五瓶太(ごびんた)の思考実験2001年8月19日
もしも俺がゴビンダさんだったら

五瓶太(ごびんた)

 俺のなまえは五瓶太である。

 おれはゴビンダさん事件のことを知るようになってから、裁判で提出された様々な文書を読み、その証拠を検討してきた。そして、それにもとづいて、繰り返し次のような思考実験をしてみた。

 思考実験・・・もし俺がゴビンダさんで、高裁判決のように、殺人事件の犯人だったら。そしてあの日、すなわち被害者女性が殺されたとされている1997年の3月8日の俺(ゴビンダになりきった俺)の行動を振り返ってみる。

(職場をでる)

 22時、勤務時間を終えた俺はそそくさと、幕張にある職場レストランを飛び出す。ようし、今日は渋谷あたりで、いい娘を見つけてイイコトをしよう。この前女の子を抱いたのはいつだったかな?楽しい夜のひとときを思い浮かべるから、帰路の足は速い速い。海浜幕張駅22時7分発の上りに間に合ったぞ。東京駅でははやる心を抑えて、せかせかと歩き、南回りの山手線に飛び乗る。

(渋谷にて)

 夜の渋谷。町のそこ・ここに立っている女の子を物色する。 おやあの娘は前にもセックスをしたことがあるぞ。確か何月と何月頃。よし声をかけてみよう。

 待てよ?ゴビンダさんはこんなに節操もなく、ぎらぎらした人なんだろうか。ゴビンダさんの名誉のために、このゴビンダ像は俺が創造(想像)したものだ。なぜこんなゴビンダ像にしなければならないかというと、とにかく、目撃証言どおり23時半頃には、セックスをしたくてうずうずしながら、彼女と一緒に喜寿荘の前にあらわれなければならないのだから。 本当は目撃されたのが誰だかは、わかっちゃいない。俺を目撃したと言っている学生さんは「東南アジア系の外国人」と苦しまぎれに証言しているけれど、俺だと特定できるほど周りは明るくなかったし、そんなに注意して見ちゃいない。だいいち、残念ながら俺は生粋のネパールっ子で、俺の顔をだれが見ても「東南アジア系」ではない。

 それにしても女の子を物色しまわって、声をかけ、その報酬を交渉して、・・・この目撃されたとする時間に間に合うようにやってくることなんか出来っこないのに。

 俺は何度も何度も、幕張の職場から、現場まで、時間を計りながらやってくる実験をしてみた。たしかに「目撃時間」の23時30分頃にはやってこれる。それは全ての電車に待ち時間なく乗れて、渋谷からの徒歩はわき目もふらずに「せかせか」歩き通してのことだ。とっても女の子を物色している暇なんてありゃしない。

 ともかくここは「高裁判決」に従って、23時30分頃には喜寿荘前で、被害者女性とゴビンダさんになりきった俺とがやってきて、その姿を学生さんに目撃された。

(ゴビンダに殺しはできたか?)

 セックスが終わり、使ったコンドームはそのまま便器の中に捨てた。おっと、日本大学法医学教室の押田茂實教授鑑定では、トイレに残されていた精液は3月8日のものではあり得ない。でもここでは「高裁判決」に敬意を表して、コンドーム内の精液は3月8日に俺の体からでたものだとしよう。

 さて、コンドームを捨てると、俺は約束の金を払おうとした。すると、金額が違うとその女は言い出した。口論になり、もみ合いになり、女のバッグ手ひっぱたかれたりした。このとき俺の血がバッグについてかもしれない。(注:バックについた付着物は、鑑定がすんでいない)頭にきた俺は、女の首を絞めて殺してしまった。人を殺すのは初めてだ。首を絞めて殺すには、15分ぐらい首を絞め続けなければならないんだって?15分間は意外に長い・・・・  

 うーんここが不自然だ。短期ビザで入国し、在留資格のないまま日本で働き続け、せっせと故郷の家族に送金をしていた俺。ほんの5000円や1万円のことで、人を殺すだろうか。目立たぬよう、摘発を受けぬよう、日本の片隅で黙々と働き続けた。つまらぬトラブルで警察に目を付けられないようにしてきた。そんな俺がこんなはした金で、人など殺せるか。15分間も首を絞めていたのなら、その途中で自分の愚かさかげんに気付かなかったのだろうか。  

 まあいい、人間のことだ、ついカッとして、人を殺してしまうこともあるかもしれない。ここは一応「高裁判決」に敬意を表して、この女性を殺してしまったとしよう。

 俺は、はっと我に返り、大変なことをしたと気がついた。早くここを逃げなければ。まわりに証拠になるようなものはないか。コンドームのパッケージが目に入り、これをポケットに入れ、女の定期入れがあるぞ、これは使えるかもしれない、持っていこう。そそくさとその場を立ち去る。

 それにしてもなんて間抜けなやつなんだろう。自分の精液の入ったコンドームをトイレに、そして自分の血の付いたバック(バックに付着した分泌物は鑑定されていないが、ここは「高裁判決」の線に沿って、俺の体の分泌物、つまり血液としよう)をそのまま放置してきた。

(となりのアパートで)

 さてこのあと俺は逮捕されるまで、この喜寿荘のとなりのアパートの自分の部屋で暮らしていた。

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 さてここまで物語が進んだところで、俺の思考実験(妄想)はパタッと止まってしまう。

 俺は3月23日に逮捕されるまでの間、気が気ではなかった。なぜなら自分の生活しているアパートのすぐとなりのビルの一室に、俺が殺した女の死体が転がっているのだ。そしていくら間抜けな俺でも、2〜3日すれば現場に残してきたコンドームのことを思い出す。そうだ、あのコンドームを回収しなければ、・・・ストップ!・・・・現実にはコンドームは放置されたままだった。なんで俺は14日間ものあいだコンドームを回収に行かなかったんだろう。

 放置されたコンドームが不自然なだけでなく、現場近くにのうのうと生活し続けたこと自体がとっても不自然じゃないか。

 それじゃ、とっても賢いゴビンダ像を創造してみようか。俺は周到にも証拠の品、コンドームのパッケージを持ち出すほど冷静だった。だから俺はとても賢くて、「今このアパートから姿をくらませば、俺が疑われてしまう。だから我慢してここに居続けよう。」と周到に計算ずくで自分のアパートに居続けた。だったらなおさらコンドームを回収に行かなかった理由がわからない。

 それとも俺は、鶏のように3歩くと、自分のやったこともすっかり忘れてしまえるような人なのか。・・人を殺したことまでもすっかり忘れてしまえるような、大間抜けのゴビンダ像なら現場に残したコンドームを忘れて、なお14日間も現場近くで生活し続けられるかも。そうして「無実」を訴える。なにせ俺は殺人を犯したことさえ、すっかり忘れてしまっているのだから。このゴビンダ像は、したたかに、たくましく日本社会で生き抜いてきたゴビンダ像とは重ならない。

 こう考えると、ここの段階で堂々巡りが始まり、思考実験が一向に進まなくなるのだ。

(その身になって考える)  

 最大限「高裁判決」を尊重して、むりやり被害者女性を殺害するところにたどり着いても、その後はパッタリと立ち往生してしまうのだ。そう、最初の仮定がおかしかったのだ。「ゴビンダ犯人説」にあわせて、無理矢理物語を組み立てても、物語は先には進まなくなるのだ。

 裁判官がちょっとその身になって考えてみれば、「ゴビンダ犯人説」がいかにつじつまが合わないか、分かりそうなものなのに。


ゴビンダ裁判から日本が見える


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