。
 地上に生を享け、人生の大半を独房で生き、自己の罪と闘いぬいた、ひとりの人間の魂の記録です。その足跡をたどることで死刑への問いかけとなり、小さくともわたしたちの生きるよすがとなるように祈ります。

二〇〇五年六月 向井 武子

 
2005年9月20日、「法に従い死刑執行」 南野法相
 南野知恵子法相は20日午前の記者会見で、大阪拘置所で1人の死刑が執行されたことに関して「人の命を絶つ極めて重大な刑罰で、法に従い慎重に対処した。法治国家として、確定判決の執行を厳正に行わねばならないことは言うまでもない」と死刑執行の立場をあらためて表明しました。
 死刑が執行された死刑囚の氏名などの情報が公開されないことについては「具体的な答えは差し控えたい」と述べています。

 南野法相は、就任当時の記者会見(2004年9月24日)で、死刑制度の存廃について、 「大半の国民が賛同している。死刑は駄目だとは今の時点では申し上げられない」 と述べ、死刑を存続していく立場を表明しています。
 2004年9月26日の法務委員会では、山内委員との答弁で、死刑執行について以下のように応答しています。

山内委員:分かりやすい質疑をお願いしたい。死刑制度をどう考えるか。死刑執行指揮書にはんこを押すか。
南野大臣:法務大臣になった以上は法律を正しく執行するのが職務。裁判所が慎重に審査したことなので死刑にきちんと対処したい。
山内委員:大臣のなかで助産師の経験と死刑執行指揮書に印鑑を押すこととどのように整理できるか。
南野大臣:助産師として誇りをもっているが、今は法務大臣の立場で公平正大に物を考えなきゃいけない。

 また、2004年12月6日、南野法相は、東京都葛飾区の東京拘置所を視察しました。そのとき死刑が執行 される刑場を見て「厳かな環境が準備されており、納得した」と述べました。
 死刑制度が必要との認識については「今までの気持ちと変わらない」 「凶悪、重大な犯罪が多い中、国民的な感情のうえに死刑がある」と語り、 判決に従って刑の執行を命ずることが自分の立場だという認識を表明しています。

 なお、自民、公明両党の連立による第3次小泉内閣が21日夜、正式に発足。これに先立ち、小泉首相は閣僚17人全員を再任し、南野法相は留任。内閣構造は特別国会終了(11月1日)後に行われます。
2005年9月17日、内閣総理大臣と法務大臣に抗議声明文を提出しました。
         死刑執行に抗議します

 法務大臣の死刑執行命令により、9月16日、大阪拘置所において北川晋さんに死刑が執行されました。私たちが先日、法務大臣に死刑執行をしないように強く要請したにもかかわらず、要請を拒否して執行したことに、私たちは強く抗議します。
 憲法36条には「公務員による拷問及び残虐な刑罰は絶対にこれを禁ずる」と規定されています。1948(昭和23)年の最高裁判決は、日本の現行の死刑は、火あぶり等と違って、苦痛を受ける時間が短いから「残虐」とは言えないとの理由で、死刑を合憲としました。しかし、この判断には少なくても2つの問題があります。第1に、苦痛を受ける時間が短ければ残虐でないとすれば、瞬間的な射殺事件などは残虐行為ではないことになります。「いのち」を奪うことは、その方法・時間の如何を問わず、殺人行為であり、残虐です。第2に、死刑囚が処刑されて絶命する時間は短くても、それまでの数年間、或いは十数年間、日々、足音をも恐れて、恐怖の中ですごさなければならないことは言語に絶する残虐であって、それが憲法36条に違反することは明らかであり、憲法前文の「恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生存する権利」を侵害することも明白です。
 1948年から45年後の1993年に、最高裁の大野正男裁判官は「残虐」に対する国民感情が憲法制定当時とは異なってきており、世界的にも死刑廃止国が多くなり、世論調査でも「将来的には漸次廃止」という意見がかなり見られることなどを指摘して、死刑制度改善の必要性を述べました。大野氏が主張した死刑の問題性は、その後の12年の間にさらに増大しています。
 以上のことを考えただけでも、死刑制度を見直す時が来ていることは明らかです。私たちは、法務省が日本の国際的信頼と名誉を高めるためにも、この重要な課題と積極的に取り組むことを切望します。

                         2005年9月17日 死刑廃止キリスト者連絡会

2004年9月28日、新法務大臣に執行停止の要請書を送りました。
         私たちは法務大臣が死刑を執行しないよう要請します                  

 法務大臣 南野知恵子殿          

 あなたが法務大臣に就任して重責を負われるにあたって、私たちは、キリスト者として、人間の「いのち」は超越的な神から与えられた不可侵のものであると信じる立場から、死刑制度に強く反対し、その廃止を求めていることをお伝えし、あなたが死刑を執行しないよう要請します。  

 死刑制度に凶悪犯罪の抑止効果がないことは、死刑を廃止した国で凶悪犯罪が増加していないことによって明らかです。  

 国会答弁で政府は「死刑は正義の維持のために必要である」と主張しましたが、私たちは人を殺すという根本的な不正義(人権破壊)によって正義が維持されるとは到底考えることができません。国会閉会中に死刑執行が行われていることも、死刑が「正義」であるという確信がないことを示しているのではないでしょうか。私たちは、多くの憲法学者と共に、死刑は憲法36条の「残虐な刑罰の禁止」に違反していると考えています。  

 人間の裁判は誤判を免れることができず、再審によって冤罪が明らかにされて無罪となったケースが免田事件など4件もあります。現在も無実(または部分冤罪)を主張している多くの死刑囚が存在しています。死刑制度は無実の人を処刑する危険があります。  

 犯罪被害者遺族の応報感情については、当事者でない者が軽々に論ずべきではありませんが、被害者遺族への救済措置の充実を通して、慰めと励ましの努力をすることを私たちは重視し、犯罪被害者支援運動に関心を向けています。そして、加害者の謝罪に基づいて加害者と被害者の関係が修復される方向を私たちは追求し、その方向を司法にも加害者にも求めています。 

 死刑の執行に携わる拘置所の矯正職員(刑務官)は、矯正の対象である人を処刑しなければならないのであり、それは耐え難い矛盾です。そもそも、人を殺すことを職務命令として命じられる職業が存在することは、「意に反する苦役からの自由・良心の自由」を基本的人権として保障している憲法(18条・19条)に違反します。  

 政府は、世論調査により死刑制度存置派が多数であるからという理由で、この制度の存置を正当化していますが、少数者の人権の問題を多数意見で決めることは危険であり、政府は理性によって世論をリードする責任があります。イギリスもフランスも、世論の80%以上が死刑存置である中で、政府が理性に基づいて世論をリードして死刑制度を廃止しました。なお、日本において1994年の世論調査で「将来的廃止」を含めれば「廃止」が「存置」を上回ったことは世論の動向として注目すべきことです。

 1989年12月には国連総会で「死刑廃止条約」が採択され、現在では世界の過半数の国が死刑を廃止もしくは停止しています。  

 日本国憲法は「恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利」(平和的生存権)という新しい人権を宣言しています。その立場に立って政府が死刑と戦争を廃絶し、いかなる人をも排除・殺害せず、人と人が共に生きることができる新しい時代を作り、日本が国際社会において名誉ある地位を占めることができるように、尽力されることを衷心から訴え、強く要請いたします。

2004年9月28日                 
死刑廃止キリスト者連絡会                  
(2004 10/3)

2004年9月18日、内閣総理大臣と法務大臣に、9.14死刑執行への抗議声明文を提出しました。
  抗議声明

  内閣総理大臣 小泉純一郎殿
  法務大臣 野沢太三殿

 9月14日の死刑執行に強く抗議します。

 私たちはいかなる理由があっても、人が人を殺すという死刑制度を容認することはできません。それは、人間は相対的な存在であり、他者を絶対的に排除すること(死刑)は人間の分際を越える行為であって、人間には許されないことであるというキリスト教信仰の要請です。

 ことに近年、凶悪犯罪が増加と若年化の傾向にあり、そのような現代こそ、今なお一面的なものの見方に傾きがちな若い世代にむけて、人間存在に対する根源的信頼感が回復されるような世相を築き上げるべく、社会全体で努力を行うことの必要性を強く感じております。

  しかるに法務大臣は、嶋崎末男さん、宅間守さんの両名に処刑を行ったばかりか、今回の処刑は「適正・適切に行われた」と、排他的な殺伐の気風を助長しかねない発言を行っています。

 今回処刑された嶋崎末男さんは、心身の衰えから生きる意志を失っていたと聞きます。他方、宅間守さんは、処刑を強く望んでいたとも聞きます。そのような死刑囚に死刑の執行が集中することが「適正・適切」といえるのでしょうか。特に宅間守さんの犯行は死刑制度に依存する形で行われたものであり、死刑が凶悪犯罪への抑止力となるという法務大臣自身の判断ともまったく矛盾しています。

 そもそも適正・適切な死刑などというものが存在するのでしょうか。

 すべての人間は生来の尊厳性と無限の価値を有しており、国家はそれを尊重すべき立場にあります。国家が人命を断ち切ることは、国際社会の要請からも反するものであります。

 死刑制度を廃止する根拠のひとつに、死刑制度は過去において、権力者が自身の主張を擁護するために恣意的に利用されてきたという歴史があります。今回の決定は死刑容認の立場を擁護するための論理が優先されて決定されたという点において、そのような恣意性を含んだ危険性を持つ執行決定という特色を持ち、この点に関してだけでも強く批判すべきものであると考えざるをえません。
 
 日本の現行の死刑制度は、死刑を廃止したヨーロッパだけでなく、すでにアジア諸国からも強い疑問を投げかけられつつあります。

 私たちは死刑制度の廃止を強く主張します。政府・法務省は一日も早く死刑制度の停止を実現させ、被害者のケア、命を大切にする教育の充実、全面的な取り組みを進め、一日も早く死刑制度の廃止を実現させるよう、ここに強く要請します。

 2004年9月18日 死刑廃止キリスト者連絡会  

(2004 9/19)
2004年9月14日、死刑囚・嶋崎末男さんと宅間守さんの2名に、刑が執行されました。
 9月14日午前、法務省は「二名の死刑囚に死刑を執行した」と発表しました。
 処刑されたのは、福岡拘置所の嶋崎末男さん(59)と大阪拘置所の宅間守(40)さん。
 嶋崎末男さんは、九州で3人の暴力団関係者を殺害したとして、殺人などの罪に問われ、1999年に最高裁で刑が確定しました。嶋崎さんは元暴力団の組長でしたが、実行犯ではなかったため熊本地裁では無期懲役の判決が出ていました。
 宅間守さんは、児童8人が犠牲になった大阪教育大付属池田小学校の乱入殺傷事件で罪に問われ、2003年に大阪地裁で死刑判決、その後控訴を取り下げたために刑が確定しました。
 いずれも異例の早期執行に、市民団体からは強い疑問の声が上げられていますが、野沢法務大臣は、17日午前の閣議後の記者会見で、死刑執行について、「適切、適正に執行した。死刑のない世の中が理想であり、目標でもあるが、残念ながら日本の今の治安状況を考えると、厳正に執行していくことが大事だ」と述べ波紋を呼んでいます。
 なお、嶋崎さんは熊本でカトリックの神父と出会い、拘置所で洗礼を受けたカトリックの信徒でした。
 宅間さんの葬儀は、カトリックの司祭の司式でとりおこなわれました。本人は受洗はしていませんが、聖書には関心を寄せ、確定後は時々ひもといていたそうです。
(2004 9/19)

藤波芳夫さん・高田和三郎さんとの交流誌、『カナリヤ』10号発行のお知らせ。

 「藤波さん・高田さんの会」で発行している交流誌、『カナリヤ』10号を配布中です。
 購読希望の方は当連絡会までお申し出ください。
 
 ※藤波芳夫さん、第二次再審請求へ向けて弁護人を選任
単独で再審請求を戦っていた藤波さんに、弁護人が選任されることになりました。再審へむけて、明るい見通しがひとつ生まれましたが、そのため資料作成などの経費がかかることが予想されています。再審を勝ち取るため、どうか皆さんのご理解とカンパ支援をお願いいたします。

      郵便振替口座00270-6-10611 「藤波・高田さんの会」 
(2004 7/21)
2004年6月2日、法務大臣に執行停止の要請書を提出しました。
         死刑の執行を停止してください

法務大臣 野沢太三殿

「人が全世界を得ても、自分の命を失ったら、何の得があろうか」というキリストの言葉が示しているように、人の命は全世界よりも重いことを私たちは信じ、私たちは死刑制度に強く反対し、死刑制度の廃止を求めています。
 死刑廃止は世界の動向となっており、ヨーロッパでは死刑廃止がEU加盟の条件とされています。日本も国際人権規約に従って死刑をやめることが世界から強く求められています。
 しかるに、政府・法務省当局は、「国家による人殺し」という、この残虐で野蛮な制度を存置し続け、毎年、国会の休会中に、死刑執行を繰り返しています。国家は法律で殺人を禁止しているのに、国家自身が死刑という殺人行為を行なうという矛盾を犯しているのです。その矛盾を犯している限り、国家は殺人犯人を裁く資格がありません。
 世論調査でも「将来的に廃止」という意見を含めると死刑に対する否定的な意見の方が多くなっています。法務省は、そのような世論の変化を受け止めて、死刑制度を見直す時期がすでに到来しています。
執行を停止して死刑制度の見直しと取り組むことを法務大臣に強く要請いたします。

  2004年6月2日                         
 
    死刑廃止キリスト者連絡会
藤波芳夫さん・高田和三郎さんとの交流誌、『カナリヤ』9号発行のお知らせ

 「藤波・高田さんの会」では、死刑囚藤波芳夫さん・高田和三郎さんとの交流誌『カナリヤ』を発行しています。12月に第9号が刷り上りました。支援にご協力いただける方に配布中です。
 藤波さんは覚せい剤使用中の事件で1993年9月に最高裁で死刑確定。現在は独力で再審請求中です(別掲参照)。
 高田さんは1999年2月に最高裁で死刑確定、一審公判中から主犯は別人であると部分冤罪を訴え続け、現在は再審準備中です(別掲参照)。
 お二方への支援に、より多くの方のご理解とご参加をいただけるよう、心からお待ちしています。
 
 交流誌『カナリヤ』を送付ご希望の方は、
   haikiren@jca.apc.org
 ご住所を添えて上のアドレスまでメールでご一報ください。第9号をお送りします。
◇ 支援金のご協力は、
   郵便振替口座00270-6-10611 「藤波・高田さんの会」
 こちらの口座までお志をお願いします。交流誌の送付も同時にご希望の方は、振込用紙に、@送り先のご住所、A「『カナリヤ』送付希望」、それぞれお書き添えいただければ、後日お送りいたします。
(2003 12/5)

「死刑制度廃止を求めるキリスト者共同要請書」を関係大臣に提出   
12月1日、第二次小泉内閣の発足を受け、関係大臣に死刑制度廃止を求めるキリスト者共同要請書を提出しました。
 
死刑制度廃止を求めるキリスト者共同要請書
  内閣総理大臣 小泉純一郎殿   法務大臣 野沢太三殿   外務大臣 川口順子殿     
 私たちキリスト者は、人間の「いのち」は超越的な神から与えられた尊厳なもので、「生命への権利」(憲法13条)は人権中の人権であって、これを奪うことは、どのような理由があっても、決して許されない、と信じる立場から、死刑制度に強く反対しています。
 死刑制度に凶悪犯罪の抑止効果がないことは、死刑を廃止した国で凶悪犯罪が増加していないことによって明らかです。

国会答弁で政府は「死刑は正義の維持のために必要である」と主張しましたが、私たちは人を殺すという根本的な不正義(人権破壊)によって正義が維持されるとは到底考えることができません。国会閉会中に死刑執行が行われていることも、死刑が「正義」であるという確信がないことを示しているのではないでしょうか。私たちは、多くの憲法学者と共に、死刑は憲法36条の「残虐な刑罰の禁止」に違反していると考えています。
 人間の裁判は誤判を免れることができず、再審によって冤罪が明らかにされて無罪となったケースが免田事件など4件もあります。現在も無実(または部分冤罪)を主張している死刑囚がかなり存在しています。死刑制度は無実の人を処刑する危険があります。
 犯罪被害者遺族の応報感情については、当事者でない者が軽々に論ずべきではありませんが、被害者遺族への救済措置の充実を通して、慰めと励ましの努力をすること以外に、解決の道はないと思います。 
死刑の執行に携わる拘置所の矯正職員(刑務官)は、矯正の対象である人を処刑しなければならないのであり、それは耐え難い矛盾です。そもそも、人を殺すことを職務命令として命じられる職業が存在することは、「意に反する苦役からの自由・良心の自由」を基本的人権として保障している憲法(18条・19条)に違反します。
 政府は、世論調査により死刑制度存置派が多数であるからという理由で、この制度の存置を正当化していますが、少数者の人権の問題を多数意見で決めることは危険であり、政府は理性によって世論をリードする責任があります。イギリスもフランスも、世論の80%以上が死刑存置である中で、政府が理性に基づいて世論をリードして死刑制度を廃止しました。なお、日本において1994年の世論調査で「将来的廃止」を含めれば「廃止」が「存置」を上回ったことは世論の動向として注目すべきことです。 1989年12月には国連総会で「死刑廃止条約」が採択され、現在では世界の過半数の国が死刑を廃止もしくは停止しています。
 日本国憲法は「恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利」(平和的生存権)という新しい人権を宣言しています。その立場に立って政府が戦争と死刑を廃絶し、いかなる人をも殺さず、人と人が共に生きることができる新しい時代を作り、日本が国際社会において名誉ある地位を占めることができるように、尽力されることを衷心から訴え、強く要請いたします。           
           2003年12月1日
日本キリスト教団社会委員会  
日本カトリック正義と平和協議会  
  日本バプテスト連盟  
日本キリスト教協議会(NCC)  
死刑廃止キリスト者連絡会  

(2003年12月5日)

 向井伸二さんへの死刑執行に対する抗議文
 
      向井伸二さんへの死刑執行に強く抗議します

 私たちは9月12日に政府が向井伸二さんに対して死刑を執行したことに強く抗議します。 私たちはいかなる理由があっても、人が人を殺すという死刑制度を容認することはできません。それは、人間は相対的な存在であり、他者を絶対的に排除すること(死刑)は人間の分際を越える行為であって、人間には許されないことであるというキリスト教信仰の要請に基づく立場です。
 近年わが国でも、犯罪被害者へのケアの充実を求める声が高まっています。被害者給付金制度の充実もさることながら、同時に社会全体による精神面のケアへの配慮にも、強い関心が向けられ始めています。それにもかかわらず、政府はそのような論議には真剣に取り組まず、死刑の執行によってのみ、凶悪事件の「解決」を図っています。
 被害者への精神的な癒やしは、加害者が真に自身の罪を自覚し、償いわびる心に立ち返ることによって、やっと糸口が生まれるという側面があります。被害者が癒やされるためには加害者もまた癒やされ、心の底から罪を悔いる人間性を回復する必要があります。
  報復感情の連鎖を絶つためには、被害者だけでなく加害者も共に癒やされなければならない──そのような信念に支えられ、向井伸二さんは、苛酷な環境に育った人物であるけれども、真摯に自身の生を見つめることから始め、加害者への心からの償いの感情を回復するまでに至っていました。逮捕から死にいたるまで、自身の犯した罪を心から詫び、悔い改める努力の連続といっても過言ではありませんでした。 今回の処刑は、このような真摯な努力を無視する決定であったと言わざるをえません。
 また、向井伸二さんは精神的に不安定な状態であったと聞いています。弁護士と母親が再審と恩赦の請求を準備している最中であったとも聞きます。なぜそのような時期に今回の刑が執行されたのか、強い疑念を覚えます。
 向井伸二さんの義母となった向井武子さんはキリスト教会の牧師であり、伸二さんを心から愛し、十数年の間、彼の新生のために全力を傾注してきました。それは牧師としての彼女の仕事でもあったのです。伸二さんへの死刑執行は武子さんの愛を踏みにじったことにおいても「残虐な刑罰」であり、 牧会権への侵害に他なりません。
 わが国の死刑制度については、国連人権委員会や欧州評議会からすでに何度も廃止を求めて勧告を受けているだけでなく、近年は批判の調子も強まっています。それにもかかわらず、あえて国会での論議を避けるかのごとく、国会閉会中に死刑の執行が何年も繰り返され続け、今回も同様に、国会閉会中に死刑が執行されました。さらに事前にも執行が予告されることなく、当日にも外部には本人の氏名などの情報が隠蔽されたままに刑が執行されました。これらはすべて、死刑制度に対する国民的論議そのものを避け、論議を排する行為であると言わざるを得ません。
  私たちは、一日も早く、国家レベルで人権問題と真摯な取り組みがなされことを求めます。そして被害者へのケアをも含め、包括的な死刑問題との取り組みを推進させ、一日も早く死刑制度の全廃を実現するよう強く要請します。

2003年9月18日
死刑廃止キリスト者連絡会
(2003 9 19)
 向井武子さんの記事

 向井伸二さんの確定判決(1996年12月17日)後、母親の向井武子牧師が『死刑廃止キリスト者通信』9号(1997年9月25日発行)にご寄稿くださった記事をご紹介します。
    
  
    「友へ」                          向井武子

 暖かいお便りに心身の疲労が癒されていきました。
 東京での 法務省や議員への接渉、また集会の報告を聞くことは、ともすれば死刑囚との関わりに立脚点や方向性を見失いがちな日々を過ごしている者には励ましと覚醒のときです。
 私自身は死刑囚と関わることで死刑廃止の心を持続して来ました。死刑囚と相対するとき、自分自身の人間としての弱さ脆さ醜さまで凝視して来ました。自分自身が潰れそうになったこともしばしばでした。凍りついた心を抱いて拘置所から家路に就いたこともありました。全身で哭きながら面会室を出たこともありました。それは巨大な国家という権力と法の波に翻弄されている人に真向かわなければならない苦しさからでした。死刑宣告された人の苦悩に私の魂が深く傷つけられたからでした。
 少し、確定後の息子のことを報告させていただきます。
 最高裁判決(1996年12月17日)前後、沢山の方から励ましのお便りをいただきました。面会時に皆さんから頂いた手紙や葉書の束を持参しました。「有難う」と嬉しそうでした。しかしその後、伸二はまるで積み上げたレンガが崩れるようにその心が崩壊していきました。死刑宣告が彼の償いの心も生への意欲も、他者を思いやる精神も流し去り、怨念と虚無に支配された魂がそこに在りました。「死刑」の重圧が彼にのし掛かり、一気に死の淵へと押し流されるのを見ました。理由は生母のことや看守のことでしたが、彼の心の深みを捉えていたのは死刑への恐怖に他なりません。些細なことで衛生夫に暴力を振い懲罰房入りとなりました。
 現大阪拘置所所長は神戸拘置所長だった人で神戸拘時代の伸二をよく知る人です。「あの頃の君は立派だったよ、ここに来て駄目になってしまったな・・・」と最近声をかけられたそうです。終の住処に来たという絶望感に打ちのめされる人の正直な姿です。お互いの間に十余年間かけて築いて来た心の絆を想起させることで再び彼の魂を生へと引き戻すべく働きかけました。手紙で面会で。そして今、確定後30分〜40分に延長された面会時間は唯ひたすら彼の心から吐き出される苦悩の言葉に耳を傾けます。聴く者のいることで次第に癒されます。看守も安堵したかのように面会が終わるころ私へと笑顔を向けます。(面会のない確定者の苦痛はいかばかりでしょう)。
 一審時、被害者遺族を訪ねた際、その悲嘆の中から絞り出すように「死刑でなくても・・・」のお声を聞きました。伸二は被害者遺族のこの言葉に「生きよう。そして被害者に詫び続けよう」という思いを抱きました。しかし、死刑判決の度に彼は打ちのめされて生きました。
 「死刑があるからここまで回心でき、真人間になれたのだ」という言葉を耳に致します。私はこうした考えに疑問を抱きます。誰が処刑されていく人の本心を知っているというのでしょうか。脅かされ、追い詰められた確定処遇の中で人間は本当に、犯した罪を凝視し回心へと向かえるのでしょうか。深い諦念と寂寥とした魂の裡に死に就くばかりではないでしょうか。彼等はただ未来への願望としてしか実現しない償いの言葉を遺して死んで行くのです。そこでは断ち難い加害者と被害者の憎しみの連鎖が生まれるばかりです。
 この連鎖を断ち切って行く作業が「個別支援」の内容だと思っています。被害者が癒されなければならないように、加害者も全人的に癒されなければなりません。死刑廃止運動は多様な側面を持った運動です。被害者との関わりの中で行われることもあり、また死刑囚と関わり、これに耳を傾けながらの運動である場合もあります。共に癒やされ共に生かされたいと願うからです。
 人間は関わりに生きる存在であり、その関係の中で変わっていく存在なのです。今、伸二の現実に直面して、伸二の生と死は伸二だけのものであり、この厳然とした事実の前に戦くばかりです。
 たった一つの言葉−「生きて」「死んだらあかん」を面会室のプラスチックボードに顔を押しつけて叫んでいます。どうぞ、覚えてください。
               
     1997年8月15日

★書評から
  ルポライターの鎌田慧さんが、向井武子さんを取材して書かれたノンフィクション作品『汝を子に迎えん』(松下竜一著、河出書房新社 1997)の書評を『週刊朝日』'97年5月23日号に寄せておられます。その一部を引用します。

「・・・凶悪犯罪者は死によって償え、というのもまたこの国の通念である。
 自己破壊的な犯罪は、たしかに社会的迷惑である。そんな男が世間にでてきたら、また何をするかわからない、という意見もまた死刑制度を許容している。しかし、いったりきたりしながらも、陽一(注:作中では笠井陽一・孝子という仮名が使われています)はようやく自分が犯した罪の深さにおののき、その償いをしたいと、こころから願うようになる。とはいえ、死刑は復讐を前提にした制度であり、人間不信の制度である。謝罪や人間的な再生は認められていない。
 陽一と孝子が、血のにじむような努力の果てにようやくたどりついた先にたちあらわれたのが、国家の冷酷である。それは、陽一と孝子だけがぶち当たったものではない。数多くの犯罪者がその壁の前で殺されてきた。この本は、陽一と孝子の営為をキメ細かく書くことによって、「社会的通念」という名の残酷な壁の実態をあきらかにしている。
 96年12月、最高裁は笠井陽一の上告を棄却、彼の死刑は確定した。この年は6名もの処刑が断行された。
 犯罪者が、痛恨の想いをくぐり抜け、人間性にたちかる努力を、この国はこれからも認めないつもりなのだろうか。」(鎌田慧)
(2003 9 16)

 向井伸二さんの死を悼む

 2003年9月12日午後、「本日(9月12日)死刑確定者一名に対して死刑の執行をしました。」と一行だけが記されたファックスが、法務省から記者クラブに流れました。処刑されたのは大阪拘置所の向井伸二(旧制・前原)さん。私たちはこの知らせに強く驚き、にわかに信じられず、耳を疑いさえしたものです。
 向井伸二さんは、1985年兵庫県で、主婦二人と幼児一人を殺害し罪に問われていた人でした。連絡会の向井武子牧師とは事件後に養子になり、その後は親子としての交流を続けていました
 「シャバより刑務所のほうがよほど心地よかった」「死刑にしてほしい」。逮捕後、伸二さんがそのような発言をはき、報道陣に向かってぺろりと舌を出したことを、報道機関は驚きと非難をこめて伝えました。しかしそこに母のぬくもりを知らない青年の絶望と孤独を聞き取った向井さんは、伸二さんへの面会を決意したのです。
 以降、親子関係を築きあげるまでの二人の魂の交流は、必ずしも平坦なものではありませんでした。けれども、根気強い対話を通して伸二さんは次第に心を開き、人間らしい暖かさを回復していくにまでいたります。この様子は松下竜一著『汝を子に迎えん−人を殺めし汝なれど』(河出書房新社刊)にも詳しく書かれていますが、向井親子のエピソードから私たちは、どんなに荒れた心にも新生の道が開かれる証を得ることができます。そして、いのちの尊厳を信じる力は大きな変革をもたらす力になるのだと確信する勇気を、向井親子から教えていただいたものでした。
 今回の処刑は、今まで同様、国会閉会中に処刑者の名前を公表しないまま、秘密裏に執行されました。「死刑に関する情報を国民に隠蔽したままで、かたくなに死刑制度を維持する姿勢である」と、法務省のあり方に対しても各団体から強い批判の声が上がっています。
 何よりも、武子・伸二母子の交流が、このような形で一方的に断ち切られたことに、深い悲しみと憤りを覚えます。お祈りください。
(2003 9 12)

 鶴見事件:署名活動のお知らせ

 「「死刑」から高橋和利さんと取り戻す会」では、高橋和利さんの冤罪を訴え、署名運動への協力を呼びかけています。集約締め切りは2003年12月末日です。

 鶴見事件は、1988年6月20日、横浜市鶴見区で、金融業者夫妻が、白昼に市道に面した事務所内で惨殺され、1200万円を奪われた事件です。高橋和利さんはその容疑者とみなされ、強盗殺人罪で第一審・控訴審で死刑の判決が下されました。しかし、高橋さんは「私が事務所に行ったときには夫婦はすでに死んでいた。とっさに110番しようとしたけれど、札束が入ったビニール袋に目が留まり、資金繰りに窮していた私はとっさに魔がさし、その場にあった金を持って逃げました。しかし殺したのは私ではありません」と、殺人を否認しています。
 逮捕された高橋さんは取調べ中に暴行・精神的圧力を加えられなどの過酷な扱いを受けたため殺人を認める自白をしたと訴え、公判では一貫して殺人を否認しています。
 事実、高橋さんの「自白」では、凶器が鑑定結果と合わず、また殺害順序に矛盾が生じます。しかし高裁側は、判決時に、可能性だけに基づく新説を提示し、控訴を却下しました。無論、その説明による殺人が実際に可能であるのか、公判で議論される機会は一度もありませんでした。証拠の検討もまったく行われていません。(詳細は署名協力要請文でご覧ください。)
 大河内主任弁護士は、「裁判所に継続している死刑相当事件の中で、冤罪の可能性が最も高いのが、この鶴見事件であるといっても過言ではない。」と主張しておられます。
 現在の日本の刑事裁判のあり方をもう一度見直すためにも、まずこの事件をより多くの方に知っていただきたいと願います。そして、賛同を覚えた方は、どうか署名活動にご協力ください。
 
 事件に関する更に詳しい情報入手と、署名活動協力の申し込みは以下の支援サイトから可能です。

        「死刑」から高橋和利さんを取り戻す
(2003 9 11)


 波崎事件: 冨山常喜さん(86)の死を悼む

 2003年9月3日未明、冤罪を主張し続けていた死刑囚・冨山常喜(とみやまつねき)さんが、東京拘置所内で亡くなられました。死因は「慢性腎不全」と発表されています。
 冨山さんは63年8月に茨城県波崎町で男性を保険金目的で青酸化合物を飲ませ毒殺したとして死刑を求刑され、76年、最高裁は上告を棄却し、死刑が確定しました。しかし冨山さんは一貫して無罪を主張し、確定後も再審を請求し、現在第三次再審請求を準備中でした。
 死刑廃止キリスト者連絡会では、第二次再審請求の棄却決定に抗議文を法務省に送り、また「波崎事件の再審を考える会」 の代表・大佛照子(おさらぎ あきこ)さんを招いて波崎事件の報告会を開いています。
 2000年春から冨山さんの体調が思わしくないことから獄中死が懸念され、保坂展人衆院議員が善処を求めて国会で訴えかけ(資料:保坂議員の法務大臣に対する質問)、また2002年2月には弁護団が外部の病院での治療を要求していました。
 他方、支援グループの「波崎事件対策連絡会議」「波崎事件の再審を考える会」は、2003年3月16日に「無実の死刑囚の獄死を許すな!波崎事件緊急報告集会」を開き、冨山さんの病状報告、今後の取り組みや刑務所内の人権など、緊迫した議論の場をもち、世に訴えかけました。
 しかしいずれも拘置所側からの良い対応を得られたという感触もないまま、今回の訃報という、まことに残念な結果になってしまいました。

 今後も冨山さんの遺志を引き継ぎ、再審への運動が継続されることを心から願います。お祈りください。
   波崎事件第二次再審請求、棄却決定に抗議します

 平成12年3月13日、東京高裁は波崎事件第二次再審請求について、棄却決定を下しました。棄却決定は、提出された新証拠15点に新規性を認めながらも、「確定判決の認定に疑いを入れるような特段の証拠価値を持たないと考えられる」という理由に基づくものです。
 昭和63年8月26日、茨城県波崎町で起きた殺人事件とされたこの事件は、最初から冨山常喜さんが疑われ、二日後には冨山宅が家宅捜索されましたが、毒物もカプセルも発見されず、更に、本人の自白もなく、物的証拠は何一つないのに、曖昧な状況証拠だけからの推断で、死刑判決が下されたのです。冨山さんは一貫して無実を主張し続けています。物証も自白もないのに、状況証拠だけから推定して有罪とすることは、著しく危険なことです。そのような危険なことが起きるのは、警察が殺人事件が迷宮入りになって警察の信用が失墜することを恐れて、予断と偏見に基づいて不合理な立論をし、あたかもそれが真実であるかのように強引に「事件」を構成し、それに基づいて裁判が進行することによるものです。最近、神奈川県警や新潟県警において、警察にあるまじき不祥事が次々と明らかにされ、警察の腐敗堕落が明るみに出されて、私たちは大きな衝撃を受けていますが、波崎事件の捜査にも、そのような警察の体質が大きく関係している可能性があります。法務省と裁判所が、問題を曖昧に処理して警察の面子を守るのではなく、問題を徹底的に究明するために裁判をやり直す誠実さを持つことを私たちは求めます。「疑わしきは被告人の利益に」という原則に立って、一人の人間の訴えを真摯に取り上げることこそが、人権を擁護する司法の責任です。今回の再審請求棄却に怒りを込めて抗議します。

      2000年4月10日 
            死刑廃止キリスト者連絡会
(2003 9 4)


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