穂高折檻死事件〜トクナガさん事件学習会報告

<一審無罪で身柄勾留>

 2002年11月22日、弁護士会館で、定例の学習会を行いました。今回は、穂高折檻死事件。無実を訴えている被告人のトクナガ・ロベルト・ヒデオ・デ・フレイタスさん(ブラジル国籍)の弁護人のお一人、鈴木 剛弁護士にお出でいただき、話を伺いました。

 

 トクナガさんは、2000年6月27日の朝、自分の当時3歳の娘を折檻し、死亡させたとして、傷害致死で逮捕・起訴され、当初は自分がやったと認めていましたが、裁判になってからは、真犯人は妻であり、自分は身代わりになった、と主張をくつがえしました。一審長野地裁松本支部は2001年5月24日、無罪判決を下しました。  

 この事件は、控訴審が始まった時点から、きわめて特異な展開を見せます。2001年10月17日に、東京高裁で第1回公判が開かれましたが、裁判所は、第1回から被告人質問を行うから、被告人を出廷させるように弁護側に求めました。一審無罪である以上、検察側の控訴に反論する以上に積極的な主張を行う必要は本来ないはずであり、この訴訟指揮は異常です。その上、第1回公判終了後、勾留質問を行う、として弁護人も退廷させた上でトクナガさんに勾留尋問を行い、その場で勾留が決定されました。つまり、ゴビンダさんと同様、一審無罪にもかかわらず、身柄を拘束されたのです。  

 トクナガさんは、就労ビザを取得しており、2003年までの滞在資格があります。逮捕によって、それまでの職を失いましたが、一審無罪判決後、ようやく新しい職を見つけて、働き始めていました。したがって、ゴビンダさんのように、超過滞在で強制送還される恐れも存在しませんでした。にもかかわらず、東京高裁第3刑事部は、刑事訴訟法第60条に該当するとして、トクナガさんの勾留を認め、最高裁も特別抗告を棄却し、勾留が決定されました。  

 検察側は、トクナガさんが外国人であるが故に、逃亡の恐れが強い、と特段に主張したそうで、その点で、ゴビンダさん同様の外国人への差別があることは事実ですが、それ以前に、刑訴法60条の前提は、「被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合」で、さらにいくつかの条件を満たす場合に、はじめて勾留を認めているのです。一審無罪にもかかわらず、「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある」とされたのでは、一審判決は何の意味もないことになります。こうした恐るべき決定が、最高裁の5人の判事によって、全員一致で認められたのです。

<事件の争点>  

 トクナガさんの自供調書以外に、決定的な物証は存在しません。起訴状によれば、「平成12年6月12日頃から6月25日頃までの間、3歳の娘に対して多数回にわたって顔面、腹部、両大腿部等を手拳等で殴打、足蹴り等の暴行を加え、両大腿部皮下出血、膀胱破裂等の傷害を負わせ6月27日午前7時頃右傷害に起因する外傷性ショックにより死亡させた」ということが起訴事実とされています。  

 トクナガさんは妻をかばうために、最初は積極的に供述を行っていたので、検察側主張は、ほぼその自供どおりのものとなっています。したがって、25日までの暴行で、その2日後の27日に外傷性ショックという死因で死亡することがありうるのか、が争点となりました。意見を述べた3名の医師のうち2名までは、暴行と死亡の間の時間はもっと短時間であったことを強く示唆しています。残る1名は、2日後に死亡することもまったくありえないことではない、としています。  

 また、弁護側は、トクナガさんの自白した暴行の状況が不自然である点を指摘し、無罪を主張。一審は、自供の不自然さと、25日の暴行が最後であるとすれば、27日に死亡することは不自然だとする医師の意見を容れて、無罪判決を言いわたしました。    

 東京高裁は、2002年6月8日、一審無罪判決を破棄し、懲役5年を言い渡しました。二審でも、被害者の死は急死に近く、2日前の暴行が原因とは考えにくいと、より強く示唆する医師の鑑定意見が出されましたが、高裁はまったく無視しました。専門家鑑定を恣意的に利用したり無視した点でも、ゴビンダさん冤罪事件と似た部分があるように思えます。  

 トクナガさんは、現在、最高裁に上告し、東京拘置所に勾留されたままです。彼は日本語をほとんど話すことができず、孤立しています。  

 当日お話をうかがった会員からは、事件の詳細について、さらにいろいろな質問が出され、鈴木弁護士は、ていねいに説明してくださいました。事件自体が冤罪であるか否かまで即断することはできませんが、無罪判決にもかかわらず勾留されたという事実の重さを考えると、何らかの形でゴビンダさん支援と結びつけて考えていきたいと話し合っています。

文責・今井恭平